◇5話 提案

「……一先ず座りなさい。そうね、ここでいいわ。私よりも幼い子供を相手に立たせているなんて気分が悪いのよ」

「それは大変申し訳ない事をしてしまいました」

「思ってもいない言葉は要らないわ。少しも腹を割れない相手と話していても楽しくないもの。さっさと座って本題に入るのよ」


 バルコニー前の椅子を指さされた。

 そこまで歩く途中で化粧台に映る自分の顔を見たが確かに幼い子供だな。それも……日本人には見えない。金に近いブラウンの髪色、それと瞳が琥珀色だ。髪を整えていないからボサボサな感じが目立つが素直に綺麗な顔をしているな。


 え、これを相手に追放云々と話をしていたのですか。これだけ可愛かったら弱くても使い方は幾らでもあるだろうに……さすがにそこは人道的な面で許せはしなかったのかね。いやいや、それなら生き残る可能性の低い追放の話は出さないだろ。


「自分の顔に魅入っているのかしら」

「人聞きの悪い事は言わないでください。元の顔と違うために見ていただけですよ」

「確かに、今の貴方の顔は勇者として公表すれば多くの女性の人気を得られそうね。私も異世界人と聞いて身構えていたのに……貴方の口調と見た目を見て驚いたものよ」


 それは……好意的に捉えていいのか?

 いやいや、顔だけで勇者の地位を与えますなんて都合の良い話にはならない。まぁ、良くて越した事は無いけど今の状況を打破出来る要素にはならないだろう。二人っきりの状況で表情を一つも軟化させない時点で脈は無い。


 それに俺はコイツを好きになれないからな。

 恵まれた環境、与えられた幸福、それらを贅沢だからと拒む精神……どうしようと俺とは相容れない性格だ。いや、ツラツラと並べはしたが人間であれば当たり前の事か。自分の信念のために人を蹴落すのは当然なんだ。そういう人達を守るような立場なんて真っ平御免だな。


 指示された通りに座り顔を見つめる。

 その言葉に対して返答は一つ。




「私は勇者になる気はありませんよ。人気が出る顔かどうかは別として人に好かれたいとも思っておりませんから」

「……なるほど、異世界人の中でも変わり者だったという事ね。それなら尚更、良かったわ。私の目が間違っていなかったって思えるもの」

「それはどういう意味でしょうか」


 何か裏があるとは思っていたが……口振りからして想像以上の無理難題を吹っかけられそうだな。それでも味方に出来れば最上級な存在な事には変わりない。適当に飲んでやって後々で誤魔化してしまえばいいさ。


「リョウ、私を城から連れ出しなさい」

「……はぁ?」


 城から連れ出して欲しい、と言ったか。

 どうして、なぜ……頭の中にハテナマークが増えてしまうけど今は後回しだ。その話を持ち出すという事は聞き出す事だって難しくないはず。今はマレイから目を離さないで意図だけを汲み取れ。


「荒らげた声を出してしまい申し訳ありません。城から連れ出して欲しいとの事ですが、それをどうして無能の身に頼むのですか。現にステータスも皆様が蔑む程に低かったではありませんか」

「予想通りの反応をありがとう。いいかしら、私の読んできた文献では、勇者以外の異世界人は以下の二つに分けられるのよ。ステータスが普通の人よりも高いか、固有スキルが一つだけ与えられるかのどちらか」

「それに対して私は二つ所持していた。……それだけでは庇う理由にはなり得ませんよね」

「なるわ。だって……こんな馬鹿げた思想を敵味方を気にせずに話せる相手は貴方だけだもの」


 マレイは悲しげに笑って口にした。

 なるほど……王国の手が回っておらず、立場を利用して脅す事も出来る俺は味方にするにはちょうど良いって事か。使えないのならクビを切れば良いだけだと考えれば手頃な駒として扱えるだろうしな。


 これは正直な話、悪くない提案だ……。

 提案された内容は城から連れ出す事だけ、そこだけを切り取るのならば不可能な話では無い。俺のスキルがどのような効果があるとしても王国を滅ぼして欲しいだとかの無理難題を吹っかけられた訳では無いんだ。それでも……。


「理由は、まだ話されていませんよね」

「……私は既に四十も年が離れた貴族と婚約関係にあるわ。それに外へ出るにしても誰かがいて綺麗な世界は見れていない。本を読んでも王子様という存在が上手く頭に浮かばないの。……ここまで言って分からないほど低脳では無いでしょう」

「自由が欲しいから、ですかね」


 俺の言葉にマレイは首を縦に振った。

 ああ……うん、少しだけ信じても良い気がしてしまったな。どこぞの大切な生徒にも似たような相談をされた事があったっけ。家族と一緒にいたくないとかって年頃な不満を抱いてさ。それでいて……。






『先生……助けて……』


 くそ、本当に最悪だな……。

 うん……分かっているよ……俺は……。




「いいですよ。俺が力になります」

「……貴方は笑わないのね」

「笑わないですよ。貴方のような悩みを抱いている人を知っているので。……だから、無能の身ながら微力な力を貸そうと思います。案外と話し相手がいるだけで気持ちは楽になるものですよ」


 そう……俺は和奈から教えられたんだ。

 独りの苦しみを解決する方法は簡単だって。ただ悩みを共有できる相手がいるだけで幾らでも緩和させられるから……俺はそれで何度も和奈に救われ続けてきた。それと同じ事をしてあげるに過ぎない。連れ出すのは万全を期してからでいいからな。


「……貴方には女誑しの才能があるかしら」

「それは光栄ですね。という事は、マレイ様にも少しは好意的に感じて貰える返答が出来たということでしょうか」

「ムカつくのよ。助けを借りるとしても貴方と私は王族と平民の関係でしかないかしら。あまり人を馬鹿にした態度は取らない方がいいわ」


 そう言う割には表情が和らいだな。

 今ので俺は敵に回る意思が無いと伝わったはずだから……そうだな、ここからするべきなのは命のために後回しにしていた事を行うべきか。敵であれば強いのに味方になれば弱い存在が仲間となったわけでは無いんだ。ここは他の事を先に行うべきだろう。


「親睦も深まったという事で一つ……俺の名前は大久保亮と言います。日本という異世界において教師という地位に就いており、マレイ様程度の年齢の子供を相手に勉学を教えていました。もちろん、マレイ様のように頭が回る人間など数人しかおりませんでしたが」

「そう、まぁ、乗ってあげるわ。私の名前はマレイ・オール・ヴァンティラウス。アウストラル王国の王、レーマ・オール・ヴァンティラウスの第二王女よ」

「ありがとうございます。見た目通り美しい名前だったのですね」

「せ、世辞は要らないかしら!」


 ……この子、こういう事に慣れていないな。

 アレか、自分で言っていたけど俺みたいに寄り添ってくれる異性が居なかったせいか。それだと将来が心配になるな。どしたん、話聞こかとか言われてホイホイと着いていきそうだ。まぁ……。


「世辞では無いですよ。ですが、あまり話題としては好まれないようですし……そうですね、マレイ様の味方として幾らか質問をしても良いですか」

「構わないわよ。私に関わる事以外であれば幾らでも話してあげるかしら」

「それはそれは心強い限りです。では───」


 そこからはマレイの知る限りの、この世界の情報について教えて貰った。もちろん、マレイ自身の偏見等も含まれているかもしれないがゼロ知識でいるよりは確実にマシだろう。ステータスに関して、魔法に関して、スキルに関して……そして王国が勇者を求める理由も。

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