4-33 遭難(強制)


 賊の一人ジョージはこの日、まるで暴れ馬に乗っているような感情の起伏を味わっていた。


 大きなヤマだった。

 グルコサほど大きな町で略奪する機会なんて、戦争でも起きなければまずありえない。

 この作戦の成功を以て、水蛇は伝説となり、その作戦に参加した自分は末代まで語り継がれる武勇を手に入れるのだと誰もが思っていた。


 帰還後に始まる大宴会を夢想しながら日中を過ごし、夜の始まりと同時に略奪へ向けて血を滾らせた。

 そして、目前に迫った町の明かりに滾りが最高潮へ達しようとした瞬間、欲望の梯子が魔法の嵐によって叩き折られた。


 狂乱の予定は全て消え去り、欲望の梯子から落下して生き残った仲間たちと共に逃げるジョージ。行きは船首前方へ向かっていたその心は帰りには船尾後方へ向き、追手が来ないことを祈るだけの弱者と化していた。


 大岩礁地帯に入ると、誰もがホッとした。

 追手にルートを見られていないことだし、ここまでくればまず間違いなく逃げおおせる。


 そうすると不思議なもので、今度はアジトにある宝の分配が気になり始めた。

 幹部も含めて大半が捕まったことで、むしろ自分の取り分はかなり多くなるのではないかと皮算用。月夜にアジトのシルエットが浮かぶ頃、ジョージはこの敗走こそ幸運だったのだと、失敗した事実を脳内で無意識のうちに成功へとすり替えた。


 しかし、それもアジトの周辺にある最後の岩礁地帯に入ったことで終わりを告げる。

 無事にここまでたどり着いた4隻全てが、謎の攻撃を受けて沈没したのだ。


 水中に潜む魔物に恐怖しながら必死に泳ぎ、近くの岩礁によじ登る。

 仲間たちは航路の左右に点在する岩礁へバラバラに上陸し、パッと見た感じでは死者は出ていないようだった。


 先ほどは仲間が捕まったことを幸運だと思ったジョージだったが、今度は仲間が欠けていないことにホッとした。生き残りが多いほど、自分が生き残る可能性が増えるからだ。


「おい、ボケっとすんな! まだ終わってねえ!」


 ジョージは仲間に言われてハッとした。

 陸に上がれたことに安心してしまったが、岩礁で日向ぼっこにするドレイク種など魔物は陸に上がれるものが多い。そして、高速船ほど大きな物を狙うとなれば、それは自分の強さに相当な自信を持っている魔物である。


 ナイフを抜き、ランプを持つ仲間と共に周りを見回す。

 1人で小さな岩礁にいる者もいれば、数人で大きな岩礁にいる者もいた。ジョージは他よりも大きな岩礁に14人でいた。


「クソ、クソ、クソ! クソがぁああああああああ!」


 そして、その中の1人が最悪だった。

 滅茶苦茶キレているガーランドだったのだ。


 略奪に失敗したガーランドは、ここまで意外にも静かだった。騒いで追手に場所を気取られるわけにもいかなかったため、怒りを抑え込んでいたのだ。

 しかし、自慢の大型高速船が沈んだことで、その怒りがついに爆発した。

 その怒声がグルコサまで届くことはありえないが、近くで聞いているジョージたちはたまったものではなかった。


 賊の頭領をしているだけあり、ガーランドは強い。炎の魔法と戦斧を武器にし、水蛇の中でガーランドを単独で倒せる者はいなかった。

 怒声は魔力となって水面に小波を作り、地団太を踏む足が岩礁に亀裂を作る。当然、ジョージたちは足をガクつかせた。


 大仕事だったのでアジトの高速船は全て出払っており、残っているのは釣り船が8隻。

 すでに居残り組に救助の合図が送られており、ジョージは一刻も早く来てくれと祈った。そうでなければ、下手をすれば八つ当たりで殺される。


 船を攻撃してきた存在は意外にもそれ以上の追撃はしてこなかった。


「攻撃が止んだ?」


「沈没に巻き込まれたヤツを貪っているんだろ。それで満足してくれたらいいが」


 ジョージの呟きに答えた仲間は、沈没に巻き込まれた仲間がいると思っているようだった。ジョージとて正確な人数なんて数えていないので、その説明に納得した。


 それよりも、その仲間の警戒は水中よりも陸上に向かっていた。ジョージもその気持ちはよく理解していた。

 グルコサ軍から無事に逃げられた水蛇だが、いまは2つの敵を抱えていた。1つは当然、船を沈没させた相手。そしてもう1つは、激昂するガーランドである。

 これ以上、機嫌を損ねたら確実に誰かが死ぬ。そう思わせるほどにガーランドは激昂していた。


 ふいにガーランドが吠えた。


「ご、ゴーストだと!?」


 全ての賊が一斉に肩を跳ねさせてそちらを見るが、ゴーストなんてどこにもいない。

 湖の中も見るが、やはりそんなものはいなかった。


 たしかに姿が見えないゴーストは存在する。だが、そういったアンデッドは攻撃を加える際や人の魔力に触れると朧気に姿を現すものだ。

 ガーランドが魔力を放出し続けているので、自分たちにだって見えても良いはず。ガーランドだけが見えているゴーストというのは説明がつかなかった。


 しかし、ガーランドは怒気を膨らませて吠え続ける。


「そうか、てめえらが俺の船を沈めたのかぁ!?」


 吠えるだけに留まらず、ついにガーランドの両手から炎が噴き出し、何もない場所を薙ぎ払い始めた。


「ひぁああああ!」


 賊の1人にその炎が引火する。

 幸い直撃ではなかったが瞬く間にズボンを燃え上がらせ、賊はたまらず湖へと飛び込んだ。


 当然、ジョージたちは蜘蛛の子を散らしたようにその場から逃げ出した。


「消えろカス共がぁ! おい、お前らもボサッとしてねえで攻撃しろ!」


 何もない空間を炎の拳で払いながら、ガーランドが叫ぶ。

 だが、何に攻撃すればいいというのか。


「も、もうついていけねえ……っ!」


 ジョージは必死に走るが、岩礁の端はすぐに訪れた。

 同じ場所で数人が足止めをくらい、湖に挟まれた向こう岸の岩礁への道を探していた。


「ぎゃぁああああああ!」


 またひとり、ガーランドの炎を受けて湖に飛び込んだ。


「狂っちまったんだ……」


 ジョージの呟きは他の賊には受け入れられなかった。ガーランドは歴戦の猛者だ。敗走に続いて船も大破したが、それで気が狂うとは思えない。

 だが、事実として見えない何かと狂ったように戦い続けている。それが疑念となって広がっていった。


「やべえ!」


 ガーランドが背中に背負った戦斧に手を伸ばす。

 それを見たジョージたちは湖に飛び込んだ。湖に沈んだジョージたちは、泡の中で岩礁が上げる悲鳴を聞く。それと同時に水上が赤く照らされた。




 サバイバーたちは離れた場所で、ブチギレているガーランドの姿を眺めていた。


『ブレイド:想像以上の効果を発揮してない?』


『闇の福音:あ、ああ。かけた俺がドン引きだわ』


 賢者たちがやった悪戯は、キレまくっているガーランドへ霊視をかけただけだった。ダークニードルすら刺していない。しかし、それが凄まじい効果を発揮していた。


 ガーランドが戦斧を地面に叩きつけると、岩礁が砕け、地面を舐めるように直線状の炎が走った。

 賊たちは慌てて湖へ飛びこんだので人死にこそ出ていないが、もはやガーランドを中心にまとまっている集団は消失していた。


『サバイバー:そもそも幽霊がつくほどの悪事を働いてなければ、ああはならない。普通の人にかけても霊視をかけられたことにすら気づかないだろう。身から出た錆だ』


『ブレイド:まあそれはそうですけども』


『サバイバー:魔力を使えば腹が減る。そのうち勝手に弱体化するだろう。そのあとに仲間たちがどうするかは、日頃の行ないが示してくれるだろうさ』


 サバイバーは淡白にそう言った。


『サバイバー:それよりも見ろ』


 アジトの方から数隻の釣り船がオールを漕いでやってきていた。


『水神王:高速船は来てないようだな。もう残ってないのかな?』


『サバイバー:水蛇からしてもグルコサ攻めは大仕事のはずだし、全ての高速船で出撃したんじゃないかな?』


『水神王:あー、たしか船の数だけ略奪品も増えるしな。残しておく意味は薄いか』


 賊たちも釣り船の存在に気づき、ランプが岩礁の上で移動を始めた。一方、ガーランドは大量の幽霊を相手にしているせいで周りが全く見えていない。


『ブレイド:水中から行くか?』


『サバイバー:いや、あそこまで泳ぐのは時間が掛かる。飛んでいって、近くで水に入って攻めよう。悪いが、水神王は闇の福音は泳いできてくれ』


 ブレイドとサバイバーはフライで釣り船の近くまで飛ぶと、水の中へと身を沈めた。


 釣り船は8隻。

 それぞれの船に1名か2名が乗っているようだが、船をその場に泊めて困惑している様子。


 状況を知るために、サバイバーとブレイドは水面から顔を出した。


「ありゃお頭か? 何と戦ってんだ?」


「相当マジで戦ってるよな、あれ」


「他の連中は岩礁伝いでこっちに向かって来ているみたいだけど、近づいていいのか?」


 そんな困惑の会話がされている。いまの状況を細かく知らせられる合図なんてなかったのだろう。


「ていうか、お頭の船が見えねえな。もしかしてお宝も全部沈んじまったのか?」


 そう言ったのは女の声だった。

 確認してみるとシミターを腰に下げている賊スタイル。


「そうっぽいな。だけど、見張りの話だと3、4隻しか確認できなかったみたいだし、お宝は遅れてくる船に載っているんじゃねえのか?」


「お頭の船に積み込まないってのも変じゃねえか? やっぱりお宝も沈んじまったんだよ。あーあ、もったいねえ」


「おい、頭の前で間違ってもそんなこと言うなよ。船が沈んだならマジでキレてるはずだ。迂闊なことを言えば、ひでぇ殺され方するぞ」


「はん。あんたらと違って、あたいはお頭に可愛がられているから平気だよ」


「お前、あそこで大暴れしてる頭が見えてねえのか? 調子に乗ってんじゃねえ。お前の替えなんていくらでもいんだ。本当に殺されるぞ」


「は? おい、てめえ誰に向かって口利いてんだ。ベッドでお頭にてめえが失敗したことを馬鹿にしてたって言ってやろうか?」


「ふ、ふざけんじゃねえ、なんでそうなるんだよ! 俺はお前を心配してやったんだろうが!? く、口が悪かったのは、あ、謝るよ。だけど、本当に心配して言ったんだ」


「はっ、なんだ、てめえ、あたいに気があるのか? だけど、わりぃな、てめえみたいなザコはあたいの好みじゃねえんだ。そこらの魚とでもヤッてな」


 そんな会話がされている。


『ブレイド:おい、女もいるぞ。ガチの悪魔みたいなやべえヤツだけど。どうする?』


『サバイバー:グルコサで捕まっている賊の中にも女は混じっていたみたいだよ。加担しているのなら男も女もない』


『ブレイド:スゥパァドゥラーイ』


 サバイバーはドライにそう告げると、一番近くの船の竜骨にウォーターニードルを放った。竜骨が折れた場所から一気に船が割れた。

 すでに聞き慣れた悲鳴を水の中で聞きながら、サバイバーはテキパキと順番に竜骨をへし折った。


 泳いできた水神王たちが合流する頃に、岩礁を走ってきた賊たちも続々と集まってきた。


「う、嘘だろ……」


 岩礁に上がった救助組と合流した賊たちは、釣り船を吞み込んだ水面を見つめて、揃って絶望した。

 アジトまでの距離は500mほどある。賊たちがそれ以上近寄れないところを見ると、もうこの先に渡れるほどの岩礁はないのだろう。


【817、名無し:めっちゃ絶望しとりますやんwww】


【818、名無し:このくらいの距離ならいけるでしょ。あたしがスイミングやってた頃なんて2kmは普通に泳いでたよ。コイツら甘ったれなんだよなぁ】


【819、名無し:ワニかサメかトシ〇君に毎秒0.1%でエンカウント抽選するプールでも同じこと言える?】


【820、名無し:ト〇オ君を出すのはズルいと思うの( ;∀;)】


【821、名無し:ワニとサメならいけるんかいwww】


【822、名無し:つーかこれ、もう詰んでない?】


【823、名無し:クッソキレてる上司もいるし、地獄のキャンプの始まりですね】


【824、名無し:コイツらからすれば今日は楽しい日になるはずだったんだし、今の心境を聞いてみたいな】


【825、名無し:顔がこれでもかってほど語っているから止めて差し上げろ】


【826、名無し:ちょっとこれはあまりにも可哀そうだし、明日のお昼になったら5人前くらいの食べ物を差し入れてあげたい】


【827、名無し:可哀そうの皮を被った外道やめろwww】


【828、名無し:まあ、海水じゃないし、飲み水はいっぱいあるから平気だろ】


 賢者たちはちょっとだけ賊に同情したが、そもそもグルコサを襲う計画を立てなければこうはならなかったわけで、その気持ちはすぐに霧散した。


 絶望する賊たちの足下の岩礁へ、サバイバーがウォーターボールを数発放つ。少し離れた場所では、ブレイドがウインドボールで水面をバチャバチャと鳴らし、闇の福音が闇の鞭を水面からウネウネさせた。


「ひ、ひぃ!?」


「なんだあの魔物は!?」


「あの触手、魔法だぞ! あんなの使う魔物なんて見たことねえよ!」


「落ち着け! 魔法の狙いが甘いから、たぶん目が悪い魔物だ! 水面を揺らさなければ大丈夫だ!」


 どうやら賢者たちの狙い通り、好戦的な魔物が湖にいると賊たちに強く印象付けることができた。しばらくは泳いで渡るという決断はできないだろう。


『サバイバー:さて、それじゃあ彼らにはここでバカンスを過ごしてもらうとしてだ。俺たちはアジトの攻略を始めよう』


『闇の福音:こんなバカンス絶対嫌だわ』


 4人は岩礁地帯に賊を残し、かなり手薄となっているはずのアジトへ向かうのだった。

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