07話:冒険、危険、自暴自棄
『しゅ、柊夜ー!! なんで、どうして、ゴブリンに大敗!?』
ゴブリンに見つかってもしょうがないので、バベットは心の中で叫びます。
『チート能力』作戦、まさか最後の最後でゴブリンにひっくり返されるとは……。
しかも、明らかに「取るに足らない稚拙な魔法」が勝敗を決めていました。
「ど、どうすればいいんだ、これ……」
得意の「情報分析」も、激しく動揺した状態では上手くいきません。
というよりは、すっかり、すっぽり、頭から抜け落ちていました。
「何故こんなことが起こったのか」、「どのように改善するべきか」、今の段階では考察も出てこないということです。
まるでドラゴンの開いた口にも見える、恐るべき洞窟の入口を、バベットは凝視。
ある意味では思考を放棄した形で、すぐさま取れる自分の最善行動を考えます。
「案一、周囲に助けを求める……」
「『魔族の巣窟』近くに住まう狂人が居るか!!」
却下ですね。
「案二、『青』の『魔法』を用いたソロ潜入……」
「宮廷魔術師がやることか!?」
「そもそもポーション飲めてないし!!」
真理ですね。
「案三……ああ、嫌だ嫌だ、絶対、これやりたくないけど」
「『青』の『魔法』を用いない、ソロ潜入……」
「つまり私は『盗賊』に『ジョブチェンジ』する」
現実逃避した自暴自棄の作戦でした。
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ゴブリンたちは上機嫌でした。
狩り尽くした筈の美味しそうな人類を、また捕まえることができたのです!
こんにちは今日の朝御飯、その尊い命に感謝しつついただきます。
ゴブリン界隈で流行する鼻歌を響き渡らせながら、洞窟内のキッチンとダイニングが一体化した空間まで、柊夜を引き摺ります。
ピヨピヨと頭上でヒヨコが飛んでいる(かのような)間抜け面の朝御飯は、まったく目覚める様子がありません。
お皿代わりの、大きくて平らな岩の上に柊夜を仰向けに置きます。
そして鋭利なナイフで、少年のぶかぶかな服をサクサクと切り刻みます。
あっという間に全裸男の完成です。
ゴブリンたちは、岩に盛り付けられた朝御飯へと、ベチャベチャに「サイケカラー」の魔界ソースをぶちまけます。
それで前衛的アートのように、無垢な少年を塗りたくります。
ついでに彩りとして野草やベリーを周りに沿えて、完成。
一匹あたりの食べる量が減ってしまうため、気絶したゴブリンは放置。
その上で、誰がどの部位を食べるかで、ゴブリンたちは談笑します。
しかし槍持ちゴブリン――他ゴブリン視点では今回の獲物を仕留めた功労者です――だけは、口を開かず、神妙な顔をしていました。
====================◇====================
(あの時、紛れもなく自分は「死の淵」に立っていた)
槍持ちゴブリンは、今でも冷や汗と震えが止まりません。
精鋭ゴブリンたちの攻撃を、どの「色」とも違う不可思議な「能力」で無効化……。
あまつさえ目にも止まらぬ速さで全員気絶に持ち込む制圧力……。
明らかに「普通の出来事」ではありませんでした。
(「たまたま」寝ぼけた自分が遅刻したから、巻き込まれずに済んだだけで)
(「たまたま」相手が油断して、「赤」の「転倒の魔法」が効いただけで)
(「たまたま」自分は生き残れた……)
誰よりも臆病な槍持ちゴブリンだからこそ、今の自分が立っている「瀬戸際のライン」を慎重に理解することができました。
(もし、殺す前に、アレが目覚めたら?)
(もし、殺せても、似たような「異常事態」が起こったら?)
(そもそも仲間と会話をしていたみたいだったし……)
何もかもが灰に色褪せて、リアルな「死」が身近に迫って来る恐怖。
故郷も、仲間も、全部見捨てて逃げ去りたい衝動……それは原始的な生存本能でした。
「おい、槍持ち、さっきから黙ってどうしたんだ?」
「ほらほら功労者、お前が最初に食べて良いぜ」
「一番頑張った者に、一番の栄誉を」
仲間たちが讃えるように、槍持ちゴブリンと肩を組み、楽しく歌い出します。
当の本人は引き攣った笑みを返すことしかできないのでした。
====================◇====================
(さよなら、私の『キャリア』)
(そして、こんにちは……新しい『自分』)
(畜生、本当に何故こんなことにぃぃぃぃ!!)
一方、バベットは洞窟前で慟哭していました。
全裸男のデコレーションが完成したのと同じタイミングで、バベットは動きやすいように自分の服をビリビリ裂きます。
此処で彼女のステータスを確認してみましょう。
「名前:バベット・ルモワーヌ」
「性別:女性」
「職業:盗賊」
なんだか最後の行がおかしなことになってますね。
「職業」とは「適性」。
女神によって定められる運命の力。
例えば「戦士」は力仕事に長け、「魔法使い」は魔法の出力に長け、「盗賊」は手先や軽業に長けます。
それぞれの職業の得意分野に、ポジティブな補正が掛かるのですね。
この世界の住人は、数十年、あるいは数百年かけて、一つの「職業」だけを極めます。
職業によって得られる補正は、極めれば極めるほど高くなります。
逆に、途中で職業を変更すると、それまでの補正は全部消えます。
容易に職業変更ができない世界の法則。
つまりバベットの数百年に渡る「魔法使い」補正が無に消えました。
その代わり、全く極められていない「盗賊」補正が掛かるようになります。
ただ「魔力が枯渇した魔法使い」よりは、ダンジョン攻略の適性はあることでしょう。
「ふ……ふふ、宮廷魔術師としては、もう終わりだな」
「だ、だが、柊夜さえ手元に戻れば」
「私は……『見下す側』に……『圧倒的価値』を……」
その言葉は洞窟風に掻き消され、虚しく自分の心に響きだけでした。
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今までの彼女からは考えられない機敏な動きで、バベットは洞窟内を移動します。
足音を響かせず、仕掛けられた罠を見抜き、いとも容易く洞窟内の構造を把握。
(なかなか広いな……流石に「キマイラ」を従えているだけはあるか)
本来ならゴブリンには手の余る狂暴な魔獣……それがキマイラです。
幾つもの動物の顔を持った、しかし全体像としては獅子に近い、恐ろしい存在です。
ただのゴブリンにキマイラを使役できない筈ですが……?
つまり……此処は単なる「初心者向けのダンジョン」などではなく、「キマイラを従えるボス格の存在する危険なダンジョン」なのだとバベットは判断しています。
(目標はシンプル)
(柊夜を見つけ出して、さっさと叩き起こす)
(制御できない『チート能力』は発動するだろうが……)
(私が巻き込まれるか否かは、運に頼るしかない)
(むしろ、「死ぬ」か「死なない」か、だと互いに50%の確率)
(100%全滅が見える状況よりはマシ!)
数学的誤謬が見られますが、バベットも必死なのです。
一通りダンジョンの手前側を探索したところで、とある部屋を彼女は見付けます。
その空間は厳重に施錠されていまして、盗賊としての勘が「何か」を訴えています。
(まさか此処、宝物庫か?)
千載一遇のチャンスでした。
ゴブリンたちの蓄えた、武器や、魔法の道具だけでなく……。
「ポーション」も手に入る可能性が高いのです。
盗賊になったとはいえ、ある程度の「青」の「魔法」は使えます。
(逆に言えば殆どの魔法はキャリアと共に忘れてしまいました)
「ポーション」一つあるだけで、作戦の成功率が極めて上昇します。
(よし! 順調! このまま「ポーション」を漁るぞ!)
明らかに注意不足、そして慢心。
周囲も気にせず、慣れない手つきで宝物庫の開錠をしている最中。
背後からオークめいた大柄な影が近づいてくることに、バベットは気付かなかったのでした。
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