◇2話 謀略
「実は茶の入れ方というのに興味があるのですが近くで見る事は可能でしょうか」
「……ほほ、ええ、構いませんよ。こう見えて王国の中でも随一の給茶の技術を自負しております。見るだけで学べるかは分かりませんが暇を持て余すよりは良いでしょう」
「感謝します。是非とも自分で美味しい茶を入れられるように精進します」
少し表情が強ばった……まぁ、当然か。
警戒心が薄いと判断したや否や、俺が警戒心を煽る発言をしたんだ。少しでも頭が回るのなら俺の発言の意図くらいには気が付いているだろう。それに……いや、拒否されないだけマシか。
ここで拒否する事ができない事は分かっていても、本気で敵対する気なら何が何でも理由を付けて残そうとしたはずだ。となれば、最初から茶を出すために提案したってところか。……まぁ、そこら辺が分かる能力なんて俺には無いが。
「
「ありがとうございます」
本音を言えばお茶を飲みたいとは……。
まぁ、美味しいお茶の入れ方自体には興味があるから必ずしも嘘をついている訳では無い。ただ出されたからといって飲むかと言われれば怖くて飲めないからな。日本の時でも悪戯をするのは簡単なのに魔法がある世界なら余計に、だろ。
「それにしても多彩なのですね」
「多彩……ああ、生活魔法の事でしょうか。あのような魔法は才能が欠片も無い方でない限りは誰でも獲得できますよ」
「それは私もでしょうか」
これは純粋な疑問だ、別に他意は無い。
いや、完全に他意が無いとは言えないか。もちろん、言葉の中には俺なりの真意がある。でも、そこに裏というか、隠し事の一つや二つがある訳ではない。先程のクリーンとやらが除菌効果もあるのなら食事前に口にするだけで病気にかかるリスクを減らせるからな。
「うーむ、働き始めてこの方、練習して取れなかった者の話は聞いた事がありませんよ。異世界人というのは異質であるとはいえ、恐らくは問題無く獲得できるでしょう」
「はは、そうだと良いのですが……」
何故だろうな、何故か無理な気がするんだ。
それは無能な期間が長かったが故の負け犬根性からなのかもしれない。だけど、こういう悪い予感ほど当たってしまうのも事実だ。良い予感は当たりもしない癖に起こって欲しくない事象こそ、俺を嘲笑うかのように現れてくる。
高々、経験則、されど、だ。
俺のこういう勘は日本にいた時から働いていた。まぁ、働いて欲しい時に確実に働いてくれた訳では無いから面倒も同じくらい被ってきたけど。それでも友人の言葉の次くらいには信じている存在でもある。だから……期待しないで待つ事にするか。無能なら無能で動く手もあるだろうし悲観するには早いだろう。
「と、ここです」
「本当に広いですね」
「ええ、この広さもまた王国の栄華を誇示するためですよ。これだけの城を作れる金銭や労働力は他の国では簡単に集まりはしません。それだけの武力や労力が王国には備わっております」
その割に良い表情をしているように見えないが。
それに……その分だけ民は苦しむだろうな。元はと言えば税だって国が国民の生活を安定させるために導入する、もしくは古来の考え方なら治安維持のために作られているはずだ。国民全体で貧しくなりましょう、地位の高い人だけが裕福になりましょうとさせるために作られていない。
まぁ、神輿が消えれば税の意味も無いか。
神輿のカリスマ性を利用する事で目的や目標を統一するんだ。時には神輿を殺されないように敵を右へ左へと移す事だってあるだろう。それでも庇い切れなかった時には……こんな広い城は良い時間稼ぎに使えるだろうな。
あくまでも推測だけど……こういう目に映る情報の数々が手を貸したくない理由になっていく。仮に本当に俺が勇者だったとしても自身を支えてくれている人達を蔑ろにする人間を好きにはなれないだろう。まぁ、これもただの憶測だから絶対に悪い人間とは言えないけどさ。
「さて、ここが厨房となっております。給茶だけとはいえ、中にある物は王国随一の魔道具であり、扱い方によっては容易に不調や故障の原因となります」
「安心してください。私が知りたいのは茶の入れ方であって魔道具などではありません。それに衛生面の問題もあるでしょうから、するとしても質問程度ですよ」
「ええ、分かっております。それでも言っておく事に意味がありますので、口にしたまでです。人を見る目は素人の域を出ないとはいえ、多少の自信がありますから」
今の一言は一応の牽制ってところか。
言っておく事に意味があるというのも何と言うか分かりはする。生徒が言う事を聞くかは別として静かにしなさいとかは言うからな。明確に言う事を聞く生徒と聞かない生徒がいると分かっていても一緒くたにして言うんだ。
まぁ、それで言う事を聞かなかったら「先生の言う事を聞くように出来ない貴方が悪い」と怒られるんだよな。「生徒との信頼関係があれば言う事を聞いてくれる」とか宣う奴もいるが、そういう奴ほど威圧して生徒に半ば無理やりに言う事を聞かせている。
「では、入れる事にしましょう」
そこから執事は給茶に集中した。
軽い説明がありはしたが殆どが左から右へと流れていっている。火の魔石と呼ばれる石を砕いて水を沸騰させたり、後は少しずつ茶葉に湯をかけて蒸らしていく、そして最後に一摘みの塩を茶の中に入れるという……覚えているのは本当にそれくらいだった。
量にして五百ミリリットルくらいは入りそうな白いティーポットが一つ分。それに対して……やはりというか、出されるカップは一つだけか。並んでいるカップからして数は多くあるのに俺の分だけとなると……うん、確実に飲みきれないな。
「カップは一つだけなのですね」
「私も飲むという訳にはいかないのですよ。それでは礼儀知らずだと主に注意をされてしまいます」
「私が共に飲みたいと口にした、と言えば問題とはならないでしょう。王国随一の茶を一人で楽しむのもまた礼儀知らずなものではありませんか」
真意は……まぁ、バレているだろうな。
要は毒でも仕込んだら道ずれにするぞって事だ。それを遠回しに疑われないように言っただけ。仮に入れたとしても判断を誤れば自分だけが損をしてしまう。俺と張り合うだけのリスクはまだ取りたくないだろうからな。
「どこまで……考えておられるのですか」
「何の事ですか。美味しい茶を誰かと共に楽しみたいと思う気持ちは万国共通だと思っていたのですが……違うようですね」
「ほほ……そういう事に致しましょう」
悪意も敵意も無い……これは俺を試して聞いてきただけっぽいな。交渉事に富んだスキルがあるとなれば困る事でもあったか。いや、それなら素直に褒めてくるのもおかしな話だ。悪意や敵意を隠しているとしても全てを消し去る事なんて人間である以上は不可能だろうし。
「では、私も楽しませて頂きます。ですので、主から叱責を受けそうになった時には援護の程、よろしくお願いしますよ」
「はは、当たり前ではありませんか」
ああ、十分に分かったからな。
この人は……いや、王国という一区切りで表した方がいいか。王国は確実に味方をしない方が良い存在だ。
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