5-6 ダンジョン探索と泥んこ遊び
5月1日午前。
ザインとバール、賢者たちの探索は続いていた。
心配とは裏腹に1階層目はとても簡単だったので、そのまま階層を下っていくことに。
「2階層目はガコガコヘビか。王都よりも浅いところに出るんだな」
2階層目に出てきたのはガコガコヘビという1mほどの長さのヘビだった。皮が石でできているようで、たしかにガコガコとかガチガチと音を鳴らしながら地面を這っている。一般的なヘビのように音もなく忍び寄る隠密性はない様子。
『覇王鈴木:王都では何階層で出るんですか?』
「4階層目からですね。でもまあ、別に不思議なことじゃあないと思いますよ。ダンジョンによって出る魔物や出始める階層ってのは変わるみたいですからね」
『覇王鈴木:じゃあそれでダンジョン全体の危険度が変わるということもないんですね?』
「はい、そういうのはないですね。ただまあ相性ってのはありますから、人によっては低階層から苦戦する場合はあると思いますけど」
あまり変な質問をすると賢者は無知なのかと思われそうだが、重要人物たちの信頼は得られたので、過度に気にする必要もないだろうと会議で決まった。それよりも、これからは知らないことを知っていく方向へシフトしていきたい。
「コイツは新人泣かせでしてね。調子に乗った新人はコイツにくるぶしの骨を砕かれて、借金を背負うことがあるんですよ」
『覇王鈴木:ふむふむ』
『闇人:ガコガコヘビで間違いない。足に巻きついて踝や膝の骨を割るって注意文がある』
冒険者の魔物の知識は高く、闇人の魔物鑑定と遜色ない。
「ただまあ、コイツは倒し方を知っていれば大した魔物じゃない」
ザインは地面を這って近寄ってくるガコガコヘビの頭を剣鉈で弾いて、尻尾を掴むと、すぐに持ち上げた。
ヘビは尻尾を掴んで宙づりにすると、頭を尻尾の高さまで持ち上げられるものと持ち上げられないものに分かれる。ガコガコヘビは後者で、プラプラと暴れるだけで反撃できない様子。
「こうするともう何もできないんです。逆に頭を持つと危ないヘビですね。腕に巻きつかれると、このゴツゴツした体で締め付けられて予想外のケガをすることがあります。特に骨ばったところはヒビが入ったりするんですよ」
なかなか危険な魔物だなと、賢者たちはメモメモ。
魔物図鑑にも生態が記載されていく。
この魔物図鑑編集作業だが、探索委員会がその権利を勝ち取った。図鑑は閲覧されるだけでお仕事ポイントがもらえる不労所得なので、編集作業は人気なのだ。
ザインは遠心力を利かせてビュンビュン振り回し、思い切り地面に叩きつけた。体が石みたいに硬いため強烈な音が鳴る。それはそのままダメージの大きさを物語り、ガコガコヘビは光になって消えていった。
「コイツが出る場所は、不用意に壁に寄りかかっちゃいけません。首に巻きつかれたら素人じゃ死にます。できる限り足元がはっきりした場所を歩き、休む時も石に寄り掛かったりしない方が良いですね」
『覇王鈴木:天井から落ちてくることはないんですか?』
「壁や木には登れないヘビですからね。精々が登りやすい石や斜めになった倒木に登るくらいです。天井から落ちてくることはあまり考えなくていいと思いますよ。まあ注意するに越したことはありませんが」
『覇王鈴木:なるほど』
「見た目通り、あんまり器用なヘビではありませんから、素早く対処すればそこらのヘビよりも扱いやすいですね」
しばらく進むと、ガコガコヘビがドロップを落とした。
「おっ、ガコガコヘビの石っすよ」
バールがそう言って見せてくれたのは、握りこぶしくらいの石の塊。
「コイツを砕いて粉にしてどうにかすると上質な粘土になるらしいですよ。砕く以外の工程はよく知りませんけど」
「新人泣かせっすけど、新人の良い食い扶持にもなるんすよ。俺らも若い頃は王都のダンジョンで散々狩ったもんすよ」
ザインの説明に、バールが価格的なことを補足する。
『氷の神子:それひとつでいくらくらいになるんですか?』
ピョンピョンとアピールしてされた質問に、ザインは少し考えて答えた。
「買い取りは3個で銅貨1枚、市場で売られる時は1個で銅貨1枚だったかな?」
『氷の神子:安いですね……』
「まあ新人共が日に何百個と持ってきますからね。あんまり高くは買ってくれませんよ」
そんなふうにザインとバールが説明をしてくれて、賢者たちは楽しく聞かせてもらった。
2階層目も1時間ほど探索して、女神像とダンジョンポールと階段を発見した。
その間にガコガコヘビの石が9個、魔石が3個貯まった。
倒し方さえわかれば1時間で銅貨3枚分ほどのドロップ品が手に入るのは、たしかに新人には見逃せない収益になるのかもしれない。
ダンジョンポールの前で覇王鈴木が言う。
『覇王鈴木:そのガコガコヘビの石を外に持っていきたいんですけど、いいですか?』
「構いませんよ。じゃあここで外に出ますか」
『覇王鈴木:いや、俺たちの誰かがそれを持って外に出ようかと思います。まだ時間もありますし、疲れてないようでしたらザインさんとバールさんは3階層目もお願いしたいです』
「おー、良いですね。ちょっと帰るには早すぎるとは思ってたんですよ」
ザインたちのカバンには袋を数枚入れておいてもらったので、それにガコガコヘビの石と、1階にいるイコーンを倒して得られたカブのような根菜を入れた。
9個の石とイコーンの根菜4本が入った袋は割と大きく膨らみ、賢者一人で持つのは苦労しそう。なので、検証も踏まえて、地面に置かれた袋に触りながらダンジョンポールで帰還が可能なのか調べることにした。
結果、可能だった。
あとは、どのくらいの大きさの袋まで一緒に転移できるのかも検証したいところ。
ダンジョンから帰還すると、ある程度決まった場所に出ることになる。
通常はそこにも大きな建物が造られるのだが、大自然の小さな村ミニャンジャ村には当然、そんな設備はない。普通に青空の下だ。
荷物を持って帰還した仲間の下へ、賢者たちがわーいと集まった。
『ビヨンド:魔物産の石かー!』
『鍛冶おじさん:さっそく研究しようぜ!』
『トマトン:根菜が手に入ったって!? ひゃっふーい!』
『グラタン:ちょうだいちょうだーい!』
誰一人として心配していない。
持ち帰る際にザインたちから使用許可を貰ったので、さっそく魔物素材の研究が始まった。
もちろん、ザインたちへの報酬も忘れずにメモ。
契約上、賢者たちと一緒に入る時の取り分は半々。ザインたちからは王都での価値を教えてもらったが、ミニャンジャ村での初物価格はそれよりも少しだけ高めにした。
本日のミニャンジャ村小学校は、午後から入学早々に社会科見学へ行くことになった。
一緒に行くのは、子供たちの他にコーネリアも。セラは召喚獣と共に森の中を見回りに行った。
ミニャンジャ村の北側30m程度の場所には枯れた川の跡があり、そこから村へ石をよく運び込んでいるわけだが、その近くに焼成窯が造られたのだ。
すでにある程度の木が伐採されていて用地の確保が容易であり、かつ村よりもこちらの方が高い位置にあるのでトロッコを使用しやすいという理由から、この場所に造られた。
「にゃんだこれー!?」
「わぁ、もしかして窯ですか!?」
「カマ! 焦げ臭い!」
どうやらシルバラは一目でわかったらしい。
すでに使った形跡があるのは、賢者たちが何回か実験したからだ。
仕様は、以下の通り。
3m四方の穴を掘り、その内の1方向の土壁の向こう側に窯を作った。
本来なら地上に囲いを作って窯にするのが一般的なのだろうが、ミニャンジャ村にはそういった物を作るための耐火煉瓦がなく、それを作るために焼成窯が必要なのだ。だから、大地の力を借りて窯にしたわけである。
3m四方の穴の中には作業スペースがあり、窯がある方向以外の3方向の壁はミニャたちの落下の防止と出来上がった物を運搬するために階段とスロープにした。
一行には作業スペースの机の席に座ってもらい、説明を始めた。
『工作王:ここは焼成窯だ』
「ほうほう。みんな、ここは焼成窯って言うんだってー」
ミニャはみんなに通訳してあげる。
『工作王:そう。この穴で火を焚いて、粘土で作った色々な物を焼いて硬くするんだよ。グルコサはレンガの壁があっただろう? ああいうのとか、あとはお皿なんかも作れるな』
「にゃんですと!」
お皿が作れると聞いて、ミニャはピョンとした。
そんな調子のミニャに代わって、シルバラがみんなに似たような説明をした。特に通訳というわけではない。
一通り説明が終わり、最後にミニャは重要なことをみんなに教える。
「ふんふん。みんな、あのね。ここはとっても危ないから、賢者様が一緒の時じゃないと近寄っちゃダメなんだって。窯の中に落ちちゃったら燃えて死んじゃうって! わかった?」
「「「はーい!」」」
「「「わかりました」」」
年少組と年長組が元気にお返事。
特に焼成窯がある場所はすでに土塀で囲われて入れないようにされており、子供たちが入れるのは焼成窯の前にある作業スペースだけとなっている。
『工作王:というわけで、今日のミニャちゃんたちのお仕事は泥遊びだ!』
「むむぅっ! ミニャ、泥んこ遊び得意!」
ミニャによる久々の得意宣言。
「泥んこ遊びするの?」
「うん、マールちゃん。これから泥んこ遊びするんだって!」
「「「ふぉおおお……」」」
マールの質問にミニャが興奮気味に答えると、年少組とシルバラが目をキラキラさせた。
スノーとレネイア、マールとクレイはそうでもないが、そんなことを言っていられるのも今の内である。
『工作王:ミニャちゃんたちにはこれを用意した。じゃじゃん!』
「じゃじゃん! あーっ、それ型枠だ! ミニャ知ってんだからね!」
ミニャはすぐにその存在がなんであるか見切った。
おにぎりメーカーも型枠みたいなものだったが、今回は以前ミニャが使った型枠にそっくり。
だが、違う点が2つある。
1つは、以前の型枠よりも何やら複雑なこと。
もう1つは、型枠が2つ並んでいて本のように開閉する仕組みになっていること。
そんな型枠が10タイプ用意されていた。子供たちのために作ったので、コーネリアの分はない。
「おー、なんかちょっと違う」
『工作王:やり方を教えるから、まずはミニャちゃんがやってみよう』
「はーい! みんな、ミニャがやるから見ててね」
というわけで、ミニャちゃん学童は職人さんに大変身。
今回の泥んこ遊びは、賢者たちが配合した特製粘土を使用。
グルコサから帰ってきた賢者たちは、焼成窯を作ると同時に粘土の研究も本格的に始めていたのだ。
なんと言っても、目が細かい布が手に入ったことで土の選別が容易になった。ミニャと一緒に作った目の粗いコルンの布と合わせて使えば、篩に掛けるように小石を取り除けるようになったのだ。
それでサラサラな赤土に、グルコサで買ってきた骨粉や魔石を砕いた粉、なんか力がありそうな草の粉などを混ぜて、あれこれ研究したわけである。
ちなみに、午前中に手に入れたガコガコヘビの石も新たな研究素材となっている。
「むむぅ、なんか土がもちゅもちゅしとる」
丁寧に篩に掛けられた赤土は、今までミニャが触ってきた土とは一味違った。水を適量加えると、もちゅもちゅするのだ。
ワイルド少女ミニャは小さなお手々でその感触を堪能すると、お仕事に取り掛かる。
『工作王:ミニャちゃん、ちょっとずつね。特にこういう細かいところはちょっとずつ入れてな』
「こんくらい?」
『工作王:大分多い。ホントにちょっとずつ』
「じゃあこんくらい!」
『工作王:良い感じ!』
工作王に教えられながら、2つの型枠の中に土を塗り込むように丁寧に詰めていく。型の中がいっぱいなったら、ヘラで余分な土を擦り切った。
『工作王:そうしたら、その取っ手を持って、こうやって閉じて。……ちょっと練習してみよう』
不安になった工作王は、まだ使用されていない型枠で練習させた。
「こう?」
『工作王:そう、上手!』
コツは体の正面で両手を合わせるように2つの型枠を閉じることだ。机に置いた本を片手で閉じるようなやり方ではいけない。
ミニャは本番でもちゃんとペッタンと型枠を閉じることができた。
『工作王:そうしたら、ここの栓を外して。こうやって回すと外れるから』
「こう!」
『工作王:逆逆。こっち』
「こっち!」
『工作王:そうそうそう!』
2つに合わさった型枠の一部にある栓が抜かれると、工作王はそこから手を差し込むと『乾燥』の魔法を使う。すると、隙間から粘土の水分が抜け始めた。
賢者たちは2つの型枠を繋げている器具を外すと、ミニャに片側の型枠をゆっくりと持ちあげさせた。
「おーっ!」
そこから現れたのは、かつてミニャが一緒に作った土人形ではなく、粘土でできた美少女フィギュアであった。
「「「すっごー!」」」
これにはミニャだけでなく、年少組や年長組、一緒についてきたコーネリアも吃驚仰天。
ただ、工作王にはダメな部分がいくつも見つかった。
空気が入って粘土が型を埋め込まなかった場所や、乾燥でひび割れてしまった場所など。それを数人の賢者たちで修正し、『硬化』の魔法を弱く使用する。
『工作王:そうしたらミニャちゃん。こっちの型枠も外そうか』
「わかった!」
ミニャは手でフィギュアを抑えながら、背中側の型枠を傾ける。
すると、フィギュアは綺麗に型枠から剥れて出てきた。
「にゃー!」
『工作王:そうしたミニャちゃん、ここにゆっくりと置いて。そーっとな』
特製の台に立てかけられ、すぐに賢者たちがチェックを始めた。
隙間ができている場所や2つの型枠の接合部分を補修し、余計な場所は丁寧に排除していく。
賢者たちが満足して離れると、ミニャはパチパチパチと手を鳴らした。
「ミニャ、賢者様のフィギュア作っちゃった!」
いつも一緒に遊んでいるので、ミニャの喜びもひとしお。
『工作王:それじゃあ、ミニャちゃん。みんなにも今みたいに作ってもらおう』
「わかった。みんなー、いまミニャがやったみたいに作ってねー」
GOサインが出て、ワクワクしていた子供たちは早速作業に取り掛かった。
『胡桃沢:コーネリアさんはパインちゃんとルミーちゃんを見てあげてくれますか?』
コーネリアのアレルギー治療のために付き添っている賢者が、そう言ってお願いした。暇なのでコーネリアは快く了承した。
それぞれに工作班の賢者たちが数名ずつ付き、お手伝い。
魔法はもちろん、粘土の準備も重要なお仕事だ。特に粘土の中に空気が入っているといい感じにはならないので、賢者たちは空気を抜くために粘土をこねたり叩いたり。
「わぁ、シルバラちゃん上手ー!」
「えへへ!」
マールが驚くように、シルバラはとても上手かった。
型枠への粘土の詰め込みも上手いし、賢者に一度手本を見せてもらったら補修も自分でできるようになってしまった。ただ、各種魔法が使えないので、そこらへんは賢者頼みになってしまう。
ちなみに、クレイ、ラッカ、ビャノの型枠は男性フィギュアモデルだ。特にクレイの性癖が狂うのは国際問題になりかねない。
出来上がったフィギュアは賢者たちが慎重に運び、窯の中に入れていく。
14時から16時の2時間で、子供たちは30体のフィギュアを作った。シルバラやレネイアの作品がかなり多く、ルミーやパインは2時間で1体だけ。ミニャは3体で、他の子も同じだ。それぞれ作れた数は違うものの、全員がとても満足そうだった。
「ねえねえ。おにんにょうさん、どうしゅうの?」
ルミーがシルバラに問うた。
「あの窯で焼くんだよ」
それを聞いたルミーは目を真ん丸にしたかと思うと、涙目になった。
「ルミーのおにんにょうさん焼いちゃうの? きゅーん……なんでよぅ……」
先ほど説明されたが、よく理解していなかった様子。
改めてシルバラが説明して、ルミーは納得。今度はいつ出来上がるのか気になり始めた。
それが気になるのはルミーだけではなく、ミニャたちもだ。
『工作王:明日の昼くらいまでかかるかな?』
「明日かー」
「早く明日にならないかなぁ」
その日暮らしな子供が多かったので、明日がワクワクするという経験があまりなかった。とても良い変化である。
最後に、工作班の賢者たちは、窯の中に並べられたフィギュアたちに『焼成補助』という魔法をかけた。
焼成補助は火属性の生産魔法だ。焼成によるひび割れなどを抑え、焼成の成功率をかなり上昇させる極めて有用な魔法である。火属性は攻撃魔法こそおいそれと使えないが、ちょいちょい便利な魔法が多い。
それが終わると、ミニャたちに見守られながら窯に火が入れられるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます