5-8 魔法の粉と素焼きフィギュア

※マールのミニャに対する呼び方に表記ゆれがあります。以降は『ミニャちゃん』で統一させていただきます。よろしくお願いします。

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 ザインたちからダンジョンの話を聞かせてもらって夜を過ごしたミニャたち。

 明けて5月2日、土曜日。


 朝、家の中の洗面台で顔洗ったミニャ。

 脳内子猫が冒険の書をロードすると、連動してスリープ状態だったワクワクドライブがうなり声を上げ始める。


「もうお人形さんできた?」


 どうやら楽しみにしていたらしい。


『ネコ太:うーんと、いまはね、窯の中を冷ましているんだって。窯の中はアチアチだからゆっくり冷ますんだってさ』


「へえー!」


『ネコ太:お昼ご飯を食べ終わったくらいには冷めるって』


「わかった!」


 ミニャがおウチの外に出ると、気持ちのいいピカピカ陽気。ミニャと出会ったのは初夏の前だったが、今ではすっかり夏である。

 丁度スノー一家もお家から出てきた。


「ミニャさん、おはよう」


「おはようー、スノーちゃん」


 スノーはとても目覚めがいい女の子。それ以外の4人はまだ幼いのでおネム粒子をぽわぽわと出している。イヌミミ姉妹は当然のこと、しっかり者な双子も同じだ。


 ミニャと挨拶したイヌミミ姉妹も脳内子犬がワクワクドライブを起動。それと連動して、尻尾がちょっとずつパタパタし始めた。


「ミニャお姉ちゃん、お人形さんできた?」


「おにんにょうさん!」


 パインとルミーが尋ねる。

 朝のお日様くらいキラキラとした眼差しだが、ミニャの返答は残念ながら「まだだってー」である。その返答を聞いて、増していた尻尾の勢いは次第に失われていく。


「お昼ご飯を食べたくらいだって」


 復活!


 続いてやってきたクレイやエルフ姉妹、ドワーフっ子も同じような感じ。自分が手掛けたお仕事が気になる様子。


 さすが最年少というべきか、ルミーは事あるごとに『おにんにょうさん』について尋ねた。

 それは、大人な賢者たちからは失われてしまった子供の時間感覚からくる行動なのかもしれない。賢者たちはボケっとしていれば朝から昼までなんてすぐに過ぎるが、わずか20分の休み時間でドッヂボールができる子供にとって、それだけの時間があればなんだってできてしまう。逆に言えば、朝から昼までが長いのだろう。


 そんな子供たちの期待を受けて、生産賢者たちはドッキドキ。

 焼き物には失敗が付き物。『昼前にちょっと調べておこうぜ』というチキンな提案が採択されてしまう程度には不安だった。賢者は『火耐性付与』を手に入れたので、火を落とした窯くらいなら侵入できるのだ。


 本日は2時間だけ読み書きのお勉強をして、それからミニャたちは調理実習を手伝った。

 明日はクレイやザインたち新しい住民と新しい賢者たちの歓迎会として、ちょっと豪勢な料理が振舞われる予定だった。その簡単な仕込みと、本日のお昼ご飯の準備をするのだ。


「ミニャが入れるから、スノーちゃんはすり鉢係ね」


「うん、わかった」


 食堂のテーブルを作業台にして、ミニャとスノーの共同作業。

 他の子は本日のお昼用のおにぎりを製作。


 ミニャたちの作業の材料は、鳥型の魔物コジュコジュのもも肉、苔鹿のひき肉、鬼芋、イコーンの根菜、タマネギっぽい野菜、酸味が強いフルーツ少量、異世界ハーブ各種、森塩。


『トマトン:ミニャちゃん、これを半分くらい入れてね。スノーちゃんが潰し終わったら、残りを入れて』


「わかった!」


 トマトンが指示する食材をミニャがすり鉢に投入して、スノーはそれをスリコギで潰し、混ぜていく。

 スノーが擂る食材はグッチャグチャになり、どんどん原型を失っていく。混ざり合い、赤かったと思えば緑に変わり、最終的には茶色い謎のべちゃべちゃができた。


「にゃんだこれぇ……」


「なんだろう……」


 ミニャとスノーはこれでいいのか疑問だった。

 そーっと味見をしようとするミニャの手をトマトンは慌てて止めた。生肉が入っているのでそれはいかん。


「泥んこ?」


 隣のテーブルからルミーがやってきて、目を輝かせた。昨日の粘土遊びがとても楽しかったらしい。


「うーん、たぶん違う」


「じゃあいいや!」


 スノーの曖昧な返事を聞いて興味を失ったルミーは、おにぎり職人に戻った。


 2人を連れてカマドへ行き、トマトンはグルコサで買ってきたフライパンで茶色い何かを炒めた。


「あっ、なんか良い匂いがする!」


「なにか美味しいのを作ってるのかもしれないわね!」


 食堂の方から食いしん坊エルフのマールとレネイアの声がする。とても神秘的な見た目をしているレネイアはご飯が近づくと口調が生命の輝きに溢れたものに変わる。


 しかし、お仕事で席を外せないので調理場まではやってこない。代わりにルミーが偵察に来るが、調理場は危ないから入ってはいけないと言われているので、入口から顔だけ出して見ている。「なんか焼いてた!」と偵察犬さんは完璧な報告をしに戻っていった。


 すっかり水分が飛ぶと、茶色いべちゃべちゃは粉に変わっていた。


 そこでトマトンは味見をした。

 賢者の特性で粉を光に変えつつ、トマトンはうまぁ。


『トマトン:コンソメの素の完成です!』


 エーックスのポーズでフキダシを出すトマトン。ミニャはむむむっ!


「ミニャさん、なんて言ってるの?」


「コンソメの素だって。コンソメってにゃんだ?」


「おいらも聞いたことない」


 そう、2人が作ったのは手作りコンソメだった。

 材料は代用品ばかりなので味は日本で売られているコンソメとは少し違うが、コクのある味わいになっている。

 2人の手のひらにちょっとだけ粉を乗せて舐めさせると、魅惑の味が舌から脳天に駆け巡る。


「お塩の新しいのだ!」


「それを言うなら魚粉の新しいのじゃないかな」


 まあ多様な調味料を知らない子供だと粉繋がりでそういう認識にもなるかもしれない。

 せっかくなので2人には使い方を見せてあげた。


 グルコサで買ってきたタマネギみたいな野菜をスライスし、鍋で炒める。飴色を通り越して鍋の底が焦げ始めると、その焦げをタマネギで拭きとるようにしながらさらに炒め続ける。

 タマネギがクタクタになったら水を入れて煮込む。最後に、2人が作ったコンソメの粉を適量入れ、森塩とハーブで味を調整すれば、オニオンコンソメスープの完成。


 他の子たちの分も用意して、みんなで試食。


「「「う、うまぁ!」」」


 ペカーッ!

 タマネギの甘味と濃厚なコンソメ味が子供たちのお口に強襲した。

 サーフィアス王国は豊かな湖がある都合、魚粉かエビカニから作るスープが主流なので、良いものをたくさん食べてきたクレイですら驚愕の味わい。


 お昼になると、ザインとバールとコーネリアにも振舞われた。なお、本日のセラはダンジョンに入ってしまっている。


「う、うめぇ……なんだこの濃厚なスープ」


「肉を飲んでいるような味だな」


「ひ、ひぅうう……美味しすぎる」


 魚粉かカニエビで出汁を取る文化圏ゆえか、コーネリアはアレルギー成分混入のリスクを恐れてスープをあまり食べてこなかったようで、特に衝撃を受けていた。


 魔法の粉、ミニャンジャコンソメの誕生であった。




 そんなお昼ご飯が終わり、ミニャたちは焼成窯へと向かった。


 ワクワクする子供たちを前にして少し胸を張っているのは工作班たち。すでに答えは見ているようだ。


『ふともも男爵:それじゃあミニャちゃん、僕たちが取り出してくるからね。みんなに出来上がったのを渡すけど、強く握ったりすると腕や足が折れちゃうかもしれないから、優しく触るんだよ』


「はーい!」


 ペイーンとミニャが手を上げ、コーネリアが代わりにみんなへ通訳してあげた。


 本日の工作リーダーであるふともも男爵は、賢者たちを引き連れて窯の中へ。

 石で作られた窯の中には、子供たちの作ったフィギュアが薄っすらと灰を被って焼き上がっていた。


 他にも、実験として皿や壺、レンガ、大きさの違う球体や円柱などが一緒に焼かれている。今回は窯の温度を最大800℃程度で上げたが、これで粘土の配合や魔法の有無、厚みの違う各種焼き物がどうなるのか調べているのだ。

 これらは別の場所にある小型の窯ですでに実験がされているが、検証回数が全然足りないのでここでもデータが取られた。

 まあ、これらは子供たちの目当ての物ではないので置いておき。


 賢者たちが布を緩衝材にして、人形を丁寧に窯出しした。


『ふともも男爵:はい、これはミニャちゃんのだよー』


「にゃー!」


「「「わぁ!」」」


 それはまだ灰が被った状態で、緩衝材にされている布は灰色になっている。

 だが、この灰は賢者たちがあとから掛けたものだった。なにせ賢者たちは一度窯に侵入してフィギュアの状態を確認しているので、その際に灰を払っているのだ。つまり、ヤラセ……っ!


 そうとは知らないミニャたちは、焼いたから灰が被ったのだとリアル体験の往復ビンタ。バレなきゃいいんだ。


 それからも続々と子供たちが作ったフィギュアが出されていく。

 どれもこれもちゃんと焼き上がっているのは、『焼成補助』のおかげだろう。


「ラッカお兄ちゃっ、こえ、ルミーがちゅちゅったの!」


「はははっ、上手にできたね」


「コーネリアお姉ちゃっ、こえ、ルミーがちゅちゅったの!」


「ルミーちゃん上手だねー」


「わふぅ!」


 よっぽど嬉しいのか、めっちゃ自慢するキッズの姿も。極めて危なっかしいので、その背後ではコーネリアがニコニコしながらマーク。賢者たちも落とすんじゃないかとハラハラだ。


「ミニャちゃんの見せてー」


「じゃあマールちゃんのも見せてー」


「「おーっ!」」


 ミニャとマールは歳が近いせいか、そんなふうに良いお友達だ。まるで小学生女子のように見せ合いっ子して楽しそうに笑う。


 複数の人形を作った子がほとんどだが、まずは1体ずつ子供たちに配られると、コジュコジュの羽根から作った羽はたきが与えられた。


 武器を手に入れた子供たちはサササッと灰を落としていく。

 そうして現れたのは、薄い茶色の素焼き人形だった。表面にはちょっとポツポツと浮き出た部分があったり、髪の毛の先端が欠けてしまっている部分もあるが、子供たちは大満足。


 しかし、作業はこれで終わらない。

 工作班の賢者たちがヤスリ掛けしたり、欠けてしまっている部分を整えた。


 それだけで、素焼きフィギュアは見違えるように良くなった。


■賢者メモ 人形スペック■

『素焼きフィギュア』

・活動時間6時間前後。

・魔力量400点前後。

・パワーと魔力量は石製、木製、希少石製のフィギュアの全てに劣る。しかし、石製人形のパワーと木製人形の魔力量を併せ持つ程度のスペックがある。

・総評して量産型のスペックと言ってよし。ただし、活動時間は6時間とそこそこ長い。

■・■・■


 このレシピは、新しく手に入ったガコガコヘビの石は入っていないので、スペックはまだ上がるかもしれない。

 こちらはまだ研究が始まったばかりだが、少なくともガコガコヘビの石で作られた石製人形は、通常の石製人形を少し超えたパワータイプになったので、期待が持てるだろう。


 とまあ、そんな感じのスペックだが、人形のスぺックは同じ素材でも完成度によって大きく変化する。この素焼きの人形も、まだ手を加えられる要素がたくさんあった。


 というわけで。


『ふともも男爵:ミニャちゃん。このお人形は実はまだ完成ではありません!』


「にゃんですと!?」


 ピシャゴーンとしたミニャは、わたわたとみんなに通訳した。

 その内容にキラリと目を光らせたのは、シルバラだ。


「釉薬を塗って、本焼きするんですね?」


 先読みされた。


 地球でも釉薬の歴史はとても古い。レンガの壁を作れる文明を持つパトラシアで発見されていないはずがなかった。

 とはいえ、そんな技術は素人からすればブラックボックスみたいなものだ。普段から陶器の皿を使用しているクレイですら、釉薬がなんなのか知らなかった。というか、賢者ですらも『あー、袖薬ね。死んだお婆ちゃんがよく飲んでた』という謎の薬品名をスレッドに書き込む有様。そりゃ死ぬわ。


 そんな釉薬もすでに完成している。


 材料は。

・女神の森の川の水。

・女神の森に滅茶苦茶自生している薬草『女神の恵み』の灰。

・河原に落ちている長石。

・同じく河原に落ちている珪石。ただし、今後はダンジョンでも調達できるようになった。

・スライムゼリーの粉末。


 他にも、珪石の代わりに玉米の藁灰を使用したり、女神の恵みの代わりにコルンの木などの木灰を試してみたが、一番良い釉薬となったのは上記の組み合わせだった。


 ポイントなのはスライムゼリーの粉末で、実験にはグルコサで仕入れた物を使用。

 水だけを使用した場合よりも、水にスライムゼリーの粉末を50gほど入れた方が、全ての配分で上等な釉薬を作ることができた。


 グルコサで買ってきたタルに材料が入れられて、よく混ぜられる。


「下に溜まっているのが上に来るように混ぜるんだって」


「わかりました」


 混ぜ混ぜ係には焼き物に興味津々なシルバラが挑戦。

 ミニャが通訳してあげると、ある程度の工芸知識を持っているシルバラはすぐに理解して、上手にかき回した。


 すっかり混ざると、その中に素焼きフィギュアをしっかりと浸ける。これは子供には難しい技術なので、賢者たちが担当した。

 薄茶色だったフィギュアは若干の光沢を持った灰色になって引き上げられた。


「おー、灰色になっちゃった。これで完成?」


 タルの横でちょこんと座るミニャは、賢者に問うた。


『ふともも男爵:ううん、まだだよ。これをまた焼くんだ。出来上がるのはまた明日だね』


 タルの逆側から「完成?」とパインに同じ質問をされて、ミニャはいま言われたことを教えてあげた。

 ミニャと子供たちは、灰色に変わってしまったフィギュアを見て、ぽわぽわーんと想像。きっと今度は灰色になって焼き上がるに違いない、と。


 乾燥の後には『焼成補助』の魔法が掛けられ、再び窯に火がつけられた。


 賢者300人の時期から、異世界検証班はパトラシアの物理法則が地球とは少し異なる可能性があることを注意するように言っていた。特に魔法が関わることになるとそれを実感する機会が多かった。


 これから釉薬をガラス化させて焼き物をコーティングするわけだが、その温度は地球なら1200℃以上必要なのが一般的。これはパトラシアでも同じだった。


 しかし、温度の上昇のさせ方や冷却方法などは、地球とは異なる手法でも良いことが確認できている。特に『焼成補助』や『硬化』といった魔法、霊草や魔石や魔物素材を混ぜた魔法的な粘土や釉薬を使用することで、それは目に見える結果となる。


 とはいえ、一番の問題は1200℃という高温をどうやって作り出すか。これもまた賢者たちが300人の時から考えていたことだった。

 というのも、薪で釉薬を溶かすほどまで温度を上げるには相当な量の薪が必要になるからだ。数回分ならいいが、焼き物を続けるにはコストがかかりすぎてしまう。


 今回は薪を使用して頑張るが、科学にしろ魔法にしろ、ミニャが得た土地の資源を無駄にしない方法を手に入れる必要があった。

 まあそれは賢者たちが頭を悩ませればいいことで。


「はー、また明日かー」


「楽しみだねー」


 ミニャたちは再び明日になるのを楽しみにするのだった。


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