5-9 アメリアちゃんが来た!


 5月3日、日曜日。

 本日は1時間だけお勉強をしていたミニャたちだが、授業の終わり近くでその一報が届いた。


『ネコ太:ミニャちゃん大変大変!』


 ネコ太がわたわたしてミニャへアピール。

 パトラシアにおける数字の7をせっせと書いていたミニャは、むむむとした。


「どしたの?」


『ネコ太:アメリアちゃんたちが出発したって!』


「にゃんですと!?」


 途端、ミニャもわたわた。

 嬉ションしそうなテンションのミニャへ追い打ちをかけるように、ネコ太は『ミニャちゃん、どうしゅる! どうしゅる!?』と煽る。

 わけがわからなくなっちゃったミニャは、その場にコロンと転がってニャン!


「ミニャちゃん? どうしたの?」


 マールから問いかけられ、ミニャはハッとして起き上がった。


「アメリアちゃんが出発したって!」


「なんだって!? ミニャ様、迎えに行きましょう!」


 激しく反応したのはクレイ。

 ミニャは「ハッ! めーあん!」と採用。


 そう、本日はアメリアが来るのだ。あとジール隊長と女官のフェスも。いや、注文していた品の残りの物を納品するジール隊長たちについてくる形なので、どちらかというとアメリアの方こそついでか。


 先触れは昨日の内にされており、いまグルコサを出発したらしい。


 ミニャたちは授業を終えて湖に向かった。

 なお、今日の冒険者たちのダンジョン調査はお休みだ。


 今日はバッタ取りなんてしている時間はなく、ミニャたちが着いた頃には湖に高速船がたくさん見えていた。


「おーい! アメリアちゃーん!」


「アメリアー!」


「ミニャ様ー!」


 ミニャとクレイが手を振ると、アメリアも元気に手を振り返した。なお、兄の声には応えていない。アメリアは病気が治り、すっかり元気になった様子だ。


 港区画は、ミニャが帰ってきた時と大して変わっていない。ダンジョンの設備や焼成窯を作ったため、残念ながら手が足りていないのだ。

 とはいえ、荷下ろしするにはそこまで困る様子はなく、接岸した船からアメリアとお付きのメイドが降りてきた。他にジール隊長とフェス、護衛も数名。


 アメリアは貸し出されているフィギュアと共に階段を上がる。ミニャたちは若干ハラハラしながら見守った。

 アメリアは森歩きを想定してか乗馬でもしそうなパンツスタイル。そんなアメリアは崖を登りきると、ふぅと息をついて、ニコパと笑った。


「ミニャ様、お久しぶりです!」


「うん、久しぶりー! 元気だった?」


「はい! ハッ!? なんですか、その子は!?」


 ミニャの脚の後ろに隠れてチラチラ顔を出している謎生物を見て、アメリアは大興奮。


「この子はモグちゃん」


「モグちゃん! ミニャ様が言っていたモグブシンさんですね?」


「うん。モグちゃん、ご挨拶は?」


「もぐ。もっもぐぅ!」


「きゃー、可愛いですぅ!」


 なんて話している間にも、港では積み下ろしが始まろうとしていた。


「ミニャちゃん、なにかいる!」


 マールが船から降ろされている生物を見て言うので、ミニャもこうしちゃいられねえと柵から崖の下を見下ろした。子供たちも下を覗く。高所恐怖症はいないらしい。

 賢者たちはハラハラし、いつでも飛行魔法フライをかけられるようにスタンバイ。


 マールが言うように、たしかにそこには何かいた。


「ご注文いただいたロバと羊ですよ」


 ジール隊長が教えてくれた。


 ロバは森塩などの運搬用に、2頭の羊は羊乳確保のために仕入れた。グルコサでは牛の放牧を行なっていなかったので、乳製品は羊乳由来なのだ。


 子供でも登りやすいように緩やかな階段に変えているので、ロバと羊は特に苦労したふうでもなく登り切った。


 ミニャを含めた年少組はロバを見て、はえーとお口を開けた。特にイヌミミ姉妹と双子兄弟にとってはクソデカ生物に見えている様子。


 そんなロバたちの前にモグが立つ。


「もぐぅ、もぐもぐぅ……モグブシン!」


 思考を読む能力を使うモグ。その可愛らしい姿に、アメリアの目はここに住むとか言い始めそうなくらいにキラキラだ。判断が早い。


 モグはロバたちから何やら読み取ると、うむうむと頷いて仲間に加えた。通って良し!


 新しい仲間とお客さんを連れて、ミニャたちは村に帰った。

 もちろん、途中にある女神像へのご挨拶も忘れない。


「あ、あわわ……」


 超美麗女神像を見て、アメリアやメイドはあわあわしながらお祈りをしていた。

 これにはミニャンジャ村に住みたい度アップアップ!


 貴族令嬢の期待値はぐんぐん上がる。

 あんなに素晴らしい女神像があるのなら、一体どんなお屋敷が立ち並んでいるのかしらと。


 残念!

 竪穴式住居でした……っ!


「わぁ……」


 無理した様子で笑うアメリアからは、ミニャンジャ村に住みたい度が下がった気配。生活ランクSクラスの貴族令嬢なので、それはそう。


 賢者たちはシュン!

 だってまだレンガがぁ……っ!


 そんなアメリアに、クレイが自慢げに言った。


「アメリア、これは俺の家なんだ。俺が作ったんだぞ。どうだ、凄いだろ!」


 これが深窓の令嬢とヤンチャ坊主系男子の違いか。

 なんにせよ、おウチに愛着を持っているようで賢者たちのクレイの株が上昇した。


 さっそくクレイのおウチを、ミニャとアメリア、ジール隊長、フェス、メイドさんが内見。


「おーっ!」


 居間が1つに寝室と予備の部屋が1つずつ。

 まだ引っ越して間もないので物はあまりないが、ちゃんとしたベッドや水道、衣装ケースがあった。石タイルのフローリングや壁も清潔感があり、そこそこ高い天井も夏の暑さをやわらげて、割と文明的。


 特に、領主館は魔道具や生活魔法によって水の供給がされていたので、石の蛇口ハンドルを捻ると水が出てくる仕組みに、グルコサ勢は全員が驚いた。

 ちなみにまだ上下水道はできていないので、貯水槽給水方式になっている。竪穴式住居は半地下なので圧力ポンプなどを使用する必要もなく、この仕組みは割と簡単に作れた。


 この建物に一番好印象を抱いている様子なのは、平民の暮らしを知っているジール隊長だ。領主様のご子息にこんな暮らしを、なんてことはない。注文していた物資からある程度の推測はできていたようで、その推測を良い意味で裏切られたといったところだろう。


「こ、このおウチをお兄様が建てたんですか?」


「まあ村のみんなも手伝ってくれたけど。こういう柱を立てたり、屋根を作ったりしたんだ」


「はわー」


 アメリアのお兄様尊敬ゲージが急上昇。


「ミニャ様もおウチを建てられるんですか?」


「うん! ミニャ、おウチを建てるのすんごい得意なんだ!」


 えっへん!

 実際に竪穴式住居の作る手順は子供たちの誰よりもマスターしている。


 一方その頃、お外では子供たちが動物に草を食べさせていた。

 そんな中、ビャノがロバの後ろに回り込もうとして、セラに首根っこを掴まれた。


「な、なんだよ、セラ姉ちゃん。俺、尻尾なんて触らないよ」


 尻尾を触ろうとしていたらしい。


「こういった蹄を持つ動物の背後にこっそりと近寄ったらダメよ。ビックリしておもいっきり蹴られて、子供だと下手をすれば死んじゃうからね」


「ひぇ……わ、わかった!」


「みんなもわかった? 動物の後ろに回り込んだらいけません」


 セラ先生の教えを受けて、子供たちは素直に頷いた。


 そんなことがありつつ、次にミニャのおウチへ移動。

 その途中で、フェスがふと気づく。


「なんだかとても良い匂いがしますね?」


 ミニャがニコパと笑った。


「今日のお昼は宴会なんだよ。フェスさんたちも食べていってね」


「よろしいのですか?」


「うん!」


 そう、今日のお昼は以前から予定していた宴会なのだ。

 宴会の趣旨は、クレイたち新しい村民さんと新しく賢者になった人たちの歓迎会。宴会とは言っているが、いつもよりもちょっと豪勢な昼食くらい。せっかくなのでアメリアたちの分も用意されている。


 説明している間にミニャのおウチに到着。

 他の家よりも一回り大きく、ここまで大きいと竪穴式住居でも馬鹿にできない迫力があった。まあ、領主館には全く敵わないが。


「ここはミニャのおウチだけど、このお部屋はみんなでお勉強するところなんだ」


 ミニャのおウチの居間は広いので、お勉強はここでしている。

 それぞれの机の上では、賢者たちが本日のお勉強の成果を丁度まとめ終わったところだった。数日分の学習の成果に今日の分が加わり、ちょっとだけ厚みを持ち始めている。


「ほう、村民に勉強を教えているのですか」


 ジール隊長がとても感心したように言った。


 実のところ、サーフィアス王国には基礎的な学校がない。これは貴族でも同じで、あるのは騎士学校のみだった。ではどうやって学習しているかといえば、家庭教師か私塾か親が教える。技術については徒弟制だ。

 ミニャンジャ小学校は、王国基準だと私塾に近いだろう。


 せっかくなのでクレイの成果を見てもらう。


 一枚一枚に正確なマス目が引かれており、その1マス1マスに基礎となる文字が綺麗に書かれていた。王国の子供の学習にも補助線が使われることはあったが、それは下の線だけだった。

 マス目のバランス矯正の効果は高く、最初のページから遡ると、この数日でクレイの字は明らかに上手くなっていた。


 他の子供も数字や文字表を順番に書けるようになりつつある。レネイアは完璧、ミニャを含めた他の子供は8割、9割といったところ。さすがに子供の頭の吸収力は凄い。


 さて、そんな学校の様子を見たアメリアの住みたいゲージは最初の下降から一転し、グングン上昇。

 ここは畳みかける時。別にアメリアを住まわせたいというわけではないが、幼女にあんなところに住みたくないと思われたら賢者たちの沽券に関わる。賢者は大人げないのだ。


『ネコ太:ミニャちゃん、お人形が完成したって!』


 というわけで生産属性から連絡があり、手札が切られた。


「にゃ、にゃんですと!」


『ネコ太:アメリアちゃんたちを連れていってあげよう!』


 なにそれ凄く面白そうと思ったミニャの口からは、興奮のあまり「にゃん!」と出た。


「みんなー、お人形ができたってー!」


「「「わーっ!」」」


 お外にいる子供たちにも教えてあげ、みんなと一緒に窯へ向かう。


「アメリア様、こえ、トオット!」


「ルミー、トロッコだよ」


「トオッコ!」


 舌ったらずなルミーをラッカが優しく訂正。

 アメリアが興味を持った。


「トロッコですか?」


「そうだお。乗ってあしょぶの」


 違う。


「森の奥から村の中まで石を運ぶんですよ。子供たちはよく乗って遊んでますね」


 代わりにコーネリアが答えた。

 謎の遊びをしていると知って、アメリアゲージはムクムク。


 一方、ジール隊長やフェスの視点は違う。

 湖への道にある車石に続き、ここでも木製の軌道が用いられている。決められたルートしか進めないこの設備は、それほどに有用なのだろうか。


 ひとまずトロッコは置いておき。

 その路線の上流にある焼成窯へ向かった。


「ほう、窯ですか」


「私、初めて見ました」


 ジール隊長は興味津々で、アメリアは初体験の様子。


 さっそく窯出しが始まった。

 本日も第一号はミニャちゃん陛下の作品。賢者はミニャちゃんファーストなのである。


「にゃー、ピカピカになった!」


「わぁ、お人形さんですぅ!」


 布に置かれた陶器フィギュアは、釉薬がガラス化して薄茶色の体の表面を綺麗にコーティングしていた。火のあたり具合で色合いが変化している様子もなく、ほぼ均一だ。

 これにはミニャとアメリアは大騒ぎ。


 フィギュアがどんどん出されていく。

 自分が作った作品に子供たちもキャッキャである。昨日に引き続き、やはりそんな状態のイヌミミ姉妹は極めて危険なので背後でコーネリアがマークし、机の上で賢者たちがハラハラする。


 人形が届いた子供から順番に、昨日も使った羽はたきで灰をお掃除。

 やることが分かっている子供たちの姿は、アメリアの目から見てカッコよく映った。まあ賢者が羽はたきを使うように仕向けているのだが。


 全員が1体ずつ問題なく焼き上がったが、スノーとビャノがそれぞれ作った3体の内1体は、手の指が大きく欠けてしまっていた。『焼成補助』や『硬化』も万能ではなく、失敗する時はする。それでも、素人の集まりでこれだけの成功率なら最上と言っていい結果だろう。


 それらのフィギュアの欠けをくっつけられる魔法は、まだ発見されていない。

『石材変形』の魔法は素焼き人形やガラス化した釉薬を変形できる。しかし、石材変形は異なる石を混ぜ合わせられないルールがあり、本焼きをした後の本体と欠けた部分の接合はこの法則に引っかかるようだった。


 なので、賢者たちは別の方法で欠けた部分を補うために、それらのフィギュアを預かることにした。予定では手の部分だけ石で包み込み、手の形に成形するつもりだ。材質や色が変わってしまうが、中二病の人ってそういうの好きなんでしょ。


「こ、これをみなさんが作ったんですか?」


「そうだぞ。これは俺が作ったんだ」


「えー……」


 アメリアの視線は、イケメンなフィギュアとクレイを行ったり来たり。周りではみんな自分が作った作品にキャッキャ。いったいどうやって作ったのか……っ!

 アメリアゲージはギュンギュンだ。




「トロッコが通りまーす!」


「わきゃー!」


 と、ミニャと2人乗りでトロッコを体験したアメリア。

 最近のトロッコはレールが伸ばされ、石場に使っている枯れた川沿いから村まで70mくらいある。

 ミニャたちの後ろにはトロッコ2号にルミーとパインが乗り、わんわん。

 いうてそんなにスピードが出るトロッコではない。なんなら子供が全力で走ったほうが速い。しかし、子供には特効性能を誇った。


 トロッコの安全性を確認したアメリア視察団は、ダンジョンの砦を視察。ただし、アメリア視察団とは名ばかりで、視察したのはジール隊長とフェス。案内人はザインとバールだ。


 その間、アメリアはミニャたちと一緒に食堂へ行き、お料理体験をした。


 前回は荷運びをしてくれた人たちに苔鹿を振舞ったが、今回は料理番が玉米の炊き方に習熟したので、おにぎりを振舞うこととなった。あとは昨日ミニャたちが作ったコンソメの素を使用したスープ。なお、使用される玉米は雑穀混じりの通常ランクである。


 大量に炊かれた玉米を、子供たちが増量されたおにぎりメーカーでおにぎりに変えていく。アメリアの下にはミニャとクレイがついて接待の布陣。


「賢者様がこうやってお水を付けてくれるからぁ」


「ふむふむ」


「そしたら、こんくらいのお米を入れてぇ」


「このくらいです?」


「うーん、そんくらい!」


 賢者がおにぎりメーカーの中を濡れた布で拭いて水気を加え、そこにミニャが玉米を入れ、アメリアもそれを真似た。おかずの具を中に入れたりなんやらして、おにぎりメーカーをひっくり返すと中からおにぎりがコロン!


「わぁ!」


「アメリアちゃん上手ー!」


「アメリア、上手じゃないか!」


「そ、そうですか? えへへ」


 接待である。


「じゃあアメリアちゃん、どんどん作ろう!」


「頑張ります!」


 アメリアはふんすぅ!

 そんなふうに大量におにぎりを生産し、お昼になった。




■賢者メモ 人形スペック■

【陶器フィギュア1型】

・活動時間8時間前後。

・魔力量700前後。

・素焼きよりも上位スペックとなった。

・パワーと魔力のバランスタイプだが、同じタイプの希少石フィギュアには劣る。総評してハイスペックな量産型フィギュア。

・欠けてしまうとスペックが低下するが、そこを別の素材で補修するとある程度のスペック上昇が見込める。ちゃんと焼き上がった物には劣ってしまうが、大きな違いはない。


・『影響制限:生産』のコストが、日を跨いで製作するため低く済む。また、作業に携わった人数だけ分散されるため、これも低コストになる大きな要因となる。

・ミニャたちに手伝ってもらうと、作業に大きく関与した賢者は『影響制限:伝授』がかなり増加する。ただし、ミニャたちが作業を完璧に覚えれば、経験上ノーコストになると思われる。

・一番の問題点は燃料コスト。


『課題』

・通常の石とは違い、粘土や釉薬の材料を変えることができるため、さらにスペックの上昇を目指せるかもしれない。

・人形は完成度でスペックが変わるため、上絵付けをして肌の色や髪の色を表現した場合にどうなるか要検証。

■・■・■

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