◇8話 真価
「どうして魔力操作を?」
「マレイ様が所持していないスキルである事、そして魔法を扱う上で何ものよりも有用なスキルである事から選びました。簡単に言えば所持しているだけで魔法の扱いが極端に簡単になります」
「確かに持っていないけれど……まぁ、そこまで言うのならいいかしら。それが私の期待に応えられるものだから教えようとしているのでしょうし」
持っていない事を知っている、それが分かればマレイも少しは俺の意図に気が付くだろう。性格の悪さはあったとしても別におツムが足りない訳では無い。まぁ、この程度ならヴァーレであっても察しがつくだろう。
だから、より話せない能力を見せ付ける。
有用性を見せ付け続ければヴァーレも少しずつ俺に対しての脅威度を感じ始めるはずだ。そのうえで話されたとしても良いように見せられる範囲に限定しておく。それだけで俺の進ませたい方向へと持っていけるはずだ。
「では、魔力操作を教えていく上で……そうですね、魔力とはどのようなものなのか説明できますか。マレイ様はもちろん、ヴァーレさんの考えも聞きたいです」
「……魔力は全ての生物の体を支える物質、そして体内に貯まる魔力を活用する事でスキルや魔法を扱えるようになる、と教わったかしら」
「ええ、私も似たようなものです。強いて付け加えるのであれば体内に残る純粋な魔力と、外界で悪しき性質を持った魔力を魔素と区別付けられる、くらいですかね」
なるほど、一般常識としてはそこまでか。
俺が教えるために与えられる知識は正確そのもので、言ってしまえば狂いようの無い完璧な知識だけを頭に叩き込まれてしまう。そこに世間がどれだけ追い付いているのか分からない、ダークマターが何なのかを知っていると同じようなものなんだ。
「ほとんど正解ですね。では、踏み込んだ質問をします。どうして魔素は悪しき性質を持つのでしょうか」
「魔力と似ているようで違うから、かしら」
「……私は魔物が持つ魔力が総じて魔素となると考えておりました。研究は進んでおりませんが魔法として放たれた魔力が魔物に吸収されて、魔素として活用される等であれば多少は納得もいきましたので」
おお……この人、頭良過ぎるだろ。
いや、本当にその通りなんだよな。もちろん、魔物が扱うせいで魔素になるだけでは無いんだけど、それでもその一点に限っては当たっている。要は人の扱う魔力は純正な元素のようなもの、そこに何かが付随される事で魔素という物質に変わってしまうんだ。
「ヴァーレさん、お見事です。魔力というものは何ものよりも変化しやすい物質なので、そのような物質が周囲の媒介と同化する事によって魔素へと変化します」
「つまり……より純粋なものは魔力である、と」
「それはそうであり、そうではありません。魔力という物質は酷く全ての物質に同化しやすい性質上、周囲に何かしらの物質があれば単体として存在する事はできません。純粋ではありますが純粋になり切れないような物質、と捉えてください」
日本でも魔力という物質はある。
だけど、それこそ、空気中に漂う元素と同化してしまう事によって魔力を魔力として認識する事が出来ずにいる。異世界人は魔力を探知する事に特化して進化したために魔力を利用出来るが、地球人は科学に特化したせいで魔力という万能物質に気が付けないでいる、といった感じだ。
要は夢特性メタ○ンみたいなものだよな。
伝説とかの一部の存在を除いてどのような化け物とも子供を作る事が出来るような存在。これを使えばどこぞの培養液であるワクチン素剤の如く、千倍以上の効力を発揮する事も可能だろうに。まぁ、科学と魔力が両立しない世界では不可能な現象だろうが。
そして、魔法が属性に分けて様々な事象を引き起こせるのはコレが理由だ。魔力は、例えば近場に窒素があれば残り全てが同じ窒素へと変化してしまう。それと同様に扱う魔力を一箇所へ集め区切り、その一部を何かに変換する事で全てをその属性へと変化させる。
他の魔法や付与だって似たようなものだ。
だから、魔力操作という言わば魔力の根幹を無視して魔法を扱おうだなんて無理に決まっている。それこそ、そんな人がいるとすれば本当に誰が教えるまでも無く魔法を極められる天才くらいだろう。
「その魔力を扱い切れるのは人間と魔族のみです。まぁ、魔族は魔素すらも扱えますが今は関係の無い話でしょう。その魔力がどこから来るか、それが魔力操作というスキルに繋がります」
「……体内のどこか、じゃなくて?」
「体内のより鮮明なところにある、と伝えたいのでしょうか。確かに……そこまで考える事はありませんでしたね。王国に仕える一級魔法使いも何となくと言っておりましたし……」
そうそう、そこなんだよなぁ。
そこら辺はライトノベルとかで浅い知識を多く得ている日本人と、純粋な研究だけで知識を得る異世界人の考えの違いかもしれない。日本人なら当たり前に思い付くイメージが異世界人には即座に考え付かないというのは……それもまた一種の知識チートなのかもな。
「正解は血です。要は魔力操作の根幹にあるのは体の中にある血液と同じなのです。魔力を使い過ぎれば頭痛が起きる、それは体の中にある血液に姿を変えた魔力が一気に減るからです。そう考えると魔力に関して想像するのは難しくは無いでしょう」
「……体の中にある血液を動かす感じ?」
「近からず遠からず、ですね。ほら……魔力だけを出すとこんな感じになります」
一瞬だけ体から魔力を外に放出させる。
大きく開いた右手から瞬く光が現れた後に何事も無かったかのような無が生まれた。知識を試した迄とはいえ、思いの外、上手くいったな。もしかしたら指導している間だけ補正がかかっているのかもしれない。……まぁ、無い事は知っているんだけど。
「綺麗……って、そうじゃないかしら!」
「いえ、それでいいんです。今のは魔力が近くにある物質と同化した事で起こった現象です。言うなれば血液の中にある魔力を上手に出せたから起きたとも言えます」
簡単に言えば魔力は一種のエネルギーだ。
そのエネルギーが何かに変化したとしても、内部に秘められていたエネルギーが消え去る訳では無い。質量保存の法則とは違うけれどエネルギーはエネルギーとして消費されなければいけないからな。それが光へと変わったってだけ。
「ひゃっ……遂に本性を」
「違いますよ。今から私の魔力を流してマレイ様の血液中の魔力を活性化させます。それを探知すれば容易に魔力操作が出来るようになるはずです」
「……だからって、いきなり首に手を当てるのはおかしいと思うのよ。なに、私を手篭めにして欲望を叶えようとでもしているのかしら」
「マレイが手に入るのなら悪くないかもね。王女でもなんでもない、才能に満ち溢れた美しい女性に舌鼓を打つ毎日も悪くはなさそうだ」
最後だけは本当に小声で口にした。
彼女の耳元で、それも王城に伝わる環境音で掻き消えるくらい小さな声だ。別にただの冗談でしかないが……夢見がちなマレイからすれば心穏やかに反応する事は出来ないだろう。
「なんて、冗談ですよ。確かにお綺麗なマレイ様から好意を持たれて喜ばないわけがありませんが、それは好意を持って頂けたからです。無理に自分の物にしたところで少しも喜べはしません」
「わ、わ、分かっているのよ! 本当に意地悪というか! もう少し乙女心を理解するべきだと思うのよ!」
「寛大なマレイ様なら許してくれる自信があったからですよ。それに乙女心なんてものは理解したところで生きていくうえでは不要ですから、学ぶのであればマレイ心の方が役立ちますね」
騙している……事に関しては罪悪感はある。
だけど、王女の立場であったり、多少は俺を威圧してきた人に対して嘘偽り無く対応するなんて善人が過ぎるだろう。こんな言葉に惑わされているようでは一人になった後に後悔するのが目に見えているからな。
なのに……そんなに頬を赤くしないでくれ。
はぁ、俺は特別だとでも言いたいのか。いや、確かに俺はマレイの味方だとはいえ、その程度の事で好感度が大きく向上するなんて……そういえばどこぞの誰かさんも似たような事になっていたな。もしかしてリップサービスし過ぎてしまったか。
「なるほど、確かにマレイ様は乙女のようですね」
「ヴァ、ヴァーレも……本当に腹の立つ男達なのよ!」
「その割には心底、彼を気に入っていられるように見えますが」
うーん、そういう話は本人の首に手を当てて魔力調節をしている俺が離れてからにしてもらいたいのだけれど。まぁ、俺へのヘイトが高いわけでは無いんだし気にするだけ無駄か。
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