06話:波乱万丈、孕んだ無常

『「魔族」に情けを掛ける必要はない。サーチ・アンド・デストロイを心掛けろ』


「その上で、囚われた人を全員助ける!」

「完璧な作戦ですね、流石バベットさん!」


「えへへ……ふ、照れるじゃないか」

「その気概で『チート能力』も頑張れよ」

「あと私を褒め称え続けろ」


「才色兼備! 八面六臂!」


エルフの耳だけでなく、エルフの鼻も、天狗のように長くなりそうです。

バベットの『天才的思考』、柊夜の『チート能力』、魔族なんて一溜まりもないことでしょう。

幼児になったバベットは感情的になりやすく、そもそも柊夜は自分でも何をやってるか分かってない、という問題こそありますが。

大雑把にでも「目の前の課題を解決する」という点では、取るに足らない話……。


「魔族(デーモン)どもに、宣戦布告(デモンストレーション)だ」

「柊夜、『チート能力』で今回の『村焼き魔族の位置』を突き止めろ」


(え!? バ、バベットさん……僕の名前を、初めて呼んでくれた!!)

(頑張らないと……頑張らないと……頑張らないと!!)


さながら雷に撃たれたように、感動に打ち震える柊夜。

まあ雷に撃たれても『チート能力』でピンピンしてるのが彼ですが。


「えーい、出でよ『チート能力』!」

「『魔族たちの拠点』に僕たちを運んで!」


その結果、引き起こされたのが大陸移動でした。





====================◇====================





ラグナベルガを含む「北の大陸」は、大きく形を変えます。

さながら「完成したトランプの七並べ」を、一度グチャグチャにしつつ、数字の順番やスートのソートを気にせず、「とりあえず4×13にトランプを並べた」ような形。


一瞬で引き起こされた「空間湾曲」と「ランダム再配置」でしたから、『猫から昇ったお月さま』のように大災害が起こることはありませんでした。

(「噴火寸前の火山」の隣に主要都市が配置されたりもしましたが、よくある不運なケースです)

とはいえ「味方陣営」と「敵陣営」さらに「魔族の巣窟」がバッタリ隣に配置される場合も少なくありませんでしたから、戦火が広がったという意味では大惨事ですね。


「あ、見てくださいバベットさん、洞窟に『到着』しましたよ!」

「此処に魔族が潜んでいるんでしょうか?」


「私は『位置を突き止めろ』と言ったんだが……」

「まあ問題ない。むしろ『住処までのワープ』で手間が省けた」


二人視点だと「視界が一瞬で変わり、目の前に洞窟がある」状況でしたから、シンプルなワープが起こったのだと誤認しても仕方ないですね。

実際は「自分たちの隣の座標」に「村焼き魔族の拠点」を引っ張ってきた形なのですが。

今まで彼らが居た村は「ランダムな座標」へと飛ばされています。


「さあ、魔族どもに、罪を償わせる刻だ」





====================◇====================





「さて柊夜、リピート・アフター・ミー」


「今度は『作戦要点』の確認ですね!」


「『チート能力』は基本、使わない」


「え?」


理解できず、柊夜は目を丸くします。

復唱しない柊夜のことは気にせず、バベットは伝えるべきことを口にします。


「……良くも悪くも、オマエの『チート能力』は強大すぎる」

「今回のケースにおいて、「能動的」に用いるものではないと判断した」

「人質が巻き込まれる可能性……どころか、最悪、洞窟が崩壊して私も死ぬ」


「バベットさんが亡くなるのは嫌です!」


「そこで、だ」

「オマエの『チート能力』を「受動的」に用いる」


「じゅ、じゅどー?」


単語の意味は分かるものの、文脈の意味を理解できない柊夜。

悪名高い宮廷魔術師はニヤリと笑います。


「『チート能力』は「自動防御」と「自動迎撃」のみに絞る」





====================◇====================





洞窟内を一匹のゴブリンがウロウロしていました。

特に出撃命令もないため、暇そうに拠点をブラブラ歩いているのです。

くあ、と欠伸をしながら得物である槍を壁に立て掛けます。


ちょっとだけ、眠ってもいいかな……。


どうせ、この一帯の現生人類なんて滅ぼし尽くしてしまったし……。


戦いなんて、暫く起こることなどないでしょう。

あったとしても、つまらないゴブリン同士の諍いだったり、キマイラの御機嫌が斜めになったり等。

うつらうつらと、自分も壁に凭れ掛かり、安らかな眠りに就こうとします。


「うわー、すごーい! よく分からないけれど、洞窟があるー!」


洞窟に響き渡る大声で、慌てて目を覚ましたゴブリンでしたが、その直後に転倒。

これが「彼」の命運を大きく変えることとなるのでした。





====================◇====================





「お宝とかあるのかなー! よく分からないけれど、楽しみー!」


間抜けな大声にゴブリンたちは驚いたものの、次第に怪訝な顔になります。

「その得物」からは「どの色」の「魔力」も感じることなく……。

「その得物」からは「死線」を潜り抜けてきた「覇気」も感じることなく……。

明らかにニュービーの「冒険家」でした。


鴨が葱を背負ってやって来たと、最初にゴブリンは判断します。

久しぶりの食糧を「どんな風に甚振ってやろうか」、邪悪な愉しみにワクワクしてきます。


洞窟の壁に、獲物の影が見えた瞬間……血染めの凶器を用いて、ゴブリンたちは襲い掛かります。


「わ、わー、出たー! これがゴブリンなんですか!?」


洞窟の入口を振り返る馬鹿なノロマ。

何かレスポンスをする前に、グサグサのズタズタに――。


ゴブリンのナイフが柊夜に触れた次の瞬間、ナイフは「万国旗の飛び出る柔らかいステッキ」へと変わります。

ポン、と、紙吹雪が虚空から降り注ぎ、ポッポローと白い鳩が飛び。


そして何が何だか分かってないうちに、ゴブリンたちは凄まじい反作用の法則で壁に激突。

あっという間に、襲ってきたゴブリンは全員気絶するのでした。





====================◇====================





これぞバベットの考えた「『チート能力』が歩くだけで勝手に『敵が全滅』する作戦」です。


此方から仕掛けることを徹底的に避け、『チート能力』のカウンターで全滅を誘います。

敵が居なくなってから、ゆっくり囚われた人々を助け出せば良い……。

ゴブリンたちの悲鳴を聞き、万事上手く進んでいることを、バベットは満足そうに悟ります。

なおバベット自身は、仕掛けられた罠を踏む可能性があるため、洞窟の近くで身を隠すだけですが。


別次元からの侵略者である魔族に対し、同情は不要。

「全て殲滅しろ」と柊夜に命じたものの、優しい気性の少年はトドメを刺すこともしないでしょう。

運が良くて、頭の打ち所などが悪くて死んでくれる程度でも、まあ……とバベットは諦めています。

柊夜へ積極的に「殺し」を経験させるのも、何かしら危うい気がしてならないからです。


「バベットさーん、見てください! あなたが仰った通り、僕は「無敵」です!」


洞窟の入口まで一度報告に戻って来る柊夜を見て、バベットは安堵の笑みを漏らします。


「よくやった、と言いたいところだが」

「ほら、後ろから、まだ『ゴブリン』が来てるぞ……リーチの長い槍持ちだが」

「さっきと同じように、お前は『何もするな』」


「はい!」





====================◇====================





(も、もう駄目だ、おしまいだ)

(何が何だか分からないが、みんな気絶してる!)

(に、逃げないと……)


眠りかけて、転んで、ようやくやって来てしまった槍持ちゴブリン。

出口に向かおうとしたものの……「例の侵入者」が陣取っていました。


絶望に、カラン、とゴブリンの手から落ちる愛槍。


「さあ、掛かってこい!」


ファイティングポーズを決める柊夜に、ゴブリンはパニック状態に陥ります。

そして、サボって全く訓練されていない、レベルが低く極めて稚拙な、自分の唯一使える魔法を放つのでした。


「『赤』の『転倒の魔法』!」


スローボールのような速度で、ゴブリンの右手から、柊夜の足元に「赤」い球のエフェクトが飛びます。


「効きませんってば!」

「効きま……あれ?」


凄まじい勢いで柊夜はひっくり返り、洞窟の床に頭をぶつけるのでした。


「ぎゃふん!」


柊夜も、先程のゴブリンたちと同じように気絶します。

呆気に取られたのは、ゴブリンだけでなく……見守っていたバベットもまた。

ゾロゾロと大勢、他のゴブリンたちも柊夜と槍持ちゴブリンの許に集まって来ます。


柊夜は、ズルズルと、ゴブリンたちの手によって、洞窟の暗黒へと引き摺られて行くのでした。

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