1章
◇1話 召喚
「ようこそ、おいでくださいました! 勇者様!」
馬鹿みたいに大きな声だ事。
目が覚めたての存在にかけていい大声では無いだろ。いや、そんな事が分かっていたら馬鹿なんて言葉で表すわけも無いか。ハッキリ言って馬鹿だから相手の気持ちとかが分からないのだろう。うん、人として終わっている。
ここは……大聖堂みたいな部屋だな。
よくアニメとかで見たテンプレートな外観だが間違いなく金はかかっているだろう。仮に異世界人を召喚するためだけに作り出した部屋だとすればどれだけ金がかけられているんだろうな。
そして周囲に散らばる五、六人の修道者のような遺体。目の前にいるのは高校生くらいの顔立ち整った女性と男性、そして中年くらいの執事らしき存在が二人か。他に騎士がチラホラといるが近付いてくる気配は無い。
なるほど、散らばっている修道者の遺体は勇者を召喚するために捧げた生贄、それも表情からして本人が志願でもしたか。それ程までに危ない状況の国が召喚した……という割には生きている人間の服装とかが豪勢に見えるが。
なんというか、こんな教師もいたな。
他の人や生徒の事も考えずに自分のしたい事を叶えるために動き続ける奴、そういう奴に限って優秀なのが何とも言えない話ではあるけど……それでも俺はそういう人間を好めはしなかった。本音で言えばアイツらと似た者同士の話なんて聞きたくは無いけれど……。
「勇者……はて、何の事なのでしょうか」
「いえいえ、そのような謙遜を。我等が作り出した魔法陣によって召喚されし、貴方は紛れも無い勇者なのです」
言葉からして……その勇者は俺では無いな。
あの時、魔法陣が展開されたのは相澤さんに対してだ。俺のような無能教師では無い時点で少なくとも俺は求められる勇者とは違う。それに……周りにいる奴等は嫌な目しかしない。
コイツらは敵だ、良くて中立的存在。
仲間になる気はサラサラない……いや、日本であれだけ無能として生きた俺だ。所詮、この世界に来たとしても無能なままでしかないと思った方が傷付かずに済む。それに……きっと、この世界でも俺は笑えない。
「いえ、私は勇者ではありませんよ。もしも本当の勇者がいるとすれば私が弾き出した少女でしょう。彼女は誰に対しても優しく平等に接するような存在でしたからね」
「勇者は……貴方ではない、と」
「こんな卑屈に塗れた人間が勇者だ、と。そうだとすれば貴方方の目は曇っていますよ。見ればわかる事でしょう。このように薄汚い見た目の男が勇者なわけが無い、と」
良く言えば卑下、悪く言えば拒否だろうか。
口にして思ったが立場としては相手の方が上だろうに。下手をしたら首を飛ばされかねないが多少は許されるはず。そこは異世界召喚された得体の知れない存在という立場を利用させてもらおう。
俺と会話をしていた少女に訝しまれたがいい。
申し訳ないが仮に俺が誰よりも強い力を持っていようと一国の力になる気は無いからな。それだけの力に対してかかるリスクは理解しているつもりだし、力があるのなら違う生き方がある事も理解している。
とはいえ、俺が読んでいた小説の中の世界の人間達は成功したから作品として残った存在達だ。言っては悪いが生き残れたから一つの話の主人公として描かれただけでしかない。
それこそ、ものによっては生き様一つ違えば簡単に死ねる可能性だってある。どうして自分を大きくして言い返せるんだ。ある程度、歴史に関しては知識がある自負もある。だからこそ、できるわけも無い。
「無用な期待感を持たれても悲しませるだけです。ですので、私が思う全てを話しましょう。そのうえで私の処置について考えて頂きたい」
「……その歳で話し方がしっかりとしている時点で普通では無い、と考えるのが当然だと思いますが」
その歳……はて、俺は今年で二十六歳だ。
その歳にもなって敬語の一つや二つができないだなんて笑い話にもならないだろう。まさか、このイケメン君は俺が幼子に見えるようなショタコン野郎なのか。……いや待て、確かにおかしな話があったな。俺の目線ってこんなに低かったか。
「……恐らく若返っているだけでしょう。もとの私は成人済みの良い年齢、見た目という一要素では測れない理由があります」
「……はぁ、そういう事にしましょう。貴方がそこまで言うのにも理由があるはずでしょうし、話を聞いてステータスを確認した後に、対応に関しては考えさせて頂きます」
「そうして頂けると助かります」
こういう時に最悪なのは相手に嫌われる事。
もちろん、勝手に召喚してくるような相手に好かれたいとも思ってはいないが、完全に拒否をされてしまえば手ブラで生きていく必要が出てくるんだ。いや、より酷い状況になる可能性の方が高いか。
ここは冷静に、相手を立てた言動をする。
気分が良いかと聞かれれば……まぁ、悪くは無い。どうせ、日本にいても無能だなんだと叩かれ続けるだけなんだ。これは一種のリセット、やり直せるチャンスだと思うと命を懸けても良いような気がしてくる。
それに……嫌いな奴に頭を下げるなんて慣れ切っている。今となってはやったところで誇りがなんだと思いもしない。俺は勇者では無い、仮に勇者のような力があろうと勇者として生きていく気もありはしない。好きな事が出来るように動けるのならそれで……。
「では、彼を執務室まで連れて行ってくださるかしら」
「恐れながら、お先に失礼します」
「……異世界人とは無礼者が多いと聞いていたのに違うじゃない」
横を通る時に微かに聞こえた声。
なるほど、感触としてはまずまずか。後は関わっていく中で以下にして城から出られるように仕向けていくかだが……そこは中間に入れる人を作っていくしかないな。それこそ、今の声の主である女性にでも……いや、それは面倒か。
恐らく執事二人は護衛、そう考えると男女は皇族レベルの地位の高い人と考える方が納得できるだろう。考えるのなら一番、面倒臭い選択肢を追った方がいい。皇族であの若さなら……姫と王子とかか。
まぁ、勇者召喚という表にも出しにくいであろう事案を見届けているんだ。ただの貴族であったり、美人局やハニートラップのような罠の可能性は低いだろう。仮に後者ならもう少しグイグイ来ているからな。
それにしても……本当に広い城だな。
執事に連れられて三分は歩いたのにまだ着かないとは生きていくには不便じゃないのか。いや、これが罠の可能性もある……って、そんな事有り得ないな。今の状態でそれをやるメリットが大して無いし。
「着きました。こちらが執務室でございます」
「案内、感謝します」
「いえいえ、これらが私達の仕事でございますから感謝される事ではございません」
「ですが、その当たり前が出来る人はそういないでしょう。その高い誇りに敬意を評して感謝した迄です。適当にお流しして頂けると助かります」
開けられた扉の中に入っていく。
左右で15人ずつ座れるように並べられた椅子、そして真ん中にあるのは長机が三つずつか。一番、手前の椅子に座らせられたとはいえ……一人で座るにしては広過ぎる部屋だな。本来であれば三十人は呼ぶ前提で召喚でもしたのか。
「……不思議な方ですね。異世界人とは横暴であり情欲に塗れた方が多いと聞いておりましたが、貴方はそうでは無いらしい」
「大人とはそういうものでしょう。出来うる限りお互いの利益に合う結果を導き出そうとする。対して話に聞く者達は恐らく子供達、大人のような行いに対しての責任感など考える気もありません」
「幼い子供に諭されるとは……いやはや、久方振りに働いていて楽しいと思えましたよ」
この笑みを信用出来ないのが悲しいな。
どのような言葉を並べようと召喚の際に居合わせた存在が地位の低い人とは思えない。加えて騎士の数が明確に少なかった事からして執事二人も戦闘能力が高いと見た方がいいんだ。つまりは案内役兼監視役として宛がわれたと考えた方が納得できる。
「些か待ち時間もありましょう。その間は茶でも嗜みませんか」
「いいですね。頂きます」
なるほど、少し表情が緩んだか。
今のは俺の警戒心を測るためのジャブ、それを断らないという事は敵意が無いと捉えられる。まぁ、それを見越して間髪入れずに頂くと言ったわけだけど。多少の警戒は必要だが所作や行動の中で不自然な事をしないか確認出来ればいい。
執務室に人はいない、なら、執事としても俺を自由にさせられないはずだ。出来たものを持って来させるにしても動けない今は指示も出せないだろう。そこを突けばいいだけの事だ。
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