Death+26. 墜落の飛翔

「帰ったぞ、幸長。待っただろう?」

「た?だい、まーっ!」

「……あ、みなさん……」


ぞろぞろと死神共が無の空間から現れる。更科の声は必然途中で止まっちまって申し訳ない。目の前で満開の笑顔を咲かせるトーラスから顔を逸らしつつも、オレは抗議の声を上げるのを思いとどまった。

堂々と群衆の面前で出現したコイツらが見えて喋れて触れるのはオレと更科だけなんだ。周りで大きくなっていく喧騒に紛れ込むように、オレは声のトーンを三段ほど落としながら、そいつらに向かって囁くように言う。


「いきなり出てくるんじゃねえ、心臓に悪いだろが!」

「えへへっ♡ごめんごめ~ん♡」


無駄に湿っぽさを含んだ声色で、耳元で囁きをかますトーラスに悪態をつきながら、オレは現れた死神たちにどこか安心感を覚えて、気づけば安堵のため息をついていた。

こんな、ありえねえほどの不運。ありえねえ現象。そんなものへのヒントを得るためには、やっぱりオレはこいつらを頼るより他はないらしい。

これからの"不運な"人生を過ごしていくのに、こいつらはどうしようもなく必要不可欠なんだろうな……。そんな予感を覚えながらも、オレは死神たちに、つとめて小さい声で今の危機的状況を伝えるので精いっぱいだった。


「いいからお前ら、アレ!アレ見てくれ!」

「……え゛?何あれ?」

「大変な事、とは仰っていたが、ここまでとは」

「やべ。ええ、ええええ?えええ!」

「───洒落にならんナ」


空を指しながら小声で訴えるオレに応えて、オレを見ていた死神全員が空に向かって振り返る。

そうしてようやく、死神たちはオレの直面している現実を理解したらしい。四人それぞれ違った反応を示しながらも、全員が全員、鎌を展開するほどの一大事。

トーラスは車輪を、フォールは妖刀を、ルサールは触手を、カースは舌を。それぞれ獲物を持ち出す頼もしい背中を眺めながら、オレは呟くように訊いた。……知りたいことが、山ほどある。


「……もしアレがこのまま激突したら、オレたちはどうなるんだ?」


そんな問いかけを代表して真っ先に振り返ったのは、他でもなくカースだった。


「───たといアレがぶつかっちまったら、そうだナ。オマエは確実に生き返れるが、オマエより先に死んじまった奴は生き返れんゼ?」

「……なんでだ!?」


直感で思っていたのに反する回答で、戸惑いのまま聞き返す。

オレだけが無事、それかオレ含めてみんな生き返せる。そんな二元論的な回答のどっちかを期待してたんだが、どうにもそれほど単純じゃねえようだ。カースは続けて口をひらいた。


「死神は人の生死に、いたずらに介入できねえからだヨ。運命ドゥームによる死は、運命ドゥームを持ってる本人が死んで初めて還せル。……逆に言や、本人が死ぬより前に巻き込みで死んじまった人間は、普通にポックリお亡くなりって扱いになるのサ」

「なんでそうなってんだ!?」


オレがついつい感情的に声を荒げると、カースはげんなり肩を落としつつ、懇切丁寧に答えてくれた。


運命ドゥームってのは魂に紐付けられた呪いだからダ。他の人間は埒外で、本来、呪いが掛かった本人だけに襲いかかるもんなのサ。他人を巻き込むような事はねえから、生死に介入できねえ法則ルールの方が優先されル。……ここまで大規模なのは、正直ワタシも初めてのケースなんダ。それだけオマエの運命ドゥームが並外れてるってこっタ」

「俺も隕石そのものは退けられる。だが幸長以外の者まで死なんとしているのであれば、俺達はアレを操ってはならんのだ」

「……」


なんてこった。

何万、何億もの死を超越してきた神にとってすら、オレはそんなレベルのレアケースだったって事なのか。

人類はホントにここで終わっちまうのかもしれねえ。オレはカースとフォールの説明を聞いたことで、途方に暮れかけちまったが───

オレの脳裏にはふと、その全部を解決しうる方策が思い浮かび。気づけば一人ごちるように、その考えを丸まま口から垂れ流していた。


「……じゃあ。あの隕石で、───何も、問題ないってことか?」


オレがそんな発言をした瞬間。その言葉を聞いたカースの表情に少しばかりの笑みが浮かべられていたのを、オレは見逃さなかった。


「ギャハハッ───鋭いじゃねえか、ユキナガ。冥府でしてきた話ってのァ、まさしくそれの事サ!」


笑い声を上げるカースが突然、懐から巻物スクロールを取り出して、オレに向かって何が何だかわからねえ文字のびっしり書かれた書類を見せてきた。……これは、契約書かなんかか?

困惑しているとすかさず、トーラスが横合いから補足を入れてくれた。


「あのねユッキー、さっき決まったことなんだけどぉ……神様がね。ユッキーがどんな死に方しても還しておっけー、って決めたんだよ」

「なるほど、それじゃあつまり───」


要するに、あの隕石はオレの不運が招いたもので。

あの隕石でオレより先に死んじまった人間は、生き返すことはできねえ。そういうコトで。

そして冥府の神様とやらは今さっき、オレにどう死んでも無限に生き返れる、そんな特権をくれたってワケだ。

なら。それならば。

オレたち全員が死に絶えちまう、そんな結末を防ぐ糸口が、ひとつだけ出来たことになる。オレはそこに思い至ると、すかさず声に出した。


?」

「……うん。まあ、そうなんだけど」

「覚悟キマりすぎじゃねーカ?」

「(……そういうとこがイケメンなんだけどねー♡♡)」

「(ふゥッ♡コイツ無自覚に死神誘いすぎだロ♡♡ナメんじゃねエッ♡♡♡)」


トーラスとカースからの突っ込みを受けても、オレは自分で見出すことのできたわずかな希望に、多少なりとも満足感をおぼえていた。

それっでオレの日常が。いや、地球の危機までだって救えちまうなら、万々歳なんじゃねえか。

そこまで口にして決意を固めたオレは、横合いから服の裾をくいくいと引っ張る人がいるのを思い出した。

……更科だった。


「本当に、行っちゃうの?」

「ああ。……たぶん、コイツが一番話が早そうだしな」

「……止めても、幸長くんは聞かないよね」

「そうだな。オレの日常を守るためなら。オレはどうなったっていい。……最初から、そんつもりだぜ」


そこまで言葉を交わすと、不意に更科が、オレの胸元に頭を寄せた。

抱きしめるとまでは行かずとも、身体をしっかりオレに委ねて。

まるで別れを告げるように、はっきりこう言っているのが聞こえた。


「……また会えないと、承知しないんだから」


オレはそんな、更科の物珍しい強気なセリフを前にして。

負けじと強気で、こう返した。


「ああ。……また後でな!」


オレは更科に別れを告げて、家族にちょっと離れる、それだけ言うと。一刻一秒も惜しんで死神たちと一緒に、こっそり山上の展望台からかけ出していった。


───8:45


「トーラス、頼むぜ!」

「はいは〜い☆」


隕石はこのまま行きゃ、オレたちの街で一番高い建物。『日和ひよりがサンタワー』を突き崩して、その一瞬後には街全体をコナゴナにしちまうって見込みらしい。

そんな最悪のシナリオは起こさせねえ。元はと言えば全部全部、オレの不運が招いちまったコトなんだから。

オレは緩やかな山道を走って自宅の前まで辿り着くと、つい数時間前に酷使したばっかの雪乃の自転車を、有無を言わさず借りていく。

サンタワーは坂の下の繁華街にひときわ目立つ形で立っている超高層ビルだ。オフィスとかショッピングモールが一緒になっている複合施設で、中には区役所の機能まで備えている。オレの街じゃあイチバン目立つ建物だ。

それが今や、迫り来るキロメートル級の隕石を呼び込む避雷針よろしくそびえ立っている。オレはそんな部屋の数々を一通り眺めると、ぽつりと口に出してささやいた。


「間に合ってくれ……!」


隕石が降り注ぐまで、あと15分。死神の力を借りても間に合うかどうか怪しいもんだ。

パニックになった車が不意に横合いから飛び出してきて、凄まじいスピードで飛ばしていたオレをチャリごと弾き飛ばす。……関係ねえ。

オレはトーラスに生き返してもらいながらも、目指すべき場所をただ一箇所だけ注視していた。うかうかしてたら、間に合わない。


「ちくしょう……!」

「や~。ユッキーも死ぬのが板についてきたねえ」

「おい?えげー!」 


死んでる場合じゃねえ、まだオレにはやることがあるんだ。

意識がはっきりしだしてから間髪入れずに、すぐさまオレは思い出したかのように坂道を下っていった。


───8:58


「はぁっ、はぁ、はぁ、はあ……」


信じられないぐらいのスピードでチャリを飛ばしてきたとはいえ。街にごった返した車を避けながらサンタワーまで辿り着くなんていうのは至難の業で、結局は思った以上に時間をとられちまった。

タイムリミットまで、あと数分。オレはそんな人類の残り時間を象徴するような上空の岩石を、じいっと眺めていた。

確かにオレの真上。呆れ返るほど莫大な天体が、今やはっきりとした実在物として人間オレたちの目の前まで迫ってきている。

それはもう太陽を完全に隠しちまって、夜と見まごうほどの深い影を街の上に形作っている。

もう殆ど人っ子一人いないとはいえ、わずかにその場で立ち尽くしている街の人も確かにいた。ひれ伏したり、手を組んだりして、ただ祈るようにして終わりを待っている、そんな生々しく恐ろしい終末の光景に、オレは思わず目をそむけた。

オレはフォールにちらりと目配せをしながら、手はず通りに頼みこむ。


「フォール。見られてたって、構わねえ。───オレを、上にやってくれ」

「俺は構わんが。幸長は、それで良いのか?」

「ああ、大丈夫だ。どうせ隕石がなかったことになったら、目撃者も元通りなんだろ?」


良く分かっているじゃねえか、気に入った。口笛といっしょにそんな軽口を叩いたフォールがと指先を上げるジェスチャーと共に、気がつけばオレの身体はふわりと空中に浮かんでいく。

凄まじい勢いで上昇する肉体には、やはり不思議と気持ちの悪い浮遊感みたいなものはない。高速エレベーターに乗っているような勢いで、オレはみるみる内に空へと登っていく。

相対するは、巨大隕石。オレは大気圏に突入したそれが中心部を白熱させながら地球の大気へ侵食してくるのを認めると、すぐに凄絶なまでの風圧に押しつぶされそうになる。……隕石が速すぎ、かつデカすぎるんだ。あわや吹き飛ばされる、そんなタイミングで、オレの左腕を確固として抱き支える死神の姿があった。


「わ、たし?がま。もる!」


ルサールが、権能を使ってくれたらしい。上から降り注いで来るすさまじい暴風が嘘のように消え去って、逆にオレが隕石に向けて登っていくのを助けるような追い風を立てる。

より一層に加速したオレを、ダメ押しとばかりに右腕からも死神の声がする。


「ワタシを忘れて貰っては困ル。……翔べAstral!」

「あががががががが!?」


カースの魔術がさらに飛行を補助して、オレは一直線に飛び立つロケットミサイルよろしく超巨大隕石へと向かっていく。

タワーの高さなんてとっくに突き抜けて、低い雲ぐらいの高さはとっくに超えて。気づけば目と鼻の先の位置に、大気圏で燃え盛りながら光を放つがみるみる内に近づいてくる。

あまりの速度で、歯茎がむき出しになる。言葉が喋れなくなる。直撃寸前の隕石というものは想像を絶するほどの膨大さと、常軌を逸した遠大さを兼ね備えていて、今更なことじゃあるが。……恐ろしい、そう思った。

後悔しなかったと言えばウソになる。自分から隕石に当たりに行く、なんて馬鹿な思いをするくらいなら、あの高台で命を終えちまったほうがよかったのかもしれねえ。

でも、それでも。オレは約束したんだ。オレ自身にも誓った。更科とも約束した。……あの悪霊の野郎にも言ってやったし、なんなら、神様とやらにだって。

絶対に、絶対に。この先どんな不運が待っていようが───

───オレの命にかえてでも、オレの平和は守ってみせる───!!


「うわあああああああああああっ!!かかってきやがれええええええええええ!!!」


悲鳴とも雄たけびともつかない、誰に気づかれることもない絶叫を上げながら、オレは。

人智を超えた神秘の力を借りて、人智を超えた自然の暴力に飲まれていった。



Death+2.

轢死 : 6

落死 : 2

溺死 : 1

呪死 : 2

?? : 1

Total : 12

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