第7話 魔王様は勇者とセフレになりました
ピロートーク。
「素のお前が泣き虫すぎて、僕はおまえに対するイメージをどうすればいいんだ?」
「何よ、いきなり……」
深夜。部屋に音はなく、小さく灯ったランタンの光だけが裸の二人を薄く照らす。
ベッドの上で、マイシァはゼオルトの上枕に頭を乗せて、彼を見た。
「ゼオルトだって、急に怒り出す怒り虫じゃない」
「はぁ~? 急にじゃないです~。おまえが怒らせるんです~!」
「前も今日も唐突すぎるのよ!」
「だってなぁ~……」
ゼオルトが、マイシァをジッと見据える。
その視線に込められた熱に、彼女は気恥ずかしさからちょっと目を逸らす。
「何、その目……」
「おまえ、この部屋で初めてしたときのこと、覚えてる?」
「初めてのときのことって――」
問われたマイシァは、ちょっと視線を宙に投げて考えてから、
「あ、わたしが処女じゃなくなったときのことね!」
「その節は大変失礼なことをいたしました。本当に、心から謝罪いたします」
ゼオルトが深々と謝ると、だがマイシァは呆けてまばたきを繰り返す。
「何で? 何でそこで謝るの?」
「ほらぁ~。そこでそういう風に言えちゃうのがおかしいんだってぇ~!」
「え、え?」
「おまえ、ホント、自分のこと大切にしなさすぎ! マジ信じらんね!」
言いつつ、ゼオルトは空いている方の手でマイシァの頭をなでなでし始める。
「きゃ、な、何よぉ!」
「おまえはもっと、自分のことを好きになっていいんだよ、マイシァ」
「ぇ――」
一転して優しい声音で言うゼオルトに、マイシァは小さく声を漏らした。
「僕も人のことは言えないけど――、いや、これは僕だからこそ言えることなのかもしれない。おまえだって人間だよ。だからもっと自分を好きになっていいんだぞ」
それは、ゼオルトの心の底からのお願いだった。
魔王から勇者へではなく、ゼオルトからマイシァへの、非常に個人的なお願いだ。
だって見ていられない。
ごくごく自然に自分のことを蔑視するマイシァが、あまりにも痛々しい。
彼女は自分を怒り虫と言ったが、そりゃ怒りたくもなる。
自分の腕を枕にしている隣の彼女は、とても可愛らしく笑う女性なのだから。
「ゼオルト……」
撫でられているマイシァが、彼の名を呼んで、その瞳に涙がにじむ。
「えぇぇぇぇぇ~~~~!? またかよォォォォォ~~~~!」
驚愕のち戸惑い。ゼオルトの大声が部屋の静寂を駆逐する。
「おまえ、ちょっと泣きすぎだよォ~!」
「ぅぅぅぅぅぅぅ~~……」
慌ててさらに優しく頭を撫でる彼に、マイシァは言葉にならない呻きを発する。
右手で両目を必死にこすってから、彼女は「だって……」とくぐもった声で言う。
「初めて、なんだモン……。そんな風に言ってもらえたの、わたし、勇者になってから初めてだから、それで、うぇ、えぇええ、ぇ……、ふぐぅ……!」
「マイシァ……」
嗚咽を漏らす彼女を前に、ゼオルトは半ば言葉を失う。
今の彼女がどういう気持ちか、そこに浮かべた涙が何を示しているのか。
ゼオルトには手に取るようにわかった。
何故なら、自分も同じだからだ。
これまで『ゼオルト・グラン』という個人を必要としてくれた者は、皆無だった。
上級貴族や国民に求められるのは、魔王としての活躍のみ。
しかも王といったところで実権は何もなく、実情はただの使いっ走りでしかない。
英雄だの、救国の王だのと持て囃されたところで、誰も自分を見てくれない。
そして『魔王伝承』の器として勇者と殺し合って、殺し合って、殺し合って……。
マイシァと自分は同じだ。
何一つ変わりゃしない――、いや、大きな違いが一つあった。
ゼオルトはしっかりした体格の男性で、マイシァはいかにも華奢な女性だ。
何てこった。彼女の惨状は僕以上じゃないか。
「……がんばりすぎなんだよ、おまえ」
腕枕をしたまま、ゼオルトはマイシァの方へを自分から身を寄せる。
そして、撫でていた方の手を彼女の背に回して、包むように抱擁してやる。
「うん、がんばった。おまえはすごいやつだよ。今までよくがんばってきたよ」
「……ッ、ぅぐ――」
ゼオルトの胸に顔を押しつけて、マイシァは声を押し殺して泣く。
真っ先に来る感情の発露が、号泣。
そうなってしまうほど、マイシァは己の内に様々なものを溜め込んでいたのだ。
「泣きたいだけ泣けよ。それも、きっと気持ちがいいことさ」
耳元に囁くように告げて、彼はそれ以上は何も言わず、ずっと抱きしめ続ける。
少しの間、真夜中の部屋を赤い髪の彼女の泣き声が満たした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
おめめ、真っ赤。
「泣きすぎて、目をこすりすぎて痛いの……」
「回復魔法、使えばいいだろ。目が充血しきってるぞ、おまえ」
「うん……」
苦笑するゼオルトに言われて、マイシァは素直に魔法を使う。
「はぁ~……」
そして漏らす、長々としたため息。
だが、続いて彼女が見せたのは、カラッとした笑みだった。
「何かね、すごいスッキリした」
「だろうなぁ。さっきよりも明らかに顔が晴れ晴れしてるモンな」
「うん、ありがとう」
マイシァは素直にお礼を言ってくる。
そこに、ゼオルトに対する敵意や隔意は一片も存在していない。魅力的な笑顔だ。
こんな顔でお礼を言われては、ゼオルトとしても悪い気はしない。
彼とて、もはやマイシァに対して悪い感情は持っていない。
今やゼオルトの中にあるのはマイシァへの理解と共感だけ。どうしてこうなった。
「……ねぇ、ゼオルト」
ゼオルトに再び腕枕をしてもらっているマイシァが、彼を見つめる。
「ん~?」
すっかりマイシァも落ち着いたと見て、ゼオルトは軽い気持ちで応じた。
すると、何故か彼女はちょっと視線をさまよわせ、言いにくそうにモゴモゴする。
「ぁ、あの、あのね……」
「何だよ……?」
不思議に思い、眉間にしわを寄せる彼へ、マイシァは意を決したような顔をする。
「……また、こうして会えないかな。わたし達」
紡がれたのはマイシァからのお誘いだった。
一瞬、ゼオルトは何のことか理解できなかった。が、すぐに彼はハッとなる。
「え、これから、か……?」
ちょっと呆気にとられながら返すと、マイシァの顔は真っ赤になってしまう。
彼女は毛布で自分の顔を覆うと、おずおずと目だけを出してこっちを見上げる。
「その、はしたない女って思わないでね……」
若干震えた感じの声といい、そのまなざしといい、実にあざとい。
だが、先ほどの決意みなぎる表情からしてかなり思い切った発言であるようだ。
「別にそんなことは思わないけどさ……」
彼女の恥じらう姿に頬が熱くなるのを感じつつ、ゼオルトはフォローを入れる。
それに、彼女が言い出さなければ、きっと自分がまた誘っていた。
そこについては、考えていることは同じだった。
これから先も時折こうして彼女と会って、酒を飲み愚痴を言い合い、体を重ねる。
何のためかと問われれば、それはもちろん『癒されたい』からだ。
マイシァとは体の相性も格別にいいようだし、何より、苦しみを分かち合える。
それは、ゼオルトにとっては特別に大きなことだ。
マイシァも、きっとそこは同じだろう。
自分と彼女は宿敵だが、同時に世界で唯一、互いの苦しみを共感し合える同類だ。
だからこうして相憐れんで、傷をなめ合って痛みと喜びを共有している。
そこに好意はあっても、愛とか恋とかは必要ない。
この関係を、恋人とは呼ぶまい。
自分と彼女は互いを癒し合うために体を重ねている。そう、いうなれば――、
「……僕達って、ただのセフレなのでは?」
ゼオルトは気づいてしまった。
さっきは皆目見当もつかなかった自分と彼女の関係性の、完璧すぎる正答に。
「セフレ……?」
毛布からちょこっと顔を出してこっちを見るマイシァが、それを聞き逃さない。
「セフレって、なぁに?」
「え?」
彼女から寄せられた問いかけに、逆にゼオルトが聞き返してしまった。
「おまえ、セフレって何かわからないか?」
「何よ、自分だけ知ってるからって、上から目線はやめてよね」
プリプリと頬を膨らませているこの様子、どうも本当に知らないらしい。
最初のときは自分から二度目のえっちを求めたり、今もまた会おうと誘ったり。
行動は随分と大胆なクセに、変なところで無知というか純粋というか。
それを可愛いと感じている辺り、自分もだいぶマイシァに毒されてる気がする。
「セフレってのはアレだ。セックスフレンドの略だ」
「セ、セックスフレンドォ!?」
驚きのあまり、マイシァがガバッと上体を跳ね起こす。
その勢いに顔までを覆っていた毛布も弾き飛ばされ、豊かな乳房が丸出しになる。
「そんなに驚くことかよ」
ゼオルトは軽く苦笑して、さらけ出されたマイシァの乳房の片方を軽く揉んだ。
とても柔らかいし、何なら片手では余る程度には大きかったりした。
「やぁん!?」
マイシァは鋭い声を発して両腕で胸元を覆う。
それに、ゼオルトは苦笑ではなくはっきりと笑い声をあげてしまった。
「それも驚きすぎ。色気ない悲鳴だなぁ、全く」
「な、ゼオルト……! ゃ……」
怒り顔を向けるマイシァの唇を、身を起こしたゼオルトが前置きもなしに奪う。
そしてそのまま、彼女をベッドの上に組み敷いて、彼は唇を離した。
「別にセフレでいいじゃないか」
「……むぅ」
間近に彼女の顔を見下ろして言うと、不服そうな声が返される。
「すごくただれた関係みたいに思えるんだけど……」
「何言ってんだ。正真正銘のただれた関係だよ、僕とおまえは」
本当に、マイシァが今さらその認識なのがまたしても笑いを誘う。
「けど、だから何なんだよ。別に、誰かに迷惑かけてるワケじゃないだろ」
「そ、そうだけど……」
何かを納得しかねる様子のマイシァの首筋に、ゼオルトは唇を吸いつける。
「ちょっと、ゼォ――、んッ」
可愛らしく喘ぐマイシァの赤い髪を、ゼオルトの手が優しくなでつける。
「僕がおまえにこうしてやれる時間は限られてるんだ。お互い、楽しむことを優先するべきだと思うぜ。どうせ、一晩過ぎたら僕とおまえは、また戦争さ」
顔こそ笑っていたものの、その言葉の後半は我ながら無味乾燥としていた。
乾ききった自分の声に感じるものは、未来への諦観。希望なき人生なのか……。
「……バカ」
マイシァが胸元を隠していた両腕を伸ばして、ゼオルトの首に回す。
そして今度は彼女の方から彼の顔を引き寄せて、押しつけるようにキスをする。
「マイシァ?」
「今は余計なことを考えないでいいの、ゼオルト。楽しめって言ったのはあなたよ」
「――そうだな。そりゃそうだ」
半開きになっていた口を笑ませ、ゼオルトがマイシァを抱きしめる。
「目が冴えちゃったな。……もう一回、しないか?」
「いいわよ。わたしもそう思ってたところ。次はとびっきり、優しくしてほしいな」
「ん、わかった。僕とおまえは、セフレだからな」
「うん、そうだね♪」
次のキスは、えっちの入り口。
男と女がもつれ合い、お互いに身を重ねて、熱い吐息を交わらせる。
例え傷のなめ合いでも、苦しさを忘れられるこの一瞬が今は何よりいとおしい。
乾ききってザラついた人生に、いっときのぬくもりと潤いを。
――魔王様は勇者とセフレになりました。
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