04話:起伏が糾える話
『あ、見てください朝日ですよ、出口が近いんですね、きっと』
樹々の密生が疎らへと近付き、葉と枝の隙間から光が差し込んできました。
よく歩き、よく遊び、よく寝て、柊夜も「キャンプ」には満足したようです。
どう考えても不自然に森の出口が見えてきます。
太い根が足となって、針葉樹がザワザワと道を作るように歩いていたのは、きっとバベットの目の錯覚ではないでしょう。
ツヤツヤした柊夜と対照的に、ゲッソリしたバベットは明らかに寝不足でした。
夜営に当たって不足した魔力をサバイバル知識で補い、周囲を常に警戒し続けた結果です。
ヒキガエルを絞ったような声で、まるで小学校の教師のように、認識の擦り合わせを行います。
「……よし、記憶力テスト。昨日の『約束』を復唱してみろ」
「私たちは『お友だち』になったんだ。それくらい守れるよな?」
若干の皮肉と挑発的ニュアンスが含まれていました。
しかし、むしろ嬉しそうに柊夜は元気に手を挙げます。
「はい、任せてください!」
「その一、この旅のリーダーはバベットさん!」
「その二、『チート能力』はバベットさんの許可なく使わない!」
「その三……は、ええと」
柊夜は言い淀みます。
記憶力に自信がないのかもしれません。
「おやつはバナナとチョコレート?」
「その三、私たちはイリス王国へと真っ直ぐ帰る!」
「ああ、そうでしたね……」
「僕たちの帰る場所は、イリス王国、です」
「よろしい。恙なく進行するぞ」
「目指すは『村』か『街』……最優先でポーションを入手する」
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この土地が何処であろうとも、人里さえ見つけられれば問題ありませんでした。
ポーションで魔力を回復できれば、「青」の「移動の魔法」でイリス王国にワープできるからです。
ポーションの製法は、一般的知識の範疇ではありません。
しかし魔法に頼った生活を送る現生人類は、ポーションの流通経路と共に生活圏を拡大していきました。
イリス王国は三大陸全土に渡って最大限まで領土を拡張しています。
つまり、ちょっと歩けばすぐ人里が見つかる算段を、バベットは立てていたのです。
「今の時代、どの村も魔族による侵攻から立ち直りつつある」
「かつては多くの村が焼かれ、多くの民が殺された……」
悔しそうにバベットが拳を握りしめるのを見て、ゴクリと柊夜は唾を飲みます。
「だが女神の導きで人類は優勢に立ち、魔族は劣勢に追い込まれた」
「魔王も討伐され、復興と再建の希望が、アチコチで見られる」
「……良い時代だよ、今は」
今度は心から嬉しそうに語るバベット。
これまでの癇癪を起こした時とも、気張って船頭を務めているときとも違う、自然な微笑みです。
それからも、何やら難しい話を長々としていましたが、柊夜には理解できませんでした。
(真面目だな、バベットさん……)
(なんやかんや怒られることは多いけれど)
(……「やっぱり」バベットさんは良い人だ)
まだ短い付き合いの筈ですけど、柊夜は同じ人間としてバベットに好感を抱いています。
そんな素晴らしい女性を、こんな小さな幼児に変えてしまった……。
ようやく今になって、バベットを元通りに蘇生できなかったことに罪悪感を覚えてくるのでした。
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(そうだ、良いことを思いついた)
(バベットさんに内緒で、僕も「ポーション」をたくさん飲もう)
(そうやって「もっと凄い力」を手に入れれば)
(バベットさんをコッソリ元の体に戻すこともできるかも!)
瞬時の閃き、しかしどう足掻いても浅慮。
柊夜視点では感動的なサプライズを計画します。
そもそも柊夜に足りないのは「美術のスキル」だったのですが、どうやら「魔力不足」と勘違いしているようですね。
「何を気持ち悪い顔でニヤニヤしている……さっさと行くぞ」
「どこまでも付いていきますリーダー!」
「あ、え? まあ……悪くない返事だ」
「その調子で人里まで頑張れよ」
「アイアイマム!」
リーダーの響きに、満更でもない表情。
バベットは柊夜以上のニヤニヤ顔でした。
自分でも驚くほど「おだて」に弱いのが彼女の特徴です。
思えば、周囲を見返すためだけに、今の地位まで自分は昇り詰めたのです。
誰もが羨み、誰もが謳う、理想的なトップを目指して。
みんなからポジティブな感情を向けられたかった……。
しかし現実はどうだったでしょうか。
本当にバベットが突出した才能を有していたのも、そもそもバベット自身に社交的な能力が皆無だったのも、悪い方向に働いてしまいました。
周囲からは腫物扱いのようにやっかまれ、あることないこと陰口を叩かれ……。
(そう考えると……この犬みたいに愚直で純心なコイツは)
(手元に置いておくのも、そう悪くないのでは?)
(尤も精神安定のポーション程度の扱いだがな)
馬鹿にしたように柊夜の顔をチラッと見るバベットは、明らかに絆されていました。
この規格外の存在をコントロールできる、という慢心も、少なからずあったのです。
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丘から灰色平野を見渡すバベットは柊夜に伝えます。
「どうやら此処はラグナベルガ領らしい」
「イリス王国の首都から北東に位置する山岳地帯だ」
「な、なんだか、寒くないですか?」
「さっきまでの森、むしろ暖かいレベルだったような……」
チラチラと静かに雪が降り、冷たい風が吹きます。
「『緑』の『森林』にはよくある話だ」
「常緑を維持するため、森林そのものが魔力を全域に回している」
「バイオーム自体が生きていて、その中で独立した生態系が構築されている」
「すみません寒いので『チート能力』使っていいです?」
「我慢しろ!」
事前に使用許諾を得ようとするのは、良い傾向……とバベットは信じたい気持ちに駆られます。
だからと言って凍死直前まで『チート能力』が使われないとも限らないため、迅速に人里を探すのでした。
柊夜の手を、小さなバベットの手が握ります。
そのまま急いで先に進もうと、ズンズン歩み出すのでした。
虚を突かれたように、柊夜は声を漏らします
「あ」
しかしバベットは前に進めません。
柊夜が完全に硬直して足を動かさないからです。
筋力的な都合で、うんとも、すんとも、言わず。
いくら引っ張っても進まないものですから、ついにバベットは音を上げます。
「ば、馬鹿かオマエ、リーダーと歩調を合わせろ!」
「い、いえ、すみません」
「バベットさんの手、温かいと思って……」
「そりゃ幼児だからな、体温高いだろうさ!」
ヤケクソ気味にバベットは叫びます。
その後ろで、俯く柊夜が顔を赤らめていたのは、寒さに凍えているせいだったからなのでしょうか?
雪と風は増々勢いよく吹き荒れるのでした。
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