◇9話 勉強

「さてと、ここら辺で揶揄うのはやめにしましょう。マレイ様の恥ずかしさで顔を埋めたくなりそうな表情を見るのもとても良いですが、今回の本題とは外れていますから」

「確かにその通りですね」

「この……本当に不敬罪で処罰したいのよ」


 その割には少し楽しそうですが……?

 まぁ、今まではこういう軽口を言える関係って無かったんだろうな。見た目からして俺が担当していた子達程度の年齢だろうし……それで同学年とバカ出来ないのは純粋に詰まらないか。成人超えた俺がバカするのはどうかと思うが少しは可哀想に思えてくるよ。


「これで魔力の流れは掴み易くなったはずです」

「……この不思議な感覚の事かしら」

「そうですね、体の中を流れる感覚があるはずです。そこに注視すれば自ずと感覚は……」


 と、皆まで言う必要も無かったか。

 今ので魔力操作を獲得してくれた。いや、ここまでの魔法の才能と分かりやすい教えがあって習得出来ない方がおかしいけど……ううん、そこら辺はどうでもいいか。今は手に入れてくれた事を喜ぼう。


「無事に習得できたようですね」

「……腹が立つけれど教師のおかげね」

「一言余計、と付け加えておきますよ。私のスキルは教える事に特化していると説明したでしょうに」


 それでも……こういう軽口の言い合いは嫌いでは無い。あの世界であれば生徒と教師という立場上、どうしても身分の差があるし、仮にそれを除ける存在がいるとすれば大半は頭の足りない者でしかないんだ。


 こうやって冗談の意味を汲み取った上で返してくれる人なんて滅多に居ない。相手によっては今頃は電話が鳴り止まないなんて事は普通だし、教務から呼び出される事だって……ううん、考えるだけで頭が痛くなってくるな。


「では、獲得した上で黒魔法に関して教えましょうか。当たり前ではありますが魔力操作無くして魔法は使えません。それを補えるだけの才能があれば別ですが本来であれば発動すらもできないはずです」

「つまり、私は天才って事ね」

「その通りです。少しだけ否定したい気持ちもありますが事実は事実ですからね。普通は空間魔法という常人に扱えない魔法を、魔力操作無しで扱えるなんて天才としか言いようがありませんから」


 魔力操作無しでの魔法の使用は……。

 そうだな、簡単に言えばブレーキ無しでスーパーカーを運転しているような感じか。速度を出す事はできるが出し過ぎれば簡単に事故を起こしてしまうし、事故を起こして大爆発を起こす可能性だってある。運転手が類稀なる技術力を持っていない限りは限りなく効果を弱めて使うしかない。


「そこで魔力操作以外の補える要素を教えます。そこが基礎となりますから要素さえ、理解すれば他の魔法も自力で覚えられるはずです」

「……はずだと困るのよ」

「教師が全てを補える訳ではありません。勉強の中には生徒が努力をしてようやく成し遂げられる部分があります。その点で言えば才能のあるマレイ様なら右から左へ受け流さなければ簡単に覚えられますよ」

「そうさせるのも教師の役目だと思うけど」


 おいおい……自分の頑張りを教師に任せるな。

 いるんだよなぁ、頑張れば高い点数を取れるのに努力しない奴。そういう人に限って教える側に問題があるとか言うし、親も同じく教師を責めたてるんだよ。まぁ、王族なら確かにモンスターペアレンツになってもおかしくないか。


 何が親や学校近くの住民を味方にすればモンスターペアレンツはいないだよ。どこまでいってもモンスターはモンスターだし、努力しない奴は努力しない。それが上手くいくのなら誰だって頭の良い生徒と頭の悪い生徒を振り分けたりしないだろうに。


「私の力が無ければ何も出来ない、と認められるのなら構いませんよ。まさか、魔法の才能を自負していらっしゃるマレイ様が無能如きの力を借りなければ何も出来ないなんて」

「えらく挑発的なのね。まぁ、のってあげるわ」

「そうですよね、私の力が無くとも自力でどうにか出来ますよね。いやー、本当に良かったですよ。まさか、必要な要素を教えられても尚、無能の力が必要だと言うなんて才能があるだなんて口に出来ませんからね」


 ここまで煽ればマレイも手を抜けまい。

 ってか、本当に魔法の才能に関しては最上位に近いんだ。いつまでもマレイの傍にいられない中で俺を頼りにされても困ってしまう。怒った素振りは見せても王族としての権力を口にしない辺り、俺の言葉の真意に気が付いているだろうな。


 いや、こういう関係を終わらせたくないのか。

 遠回しに「生徒と教師の関係を続けて欲しい」とお願いされているのかな。だとすれば、可愛らしいとは思うがリアルなツンデレはNGだ。ツンデレもメンヘラもヤンデレも、二次元ならまだしも三次元なら面倒この上ない。


「とはいえ、本当に今から教える事さえ守れば後は才能でどうにか出来ます。だから、マレイ様には頑張って欲しいんですよ。そのキッカケとして闇魔法を教えるまでです」

「なに、お世辞でも言って機嫌を取るつもり?」

「可愛い女性の笑顔を見れるのなら悪くないかもしれませんね。マレイ様のように美しく才能もある方から笑みを見せられれば普通の人は目を背けてしまうでしょう」

「だから! お世辞はやめて欲しいのよ!」


 と言いつつ頬を赤くするのはどうしてだ。

 いや、分かっていて言っているから笑顔で見詰めるだけなんだけどさ。本当に褒め言葉に弱いんだな。これが俺が褒めているからとかなら喜んでいたんだけど……まぁ、どうせ、そんな事がある訳もない。


「……さて、勉強に入りましょうか」


 最初は簡単なテストのようなものを行う。

 ヴァーレが来るまでの間に大切な情報は虫食い状態でメモしておいたからな。そこに入りそうなものをマレイに考えてもらった後に正答を教えていく。とはいえ、さっきまでの俺の言葉を理解していれば考え付く程度の問題しか無い。


 テスト用紙を出されたら嫌な顔をされたけど……こういうのは万国共通なんだな。まぁ、イヤイヤ解き始めてくれた分だけマシか。俺が担当していたクラスなんて両手に収まる程度しか解き始めなかったぞ。


「驚く程に慣れていますね。仕えている私が言うのもどうかとは思いますが、マレイ様は事と場合によっては多くの人間の手を妬かせるようなお方です。こうも簡単に自身の考えと同調させるとは見ていて尊敬の念すら覚えます」

「マレイ様と似たような人を知っているだけです。それに心優しいマレイ様が本気で叩いてくるわけも無いでしょう。彼女なりの優しさ、一種の遊戯のようなものです」


 言いたくは無いが……俺がマレイを生徒として扱いたいと思ったのは和奈に似ているからだ。あの子は数人の生徒と認められる存在であり、そして前が見えなくなっていた俺を助けてくれた子でもある。


 だから、その光に縋るように多少は助けてあげようとしているだけ。もちろん、この子は和奈と似ているだけで一緒では無いと理解しているし、同格視する気も無い。ただ……何も持ちえない俺を助けてくれて、助けたい子に似ているだけで軽く心を見せるには十分だった。


「……一つ純粋な疑問があります。どうして転移したてのリョウ様が魔力に関して、この世界の研究者よりも深い知識があるのでしょうか」

「それは……私は十二人の最高級な贄を捧げて召喚された人間ですよ。ステータス外での対抗策なんて幾らでもあるに決まっているでしょう」

「……なるほど、王は少しばかり浅慮だったようですね。こんなにも可能性に満ち溢れた存在を安易に追放すると言っていたとは……」


 本来はここまで話をする気は無かった。

 都合良く扱って雑多な情報を与えて二人っきりにしてもらうだけ……だったのに、この人は本当に嫌いになれないんだよな。いや、俺の好意を擽ってくる才覚の持ち主と言うべきなのか。この人は本当に放っておきたくない存在に思えてしまう。


「ヴァーレ、分かっていると思うけど」

「ええ、この話に関しては詳しく報告しない、という方向に持っていけばいいのでしょう。私を疎んでいたマレイ様が勉強会の監視役に私を呼ぶという事は第三者の意見があったという事。そこに当てはまるのはリョウ様しかおりませんから」

「そうよ、リョウは私の騎士……傷付ける真似は私が許さないかしら」


 なるほど、そこで威圧を見せてくるのか。

 やはり……マレイも俺の価値は認めているんだろうな。ここまで見せて、というのは大人気無いかもしれないが、対等に笑顔を見せてくれる存在は手放したくないのだろう。……正直に言って嬉しい話ではある。

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