龍の泉が輝く時

藤泉都理

龍の泉が輝く時




 とある一匹の龍は、とある泉に、生え変わりの際に抜け落ちた古い二本の角を空から投げ入れた。

 仲間たちの古い角も譲り受けて、空から投げ入れた。


 ちゃぷん、とぷん。

 力を失い、重さも失った古い角は、軽い音を立てて泉の中に入った。


 ゆらりゆらゆら。

 古い角は、ゆっくりと泉の中に沈んでいった。

 時に風の流れに沿って。

 時に大地の流れに沿って。

 時に地下水の流れに沿って。

 時に泉の中に生えている植物に当たって。

 時に泉の中に棲んでいる魚や虫に遊ばれて。


 ゆらりゆらゆら。

 古い角は、沈んでいった。

 泉の底に降り立った。

 粘土質の真っ白い砂の上に横になった。

 何本も、何本も、何本も。


 とある一匹の龍は泉に投げ入れ続けた。

 何年も、何年も、何年も。


 古い角が泉の底を埋め尽くすまで。

 ずっと、ずうっと、投げ入れ続けた。


 これで最後だ。

 とある一匹の龍は二本の古い角を空から投げ入れた。


 ちゃぷん、とぷん。

 ゆらり、ゆらゆら。

 とすん、ふわり。


 龍の古い角が泉の底を埋め尽くした。

 その瞬間。

 とある泉の底から一気に黄金色が突き上がり、泉全体を輝かせた。

 目を開けていられないほどの眩さはしかし、次には、目に馴染む黄金色へと変化した。


 わらわらずらずら。

 とある一匹の龍の傍らに、仲間の龍が近寄って来た。

 新たな命の誕生に立ち会わんと、集まって来た。

 卵から生まれない珍しい命の誕生を、一目見て見たかったのだ。


 泉全体を輝かせていた黄金色はゆっくりゆっくりと、泉の中心へと集束していき。

 そして。

 ポポポポポポーン。

 愛らしい音を立てながら、黄金色の小さな一匹の龍が泉の中から飛び出しては、空に浮かぶ龍の群れへと飛んだ。

 よたりよたり、よちりよちり。

 とある一匹の龍も、仲間の龍も、小さな一匹の龍がここまで辿り着くのを待っていた。

 一日過ぎて、また一日過ぎて、もう一日過ぎて。

 そうしてようやく、小さな一匹の龍は、とある一匹の龍の手に降り立った。


 きゅぴ。

 小さな一匹の龍は初めて鳴いた。

 親である、とある一匹の龍に向かって、誇らしく鳴いた。

 とある一匹の龍は、目じりに小さな水粒を浮かばせて、咆哮した。

 大地を、大気を、大水を、世界を、小さく、ちいさく震わせた。


 きゅぴぴぴぴ。

 小さな一匹の龍は、とある一匹の龍の真似をしてめいっぱい鳴いてのち、この場から立ち去ろうとする、とある一匹の龍の手に乗ったまま、泉を見下ろした。

 泉の縁で滂沱と水を流す二足歩行の生物を見下ろして、しっぽを一振りしたのであった。






「ううううう。ぼ、よがっだなあ」


 龍の泉と呼ばれるこの泉が黄金色に輝く時。

 黄金の卵が飛び出す。

 一生暮らせるほどの大金になる黄金の卵だ。

 その噂を聞き付けた狩人は何年も何年も泉を監視し続けて、その時を待っていたのだ。


「うううううう。よ。よがっだなあ」


 ちらりひょっこり。

 こんなに何年も待たせて大金を持ち帰ってこないばかりか、一銭も稼いでないなんてどーゆーこったい、家に帰ってくる暇があるならさっさと稼いでこんかい。

 鬼の形相のおっかさんが頭を過って身震いしたが、それはあとで考えようと菩薩が如く笑みを浮かべながら、狩人は飛び去って行く龍たちを見送ったのであった。












(2024.1.2)



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龍の泉が輝く時 藤泉都理 @fujitori

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