第3話 もう終わった話。の、はずでした

 魔王と勇者が初めてえっちした日の、夕刻頃。


「『赤き傷口スカーレッド』オォォォォォォォォ――――ッ!」

「『灰髪の魔王グレイアッシュ』ウゥゥゥゥゥゥゥゥ――――ッ!」


 南の国境線沿いで起きた小規模戦闘をきっかけに、二人は殺し合っていた。

 ちなみに、本日はこれで三度目の遭遇→殺し合いである。


 いつも通りにゼオルトが魔法を炸裂させ、マイシァが大聖剣で全てを薙ぎ払う。

 ドカーンドカーン! チュドドーン! なドッカンバトルが繰り広げられている。


 王国軍と魔王軍は、共にその隙に撤退していった。

 本日の戦闘でも、両軍に損害と被害が出た。度合いとしてはどちらも同じ程度だ。


 今回の激突で、先に現場に駆けつけたのはゼオルトだった。

 そして魔法攻撃で王国軍を蹂躙しかけていたところに、マイシァが現れた。

 あとはもういつも通り、魔王と勇者が相対し、殺し合いに突入だ。


 ――なぁ~にやってんだろうね、僕は。


 太陽の如き巨大火球を生み出しながら、ゼオルトはそんな自分を俯瞰する。

 目の前には、放たれた火球を大聖剣で切り裂き、突っ込んでくるマイシァの姿。


 自分のことを憎悪に満ちた目で睨みつける彼女に、朝に見た女性の面影はない。

 鬼か魔神か、悪魔か邪神か、とでもいいたくなるような面構え。


 そんなことだから、自分は二年間も目の前の怨敵の可愛さに気づけなかったのだ。

 ああ、でも、きっとあっちから見れば自分も同じような顔をしているのだろう。


 仕方がない。

 それは仕方がない。


 だってそれが『魔王伝承フィアード・サクセサーズ』がもたらす効果の一つなのだから。

 多分だが、同一魔法である『勇者伝承ブレイブ・サクセサーズ』にも同じ効果があるのだろう。


 即ち、敵を前にした場合に発動する『自動殺戮機能オートキリング』が。

 これは、一定の状況下において自動的に効果が発揮される。

 そして発揮された場合、伝承者は闘争心や敵意が極限まで肥大化してしまう。


 逆に、それらの邪魔となる感情は切り離され、肉体は半自動的に敵を殲滅する。

 これがあるから、魔王と勇者は午前中にえっちしていても、今、殺し合えるのだ。


 本当に、これだけは感覚として慣れないんだよなぁ。

 と、自動的に動く自分の肉体を俯瞰して、ゼオルトは考える。


 この『自動殺戮機能』は『狂戦士化バーサーク』のたぐいともまた少し違う。

 効果発揮中も、伝承者の自意識ははっきりと残っている。


 ただ、肉体と精神が連動しなくなる。

 例えるなら、舞台上で劇を演じる肉体を、精神が観客として観ている。

 そんな感じだ。


「今日という今日こそ、貴様の肉の一片まで消し炭にしてくれるわァ!」

「黙れ魔王! 貴様の極悪非道な所業、幾千幾万に切り裂いてもまだ許せんぞ!」


 叫ぶその声も、ゼオルトが自らの意志で発したものではない。

 マイシァもそうだろう。

 彼女も、この殺し合い劇を観客として見ているに違いない。


 それにしても、マイシァの顔がすごいことになっている。

 人の顔ってここまで歪むんだ、と驚かされてしまうレベルに鬼の形相だ。


 ……ってことは、自分もそうなってて、しかもそれをあの女に見られているのか。


 そこに考えが至り、気分だけだが眉間に思いっきりしわが寄る。

 いやいや、別にいいじゃないか。今さら過ぎる。二年前から見られてるだろう。

 と、そう思うのだが、眉間に寄ったしわが消えてくれない。気分だけだが。


 どうしても思い返してしまう、今日の午前中のこと。

 結局、二人が別れたのは昼直前のことだった。ゼオルトが先に宿を出た。


 朝に別れるはずだった二人なのに、午前中いっぱい、何をしていたのか。

 もちろん、ナニをしていた。

 それこそ発情したサルのように、何度も、何度もだ。


 なまじ回復魔法などあるから、疲れてもすぐに復帰できてしまうのがいけない。

 おかげで、今日だけで多分、自分はマイシァの体を触り尽くした。


 そして、逆もまた然り。

 自分の体で、マイシァに触れられていない場所はほとんどなくなった。


 本当に気持ちよかった。最高に気持ちよかった。

 何度も飽くことなく、彼女を貪った。そしてその間、マイシァを褒めまくった。

 その甲斐あって、多少ではあるが、あの子は自分の魅力に気づいたと思う。


 ……で? だから何なんです?


 昼を過ぎ、ヴァルデーミュ王都の魔王城に戻ったゼオルトはやっと我に返った。

 勇者とえっちして、自己肯定感が低いのが許せなくて、褒めまくった自分。


 だから、どうしたっての?

 それで、これまでと何が変わるっての?


 もちろん、何も変わりはしない。

 自分は今後も『灰髪の魔王』のままで、彼女は依然として『赤き傷口』のままだ。

 それは変わらないから、今、こうして彼女と殺し合っている。


 昨日あった出来事は、あくまでも偶発的なモノ。

 あの一夜に関してはもう終わった話だ。と、彼女とも話がついている。


 宿屋を出た時点で、それは全て『なかったこと』になった。

 だから、自分も忘れようと決めた。目の前の彼女もまた、そうであるはずだ。


 でも――、とも思う。

 そうだ、自分は奪ってしまったのだ。

 知らぬこととはいえ、よりにもよって、勇者の処女をいただいてしまったのだ。


 それについてはどうお考えですか、魔王陛下。

 などと自問するも、幾ら考えても答えなんて出るはずがない。


 ただ、このままでいいのか。とは思う。

 自分に何ができるのかは別として、やはり人情として、それが浮かぶのだ。

 マイシァは『気にしないでいい』とは言っていたけれど――、


 終わった話だ。

 勇者との一夜は、もう終わった話。それで決着したはずだ。


 だけど、いいのか。

 本当にいいのか。それで。男として、人として、それでいいのか……!?

 と、悩んでいたところに、肉体の感覚が戻ってくる。


 味方側の撤退が完了し『自動殺戮機能』の完了条件が達成されたのだ。

 あくまでも魔族を守る『魔王伝承』の一機能。状況が変化することで解除される。


 見てみれば、マイシァの方も顔つきが変わっている。

 彼女が持つ『勇者伝承』の『自動殺戮機能』もやはり停止したらしい。

 そうして我に返った魔王と勇者が、しばし、無言で相対する。


「…………」


 え、何言おう!?

 ゼオルトの無言は、そんな混乱からくる無言だった。


 さっきまではいざ知らず、こうして向き合っているマイシァは、午前中の彼女だ。

 それを認識して、ゼオルトの中に今までになかった感情が渦を巻いている。

 具体的には『これ、どうすればいいんですか!?』であった。


「……魔王よ、今日の勝負はここまでだ!」


 マイシァが、ゼオルトに大聖剣を突きつけて言ってくる。

 それにつられて、彼も同じく口上を述べようとする。


「よかろう、勝負は預けておくぞ、スカ……」


 その異名を呼び掛けた瞬間に、脳裏にマイシァの泣き顔が浮かんだ。


「……勝負は預けておくぞ、勇者よ!」


 軽くかぶりを振って言い直す。

 そして飛翔の魔法で舞い上がる彼を、マイシァがその場に留まり見上げていた。


 彼女の唇が小さく動くのが見えた気がした。

 さすがに何を言ったかは聞き取れなかったが、唇の動きから伝わるものはあった。


 ――もしかして、彼女、「ありがとう」って言った?



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 新記録達成! 新記録達成です!

 何と、本日の魔王と勇者の殺し合いの勃発回数、半日で六回! 新記録です!


「ふざけんなよ、もぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~~!」


 くたびれ果てたゼオルトが、飛翔の魔法でフラフラと王都を離れていく。

 今日も今日とて、上級魔族共は定時上がり。だったら自分だって定時で上がるよ!


 そして、昨日と同じように、どことも知れぬ場所でお酒かっくらってやる!

 と、いうワケでやってきたのは、昨日とは違う町。違う酒場。


 昨日の二の舞にならないよう、町は慎重に選んだ。

 ここは、今日最後の殺し合いをした戦場に最も近い場所にある。


 まさかそんなところに勇者が寄り付くはずがない。そこが狙い目だ。

 さらに、今回は変装ではなく変身魔法を使って完全に骨格から変えていく。


 人種は人間で、設定年齢三十七歳、既婚、二児の父親。

 木こりをしていて、ガタイがよくて髭ぼーぼー。自分とは似ても似つかない。

 これもまた昨日の二の舞にならないための一方策であった。


 そして、いざ戦場酒場へ。

 今日という今日こそ、食って飲んで食って飲んでの自堕落な夜を過ごすのだ。

 例え同類に出会っても、決して反応せず、一人で盛り上がるのだ。


 固い決意を胸に秘め、二児の父親(設定)となったゼオルトが酒場へ繰り出す。

 それから、およそ三時間後――、


「本当にさ~、上がさ~、何考えてんだって話でェ~!」

「ぅわ~、わかるわ~、心底わかるわ、それ~。ホント、何考えてんだ~!」


 三十七歳の既婚者(設定)は、若い金髪エルフの女性と派手に愚痴り合っていた。

 それはまさに昨夜の再演。

 何がどうというものではなく、とにかく愚痴り続けるだけの時間。


 程なく、金髪エルフが酔い潰れた。

 それに気づいたガタイのいい木こり(設定)が、彼女を揺さぶる。


「もしも~し、もしも~し!」

「ふにゃ~……」

「あ、これはダメなヤツですね~……」


 と、言う二児の父親(設定)も、かなり自分が怪しいことになっている。

 そこに、酒場のマスターが親切にも部屋を貸してくれると言う。


「お、いいんですか~、マスター」

「ああ、構わないよ。ウチは二階が宿になってるからね」


「じゃ、お金、はい」

「あいよ、毎度あり。部屋は二階の隅ね。これ、鍵」

「へ~い」


 そして三十七歳の既婚者(設定)は金髪エルフの女性をおぶって、二階の部屋へ。

 そこで彼女をベッドに寝かせると、突然、抱きつかれた。


「ねぇ、しよ……?」


 そう囁いてくる彼女の顔に見覚えがあった気がしたが、まぁいいかと思った。

 ここに至る流れがそっくり昨夜の再演であることに気づければ、まだよかった。


 しかしゼオルトは疲れ切っていた。

 過去最高の半日で六回の殺し合いにより、いつも以上に心身が摩耗していた。


 さらにそこに大量の酒が加わり、今の彼は、昨日以上に流されやすくなっていた。

 注意力も、倫理観も、疲労と酒のゴールデンコンビの前には、儚いものだった。


「……ん、しようか」


 そして彼は、流された。

 口づけを交わし、服を脱がし合って、肌を密着させる。


 途中、何かこの気持ちよさ、覚えがあるぞ。

 と、幾度か思いはしたものの――、結局は溢れるほどの気持ちよさを優先した。

 そうして、迸る快楽の中に夜は過ぎて、翌日の朝――、


「…………おはよう」

「…………おはよう」


 そこには、ベッドの中で裸で睨み合っているゼオルトとマイシァがいた。


「「なァ~~~~んン~~~~でェ~~~~~~~~ッ!?」」


 魔王ゼオルトと勇者マイシァのハモリ絶叫が、朝の宿屋に響き渡った。

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