第4話 魔王様、脳内にて勇者をお誘い申し上げる

 魔王と勇者が、至近距離で向かい合っている。

 裸で。そしてベッドの上で。


「どういうことなの?」


 勇者マイシァが、きついまなざしで魔王ゼオルトを問い詰める。

 しかし、ゼオルトもそれを真っ向から見つめ返して、同じことを勇者に問う。


「どういうことだよ?」


 さすがにあり得ない。

 彼はそう思った。これはさすがに、あり得てたまるか、と。


「何でおまえがここにいるんだ。金髪のエルフはどこに行った!?」

「それはこっちのセリフよ、優しそうな髭のおじさんはどこに行ったのよ!?」


 互いに退く気もなく、相手を詰問し、そして返答もまた同時。


「「変装じゃなくて変身魔法に決まってる」」

「だろー!」

「でしょー!」


 しっかりと部屋中に響くくらいの大声が二つ、見事に重なって最後だけ異なった。

 魔王と勇者は、互いに歯を剥き出しにしながらなお睨み合いを続け――、


「……やめよう」

「……そうね。不毛だわ」


 一緒のタイミングで、共に一気に脱力する。

 別に『自動殺戮機能』が働いているワケでもなし、無意味に争う必要もない。

 ただ、ゼオルトは納得がいっていなかったワケだが。


「本当に、何でこの町にしたんだ?」


 だから彼は問う。

 この強烈すぎる偶然に、せめて何か納得できる理由が欲しくて。


「何で、って……、ここなら絶対に大丈夫だって思ったからよ」


 マイシァは、存外素直にそれに答え始めた。


「大丈夫? 何が?」

「ここならあなたは来ない。そう思ったの。……殺し合いした場所に近い町だし」


 それを聞いて、ゼオルトは片手で頭を抱えた。

 一緒だった。着目点も、選んだ場所も、何もかもマイシァと一緒だった。


「変身魔法を使ったのも同じような理由よ。エルフになったのは、亜人なら、よっぽど奇特な人じゃない限り声をかけてこないと思ったの。これなら大丈夫、って……」


 はい、そうですね。その通りですね。そこまで思考一緒かよォ!?

 ゼオルトがわざわざ髭面の木こりを選んだのも、一人で飲みたいがためだった。


「そうか……、うん、そうか」


 もう、こうなってはうなずくしかない。

 納得するどころの話ではない。何だ、この被りよう。何だ、この似た者同士!?

 ヤダよ、ふざけんなよ、さすがに宿敵と似た者同士は御免被る!


「わ、わたしは説明したわよ、魔王! あなたは、どうなのよ……!」


 そして、ここで逆に問い返されてしまう。

 マイシァは、すでに答えたあとだ。

 ここでゼオルトが答えないというのは、さすがに筋が通らないだろう。


「あー、僕は……」


 言いかけて、声が止まる。彼は気づいたのだ。

 こ、答えにくい! あとから『おまえと同じ』っていうの、明らかに胡散臭い!?


 いや、同じなのだ。

 思考の流れも、判断のしかたも、ほとんどがマイシァと被る。同一だ。

 しかし、ここでそれを素直に答えればどうなる。


『え、本当ォ? 嘘臭くない……? いや、嘘よね? 嘘だわ!』


 ――って、言われるに決まってる!


 見るがいい、マイシァがゼオルトに向ける視線を。あからさまに疑っているぞ。

 何か、自分を狙った目論見でもあるんじゃないかと不安に思っている目だ。


「えー、あー……」

「魔王?」


 ゼオルトが間延びした声を出して視線を泳がせると、彼女は眉間にしわを寄せる。

 いかん、疑いのまなざしがさらに強まった。

 な、何かを、とにかく早く勇者に向かって何かを言わなきゃ!


「お――」

「お……?」


「お察しの通り、おまえを追いかけてきたんだよォ~~~~ッ!」

「…………。…………ぇ?」

「ぁ」


 すごいことを言われて、ポカンとなる勇者マイシァ。

 すごいことを言ったことに気づいて、同じくポカンとなる魔王ゼオルト。


「…………」

「…………」


 二人は、互いに間の抜けたツラになって、しばし固まったまま見つめ合い、


「ま」


 という一声と共に、マイシァが一気に顔を紅潮させる。


「魔王ォォォォォォォォォォォォォォォ――――ッ!」


 そして絶叫と共にマイシァが投げた枕が、ゼオルトの顔面にクリティカルヒット!


「ぶっはッ!?」


 堪えきれずに、彼はそのままベッドから転げ落ち、床に後頭部を打ちつける。

 ゴッ、という固い音がして、そこで、ゼオルトは意識を失った。


「え、ぁ、あああ、あ~~~~!?」


 最後に聞こえた勇者の大慌てな声が、少しだけ面白かった。


 …………。…………。…………。…………。

 …………。…………。…………。…………。


「……ぅぁ」


 ようやく目が覚めてみると、ゼオルトはベッドに寝かされていた。

 額には濡らした手ぬぐいが当てられている。時間が経って、もう乾きかけだ。


「勇者、は……」


 部屋の中を見渡すが、マイシァの姿はない。

 だが、テーブルに紙切れが置いてあって、そこに何かが書かれていた。

 凄まじく上手な王国文字で、ただ一言、


『ごめんなさい』


 そう、書いてあった。


「……いや、悪いの、僕だよなぁ。どう考えても」


 いくらいっぱいいっぱいになってたからって「追いかけてきた」はないわ。

 自分で、それを言った自分が信じられない。さすがにバカの極みだよ、あれは。


「はぁ~~~~……」


 深ぁ~く息をついて、ゼオルトは片手で顔を覆った。


「あ~、謝らなきゃ……」


 でも、どうやって?

 さすがに三度目の邂逅は期待できないだろう。

 そう思って、割と絶望的な気持ちになってしまう、ゼオルトだった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 今日も今日とて、殺し合い。


「死ねやァ、『赤き傷口スカーレッド』オォォォォォ――――ッ!」

「滅びろォ、『灰髪の魔王グレイアッシュ』ウゥゥゥゥゥ――――ッ!」


 本日は北の国境線を舞台に、魔王と勇者がガチンコバトルスパーキング真っ最中。

 天は裂け、地はめくれ、風は荒れ狂い、稲光が空に轟く。


 そんな中を、魔王軍と王国軍が両軍ともえっちらおっちら撤退中である。

 まさにいつも通りの光景。

 見慣れて、見飽きて、ひどいマンネリだ。


 そう考えているのはゼオルトの中にいるゼオルト。

 現在、肉体の操作は『自動殺戮機能』に委託しており、彼は今日もまた観客だ。


 それにしてもひどい。本当にマンネリが過ぎる。

 全く同じ演目を、、毎日最低でも二回、多ければ四回以上は見せられるワケで。

 しかも、内容がどれだけひどくとも、観客はそれに文句を言えない。


 勇者の形相怖いですね。見飽きたよ。

 大聖剣の威力凄まじいですね。見飽きたよ。

 魔法のエフェクトすごいですね。見飽きたよ。


 も、ぜ~んぶ見飽きた。

 何もかも、相手の口上も戦いの展開も、何もかも、見飽きた~!


 さすがに、多少なりともアレンジが欲しいが、それも無理。

 何せ、戦いを繰り広げている演者に、戦う以外の演技ができない。最低だぁ。


 こういうのを東の国では『三文』とか『大根』とか呼ぶらしい。

 意味までは掴めないが、ニュアンスは何となくわかる。ド下手ってことだろう。


 ――って、思ったところで、何ができるんです?


 そう、何を感じ、何を思ったところで、今のゼオルトには何もできない。

 肉体の主導権が『自動殺戮機能』にある限り、指一本も動かすことはできない。


 その事実を前に、マンネリだの何だのと言うのも、所詮は負け惜しみ。

 結局、自分は『魔王伝承』の器でしかなく、こうして考えること以外は何も――。

 何も……、


『…………あれ、もしかして?』


 と、ゼオルトは思考する。

 肉体は今も勇者と殺し合っているが、思考はこうして完全に独立している。

 そこで、ふと思いついたのだ。


『体を使わずに済むことなら、何かできるんじゃ?』


 思いついて、何があるのかを考え、目に入ったのは大聖剣を振るう勇者の姿。

 そこに、閃くものがあった。


『う~ん、いや、でも……。……ま、いっか!』


 閃きはしたものの、逡巡を覚える。

 だが、それもほんの一瞬、彼はすぐさま実行に移した。


『オ~イ、勇者~!』

『きゃっ!?』


 返事は、すぐにあった。

 それは返事というよりも単なる驚きの声ではあったが。


『な、何? 誰!?』

『僕だよ、僕。魔王ゼオルト・グラン様だよ~!』


『はぁ!? ま、魔王、何で!』

『念話だよ念話。魔力を使った思念通話だよ。試しにやってみたらできた』


 そう、ゼオルトが思いついたのは念話による会話。

 これならば肉体を使わずとも、念じるだけで実行することができる。


『……ビックリした。そんなことができるのね』

『多分、おまえもできるし、今までの魔王や勇者もできたと思うぜ』


『できたとしても、そんなことを思いついて実行したのは、あなたが初めてよ』

『かもしれないな~。できたところで、殺し合いは続行中だし』


 ゼオルトの肉体が、巨大な火球を解き放つ。

 マイシァの肉体はそれを間一髪かわして、大聖剣で斬りかかった。


『殺し合ってるわね』

『殺し合ってるねぇ』


 それを、完全に第三者視点で眺めるゼオルトとマイシァ。


『……じゃなくて! どういうつもりよ、魔王! わたしの隙を誘う気!?』

『いや、おまえの隙を誘っても、それって肉体に影響しませんよね?』

『ぐ、それは、そうだけど……』


 図星を突かれて、声を小さくするマイシァ。

 そんな彼女へ、ゼオルトは簡潔に用件だけを伝える。


『僕さ、おまえに謝らなくちゃいけなくて』

『え、あ、謝る……?』


『うん、宿でさ、テンパりすぎておまえを追いかけた、なんて言っちゃって……』

『あ、あれは……』


『ごめん。本当は、僕もおまえと同じで、おまえと会わないように色々考えた結果だったんだ。でも、それって全部おまえと一緒で、おまえのあとでそれを言っても、逆に疑われるかなって思ったら、もう、何を言えばいいかわからなくなって……』

『それで、追いかけた、なんて……?』


 おずおずと問われ、ゼオルトは今さら羞恥に襲われながら、うなずいた。


『うん、まぁ、そう。一番言っちゃいけないと思ってたことが、口に出ちゃった』

『そうだったのね。……そっか』


 マイシァは、ゼオルトの説明にひとまず納得したようだった。

 だが、それで彼の気が済んだワケではない。ゼオルトは、最後にもう一度だけ、


『ごめんな、勇者。おまえのこと、驚かせちゃって』

『あ、えっと……』

『僕が言いたいことはこれだけだよ。謝れてよかった。それじゃあ――』


 ゼオルトが、思念通話を終えようとする。

 言いたいことは言えた。これ以上は蛇足でしかない。そう思っていた。しかし、


『ま、待って! 待ちなさいよ、魔王!』

『え……?』


 逆に、マイシァに呼び止められる。

 何故だか、彼女の方から戸惑いの気配が伝わってくる。多少の怒気も。


『自分だけ謝って、わたしには謝らせない気? 卑怯だわ、そういうの!』

『ええぇぇぇぇぇぇ! 何で怒られてるんですか、僕!?』


『こっちだって謝らなきゃいけないからに決まってるでしょ! ふざけないで!』

『今、叱られてますけど!?』


 ゼオルトが悲鳴気味に指摘すると、マイシァは途端に怒気をひっこめた。


『……ごめんなさい』

『こういうときは素直だな、おまえ……』


 やっぱ根が善性すぎやしないか、この勇者。と思いながら、相手の言葉を待つ。


『わたし、あなたを気絶させて放置しちゃったのよ? それは、いくら相手があなたでも行ないとしては最低よ。……本当に、ひどいことをしたわ。ごめんなさい』


 ものすごく、本心から詫びられてしまった。

 しかもやっぱり、自分が許してもらおうなんて気もサラサラないのが感じとれる。

 その上で、ゼオルトは言った。


『いや、殺せばよかったんじゃないのか?』

『何でそうなるのよ!』

『おまえは勇者で、僕が魔王だからだよ!?』


 魔王が気絶してる状況とか、これ以上ない絶好のチャンスだと思うのですけど。

 だが、マイシァはそれを大声で否定するのだ。


『バカ言わないで! わたしがどれだけ目を覚まさないあなたを心配したと……! 回復魔法をかけても起きないし、わたしは用事があるから最後まで見てられないしで、ずっと心配してたんだからね! 殺せばよかった、なんて言わないで……』


 あああああああああ、勇者の声が濡れてきてる~~~~! 泣く寸前~~~~!?


『わかった! 僕が悪かった! お願いだから泣くな、泣くのだけはやめろ、な!』


 そして結局はゼオルトの方が謝る羽目になる。何でだよ。


『な、泣いてるわけないでしょ! わたしは勇者よ、なめないで! ……でも、無事だったのね。よかった。本当によかったわ。無事で。……ふぇぇ』

『泣いてるよぉぉぉぉ、今のおまえ、ほぼ九割九分泣いてるよぉぉぉぉぉ!?』


 肉体同士は今も殺し合っている中、中身の方は泣くほど心配されていた。

 それは、実は嬉しいが状況としては混乱するしかないゼオルトである。


『……もう、何なんだよ、これ』


 ちょっと謝ろうとしただけなのに、何でまた泣かれてるんだよ、僕は……?


『あの、あのね……』


 と、やや年齢を退行させた物言いで、マイシァが何かを言ってくる。


『本当はね、わたし、嬉しかったの……』

『何が?』


『あなたに、追いかけてきた、って言われたとき』

『えぇ……!?』


 いきなり過ぎる衝撃の告白である。ゼオルトも、これにはビビる。

 普通に考えれば、ただのストーカー宣言でしかない気がするのですけど……。


『何でかは、わたしにもわからないの。わからないけど嬉しくて、でも、本当にわからなくて、恥ずかしくて、頭の中グチャグチャになって、枕、投げちゃったの……』

『あぁ、そうだった、のか――』


 泣きやもうとしつつたどたどしく語るマイシァに、ゼオルトは心の眉を顰める。


『どうしよう、勇者』

『な、何? どうしたの……?』


 キョトンとなっている様子の彼女へ、ゼオルトは真っ向から告げた。


『今のおまえがすごく可愛くてムラムラしてきた。また今夜、会わないか?』

『え、えええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――ッ!?』


 泣くどころではなくなった勇者の悲鳴が、魔王の脳内にこだました。

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