勇者召喚された無能教師、隣にいた生徒が本物の勇者だったせいで追放されてしまったので異世界で勇者以上の生徒【悪役】を育てたいと思います

張田ハリル@伏線を撒きたいだけのオッサン

エピローグ

序章 教師

「大久保先生って、本当に教え方下手だよね」


 そう言って一人の少女は足をバタつかせた。

 大きな図書室に幾つかある窓から微かな光が差し込める。小さな体躯のせいで高校にある椅子であっても足を伸ばせば浮かせられるのだろう……もし、俺が小説家ならばそんな事を書くだろうか。


 それにしても……教え方が下手ね。

 私立の高校教師として働き始めて早三年、何度も口にされた言葉だ。最初は教えていくうちに上手になっていくと思っていた。大学で学んだ事が全て活かせると本気で考えていたんだ。


 だけど、現実は非常で残酷だった。




「貴方って本当に生徒の事を考えているの」

「どうして生徒から離れようとするの」

「お宅の生徒が自転車で速度を出していて危ないのだけど」


 そんな周りの人間達の耳を塞ぎたくなるような声ばかり、褒められた事なんて大した数もなかったっけ。……そうだよ、俺は俺の力を過信し過ぎた無能だったんだ。無能がどれだけ頑張ったとしても出来る人からすれば邪魔な存在でしかない。


 辞めたい、でも、辞められるわけもない。

 辞めて他の職に就いたとして俺は果たして新しく再スタートできるだろうか。いや、出来はしないだろう。無能はどこまでいっても無能でしかない。頑張れば何とかなるなんて甘えた事を言って泥沼に浸かる気も無いんだ。


 だから、今日も笑って言う。




「ごめんね、私みたいな人に教えられるなんて嫌だよね」

「別にそこまでは言っていないよ。でも、本当に教え方は下手だなーって、思う」

「うーん、工夫しているつもりでも上手く教えられないんだ。頑張って上手く教えられるようになるからさ。もう少しだけ我慢してくれないかな」


 心を殺す、感情を殺す、気持ちを殺す。

 思っていない事をツラツラと並べて、優秀な人間だけが正しい道へと進んでいくような、狂った世界に順応できるように偏見を教え込む。そこに俺の欠片が少しでもあってはいけない。それが教育であって、俺という情報が彼女の中に残ってはいけないんだ。


 道化とはよく言ったものだが……いや、それを考えるのは俺の教え方でどうにか学ぼうとしてくれる生徒達に悪いか。正しくありたい、正しくあれない、そんな相反する二つの感情が離れてくれる事が無い。


「……本当に卑屈だね」

「はは、私ってあまり人と関わりを持つのが得意ではなかったんだ。ほら、クラスでも目立つ子と目立たない子がいるだろう。私は後者よりも酷い、いつも一人でいるような子だったからさ」

「ふーん、別に聞いていないけど話してくれてありがとう」


 ……ああ、またやってしまったな。

 本当は他の教員のように生徒と楽しく笑って過ごしていたいさ。でも、その度に俺は自分の事を嫌いになっていくし、自分を曝け出す度に生徒の思いを踏み躙ってしまう。ましてや、この子達が楽しんでくれるような話題なんて一つも持ち合わせていないんだ。


「それにしても良いのかい、相澤さん。もう下校する時間だろ」

「……なに、帰って欲しいの」

「いいや、読書部の時間でも無いのに図書室から離れないからさ。いつも文句を言いながら居座っているだろう。今日くらいは」

「別に……帰りたくないし」


 週三回の部活が休みの日、それすらも無視して毎日のように図書室に居座る相澤という少女……字だけを見れば俺に好意を持っているのかと思いかねないが、あくまでも生徒と教師の関係であり甘い考えは持たないように線引きしている。


「それにその名前で呼んで欲しくないって何度も言っている。なに、先生の事、亮って呼んだ方がいいの」

「それは……色々な人から誤解されそうだから辞めて欲しいなぁ。和奈さん、だったら、良いんだよね」

「和奈でいいのに……まぁ、いいや」


 本当の事を言えば優等生として多くの人から慕われる生徒を下の名前で呼びたくは無い。運動神経も抜群で頭も良いとなれば多くの教員からも好かれるだろう。それこそ、俺が担当している読書部に入っている意味もよく分からない。


 最近は女子バスケ部から勧誘が来たと聞いた。

 うちの高校は運動部は比較的強く、大学進学を目指すのならかなりのアドバンテージになるだろうに。それを蹴ってまでどうして部員数五名の、こんな場所に居座り続けるのだか……。


「それで亮先生、最近の本でオススメはある」

「あるにはあるけど……いや、亮先生はやめろ。大久保先生な」

「なに、女の子に下の名前で呼ばれて恥ずかしいとか。あー、そっか。先生ってカースト最下位の最強陰キャだったもんね。そりゃあ、こんな可愛い生徒に名前を呼ばれたら興奮しちゃうかー」


 興奮ね……別に特段と何も思わないな。

 いや、確かに可愛いとは思うよ。教師の中にはそういう目線で見ている人もいるくらいには綺麗な顔立ちをしていると思うし、身長が小さくて小動物のような愛らしさを感じるし、それとは非対称的な山があると思う。じゃあ、それで何か感じるものがあるか……いや、無いな。


「可愛いとは思うが興奮はしない。和奈さんは俺の受け持つクラスの可愛い生徒の一人だよ」

「……嘘ばっかり。私以外のクラスメイトの名前すら覚え切れていない癖に」

「覚えてはいるよ。ド忘れする事が多いだけで」

「それって覚えていないって事でしょ」


 そう言って相澤さんは口を隠して笑った。

 不意に差し込んだ日光が一瞬だけ相澤さんの瞳を隠したせいで……少しだけドキッとしてしまったのだが、そこに関してはバレていないだろうか。生徒に手を出す教師はクソだ。そして身の程を知らない馬鹿な男も俺は嫌悪している。


「ねぇ、先生。あのさ」

「……ああ、何かな」

「私で勉強を教える練習をしようよ。残り半年くらいだけど少しは上手くなるかもしれないよ。それにほら、卒業してからも練習がしたいって言うのなら手伝うし」


 そういうのは一年目の時に言ってもらいたかったんだけどな。いや、その時にはここまで話をしたりする関係では無かったか。唐突に彼女から懐かれ始めたからな。そのキッカケが何だったのかは既に覚えていない。


「……はは、それは良いね。でも、一対一でも教えるのは下手なままだよ。それに頭の良い君に変な知識を与えて混乱させてしまうかもしれない」

「でも、他の先生の目を考えなくて済むよ。だから、先生が抑えている言い方とかをしても大丈夫になるから少しは面白くなるかもしれないよ」

「抑えているって……別に抑えてはいないんだけどなぁ」

「抑えていない人が説明する時に戸惑ったりしないでしょ。私知っているよ。大学の時はそれなりに頭が良かったって」


 頭が良かった……それはFラン大学の中で、だ。

 俺が通っていたのは教育専門の大学では無かったし、それに他の学科の奴等なんて本当に赤点しか取れないような脳ミソしか無かった。低脳の中では少し優れていただけで相澤さんが褒めるほどの事では無い。


 本当に行きたかった教育専門の大学、そこに行けるだけの知能が無いから妥協して通う事にしただけに過ぎない。何もしないで終わるのが怖いから教職の資格を取った、それ以上の意味なんて求めていないし有るとも思っていない。


「それとさ、先生。私ね」

「う、ん……?」


 視界がボヤける……いや、ボヤけてはいない。

 相澤さんの姿が歪んで見えるだけだ。それはなぜ、光に包まれ始めている姿を見れば分かる。明確な異変が彼女へと訪れているのだ。彼女の足元だけに現れた魔法陣、それが何かを起こそうとしている。


 引き攣る顔、助けを求めるような声……そのどれを取っても綺麗に写りはしない。だけど、確かに俺に何かを伝えようとしているんだ。口の動きですらモザイクがかかったように読み取る事はできない。


 でも……今だからこそ、少し笑える。




「大丈夫だよ」


 魔法陣の上から押して外へ出す。

 ああ、中から見ても外の景色は分かりづらいんだな。唯一、話をしていて笑えた生徒、仕事に来たいと思えた最後の理由だったんだ。そんな人が不確定な世界に行く必要は無い。


 そっか、俺も似たようなものだったんだな。






「和奈なら絶対に幸せになれるよ。俺が保証する」


 この声もきっと届いてはくれない。

 ただ、ボヤける彼女の口元は確かに動いた。









 ───ひとりにしないで───

 と……。



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