【三】

「……×××! しっかりして、×××××!」

「ん……」

 微かに、繭ちゃんの声が聞こえる。

 どうやら眠っていた、というより半ば意識を失っていたらしい。

 視界が少しぼやけていて分かりにくかったが、陽は昇っているようだった。

 起き上がろうと思ったが、もう殆ど力が入らず上半身を少し動かせる程度だと分かった。

「どうして、どうしてこんな……何があったの!?」

「繭……ちゃ、ん……あのね……」

 私は右手を繭ちゃんの前に伸ばし、握っていた手の中の首飾りを見せた。

「私は……もう、駄目、だから……こ、れ……」

「駄目って……なに、言ってるのよ……」

「私の、代わりに……繭ちゃん、が……次、の、神に……」

 繭ちゃんは浜辺で会った時のように、目を丸く見開いた。

 そして、その目から涙がぽろぽろと零れだす。

「×××××……本当に? もう、無理なの……?」

「うん……だから、これ……私、だと、思って……」

 繭ちゃんは泣きながら無言で私の手が届きやすい位置に来た。

 力が入らず難儀したが、私はなんとか彼女の首に飾りを結んだ。

 そのまま、私は力を振り絞って彼女の小さな体を両腕で抱きしめた。

 ふわふわの柔らかい毛。温かい体。

 私は、本当に繭ちゃんが愛おしいと思った。

 繭ちゃんの涙が私の顔や腕を濡らし、いつの間にか泣いていた私の涙が、繭ちゃんの体を濡らした。

「いや……お別れなんていやよ……。折角、やっと……また一緒に過ごせると思ってたのに……」

「大丈夫……見えなくて、も……ずっと、一緒、だよ……」

 だんだんと、自分の腕の感覚がなくなっていく。

 重い感じではなく、軽く、まるで霧のように、消えていく。


 繭ちゃん、貴方ならきっと、大丈夫だよ……。




 ◇




 一隻の漁船が、島の岸壁に到着した。

 操縦席から若い男が岸壁に降り、手にしていた缶コーヒーの口を開け一口飲む。


「ん?」

 男は、足元に白い塊があることに気づいた。

 よく見ると、それは白い長毛で金色の目をした猫だった。

 首に赤い紐で結わえた鈴をつけている。

 猫はじっと男の顔を見上げていた。

「あれ、この島って猫いたっけ?」

 男は幼少の頃から父の漁船に乗りよく島へ来ていたが、猫を見かけたのは初めてだった。

 野良猫のような泥や砂に汚れた様子もなく首輪もつけていたため、誰かが連れてきた飼い猫かもしれない、と推測する。

 猫そのものは嫌いではないので、男はズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、カメラアプリを起動させると猫の方へレンズを向けた。

「あれ?」

 プレビュー画面に猫は映っていない。

 逃げたのかと思ったが、肉眼で確認するとまだちゃんと隣に座っている。

 もう一度スマートフォンを向ける。

 やはり画面に猫は映っていなかった。

「は? えっ、なんで?」

 故障かと思い缶コーヒーを持った自身の手をかざすと、あっさりと画面に表示された。

 男は心の底から困惑した。

 仕方なくスマートフォンをポケットにしまい、猫に目をやる。

 すると、男をじっと見ていた猫が口を開いた。


「×××、××、××」

「えっ……」


 猫の鳴き声ではない、と思った瞬間、男は不思議な感覚に囚われていた。

 猫は伸びをすると、まるで何かを確認するように男の顔を見てから、静かに歩き出す。

 男は手が震えて缶コーヒーが零れていることにも気づかず、そのまま猫の後へついて歩き出した。






 終 


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繭ちゃんと私 MADO @mado_texts

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