08話:不思議の口のMalice(悪言)

『聖くんの考えはユニークだし、クレイジーで面白い人だよね』


ゴブリンの食卓に並べられたまま気絶する柊夜は、学生時代の夢を見ていました。


同級生から仲間として受け入れられ、愛され、楽しい日常を送って来た柊夜。

それなのに「普通の関係性」にすら辿り着いておらず、ある意味「クラスの中の異物」でしかない存在なのだと自己評価していました。

どこか決定的な違和感があるものの、言語化できないもどかしさ。


(みんな優しいから僕に合わせてくれているだけで)

(これは「お友だち」ではない……気がする)


柊夜視点で同級生は、水上で優雅に談笑する白鳥のように見えました。

一方、自分は水底に留まるナマズみたいな存在。

たまに白鳥が首を伸ばしてナマズに優しく語り掛けてくれる……。

どこか感動的で童話めいた物語になりそうですが、柊夜にとっては不安の種でしかありませんでした。


(「普通」も、「お友だち」も、よく分かってないけれど)

(「普通」の「お友だち」が欲しい)


これは「恵まれない人間」が「恵まれた環境」を望む話なのでしょうか?

それとも「恵まれた人間」が「更なる上の環境」を望む話なのでしょうか?





====================◇====================





バベットの背後に立つ大男が構えているのは、鮮血に塗れた大斧でした。

狭い洞窟の中、避けようのない大上段……明らかに彼女へと向かった大振りな攻撃が行われます。


さながら文字通り破竹の勢い。

バベットを縦へと真っ二つにし、彼女の先にある宝物庫の扉も一撃粉砕。

恐るべき筋力と、「黄」の「破壊の魔法」が用いられた結果です。


痛みすら感じませんでしたが、扉が吹き飛ぶ爆音を聞き、自分の体から飛び出す「大斧の刃」を見てバベットは思いました。


(あ、これ、私死んでる……)


「魔法使い」から「盗賊」に転げ落ちたドブネズミの末路なんてこんなものか、とまず初めに自嘲します。


(良い人生だった……とは、到底振り返れないんだよな……!)

(ふっざけんな! 誰だこんな人生に私を歩ませたのは!)


続いて湧いてくるのは怒り。

家族の問題、職場の問題、そして『チート能力』に踊らされた愚かな自分。


(まだ愚民を見返してもないし、そもそも『チート能力』もまともに使えてないし)


やりたいことは沢山ありました。


(というか)


数分に渡る長い思考が、感情をクールダウンさせてくれます。


(私、別に死んでない……?)


頭を割られたら普通は即死しますが、そうなってはいません。

よくよく大斧の刃を見やれば、バベットの体を「すり抜けて」います。

大男の攻撃は、バベットを無視して「宝物庫の扉」だけ器用にダメージを与えたのでした。





====================◇====================





「……貴様が除けない」

「と」

「……俺が前に進めない」


ゆっくりと文章を区切るように、その大男は言葉を発します。


バベットが抱いた感想は「せめて予告くらいしろ寿命が100年縮んだわ!」でしたが、その異様な風貌にピタリと一瞬フリーズします。


逞しさを感じさせる筋骨隆々の青年。

明らかに「洞窟で振り回す」には大きすぎる斧。


までは良いとして。


可愛らしく身に纏った女性用の赤頭巾。

美しく筋肉質な太ももが見え隠れする半ズボン。


このファンタジーの世界でも、普通は見ることのない特殊ファッションでした。

青年は何も恥じることなく、堂々とした態度です。


「……聞き取れなかったのか?」


むしろ身に染みるレベルで、謎めいた存在の言葉が脳に刺激を与えます。


「……貴様」

「が」

「……除けない」

「と」

「……俺」

「が」

「……前に進めない」


「分かってる、分かってるっつーの!」

「だが情報量が多すぎて困惑してるんだよ!」


もう何が何だか分からず、地団駄するように癇癪を起こすバベット。

しかし青年は困ったように眉を顰め、更にゆっくりと言葉を紡ぎます。


「……き」

「……さ」

「……ま」

「……が」


「そういうことじゃないから!!」





====================◇====================





さあ、いただきます、と柊夜にナイフを向けたゴブリンたちは轟音にひっくり返ります。

謎の青年がバベット越しに、宝物庫の扉を吹き飛ばした音ですね。


「何の音だ今の!?」

「宝物庫の方からだ!?」

「侵入者まだ居た!!」

「急げ殺せ急げ殺せ!!」


ゴブリンたちは武器を装備すると、食事を後回しにして迎撃へと向かいます。

勿論というか、当然というか、柊夜を倒した槍持ちゴブリンが先頭にさせられました。

精鋭ゴブリンすら苦戦した相手を、一瞬で仕留めたのが槍持ちゴブリンなのです。

仲間からの尊敬や信頼と言った、キラキラした感情が一身に向けられます。


(いやああああ、逃げたい!! 誰でも良いから、此処から助けて!!)

(世界が色褪せていくよぉぉおお!! これ絶対死んじゃうよぉぉおお!!)


――何処で選択を間違ってしまったのだろうか、自分は?

槍持ちゴブリンは自問自答します。

「魔族」として生まれてしまったとき?

「魔王軍」に所属してしまったとき?

「この部隊」に配属されてしまったとき?

或いは……。

「この友人たち」とつるんでしまったとき?


奇しくも槍持ちゴブリンは柊夜と似たような葛藤を抱えるのでした。





====================◇====================





バベットと赤頭巾青年がコントを繰り広げてから、ほんの僅かな時間が経ちました。

たったそれだけで大勢のゴブリンたちが通路に集まって来ます。

前門のゴブリン、後門のゴブリン、左手側には宝物庫。


ついでに前門の槍持ちゴブリンは絶望と恐怖に震えていました。

このゴブリンは、運命に抗うのか、それとも受け入れるのか……。

そんな些事はさておき。


「……貴様」

「は」

「……下がってろ」


クイッと親指を立て、青年はバベットを宝物庫の方に逃がそうとします。

青年視点でも、彼女は明らかに魔力不足で、言うまでもなく技量不足でした。


「悔しいが、そうさせてもらう……」

「ゴブリンとはいえ、この数だ、圧殺されないでくれよ?」


「……敗北」

「など」

「……ありえない」


バベットは宝物庫へと身を隠し、青年が「扉」代わりになるような位置に陣取ります。


「オマエ、名前は?」


言ってから、そういえば柊夜との自己紹介で、礼儀がどうとか自分で言ってたな……と、どうでも良い日常風景を思い返すバベット。


「……俺」

「は」

「……サガモア・グレヴィ」


「サガモア、か……死ぬなよ」

「私の名は――」


バベットが名乗る前に、サガモアが早口に言葉を発します。


「さて覚悟は良いかゴブリン、貴様らは存在が戒律違反、悠久の刻を生きる女神に従え、永劫の理を司る女神の言葉を聞け、殺す、俺は敬虔なる代弁者にして執行者、守られるべきは真実の果実、切り捨てるべきは不揃いな枝葉、殺す、何故貴様らには分からない、俺が俺であるため人類が人類であるため絶対なる黄金律、殺す、弾圧すべきものは異端、異常、異質、異議、人類を脅かす魔族に、死を、呪いを、絶望を――」


バベットどころか、ゴブリンですら困惑。


「つまり殺す」

「異端に呪われた死を」


要するにサガモアは敬虔なる(何らかの)信者だということです。

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異世界転生ってなんですか!? よく分かりませんがチート能力を使えば良いんですね!! ~魔法大戦~ 藍上 陸樹(あいうえ おかき) @AO_Carduin_Novel

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