年の始まり*天と咲む
「末吉だわ」
「吉だな」
「小吉ですね」
今年の運勢を新しくできたという
春に高等師範学校を卒業した面々はそれぞれの道に進み、なかなか顔を合わせることがない。やっと揃ったのは夏の一時期と、正月休みだけだ。
初詣を済ませ、見慣れない御神籤を見つけたのは葵で、新しい商売だなとフミは笑った。占い好きな恵子がやってみましょうよと二人の背を押した。
運勢は甲乙つけがたい結果だ。添えられた俳句がわからんと見せてきた友の紙に恵子の細い指がすべる。
「フミさんのはね、『
「待てばいいんだろう」
「何か行動に移したいわよ」
恵子さんらしいと苦笑したフミは目をきょとりとさせているもう一人の友人に声をかける。
「葵さん、どうかしたか」
「え、あ……と、ですね。『春風に 池の氷も とけはてて
「見つめるだけでっていうのもねぇ、待つと変わらない気もするわね」
「何が言いたいかわからんな」
「フミさんはそればっかり」
「理論がないだろう」
「
二人のやり取りを端から見ていた葵は悟られぬように笑った。きゃんきゃんと子犬のようにやり合う姿は、学生時代と変わらない。
もやもやとした気持ちが晴れていくようだ。
三人の横を通り抜け、連れだった男女が御神籤に手を伸ばす。
葵は、知らず知らずの内に仲睦まじい姿を目で追っていた。小競り合いをしていたはずの矛先が気の抜けた横顔に向けられる。
「忘れてた。葵さん、この前、男の人と歩いていたでしょう。生徒がデヱトをしてたって教えてくれたのよ。私、そんな話、ちっとも聞いていないのだけど」
「ほお」
恵子の話を聞いたフミも目の色を変えた。
急に向けられた刺すような視線に葵はたじろく。
「で、デヱトなんて、そんな」
「怪しいわね」
「怪しいな」
さっきまで言い合いをしていたはずの二人が手の平を返したように悪い笑みを浮かべた。
にじりよる友人に葵は後ずさった。何かと頼りになる二人だが、敵に回すとなるととことん分が悪い。全ての尋問に、ごめんなさいと、答えられないんですと断り続けた葵は小さくなるばかりだ。
「ねぇ、葵さん?」
「なぁ、葵さん?」
蚊の鳴くような声で返事をした葵はさらに背を丸めた。
「これだけは教えてちょうだい。泣かされてないわよね」
「君を不幸せにする奴なら、私たちがこらしめる」
二人の真剣な面持ちに、今度は違う意味で泣けてきた。
葵は小さく首を振る。
「大丈夫です。絶対、大丈夫」
絞り出された声に嘘偽りはない。
震える友をなぐさめるよう、二つの吐息が重なった。般若を背負っていた二人は表情をゆるめ、目で示し合わす。
「なら、仕方ないわね」
「勘弁してやろう」
顔を見合わせた三人はそれぞれ笑い、また並んで歩き始めた。
『天と咲む』より
https://kakuyomu.jp/works/16817330648870257380
三人娘でした。
和歌は女子同社製の一部を使わせていただきました。
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