◇7話 前進

「さてと……それでは協力者として一つ質問です」

「なにかしら」

「まだ二人っきりでいられる時間はあるでしょうか」

「貴方って……想像していたよりも大胆なのね」


 大胆……ああ、そういう事か……。

 時間があるかって聞いて大胆だなんて俺を何だと思っているんだ。精神も肉体も男性だから女性が好きなのはそうなんだけど、こんな命がかかっている状況で疚しい行為をする気は無い。


「違いますよ。時間があるのならスキルを試してみたかっただけです。要は勉強会を行いたいって事ですね」

「……そう、いきなり変態になったのかと思ったわ」

「まさか、そんな考えが思い付くマレイの方が変態なので……いえ、なんでもありません」


 すごい形相で睨まれたんだけど。

 でもさ、二人っきりで「時間ってある」とか聞いたら大胆って……想像以上にマレイって乙女なんじゃないか。箱入り娘な分だけ想像力は人一倍あるとかかね。本当に手を出したらどんな反応をするのだか……まぁ、しないけど。


「夕方までなら問題ないかしら。そうね……今から三時間程度までなら付き合えるわ」

「それはいいですね……では、二十分後くらいからマレイの部屋で勉強会を始めましょうか。その間にする事は……言わなくても分かりますよね」


 マレイは静かに首を縦に振った。

 上々、説明しなくても俺のして欲しい事が分かってくれて本当に助かるよ。そこら辺は本当に年齢に合わないというか、高校生でここまで頭が回る人は一人もいなかったぞ。さすがはロイヤルファミリーだな。


「問題ないわ。だけど、三時間も二人っきりというわけにはいかないから……一人は護衛を付ける必要が出てくるのよ。それにアテが」

「俺を案内してくれた執事に声をかければ良いでしょう。あの人なら多少の関係性の変化を見抜いたところで口を紡いでくれます」

「忠誠心の高いヴァーレが……にわかには信じがたい話ではあるけど、貴方が言うのだもの。信じてあげるわよ」

「任せてください。バレないようにマレイに様々なスキルを教え込んであげますよ。仮にバレたとしても最低限だけです」


 そう、最低限のエサをばら撒くだけだ。

 そこから先の部分が露呈しようとあの人なら確実に隠してくれる。何故だろうな、少しの時間だけとはいえ、話をしてそう思えてしまったんだ。これももしかしたら俺のスキルの影響なのかもしれない。


「それではお願いします。その間に俺はマレイの部屋で勉強出来るように準備を整えておきますから」

「……詳しい話は任せるわ。とりあえずヴァーレ以外が干渉できないようにして、それでいて勉強するために必要そうな物を持ってくる。それと雑事が少しでいいかしら」

「ええ、そうしてくれれば確実に騙し切れます」


 ここから生きて逃げ出し、そしてマレイを外へと連れ出す。それが出来るようなスキルがまずは必要だ。さてと……マレイが頑張ってくれている間に必要そうなスキルをピックアップしておきますか。








 ◇◇◇








「先程振りですね、リョウ様」

「そうですね。ああ、それと様は結構ですよ。私は所詮、マレイ様に拾われただけの無能でしかありません」

「だとしても、リョウ様は客人に変わりありません。真に追い出されない限りは外来者は御客様として扱うのが執事の基本でございます」


 客人ね……にしては、対応が酷過ぎると思うのだけれど。まぁ、そこら辺を一執事でしかないヴァーレがどうにか出来る話では無いか。それでも様付けをされる程の存在では無いんだよなぁ。


 いや、考えても直してはくれないか。




「……少し遅れましたが自己紹介といきましょう。私の名前は大久保亮、日本という世界で働いていた成人済みの男です。どういう訳か、このような素の自分とは似ても似つかない姿に変わってしまいましたが……」

「これは御丁寧に……私の名前はヴァーレ・アルデヴァランスと申します。幼少の頃からアウストラル王国の王城の執事として働かせて頂いておりました。あの時に飲んでは頂けませんでしたが王国随一の給茶の技術があると自負しております」

「それではヴァーレさんとお呼びしましょう。そして茶に関しては申し訳ありません。あまり言いたくはありませんが私としてもただ出された条件を飲むというわけにはいきませんでしたから……飲んでいられる程の余裕などありませんでした」


 事実、茶を飲むという考えは湧かなかった。

 どうすれば少しでも良い条件を引き出せるか、そこばかりを考えていたんだ。それに余裕があったとしても茶よりも他の事に思考を巡らせていたと思う。判断ミスがイコールで死に直結するような状況ではあったからな。


「であればどうでしょう。ここにヴァーレさんのお入れした茶を持ってきて、啜りながら勉強会をするというのは」

「いえ、それは……」

「ええ、私は茶が嫌いなのよ。ヴァーレの茶は飲めなくは無いとはいえ、我慢して飲む程の気持ちは今のところ無いかしら」


 それは……本当に口に合わないんだろうな。

 あの時の様子からしてヴァーレは小汚い手段を使わないと予測している。飲んだら面倒な事になるから飲まない、とかなら飲めなくは無いと褒めたりしないはずだ。……いや、考え過ぎか。良くも悪くもクソみたいな世界に汚されていたな。


「それは申し訳ない話をしてしまいましたね」

「いえいえ、手前勝手が招いた結果です。全ては私が良くない話題を提供したからこそ、起こってしまった問題ですから」

「ですが、その話題をマレイ様に振ったのは私です。ここはどうか、私の失敗という事で矛を収めては頂けないでしょうか」


 マレイに対して片膝を付き頭を下げる。

 コイツは王族とはいえ、同じ目的を共有する仲間のようなものだ。レーマとかいう王に比べれば頭を下げようと問題になる事は無い。アイツに頭を下げるという事は形式上とはいっても上に立つ者として認める事になるんだ。


 許すわけねぇだろ。身勝手を極めたような人間にどうして頭を下げられる。せめて、あの無駄にある脂肪を減らして、俺の能力について少しは見抜いてから選ぶって欲しいものだ。まぁ、全てにおいて無能であれば王として君臨はできないだろうから、何かしらの強みはあるのだろうけど。


「リョウが言うのなら許すわ。本当ならヴァーレに対して罰を与えるような案件だったのだけれど」

「私としては有難いお話でしかありません」

「でしたら、この話はここまでという事で……それでは本題である勉強会に入りましょうか」


 所詮は茶番の一つでしか無いのだろう。

 だけれど、やる事に意味がある。形式上の茶番に関しては何度も行ってきたからな。その度に面倒に思えていたが今となっては……こういう時に戸惑わなくて済む。


「それにしても勉強嫌いであったマレイ様がリョウ様の話に乗るとは内心、驚きました」

「教師という名の顔合わせに興味は無いかしら。ただ私を楽しませようとしてくれるリョウの方が圧倒的に信用できるから許しただけなのよ」

「……自信はありませんが実りのある勉強会になるよう努力したいと思います」


 コイツ……遠回しに威圧してきやがったな。

 口だけなら分かっているよね、と言ってきているんだろう。本当に良い性格をしているというか、人任せというか……本気で外に出たいって思っているのなら少しは労われよ。


「とはいえ、興味の無い話をされても面白くは感じないでしょう。何についてまなびたいのか、是非ともお教え下さい」

「……私には人並み以上の魔法の才能があるとされているかしら。だというのに、完全に扱えるようになったのは空間魔法と生活魔法だけ。だから」

「分かりました。それでは根本となる魔力操作とマレイ様の才能に合う魔法の勉強にしましょう」


 言葉で制限する事で魔力操作と魔法の二点のみに知識を限定させる。指導術によってマレイにスキルである魔力操作が無い事は分かっているからな。教える事でマレイに有用さを見せられるのと同時に俺へのメリットも生まれる。

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