07話:冒険、危険、自暴自棄

『しゅ、柊夜ー!! なんで、どうして、ゴブリンに大敗!?』


ゴブリンに見つかってもしょうがないので、バベットは心の中で叫びます。

『チート能力』作戦、まさか最後の最後でゴブリンにひっくり返されるとは……。

しかも、明らかに「取るに足らない稚拙な魔法」が勝敗を決めていました。


「ど、どうすればいいんだ、これ……」


得意の「情報分析」も、激しく動揺した状態では上手くいきません。

というよりは、すっかり、すっぽり、頭から抜け落ちていました。

「何故こんなことが起こったのか」、「どのように改善するべきか」、今の段階では考察も出てこないということです。


まるでドラゴンの開いた口にも見える、恐るべき洞窟の入口を、バベットは凝視。

ある意味では思考を放棄した形で、すぐさま取れる自分の最善行動を考えます。


「案一、周囲に助けを求める……」

「『魔族の巣窟』近くに住まう狂人が居るか!!」


却下ですね。


「案二、『青』の『魔法』を用いたソロ潜入……」

「宮廷魔術師がやることか!?」

「そもそもポーション飲めてないし!!」


真理ですね。


「案三……ああ、嫌だ嫌だ、絶対、これやりたくないけど」

「『青』の『魔法』を用いない、ソロ潜入……」

「つまり私は『盗賊』に『ジョブチェンジ』する」


現実逃避した自暴自棄の作戦でした。





====================◇====================





ゴブリンたちは上機嫌でした。

狩り尽くした筈の美味しそうな人類を、また捕まえることができたのです!

こんにちは今日の朝御飯、その尊い命に感謝しつついただきます。


ゴブリン界隈で流行する鼻歌を響き渡らせながら、洞窟内のキッチンとダイニングが一体化した空間まで、柊夜を引き摺ります。

ピヨピヨと頭上でヒヨコが飛んでいる(かのような)間抜け面の朝御飯は、まったく目覚める様子がありません。


お皿代わりの、大きくて平らな岩の上に柊夜を仰向けに置きます。

そして鋭利なナイフで、少年のぶかぶかな服をサクサクと切り刻みます。

あっという間に全裸男の完成です。


ゴブリンたちは、岩に盛り付けられた朝御飯へと、ベチャベチャに「サイケカラー」の魔界ソースをぶちまけます。

それで前衛的アートのように、無垢な少年を塗りたくります。

ついでに彩りとして野草やベリーを周りに沿えて、完成。


一匹あたりの食べる量が減ってしまうため、気絶したゴブリンは放置。

その上で、誰がどの部位を食べるかで、ゴブリンたちは談笑します。


しかし槍持ちゴブリン――他ゴブリン視点では今回の獲物を仕留めた功労者です――だけは、口を開かず、神妙な顔をしていました。





====================◇====================





(あの時、紛れもなく自分は「死の淵」に立っていた)


槍持ちゴブリンは、今でも冷や汗と震えが止まりません。

精鋭ゴブリンたちの攻撃を、どの「色」とも違う不可思議な「能力」で無効化……。

あまつさえ目にも止まらぬ速さで全員気絶に持ち込む制圧力……。

明らかに「普通の出来事」ではありませんでした。


(「たまたま」寝ぼけた自分が遅刻したから、巻き込まれずに済んだだけで)

(「たまたま」相手が油断して、「赤」の「転倒の魔法」が効いただけで)

(「たまたま」自分は生き残れた……)


誰よりも臆病な槍持ちゴブリンだからこそ、今の自分が立っている「瀬戸際のライン」を慎重に理解することができました。


(もし、殺す前に、アレが目覚めたら?)

(もし、殺せても、似たような「異常事態」が起こったら?)

(そもそも仲間と会話をしていたみたいだったし……)


何もかもが灰に色褪せて、リアルな「死」が身近に迫って来る恐怖。

故郷も、仲間も、全部見捨てて逃げ去りたい衝動……それは原始的な生存本能でした。


「おい、槍持ち、さっきから黙ってどうしたんだ?」

「ほらほら功労者、お前が最初に食べて良いぜ」

「一番頑張った者に、一番の栄誉を」


仲間たちが讃えるように、槍持ちゴブリンと肩を組み、楽しく歌い出します。

当の本人は引き攣った笑みを返すことしかできないのでした。





====================◇====================





(さよなら、私の『キャリア』)

(そして、こんにちは……新しい『自分』)

(畜生、本当に何故こんなことにぃぃぃぃ!!)


一方、バベットは洞窟前で慟哭していました。

全裸男のデコレーションが完成したのと同じタイミングで、バベットは動きやすいように自分の服をビリビリ裂きます。


此処で彼女のステータスを確認してみましょう。

「名前:バベット・ルモワーヌ」

「性別:女性」

「職業:盗賊」

なんだか最後の行がおかしなことになってますね。


「職業」とは「適性」。

女神によって定められる運命の力。

例えば「戦士」は力仕事に長け、「魔法使い」は魔法の出力に長け、「盗賊」は手先や軽業に長けます。

それぞれの職業の得意分野に、ポジティブな補正が掛かるのですね。


この世界の住人は、数十年、あるいは数百年かけて、一つの「職業」だけを極めます。

職業によって得られる補正は、極めれば極めるほど高くなります。

逆に、途中で職業を変更すると、それまでの補正は全部消えます。

容易に職業変更ができない世界の法則。


つまりバベットの数百年に渡る「魔法使い」補正が無に消えました。

その代わり、全く極められていない「盗賊」補正が掛かるようになります。

ただ「魔力が枯渇した魔法使い」よりは、ダンジョン攻略の適性はあることでしょう。


「ふ……ふふ、宮廷魔術師としては、もう終わりだな」

「だ、だが、柊夜さえ手元に戻れば」

「私は……『見下す側』に……『圧倒的価値』を……」


その言葉は洞窟風に掻き消され、虚しく自分の心に響きだけでした。





====================◇====================





今までの彼女からは考えられない機敏な動きで、バベットは洞窟内を移動します。

足音を響かせず、仕掛けられた罠を見抜き、いとも容易く洞窟内の構造を把握。


(なかなか広いな……流石に「キマイラ」を従えているだけはあるか)


本来ならゴブリンには手の余る狂暴な魔獣……それがキマイラです。

幾つもの動物の顔を持った、しかし全体像としては獅子に近い、恐ろしい存在です。

ただのゴブリンにキマイラを使役できない筈ですが……?


つまり……此処は単なる「初心者向けのダンジョン」などではなく、「キマイラを従えるボス格の存在する危険なダンジョン」なのだとバベットは判断しています。


(目標はシンプル)

(柊夜を見つけ出して、さっさと叩き起こす)

(制御できない『チート能力』は発動するだろうが……)

(私が巻き込まれるか否かは、運に頼るしかない)

(むしろ、「死ぬ」か「死なない」か、だと互いに50%の確率)

(100%全滅が見える状況よりはマシ!)


数学的誤謬が見られますが、バベットも必死なのです。

一通りダンジョンの手前側を探索したところで、とある部屋を彼女は見付けます。

その空間は厳重に施錠されていまして、盗賊としての勘が「何か」を訴えています。


(まさか此処、宝物庫か?)


千載一遇のチャンスでした。

ゴブリンたちの蓄えた、武器や、魔法の道具だけでなく……。

「ポーション」も手に入る可能性が高いのです。


盗賊になったとはいえ、ある程度の「青」の「魔法」は使えます。

(逆に言えば殆どの魔法はキャリアと共に忘れてしまいました)

「ポーション」一つあるだけで、作戦の成功率が極めて上昇します。


(よし! 順調! このまま「ポーション」を漁るぞ!)


明らかに注意不足、そして慢心。

周囲も気にせず、慣れない手つきで宝物庫の開錠をしている最中。

背後からオークめいた大柄な影が近づいてくることに、バベットは気付かなかったのでした。

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