Death+27. 星墜のアーク

目の前に、純白の輝きがまたたいている。

まるで真珠を思わせるような、虹に反射する美しい、汚れを知らない無垢で清らかな白い色。

それは肌から無機質で硬質な腕、首筋から腹にかけてまでを覆い尽くす。その白があんまりにも綺麗だったから、何とも質素に見えて、実はその一色だけで十分だ、といった風な、ある種の贅沢さすら感じさせられるみたいだった。

白のほかに目立った色彩といえば、胸元に光る大きな宝石のようなパーツと、長く伸ばされた銀青色の毛髪。

そしてオレを見つめている、こうこうとしたオレンジを伴って紅く輝く二つの瞳。何が起こっているのか理解できないままに目蓋を開けて視線を合わせると、まるで照準でも合わせるように、それはオレと目が合っていた。


無表情、無機質、無感動。そんな印象の女だった。

頭に近未来的なデザインのバイザーを付けているそいつは、惚けたような表情で、何も言わずこちらをじっと見つめている。

オレを機械仕掛けの両腕でもって容易く抱きしめながら、両の脚部に搭載されたジェット噴射で飛行し、空中に留まり続けていた。

じい、とオレをたっぷり見つめる様は、まるで分析か解析でもされているみたいで気恥ずかしい。逃げるように視線をそらしてみても目を合わせようと覗き込んでくるから、堪忍して正面きってその顔を見た。

紅い目の下には頬骨の下まで黒く切れ込みのような線が入っていて、純白の顔面はまつ毛までもが白い。切れ長の瞳はトーラスにも似ているようだが、鉄面皮のように変わらない表情の部分は似ても似つかない。

陽の光に反射して青くも見える銀色の髪がどこか神秘的なのも相まって、これまで会ってきたヤツの中でも群を抜いて、人間じゃ説明つかないぐらいの美貌を備えているように見えた。

もちろん、コイツも死神なんだろう。


そいつは瞳孔をきゅる、と収縮させて、機械音とともに駆動をはじめると。

やがてはその人形みてえな顔を生き物のように動かして、わずかな微笑みを作り出していた。


「───定命モータル当機わたしが来たからには、もう大丈夫デスよ」


そいつはゆっくりと機械の、しかし人間以上に滑らかに動く腕でもって、混乱しているオレの頭を優しく撫でながら、囁くようにこう言った。


当機わたしは”隕死”の死神。星墜せいついのアーク」


見れば。オレが生き返ったばかりなせいなのか。そいつの背後には、まだ巨大隕石がスローモーションのような迫力と共に落ちてきているのに気付いた。

……あぶねえ。オレはそう言うために手を伸ばそうとしたが、結局のところ、それは杞憂に終わる。

アーク、と名乗ったそいつは、機械の手のひらを毅然として隕石に向けると、淡々とした語調で宣言した。


運命ドゥーム発生に伴う冥府規定に基づき───対象事象を送還リバイブ致しマス」


一瞬。

凄まじいまでの光の波動が、そいつの手のひらの先から溢れ出る。

極太の、凄絶な威力のレーザー・ビームが、人類にはどうする事もできないほど巨大な岩の塊を、完膚なきまでに蒸発させていく。

そんな文字通りの神の所業を目の当たりにして、顔に苦笑を浮かべながら。

なんだよ、ソレ。と呟いて、オレはまた気を失っちまった。


───

──────

─────────


「うわぁん、ユッキー、目覚ましてよぉ〜っ!」

「起きロ。起きろ、アホ!」

「だ、大丈夫なんですか……?」

「命に別状はあるまいよ。何しろさっき別状があったばかりだ」

「仕方ないデスね。当機わたしが人工呼吸を……♡」

「キ!スまはま、にあっ。てる?ぞ」


周りが騒がしい。徐々に光に慣れはじめた瞳で、ぱちくりと瞬きをひとつ。

それでより一層、周りの騒ぎが大きくなるのを感じると、オレはぱっと目を見開いた。


「あっ、起きた〜☆」

「……よかった……」


気が付くと。

オレは6人の女たちに囲まれて、膝の上に乗せられていた。

膝枕じゃ飽き足らない。胴体までオレの周りをわざわざ取り囲むようにして乗せて、とどめと言わんばかりにフォールのどでかい膝が腰から下を支えている。

そうして目に入ってきたのは、まずトーラスの目が覚めるような笑顔。……十中八九、こいつの発案だろう。更科は恥ずかしそうにしていたり、カースはジト目でこっちを見ていたりと色んな反応を見せてはいたが、オレが目覚めたのを見るや膝から降ろしてくれた。

がばりと起き上がって、あたりを見回す。……ここは、更科と別れた展望台なのか。

さっきまで人でごった返してたハズの場所はもう、ウソのように静まり返っている。

ふと空を見上げると、さっきまでそこにあった隕石なんてものは、もう跡形もなく存在しなくて。

ふらふら立ち上がりながら柵に寄って、街の方に目をやると、普段となんら変わりのないいつもの風景が、穏やかに広がっているばかりだった。


オレは振り返って、5人に増えた死神たちと、1人の友達を見やる。

その全員が、オレを見て、柔らかに微笑んでいた。


「ほんとーにやっちゃうとか。ユッキーマジリスペクト!」

「無茶しやがるゼ。……だが、良くやっタ」

「流石は俺の婿……」

「ない、すぷれー!」


うんうん、と頷く4人の死神。更科はオレの元へ近寄ってきて、感無量といった感じで手を握ってきた。


「……戻って、きてくれたね」

「ああ。ただいま、更科」


オレはその暖かな手を握り返して、しんみりと挨拶を交わす。

そこには友達との、再会の喜びがあり。守り抜いてみせた、日常への安堵があった。


「どうして、オレはここに?」

「私、ずっと見てたんだけどね。……すごい光で、急に隕石が消えちゃって。気が付いたら周りの人が誰もいなくなってて……そしたら、そこの死神さんが、幸長くんを連れて来てくれたの」


更科が指差した先を追って、オレは改めて見慣れない、新しく現れた死神を見やった。

どことなくメカメカしい装備が所々に付いている、真っ白いアンドロイドを思わせる風貌だ。タッパはオレと同じくらい、機械のようなのに体型はしっかり女性のそれで、白く光沢のある外装は素肌なのかヨロイなのか判断しかねて直視しづらい。

無機質で無表情な鉄面皮のせいもあるんだろうが、死神に共通する美貌も相まってより一層、精巧な人形みたいな印象を受ける。

そんな繊細なからくり細工が、変化の少ない表情を作ってオレににこりと微笑んだから、オレは思わずどきりとして、目を逸らしちまった。


「初めマシて、定命モータル。改めてご挨拶を致しマス。当機わたしは、星墜のアーク」

「……京崎幸長ってんだ。さっきは、ありがとよ。オレを生き返してくれたんだろ」

「えッ、えっ。まあ、まあ、まあ……」


オレの発した感謝の言葉と一緒に、アークはしごく仰天した、といった様子で口を押さえはじめた。

どうした事だ、と見ていると、アークはそのままくらりとその場で倒れかけてしまい、すかさずトーラスに抱き止められていた。


「ちょっ、ユッキー、いきなりトバしすぎっしょ……♡アークちゃん壊れちゃうよぉ……♡」

「ああ、ああ……なんと畏れ多いのデシょう。当機わたし定命モータル様に御奉仕差し上げるのは、当然の事デスのに……♡そんな殺し文句を言わないで下さいマシ、つよつよCPU一発で破裂してしまいマス……♡」

「これオレが悪いの?」


困惑しながら呆然としていると、調子を取り戻したらしいアークがまたすっくと姿勢を正して、恭しくオレと、更科の両方を向いて礼をした。


当機わたし定命モータル様に奉仕するため設計されておりマス。何なりとも御命令を下さいマセ。当機わたしはこの全能力パフォーマンスを以て、幸長様、有紗様の、如何なる御要望にもお応え致しマス」

「奉仕、かァ。具体的にどんなんだ?」


現代日本じゃなんとも聞き馴染みの薄い言葉に、オレはついついこんな事を聞いちまった。それがとんだワナだったとも知らずに。

アークは僅かに頬を染めながら、試しとばかりに、華麗な動作でオレの手を取る。


「ええ、例えば───」


そのまま。

オレの手は、流れるように、アークの胸に押し当てられていた。

機械とは思えないほどの柔らかく暖かな感触に、一瞬だけ脳がバグっちまったのもあったんだろうか。

気付けば困惑のままに、オレはなす術もなく、巨大なサイズのそれを揉みしだかされていた。


「───ん……♡如何デスか?人肌を99.999%再現した素材によるもち肌加工デスから……人体と遜色ない、いえ、それを超えるほどの……んぅ♡触り心地を提供させて頂いておりマス……♡感覚フィードバックに加え、あらゆる技能テクニックをインプット済みデスので……存分に”御奉仕”が可能でございマスよ……♡」

「え?……え、あ……?」

「勿論、いつでも触って頂いて結構デス……♡お望みば、これ以上の事もシて差し上げマスが───♡」


混乱のうちに耳元でそんな事を囁かれ、判断が遅れたのも束の間。

次の瞬間にアークは、ルサールの触手に全身を絡め取られ、トーラスの車輪に肩口を轢かれ、フォールの刀で頭に峰打ちをもらっていた。


「てめーぬ、けが、けす。なー!」

「うちもまだ触ってもらってないのに!うちもまだなのにぃ!」

「とんだ破廉恥絡繰細工が、廃材になるか中古売却か選ばせてやる」

「オー、怖いデスねぇ。幸長様、当機わたしが御守り致しマスからね……♡」

「見ての通り、コイツは欲求不満で回路が錆びた色ボケマシンだヨ。気を付けな、幸長」

「へえー」


初手でディープキスしてきた奴が何を言ってんだ、という突っ込みはさておき、今回も濃い奴が面子に加わっちまったらしい。

……って。ここには、もう一人いるのを忘れてた。後ろから、痛く非難するような鋭い視線を感じる。オレはさっと振り返った。


「べ、別にオレは頼んでねえからな、更科!今のは!」

「え……あ、うん……」


弁明もむなしく、どうも信じていなさそうなじっとりとした目つきだけが返ってくる。

……ひでえ仕打ちだ。やっぱりオレが悪いのか?

本格的にケンカになりかけている死神どもを眺めながら天を仰ぐと、ふと目に止まるものがあった。

細い柱の上にあつらえられている、よくある柱時計。それが刻んでいる数字を見てから、オレは気が付いた。


「……おい、カース。運命から生き返ったら、原因ごと無くなるんだよな」

「その通りだナ」

「じゃあ、今ここに人がいねえのは……」

「隕石がなかった場合の因果律を、マア普段の生活を送ってるって事になるナ。一件落着じゃねえカ」


カカカ、と笑うカースを尻目に、オレと更科は顔を見合わせる。

互いに同じことに気付いたらしい事を認めると、どちらともなく頷き合い。

二人揃って、声を上げていた。


「「……遅刻だあ〜!!」」


───

──────

─────────


「えー、京崎はまた遅刻、と。……なんだ、今日は更科も一緒か」

「今日こそヤバかったんだよ先生!隕石が落ちてきて……」

「はいはい分かった。早く席座んなー」

「ハナシを聞けって〜!」

「あ、あはは……」


オレ達は揃って教室のドアを開け放って、遅刻を記録されて、席につく。

いつもの風景、いつもの日常。


「日本の学び舎ってのはいつの間にこんなんなったんダ?つい最近まで寺でやってただロ」

「こ、れだ。から?きゅーじ、だいじ!んは」

「何だ水辺ルサール?」


だが、オレの周りだけは、特に様子が違っていて。


「中に入れん……」

「窓から見てれば〜?」

「!その手が有ったか!」


死神なんていう、他人には見えない奴らがうろつくようになっちまった。


「幸長様、先日の課題などお忘れでないデスか?当機わたしの演算能力でぱぱっと解答して差し上げマスよ」

「ず。るす、なよ!」


だが、それでも。

オレの日常の風景は、まだそこにあって。


「幸長くん、今日も一日、よろしくね」

「……ああ」


更科の素朴な笑顔が、疲れた身体にまぶしかった。

オレはそんな表情を見ていると、ふと思い出すものがあって、問いかける。


「そういえばよ。オレが隕石に突っ込む前に、なんか言いたがってたよな。……アレ、なんだ?」


なんとなしに聞いた質問に、更科は柔らかく微笑み。

人差し指を口の前に立てて、無邪気にはにかんで、こう言った。


「───ひみつ♪」


いつもの、しかし、ちょっと騒がしい日々が、またこうして始まった。





"隕死" 星墜のアーク

──────落下物・飛来物の激突を原因とする死



Death+0.

轢死 : 6

墜死 : 2

溺死 : 1

呪死 : 2

隕死 : 1

Total : 12

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