4-32 大岩礁地帯
敵の頭領であるガーランドの船に潜んでいる賢者が2人。
1人は風属性のワンワン。
賢者は異世界に慣れたら、面白そうなクエストがない限りは自分に合ったクエストを受けるようになるものだが、ワンワンは見張り系のクエストをよく受けていた。その名前ゆえか『待て』がとても上手なのである。
もう1人は雷属性のロッコウ。
ネコ忍であり、八鳥村では電気回りのトラブルを解決してくれる非常に頼りにされている人物だ。
2人が宿っているのは石製フィギュアで、希少石ほどの煌めきはなく、スペックも劣る。その代わりに夜の闇に紛れるための隠密性があった。同じく近くある2体の予備のフィギュアも石製だ。
襲撃が失敗して帰路についた船は4隻。
その4隻はまず東へ向かい、グルコサの火事の光が見えなくなる頃に北へと進路を取った。
2人は船の右舷前方付近へ開けた穴に潜んでおり、そこは船首と船室の間にある空間だった。
『ワンワン:それは何をしているんですか?』
ロッコウは定期的に外へ木片を投げ、船の背後に置き去りにされる木片をジッと眺めるといった行動を取っていた。
『ロッコウ:周りに構造物がないからな。こうして凡その速度を測っている』
『ワンワン:そんなのでわかるんですか?』
『ロッコウ:いや、今は大してわからんね。これは帰還した後に分析するためだ。後方へ飛んでいく木片の様子を過去動画に残しておけば、物理演算ツールで大体の速度がわかるはずだ』
『ワンワン:マジかよ』
『ロッコウ:今わかる範囲で言えば、ずっと一定速度で航行している。だから、岩礁地帯への入り口の推測は少し時間を貰えれば比較的簡単にできると思う』
『ワンワン:はえー』
感心するワンワンは雑談スレッドでキャッキャ。ワンワンも町の情報を集めるために頑張っているのである!
船はひたすら北上していく。
しばらくすると遥か先に水面から突き出した岩がいくつか見えた。
「ウサギ岩だ! 少し近い!」
2人が隠れているすぐ上で、賊が言う。
どの岩を目印にしたのか不明だが、船は少し岩礁から離れて北上を続けた。
『ワンワン:ウサギ岩って必要な情報じゃない? ロッコウさん、どれだかわかりました?』
『ロッコウ:あれかなと思うのはあったが、今のはそこまで重要ではないだろう。ウサギ岩が見えたら近づきすぎ、という目印だっただけだよ』
それからはひたすら北上し、変化が起こったのは潜伏してから2時間が過ぎた頃だった。
「3本牙! 3本牙!」
甲板で賊が言うと、船が一度西へ膨らむように旋回してから、東へ船首を向けた。
『ワンワン:3本牙……これは重要そうだな』
『ロッコウ:さて、過去動画はあるが、ルートをどこまで把握できるか』
船は速度を落として東へ向かう。
月の光だけでも明るいが、それでも心許ない暗さ。そんな中で岩礁地帯に入るというのに、船は明かりを点けなかった。
「チ〇ポコ岩!」
『ワンワン:ほんまや!』
【98、名無し:立派!】
【99、名無し:異世界でも発想は同じなんだな】
【100、名無し:湖賊さんに幻滅しました。賊ならドクロ岩とかにしてください】
【101、名無し:そういうのって賊が作っているわけじゃないだろうし、そこは仕方なくね?】
【102、名無し:ドクロ型の岩を必死に探して、それを中心にアジトを作るんやで】
【103、名無し:手段と目的が逆なんだよなぁ。でも、そうしているとしか思えないほど賊はドクロ岩の近くにアジトを作るけど】
唐突に上がった下ネタにワンワンと生放送を見る賢者たちがキャッキャする。
一方、ロッコウは冷静にルート取りを分析していた。
その後も指示役が目印の名前を呼称していくが、時にはカウントダウンする場合もあった。複数の目印の交点に船が入ったり、目印同士が重なったりすると進路を変えているのだ。
【333、名無し:それにしてもすげぇ難所だな。もう20分はやってるぜ?】
【334、名無し:賊が覚えているのが凄いよな】
【335、名無し:何かの暗号でも読んでいるんじゃない?】
【336、名無し:ハッ!? クーザーが持っていたエロ本はまさか!?】
【337、名無し:小説仕立ては難しいと思うよ。都合よく順番に目印の文言が現れてくれるわけでもないし】
【338、名無し:小説家が水蛇ならできるかもしれないけど、俺はあのエロ本を書いた人はきっと素敵な女性だと思うの】
30分ほど岩礁の中を進むと、船が停まった。
『ワンワン:到着ってわけでもなさそうだけど……岩礁がかなり少なくなった?』
隠れている場所から見える範囲で、気づけば岩礁の数がとても少なくなっていた。しかし、肝心のアジトらしきものはない。
【410、名無し:きっと岩の鍵穴に鍵を差し込むと、湖からアジトが出てくるんだぜ】
【411、名無し:そんなことできるならそれを仕事にしろやwww】
【412、名無し:古代文明の遺跡の機構を使っているパターンならあるかもな】
視聴する賢者たちも冒険気分で考察する。
『ロッコウ:まだ到着ではないだろうな。多くの岩礁が水面に潜ったんだ』
『ワンワン:どうするんだろう?』
『ロッコウ:まあ見ていよう』
2人が潜む船首付近で、賊たちが明かりを灯した。
その明かりがゆっくりと水面に近づいていく。
『ワンワン:魔道具のランプだ』
それはミニャが見学に入った魔道具店で見たようなランプ型の魔道具だった。
船首に取り付けられた棒にロープで結ばれ、釣り餌のように水の中へと静かに落とされる。
するとどうだろう。
水面下で無数の何かが煌めき始めた。
『ワンワン:エビの子供かなにかかな?』
『ロッコウ:おそらくそうだろう。しかし、これで抜けられるのか?』
『ワンワン:光の道ができるんじゃないですか? ほら』
ワンワンが言うように、光が届く範囲で光の道ができていた。
『ロッコウ:これらが道を作るほど年中発生しているのならいいが、そうとも限らんだろう』
船は今まで以上にゆっくりと進む。
「チッ、夏は虫が湧きすぎるな……」
何者かが船首でボヤいているが、そう言いつつも船は進み続けた。
『ロッコウ:なるほど、本当の目印はあれだ。見ろ、光に反応して光る石がある』
『ワンワン:あ、本当だ』
水中に隠れた岩礁に、青白く光を反射する石が見えた。
それが船首の横に来るたび、船は方向を変えていく。
『ロッコウ:たぶん水中に埋め込んだんだろう』
『ワンワン:ロッコウさん、道覚えてます?』
『ロッコウ:一応覚えているが、責任は持てん』
『ワンワン:過去動画に任せましょう』
30分ほど航行すると、光が引き上げられた。
そこからは岩礁がないのかすぐに船の速度が上げられ、さらに30分ほど走るとそれは見えてきた。
それはまるで、女神の森の大壁が切り離されたような断崖を持つ孤島だった。周辺には陸地の陰は見えず、大岩礁地帯の中ほどにあるのが窺える。
島は全体的に礫岩で構成されているようだが、島の上には小規模ながら森のシルエットが月夜に浮かんでいた。
アジト周辺にも岩礁があるようで、最後の1kmほどをまた慎重に進み始めた。
その時、新しく立てられたアジト攻略スレッドでライデンから指示があった。
【110、ライデン:これはチャンスでござる。この場で4隻とも沈めるでござるよ】
【111、ワンワン:マジで!? アジトに乗り込んでからじゃないの?】
【112、ライデン:アジトの場所はわかったでござる。それはならもう、強いであろうガーランドとわざわざ陸上戦をする必要はまったくないでござるよ。それに、捕まっている人がいた場合、ガーランドを帰還させると虐殺するおそれがあるでござる。アジトに帰った後にたった4人でそれを止めるのは容易なことではないでござる】
【113、ワンワン:それは確かに】
【114、ライデン:大型の高速船は惜しいでござるが、被害者の人命優先でいくでござる。まあいるかどうかはわからないでござるけどね】
【115、ライデン:そういうわけでニーテスト殿。ロッコウ殿を帰還させ、サバイバー殿とブレイド殿、釣りっぽ殿を宿すでござる】
【116、ニーテスト:了解】
【117、ライデン:ロッコウ殿は帰還後、すぐにルートの分析を頼むでござる】
【118、ロッコウ:承知した】
【119、ライデン:では作戦開始】
即座にロッコウがぱたりと倒れ、代わりに指定された人員が石製フィギュアに宿った。
いま4人がいるのは、船首と船室の間にある空間。板壁の隙間から見える船室では2人の賊がどんよりと項垂れている姿が俯瞰できた。
『サバイバー:さて、この岩礁地帯の広さもわからないし、時間との勝負だ。手順を説明する』
サバイバーの説明を聞き、3人は無表情な人形の顔の裏側でニヤリと笑う。
『サバイバー:では、作戦開始』
サバイバーはそう言うと、船室側の壁を思い切り殴りつけた。
唐突に壁が破壊されて船室で項垂れていた賊たちが飛び起きるが、次の瞬間、彼らが座る床に2本のウインドニードルが突き刺さる。
ウインドニードルは螺旋の爆風を発生させ、船底の板を吹き飛ばして大穴を空けた。
「う、うわぁああああああ!?」
「あ、穴が! お頭! 船底に穴がぁ!」
「何事だぁ!?」
賊たちがそんなことを叫び、ガーランドの怒声が聞こえる。
突然のアクシデントに船が停止した。
『サバイバー:よし、結果は上々だ。すぐに次へ行くよ』
4人は飛行魔法のフライで元から空いていた穴を通って脱出した。
すぐにサバイバーと釣りっぽにかけられたフライは解除され、代わりに2人は『水中移動』の魔法を自分にかけた。
水中を魚のように自在に泳ぎ、呼吸できるようになった2人は、停止した大型高速船の船尾に近づき、船底に魔法を放つ。
『サバイバー:ウォーターニードル!』
『釣りっぽ:ウォーターニードル!』
ニードル系は属性に因んだ特殊効果を持つが、水属性が使うウォーターニードルは、水中でも地上とほぼ変わらない破壊力を30mほど維持する魔法だった。地上から水中に放ってもその効果を発揮するが、水中から地上に飛び出すとすぐに霧散する。
水中での魔法は威力を大きく減衰させたり、効果を変質させてしまったりするので、ウォーターニードルは地味に便利な魔法であった。
ワンワンたちが空けた穴ほど大きくはないが船尾にも穴を空け、2人は次の船へと向かう。
『サバイバー:俺たちは一番後ろの船から狙う! スクリューに巻き込まれないよう深めに潜れ!』
頭上では、水面ギリギリを飛行するブレイドとワンワンによって、船の側面にウインドニードルが当てられていた。
水中にいるサバイバーたちは、船が破壊される鈍い音や賊たちの慌てた声を、水を通してくぐもった音で聞いた。
ある程度の距離を置いて航行していた最後尾の船は、まごついていた。
サバイバーの指示は最後尾の船が逃げられるのを嫌ってのことだったが、彼らからすれば、先頭で起こったアクシデントの性質をよく理解していなかった。襲撃なのか人的ミスで座礁したのか判別がついていなかったのだ。
しかし、それもひとつ前の船の側面がウインドニードルで破壊されるまでのこと。
慌てて周辺に火の魔法を放って敵影を探すが、波紋を描く湖面ギリギリを飛ぶ地味な見た目の石製フィギュアを見つけるのは困難。当然、水中を泳ぐ石製フィギュアを見つけられるはずもない。
そうこうしていると、唐突に船へ小さな衝撃が走る。
車に乗る者は小石が当たっただけでも車体の異常を察知するが、船に乗る賊たちもその衝撃がどういうものなのかすぐにわかった。それがわかると同時に、船として極めて厄介な事態に陥ったことを理解した。
キャビンから船室に降りた賊たちは、そこら中から噴き出す水を見て愕然とした。
まだ間に合うはずだと浸水を止めるために動き出す賊たちだったが、それをあざ笑うかのように側面の外壁が吹き飛び、船底にも新しい穴が空き、大量の水が流れ込む。
「もうダメだ! 湖に飛び込め!」
「おい、ふざけんな、俺の船だぞ!? 水を汲みだせ!」
「言ってる場合か! 船と一緒に沈むぞ!」
「ち、ちくしょう!」
賊たちは沈み始める船を見限って続々と湖へ飛びこみ、岩礁へ向かって泳ぎ始める。
サバイバーは沈み始める4つの船体を眺めながら、音に集中する。
『釣りっぽ:何してんだ? 作戦成功だろ?』
『サバイバー:音を拾っている。万が一、捕虜のような人が乗せられていたら救助しなくちゃならないからね』
『釣りっぽ:なるほど、たしかに。あり得るとしたらガーランドの船か?』
しかし、水を通して悲痛な叫びや泣き声は聞こえてこない。賊の声はたくさん聞こえてくるが、悲鳴の質が違う。
『大丈夫そうだな』とチェックを終えたサバイバーは、飛行部隊のワンワンたちと合流した。
すぐにサバイバーと釣りっぽにフライの魔法が付与され、4人は賊たちが避難しつつある岩礁からアジト方面へ少し移動し、その岩礁に着陸した。
『サバイバー:3人ともお疲れ。なにか報告は?』
『ブレイド:ガーランドの船とアジトで光の合図があったな』
『サバイバー:たぶん救助要請かな? 了解』
『ワンワン:俺の方は特になし。ただ、残り魔力が限界だから、フライを使うなら交代する必要がある』
『釣りっぽ:悪い。良いところだけど、俺も交代だな』
町で、ワンワンは飛行部隊として、釣りっぽは消火隊としてすでに魔力を結構失っていた。
今回の作戦で残り魔力は3分の1にまで減り、帰還後は過去最大級の空腹に襲われることが予想された。
一方のブレイドは消火の補助をしていたので飛行部隊に参加しておらず、サバイバーも町ではほとんど魔力を使っていなかった。
『サバイバー:了解。ニーテスト聞いての通りだ。ワンワンと釣りっぽは帰還で』
ただちに2人は送還され、新しい賢者は来ずにフィギュアは待機状態。
【160、サバイバー:ライデン、ここからの指示をくれ。一応、救助要請っぽい合図があったみたいだけど】
サバイバーはスレッドでライデンに問う。
【161、ライデン:ガーランドたちの考えられる動きは、その場で救助を待つか、岩礁を辿ってアジト付近に移動するかの2つでござる。ランプが動かなければ救助を待つ。ランプが動けばアジト付近まで移動できると考えていいでござる】
【162、ライデン:ランプが動かない場合は、お主たちもその場に留まって救助に来た船をこの水域で沈めるでござる。逆に賊たちがアジトへ移動し始めたら、すぐにフライでアジトへ向かってほしいでござる】
【163、サバイバー:了解した】
【164、ライデン:ひとまず、お主らは、相手が方針を決めるまでに少しおちょくってくるでござる。作戦は——】
【165、サバイバー:面白い。それじゃあ必要な人員を頼む】
暗い岩礁に取り残された賊たちに、賢者たちが迫る。
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