5-7 賢者たちの検証


 5月1日金曜日。

 このあと泥んこ遊びをするミニャたちがお昼ご飯を食べている頃、ダンジョンでは。


 初調査に赴いたザインとバールは、3階へ降りる階段の前でおにぎりをモグモグしていた。


「こりゃ冷えても美味いな」


「王都のダンジョンの前で売りだしたら一儲けできそうだよな」


 どうやらおにぎりを気に入ったらしい。


『覇王鈴木:冒険者の保存食はどんな感じなんですか?』


「バターロっすね」


『覇王鈴木:バターロ?』


「知らないっすか? 小麦や稗や粟を挽いて固めたこのくらいの大きさの棒っすよ。中にドングリを砕いたものとかが入ったのは、そこそこ美味いっすね。まあ喉は乾くのがいただけやせんが」


 日本でも健康食品にありそうなので、賢者たちはなんとなく想像がついた。


 口をモグモグしながら、ザインがリュックから箱を取り出した。ふたを開けると、そこにはいくつかの乾物が入っていた。

 ザインが取り出した物だが、バールが横から説明した。


「あー、これこれ。コイツがバターロっす」


 まんま健康食品みたいな見た目だった。


「で、こっちが干し肉で、こっちが切り干しイコーンっす」


『覇王鈴木:イコーンというと、1階にいた?』


「そうっす。切って干すんすよ」


『覇王鈴木:地上に戻ったら、ちょっといただいてもいいですか?』


「いいっすよ」


「お前が言うなよ。まあいいですけど。どうぞ」


 帰還したあとにザインが持っていた乾物を料理番たちが調べて、製造方法の推測をした。


 おそらく、イコーンは薄く切って、塩水で煮込んでアク抜きをして干している。

 干し肉については水蛇のアジトですでに試食していたので、すでに研究が進んでいる。おそらく、1cm弱に切った肉を叩いて薄くし、塩と薬草を塗り込んで干している。

 バターロは粟や稗を粉にして焼き固めたものだと思われる。バールが言っていたドングリなどは入っておらず、代わりに若干苦みのあるハーブの味がした。たぶん、いくつかの種類があるのだろう。


 昼食を食べ、3階へ。

 階段の途中で、バールが言った。


「こりゃあ、次の階層はスライムが出そうっすね」


『覇王鈴木:なぜそう思うんですか?』


 と覇王鈴木は質問するが、バールはフキダシを見ていなかったようでスルーされた。『もっと頑張って!』『俺もよくある』と励ましの言葉がスレッドで巻き起こる。


 質問した覇王鈴木だが、次第になんとなくバールが何から推測したのかわかった気がした。2階までは乾燥した洞窟だったが、3階層目は少し湿気た印象を受けたのだ。


 階段を降りきると、すぐ近くに小さな水たまりがあった。

 2人は周りを見回し、特段気負った風でもなく歩き始めた。

 洞窟内は水たまりが点在していた。汚すものがないからか、どこも濁った水ではない。


「やっぱりっすね」


 しばらく進むと、水たまりにそれはいた。


『覇王鈴木:おーっ!』


『ジャパンツ:スライムだぁ!』


 それは5ℓのバケツの水をひっくり返したくらいの体積の饅頭型で、青色をしていた。

 水たまりでは水を飲んでいるのだろうか。


 興奮する賢者たちを見て何を勘違いしたのか、ザインたちはニヤリと笑った。


「スライムゼリーは色々と使うみたいですからね。ここは良い狩場になりますよ」


 そういうことではないのが。サブカルチャーを摂取しまくってきた賢者たちにとって、スライムは一種のアイドルなのだ。


 問題はどんな性質を持つスライムなのかだ。半液体で強酸を持つのか、ボール製品のようにある程度の硬度と弾力があるのか。


 この探索でザインとバールは、熊手のような物を持ってきていた。爪は金属でできていて4つに分かれており、柄の長さも合わせて30cm程度。


 その武器を手にした2人は、スライムに近づいた。


 2匹のスライムはそれに気づき、ちょっとずつ弾み始める。

 最初は跳ねているのがわからないほどだったが、3cm、10cmと回数を重ねる毎に弾みが増し、最終的に40cmほどの高さまで跳んだ。


 バールが攻撃範囲に入ると、垂直に跳んでいたスライムがバールに跳びかかった。バールはひょいと躱し、通り過ぎるスライムの体に熊手を引っかけた。


 熊手の爪はスライムの体を簡単に突き破り、バールはまるで闘牛士のようにクルンとターンした。

 着地したスライムはわずかに跳ねたと思えばすぐに水へと変わり、次いで光になって消えていった。

 それを見届けたバールの熊手の爪のカーブには、謎の球体が乗っていた。


 もう1匹のスライムもザインがまったく同じ方法で倒したが、こちらでは熊手に乗った球体も光になって消えてしまった。


 バールが言う。


「ほい、スライムゼリーっす。水に浸けちゃダメっすよ」


 バールから手渡されたそれは水風船のような感触で、覇王鈴木はぽよぽよした。他の賢者が俺も俺もと触りたがる。烏合の衆である。


『闇人:ふむふむ。なるほど』


 魔物鑑定をした闇人は唸る。


 この球体もスライムであると鑑定された。

 説明の中には、これがスライムの核であり、大量の水を与えると外皮となる体を再構築してしまうらしい。バールの言う、水に浸けるなというのはそういうことだ。


 ザインが言った。


「ダンジョンにいるスライムは、核抜きをすれば大体2匹に1個は核が残ります。核を潰すとスライムゼリーは絶対に手に入りませんから、得られるのがたまに落とす魔石だけになって収入が激減します」


『覇王鈴木:2人共、核を簡単に抜き取りましたが、見えていたんですか?』


「いや、見えてませんよ。あれは核抜きって技術です。スライムは核が弾けると水肉を保てなくなるので、弾む時も攻撃する時も水肉の中で核を安全な場所へ移動させます。だから、こっちに攻撃する時は、水肉の後ろ側に核があるってわけです。普通に倒すだけなら、大きな岩でもぶつければ大抵死にますが、冒険者なら核抜きができなくちゃダメですね」


『氷の神子:そうすると、その武器もスライム専用ってわけですか』


「まあそうですね。ダンジョンに潜る新人冒険者は剣を買うよりまずはこのスライム殺しを買うもんです」


『覇王鈴木:剣はあまり人気がない感じですか?』


「いや、そんなことはないですよ。スライムが出るとわかっているなら、スライム殺しを買うのが普通ってだけの話です」


 はえーと賢者たちは感心した。

 やはり魔物と戦ってきた歴史があるだけに、こういった工夫はすでにされているようだ。


『ジャパンツ:核を取るために手を突っ込んでも大丈夫ですか?』


「うーん、弱いスライムなら良いですけど、強いスライムだと一瞬で腕がぐちゃぐちゃにされて体液を吸われますね。赤や紫のスライムは気を付けた方が良いです。そういうスライムはかなり魔力が強いですから。いまの青のや白はザコですが、それでも子供の指なら折るかもしれませんから、やっぱり道具で抜くのがいいでしょうね」


 ザインたちの話はとてもタメになった。


 しかし、賢者たちは腕がぐちゃぐちゃになる原因を酸性によるものだと勘違いした。子供の指を折るというのも、タックルによるものだと。なんでも溶かすというスライムのイメージがそうさせたのだ。

 だが、数日間の研究でそうではないことがわかった。スライムは水肉で包み込んだ物を全方位から圧迫して潰すのだ。そうして、潰したものから液体を絞り出し、それを養分にするようだった。


「スライムゼリーはいろんなところで使われますからね。ミニャンジャ村も大量に欲しいんじゃないですか?」


 覇王鈴木は『はい』と答えたが、実際にどうやって使うのかは把握していなかった。

 ある程度把握しているのは、生産属性たちだ。グルコサでタル一杯買ってきたのだが、すでに『釉薬』と『染料』の材料になることを突き止めていた。




 3階層の探索を終えて、賢者たちは2人と一緒に村へ帰還した。

 覇王鈴木たちの人形の活動限界が近づいていたからだ。その代わりに、入れ替わりで他の賢者たちがダンジョンへと入り、検証を開始した。


『竜胆:さてさて、楽しい検証の時間だ』


『クラトス:最近は肩が凝る仕事ばかりだったからな、楽しませてもらおうか』


『リッド:さっそく始めるよー』


『タカシ:イコーンが来たら俺に任せておけい!』


 生産属性のリッドが、さっそくそこら辺に落ちている石で人形を作り始めた。他の場所では、洞窟を掘り進められるのかを検証。


『リッド:人形は問題なく作れたね。魔力消費も普通の石と変わらないよ』


 造られた人形には賢者も宿ることができ、性能も外の石と何ら変わらない。


『クラトス:特別なことはなかったか』


『ジャスパー:硅石系の洞窟だからね。僕たちもよく使っているのとあまり変わらないんじゃないかな。でも、それも表面だけみたいだよ』


 水蛇のアジトではダンジョンシードに不用心に触ってしまったジャスパーだが、石のことになると今いる賢者の中では一番詳しかった。


 そんなジャスパーが洞窟の壁の石を採掘していくと、20~30cmほどですぐに超硬度の物体にぶつかった。それは壁のどこを掘っても同じだった。地面の方は40~50cmほどで同じような物にぶつかるようだ。


『ジャスパー:表面的な部分なら採掘可能だけど、奥は破壊できないようになっているみたいだね』


『クラトス:まあそれができたら、人間は無制限に掘り進めてしまうだろうからな。ダンジョンという超空間をなんのコストもなく作っているとは思えんし、さもありなんといったところか』


 ひとまず、『石の採掘が可能か』と『人形を新規で作れるのか』という疑問の答えが手に入ったので、1階層目の地図を完成させるためにダンジョンを探索した。


『タカシ:イコーンだ! ここは俺に任せて先に行け!』


『ダーク:いいから倒せ』


『リッド:本当に先に行ったら騒ぐくせに』


『クラトス:その前にタカシのお仕事ポイントを教えてくれ』


 仲間たちが後方腕組みで見守る中、タカシは雷の剣を作り出してダッと駆けだした。

 イコーンはそれに気づいて体を捻る。


 最近、自分よりも遥かに巨大な存在ばかりを見ているタカシにとって、イコーン程度の大きさは慣れたものだ。


 イコーンは体の捻りを戻す勢いで腕を振る。

 そんな感じの攻撃だろうと予測していたタカシは少し余裕を持って回避した。

 イコーンは自分の攻撃の勢いでバランスを崩し、地面に転がる。すると今度は地面の上でバタバタと暴れた。


『タカシ:存外隙が無い! おのれぇ!』


『ダーク:おいおい、サンダーボールに逃げるなよ』


『リッド:卑怯者ーっ!』


『ギーンズ:雷属性の面汚しめーっ!』


『クラトス:防御力の検証のためにもそのままやってくれ』


『タカシ:うっせー! 言いたい放題言いやがって……!』


 サバイバーやネコ忍と一緒に狩りに出かけるようになったタカシだが、まだまだ素人。自分よりも1.5倍以上大きな生き物のジタバタ攻撃に、どう攻めればいいのかわからなかった。


 タカシは剣を止めて、雷の槍を出した。攻撃範囲が2倍くらいなってちょっと強気になり、『うぉおおおお!』と突撃攻撃を仕掛ける。


 雷の槍がイコーンの胴体に突き刺さり、一瞬にしてイコーンを絶命させる。

 一応は近接戦闘だったので後方腕組み賢者たちも及第点を与えた。クラトスは攻撃を受けなかったことが残念だった。


『ダーク:まあ所詮は一階層の魔物か』


『ジャスパー:なんだろうね。地上だと農家の人とかがたまに戦うような魔物なのかな?』


『ダーク:ダンジョンだけの魔物なんじゃないか? いやでも、トレントがいるみたいだしな……』


 イコーンは光に還り、ドロップは落とさなかった。ザインたちもそんなにドロップしていなかったので、おかしなことではない。


『クラトス:タカシ、お仕事ポイントは?』


『タカシ:特に増えてないな』


『クラトス:さすがにか。レベルアップ的な現象は?』


『タカシ:それもなし』


 パトラシアにおいて、レベルアップは存在すると領主館の本で確認が取れていた。ただし、『位階が上がる』という表現ではあったが。


 これは賢者たちも疑っていたことだ。

 というも、ミニャは7歳児なのに非常に身体能力が高かった。猫獣人だからという説もあったが、この本の記述により、ゴブリンを全滅させたのが原因だろうと賢者たちは考察した。


 その後も戦う賢者を交代しつつ、ダンジョン探索を続け。

 その最中に事件が起きた。


 ダンジョン内で作った5体の石製人形の内4体が唐突に倒れ、光の粒になって消えたのだ。

 その謎の現象を見て一緒に行動していた賢者たちは大慌て。すぐにスレッドで安否を確認した。すると、すぐに宿っていた賢者の1人がダンジョン初調査スレッドに書き込んだ。


【451、ギーンズ:いきなり強制帰還を喰らったんだけど、どういうこと!? ニーテストなんかした?】


【452、ニーテスト:いや、何もしていない。いま、お前が宿っていた石製人形が光の粒になって消えた。体に異常はないか?】


【453、ギーンズ:それマ? とりあえず異常はないよ】


【454、ニーテスト:お前のことを個別召喚できるようだし、死亡判定ではないようだ。原因を調べるから、しばらく待機していてくれ】


【455、ギーンズ:ぬぅ、外れを引いたか】


【456、ニーテスト:他の3人もスレッドを見たら名乗り出てくれ。安否確認する】


【457、竜胆:帰還したのは、パットマン、龍王丸、オメガだよ】


【458、ニーテスト:了解。調べる】


【459、竜胆:ニーテスト、忙しいところ悪いんだけど、いまはダンジョンに入場したての賢者はいるかい?】


【460、ニーテスト:これから闇の福音たちが入る。入場したてはいない】


【461、竜胆:それなら、入場したら私をそのグループの方に少しだけ移し替えてほしい】


【462、ニーテスト:わかった。あと、どうやら他の3人も死亡判定ではないようだ。この点は安心してくれ】


 学生が自宅に帰るくらいの時間になると、ミニャのオモチャ箱はクエスト参加人数がかなり増える。

 闇の福音も学生を混ぜた探索チームを作り、ダンジョンに突入した。


『平和バト:おー……滅茶苦茶広く見えますね』


『闇の福音:俺らが小さいだけとも言えない広さだな。俺が修学旅行で行った鍾乳洞は2m幅もなかった』


 などと世間話している傍らで、そのグループの人形をちょっと使わせてもらっている竜胆が頷き、スレッドにコメントした。


【491、竜胆:やっぱりそうだ。ダンジョンの破壊可能オブジェは、破壊されると1時間程度で光に還るんだと思う。ジャスパーが採掘して地面に落とした石のほとんどが無くなっている】


【492、クラトス:ほう、もしかして壁が復元されているのか?】


【493、竜胆:いや、壁は復元されていないね。時間で回復するのか、一切しないのか……これは経過観測案件かな。でだ、地面には残っている壁の石もある。このことから、おそらく、破壊可能オブジェにもドロップ判定があるのではないかと思う】


【494、クラトス:ふむ。人形も5体中1体だけは残っているから、それがドロップ品で作られた人形なら説明がつくな】


【495、名無し:なるほど、1時間を経過した石はドロップ品ってことか】


【496、名無し:面倒臭い仕様だな】


【497、竜胆:いや、それは仕方ないと思うよ。資源が全てドロップ品になるのなら、森や石灰質の地形はダンジョンから無くなってしまうだろうしね】


【498、名無し:魔物はすぐに光になるのに、なんでオブジェはすぐに光にならないんだろう?】


【499、竜胆:地形にある程度の柔軟性がなければ、探索する者の動きを阻害してしまうからではないかな? 例えば、草を踏んだだけで光に還るようではいい迷惑だろうし】


 竜胆は元のグループに帰り、再び検証を始めた。


 その結果、破壊可能オブジェにもドロップ判定があることが確定した。元から転がっている石も、砕いたり人形に変えたりすれば1時間ほどで光に還った。

 ダンジョンの壁も復元されるのを確認するが、それは10日後の話となる。


 そして、無作為に選んだ石を1時間以内にダンジョンの外へ運び込もうとすると、ダンジョンの外に持ち出せた数は激減していた。その結果は20分の3だったが、試行回数が少ないので何とも言えない。


「あー、ダンジョン内での採取ですか? 採取するには生活魔法の『トレジャー』が必要ですよ。欲しいのがあったら言ってください、私も使えるので」


 とは、翌日に聞いたコーネリアの言葉だった。

 当然、冒険者たちはオブジェのドロップの理を知っており、持ち帰れる物を見破る方法も知っていたのだ。

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