◇4話 交渉

「これは想像よりも低いな……」

「こんな数値……初めて見ました……」


 そこまで言わなくても……とは思ってしまうが個人的には悪くない。無能と言われ続けてきた俺からすれば最低値でない時点で御の字、むしろ固有スキルがあるだけマシにしか感じないな。


 それにしても十歳か。

 なるほど、確かに王子(仮)が困惑したのも分かってしまうな。俺だって十歳、いや、出会ったばかりの和奈とかに謙遜されたら困惑してしまう自信がある。どんな子であっても高校入りたては子供っぽさがあるからな。


「本当に勇者では無いのだな」

「ええ……ステータスを見れば一目瞭然だと思います」

「であれば、貴様に用は無いな。さっさと城から追い出す事にしよう」


 適当に手を振って呆れた様子を見せてきた。

 まぁ、予想していた通りの事だ。ここは潔く受け入れるか、はたまた他の部分で食い下がって見せるか。実際のところ、交渉材料がゼロという訳では無い。……いや、このまま外に出されたところで生き残れないのは明白か。


「なるほど、私の職業と固有スキルには興味が無いようなのですね」

「ふん、確かに見た事の無いものだが数値が低ければ無意味よ。平均程度にあれば多少なりとも見所を感じられたが」

「十二人の供物がステータスにではなく、他のスキルなどに分けられていたとしたらどうでしょうか」


 というか、むしろ、その考えに至らないのか。

 コイツは本当に視野が狭いというか……普通に考えて供物の質と数が転移させられる存在の価値を決めるのなら、どこかで辻褄合わせが行われるかもしれないと少しは考えそうだが……。


 いや、楽観的にいられる方がおかしいな。

 ただ、今の言葉の投げかけが少しでも思案の内に含まれたのなら……捨てるというだけの結論には至ら無いはずだ。せっかくの贄を追放という形だけで捨てたくは無いだろう。そこを少しでも揺さぶれればそれでいい。


 そこまで言うだけの人材を使ったんだ。

 今の言葉を聞いて「それでも考えは曲げない」という返答を行えはしないだろう。現に思案げに俺の顔を見て唸り声を上げている。……ここでもう一声という事はしない。下手に声を出して機嫌を損ねる方が面倒だ。


「我は多忙の身、貴様の戯言に構っていられる時間などは無い」

「でしたら、確かに話をするのも時間の無駄でしょう。追放を受け入れ外に」

「あら、私は反対かしら」


 俺の言葉を遮ったのは王様(仮)の横にいた一人の少女だった。それに対して他の二人は少しムッとした様子を見せたが強く否定しないという事は、やはり王族の一人だったのか。助け舟……という割には視線をあわせる気も無さそうだし、確実に裏があるな。


「マレイ、その根拠を述べよ」

「彼の言う事にも一理あるからよ。ステータスの低さが本人の強さに直結する訳では無い事は過去の事例から分かる事ですし……正直言って父様の考えは資金を重んじ過ぎた安直な考えとしか言えませんわ」

「はぁ、マレイ……父様には私達には思い付かない深い考えがあるのでしょう。初めての異世界人に対して興味を抱くのも良いですが、無能にかける金銭など無いに越した事がありませんよ」


 つまりはリスクとリターンの問題か。

 過去の事例と口にしている辺り召喚した時に力が無く、育成していく事で能力を発揮した存在がいたという事か。その割には王様(仮)が良い表情をしていないから王国にとって良い結果にはならなかったのかね。


「それでしたら今回の異世界人は私に任せていただけないかしら。私は彼に一定の価値を感じた。だから、私の身銭で彼がどこまで行けるのか見届けたいのよ」

「……なるほど、それであれば問題は無い。とはいえ、長くは待てぬぞ。せめて一週間程度で結果を出してもらわねば我が困る」

「ええ、結構よ。代わりに彼の育成に関しては全指揮権を頂けるかしら。もちろん、兵士などへの命令権も欲しいわね」

「異論は無い。そこまでやってこそ、真の意味で価値が測れるというものだ。明日までに指令書を書いておこう。貴様もそれで良いな」


 王様(仮)の言葉に静かに頷く。

 言葉を返さないのは下手に口にして面倒な事になりたくないからだ。それに散々、罵ってきた輩に会話の一つもしたくは無い。愛想を見せるとしたらマレイというお姫様くらいだ。


 まぁ、それも一枚岩では無いだけだろうが。

 何かしら裏がある……と、考えないでいられるわけも無いだろう。仲間に出来たのなら心強いだろうが話振りからして即座に育成の権限を得ているあたり相当頭は回るだろうな。


「それではリョウ、着いてくるかしら。ああ、兵士の付き添いは不要よ。この程度の存在なら私でも簡単に自衛出来るわ。それに居たところで話の邪魔にしかならないのよ」


 その言葉に対して否定等は無い、か。

 となると、それなりに戦闘能力は高いと見た方が良さそうだな。いや、手を出すつもりなど少しも無いが俄然、気が引き締められて良い。少しでも言葉を誤れば普通に殺されてしまうかもしれないって事だ。何とも命の軽い面白い話じゃないか。


「最後まで口を付けては頂けませんでしたね」


 部屋を出る際にチラッと見えた景色は執事は悲しげに茶を一口、喉に運ぶ姿だった。本当に小さく呟く声で言っていたせいで……どうしても頭から離れなくなってしまった。


 それを見てしまったせいで少しだけ申し訳無さを感じてしまう。本気で楽しませるために茶を入れていたというのに無碍にしてしまった。罠があるかもしれないと考えていたからではあったが、もう少しやり方というものがあっただろうに。


 今度、本当に何のしがらみも無い状態になれたのなら頼みたいものだ。王国随一の茶なんて文字だけでも相当なものだろう。……ああ、本当に出会い方が最悪過ぎたな。


「それじゃあ、適当に座ってくださる」

「……失礼します」


 入口間近の階段を昇ってから数分、歩いたところにある一室。そこがマレイの部屋だった。さすがは王女様、中に入った途端にその広さにビックリさせられたよ。


 俺が授業を行っていた教室三部屋分か。

 そう思わせてくるくらい広くて、尚且つ対して物が置かれていない。簡素なキャノピーベッド、壁一面に広がる化粧台、職務を行う用の机と椅子、そしてバルコニーの手前に置かれた小さな机と椅子二つだけ。


 ミニマリスト……とかなのだろうか。

 確かに着ているドレス等に美しさは感じられるが豪華絢爛とまでは言えないな。そういうものに対して価値を感じていないからなのか。はたまた他に理由でもあるのか。


「不思議そうな顔をするのね」

「ええ……失礼かもしれませんが質素だと感じてしまいましたので」

「そう……金や物なんてあって困りはしないけど、無くなった時には死よりも恐ろしい思いをするものなのよ。今まで使えた物が使えなくなる苦しみなんて少ないに越した事は無いでしょう」


 つまり、貧乏になった時の事を考えて物の数を減らしていると言いたいのか。それだけ王族は国民から恨まれている、王国の兵力が少ない……それならば執事の言葉は完全無うそになってしまう。いや、あの時に嘘をついているような感覚は無かった。


 それ以外の部分でありそうなのは……王族として結婚した後とかだろうか。こういうのは異世界系小説によって与えられた偏見なのかもしれないけど、そういう作品では政略結婚なんて当たり前に行われていたからな。まぁ、どうでもいいし、自分が幸せでいられるのなら俺には関係が無い。


「そうですね、金や物に限らず一度覚えた贅沢は簡単に消す事が出来ません。その生活を送れる事が誇りだと勘違いをして命を絶つ者もいたと聞いた事があります」

「あら、そんな方がいたのね。……確かに一部の貴族は地位が剥奪されれば簡単に自害しそうだわ」

「御冗談を」


 暗に叛乱意思があると言いたいのか。

 有能無能関係なく、地位を持つ人間から地位を奪うのは危険な行為だろう。その数が多くなれば余計にリスクは大きくなる。リスクとリターンを考えていたらしき先程の話とは似ても似つかない事を口にしているな。

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