05話:村燃え草萌ゆ
『バベットさんはポーション、僕はチョコレート、それぞれ補充しませんとね!』
「此処はラグナベルガ領の辺地と思われる。ポーションはともかく、甘菓子は流通しているか怪しいぞ」
「そ、そんな……僕の生きる糧……ガクリ」
身振り手振りで落胆を表現するも、柊夜は冗談めかしたように笑っていました
「だから『チート能力』を使う」と言わない程度には、バベットとの約束を守る誠実さを持っているようです。
短慮ではあるものの、純心で、素直。
(……なるほど、コイツへの「飴」としてチョコレートが有効か)
(今までのように、そこそこ厳しい接し方くらいで、「鞭」は問題ないだろう)
既にバベットの中では、柊夜が自分のコントロール下に置かれている前提で、今後の身の振る舞い方を計算をしていました。
危険分子という認識は揺るがないものの、「『だから』それをイリス王国に連れて帰ってきて、『さらに』それをコントロールできる自分は、勲章級の働きをしている」という認識もまた。
今度こそバベットは有象無象たちを見返せることでしょう。
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「首都に戻ったら、幾らでもチョコレートを買ってやる」
「ポーションを手に入れるまでの辛抱だ……この寒き土地には長居しない」
「が」
「が?」
「……場合によっては、少しばかり人里を見て回らせてくれ」
「かつてラグナベルガでは魔族による大規模な作戦が行われた」
「どの人里にも、何らかの傷痕が残っていることだろう」
「ふむ、ふむ」
「まあ、最早、魔族は烏合の衆に過ぎないがな……ともあれ」
「どれくらい復興が為されたのか確認したい」
「この目で確かめることに、宮廷魔術師としての意義がある」
「分かりました! 僕も気になりますしね」
「この土地の人たち、どんな暮らしをしているんでしょう」
「少なくとも分かることがある」
「民には笑顔が取り戻されている」
「……私たちの望んだ光景だ」
結論から申し上げますと、そんなものはありませんでした。
村は焼け落ち、炭になった柱の残骸だらけで、草ボウボウに荒れ果てていたのです。
人骨もアチコチに散らばり、風に吹かれてコロコロ転がっていきます。。
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「……は?」
貼り付いた笑顔のまま、バベットは固まることしかできませんでした。
柊夜は首を傾げ、不思議そうな顔をします。
「よく分からないんですが」
「此処って古代の遺跡か何かなんです?」
そもそも村とすら認識できなかったようです。
平和な世界で生きてきた記憶しかない柊夜にとって、「焼かれた村」なんて見たことも聞いたこともありませんでしたから。
何も分からなくともしょうがないですね。
「こ、これは……何があった、一体、全体」
「魔族の残党、か、不運な火災、か、い、いや」
「生き残りは、誰も、居ないのか……?」
パッと見では生き残りも居ません。
綺麗に焼けた村は、極めて見通しがよく。
茫然自失にフラフラと歩み出し、バベットは土だらけの大腿骨に足を取られそうになります。
慌ててバベットの肩を両手で押さえる柊夜。
「あ、足元、危ないですよ、バベットさん」
「…………」
「悪い。助かる」
心配するように柊夜は真っ直ぐ、幽鬼のような顔をしたバベットを見据えます。
「人も居ませんし、ポーションも手に入らなそうですし」
「別の場所に行きません……?」
「いや、前言撤回はしない」
「『少しばかり人里を見て回らせてくれ』」
「何が起こったのか、調べる必要がある」
バベットの瞳には、怒りの炎が静かに宿っていました。
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「ゴブリンのものと思われる足跡」
「キマイラのものと思われる爪痕」
「……それから幾つもの『破壊の魔法』が使われた痕跡」
「つまり、どういうことです?」
重々しい口調で、悔しそうにバベットは伝えます。
「典型的な魔族被害だ」
「この村は……魔族によって蹂躙され」
「みんな死んだ」
「そ、そんな……生き残りもいらっしゃらない?」
「こんなの、酷すぎますよ」
あまりにも過酷な現実を突き付けられ、柊夜はせめてもの希望的観測を述べます。
「居るかもしれないが、もう既に他の人里へ逃れたか、食料として魔族に連れ去られたか……」
「魔族の力は弱まった筈だ、どうして此処まで蹂躙されている……?」
小さくなった脳神経では、賢明な宮廷魔術師でも答えは出せませんでした。
バベットが唸っていると、勇気を振り絞って柊夜が口を開きます。
「……まだ生きてる可能性があるなら」
「助けに、行きましょうよ、バベットさん!」
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「私もそう思っていたところだ」
「全部ぶっ潰してやろう、魔族の人喰らい共を!」
この面子にはブレーキ役が足りませんでした。
頭に血が上り過ぎたバベットと、正義感に燃える柊夜。
柊夜も、バベットも、ついに『チート能力』に頼った能動的な行動へと出ていくのでした。
「死者に関しては……魔族を討伐し、首都に戻った後」
「戸籍確認、聞き取り調査を行い、一人ずつ蘇生させる」
「存在しない村人を創造されても困るからな」
「ちょっと待ってください、僕まだ人を上手に作りなおせませんよ」
「命さえ戻れば上出来と判断する」
「細かい『調整』は繰り返すうちに慣れろ」
(確かに、これで経験を積めれば)
(ちゃんとバベットさんを元に戻せるようになるかも……?)
「……はい! 任せてください!」
「『魔族討伐』と並行して『人民救出』」
「絶対、成功させるぞ、私たちには『チート能力』がある!」
こうして即断即決、何も具体的なプランも練られていない、突発的な寄り道イベントが発生したのでした。
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さて此処で答え合わせです。
何故、魔王を倒した筈なのに魔族が跋扈しているのでしょうか?
何故、イリス王国の対応が遅れているのでしょうか?
それに加え。
何故、燃え落ちた村のあった場所から「もう」草が生い茂っているのでしょうか?
全部の疑問は一つの答えで解明されます。
答え、柊夜が祝宴で『ドミナの石板』を読んでから、既に一年が経過しているからです。
既にイリス王国では魔法大戦が始まっていますし、その隙に魔族は完全に力を取り戻しています。
三大陸の全土で内戦が勃発し、復興を支援するリソース、魔族に対応するリソースなんて何処にもないのです。
つまり村が滅んだのはずっと前で、魔族に囚われている生き残りも居る筈がありません。
――『猫から昇ったお月さま』の回が原因です。
二人が「時間操作」の影響を受けた「自動生成ダンジョン」を抜け出すに当たって、「操作した時間分」のリソースを、利息を付けて支払うことになったのです。
柊夜とバベット自体に影響はありませんでしたが、本来の時間軸から一年後に飛ばされる羽目となり。
『ドミナの石板』が読まれ、月が消え失せた天変地異が起こってからの、一年後が現在です。
取り返しの付かないレベルまで魔法大戦は進行しているのでした。
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