4-30 決着
ガーランドが逃亡し、賊たちの掃討戦が始まった軍港付近にて。
『クラトス:領主様。領主様』
指揮を執る領主のポケットに入っていたクラトスが、呼びかける。
賢者たちの賢い枠の一人であり、いまは領主への連絡係をしていた。
領主はクラトスをむんずと握ってポケットから出し、フキダシが見やすい位置まで上げた。
『クラトス:現在、クーザーおよび敵幹部と火付けの犯人が西の倉庫区域にある米蔵に潜伏中です』
「なんだと……続けてくれ」
『クラトス:我々賢者でこれを制圧することは可能ですが、おそらく米蔵に甚大な被害が及びます。しかし、領主様の協力を頂けましたら、戦闘をする場所を変更できるかもしれません。いかがいたしますか?』
「米蔵への被害は避けたい。私はなにをすればいい?」
『クラトス:米蔵まで声が届くように、賊の本隊を倒した告知を行なっていただきたい。勝鬨のようなもので結構です。米蔵に潜伏している理由は、襲撃に成功した本隊との合流のはずです。本隊が負けたと知れば、町からの脱出を選択して米蔵から出てくるでしょう。倉庫区域にいつまでもいれば、荷の安否を確認に来る商人に見つかる恐れもありますから』
「なるほど。シンプルだが効果は高そうだ。では勝鬨を上げるか」
『クラトス:はい。しかし、勝鬨の前に準備をしていただきたいことがあります。まずは——』
クラトスの説明を読んだ領主は頷き、必要な数の兵士たちを集めた。
この頃になると陸軍兵士や冒険者たちも続々と集まり、賢者たちのサポートと合わさって、掃討戦は盤石の形となっていた。
しかし、それも到着した時点で賊が瓦解しているから優勢なのであって、賊が上陸して勢いづいていたら増援が来ても抑えきれなかっただろう。賢者たちの初動の速さが今の優勢を作っているのだった。
「では作戦通りに動け。あまり待たせるとドブネズミ共が焦れて何をするかわからん。速やかに行動しろ」
指示を出した領主は、最後に一人の水軍幹部へ視線を向ける。
「そちらの始末は任せたぞ」
「ハッ! この命に懸けて」
「救われた命を無駄にするな。祝勝会でお前の親族の泣き顔など見たくないわ」
軍港からあがった勝鬨を聞いて、米蔵から抜け出したクーザーとバルメイ。
倉庫区域を西へと走る2人は、それぞれ町から抜け出すルートが違う。
兵士服を着ているバルメイは外壁の西門から堂々と。脱獄犯であり顔が割れているクーザーは湖を泳いで外壁を越える計画だった。
当然、最後まで一緒に行動するわけがなく、途中の十字路でクーザーは左手に曲がり埠頭方面へ、バルメイは覚えている限りの最短ルートを辿って西門へ。
冷静な態度を見せていたバルメイだが、内心ではかなり焦っていた。
一刻も早くアジトへ帰らなければならない。なぜなら、ガーランドと生き残りたちが全ての財宝を持って逃亡してしまうからだ。
水蛇はこの敗走により、ほとぼりが冷めるまで活動できなくなるだろう。となると、ガーランドたちを逃すとかなり面倒な事態になる。
湖賊なんて刹那的な生き物だ。分配が行なわれるその場所にいなければ、分け前はまず間違いなくゼロである。散々命を懸けて集めた財宝を自分が何も得られないなど、バルメイは到底許せなかった。
「火災発生! 火災発生!」
兵士を演じながら西門へひた走るバルメイだが、ふと思う。
たしかに北や東ではまだまだ大騒ぎしているが、それはかなり遠くのこと。バルメイが走る倉庫区域付近は異様なほどの静けさだった。
襲撃失敗、火災への招集、被害がなかった地域と。今の状況は特殊過ぎてバルメイにしても初めてだが、こんなに静かになるものなのか。
チラリと道にある木箱の陰で何かが動いた気がした。到底、人が隠れられるサイズの木箱ではないので、ネズミかなにかだろうとすぐに興味を失った。
進行方向に大通りが見えてきた。倉庫区域へ荷馬車が入るための主要道のひとつである。
バルメイは町の地図を思い出しつつ、そこを右手に曲がった。
すると、進行方向の先に一人の人物が立っていた。服装からして、どうやら水軍の幹部クラスのようだった。
なぜ水軍幹部がこんな場所に1人でいるのか。
それは明らかに不自然で、待ち伏せされた可能性が高いことを悟る。
しかし、この道に入ってしまった以上はもう遅い。
「伝令! 伝令!」
「ほう、どんな伝令だ。言ってみろ」
兵士のふりを継続して駆け寄るバルメイは、その声に聞き覚えがあるような気がした。
その時、月明かりが差し込み、その水軍幹部の顔が朧気に照らされた。
それは自分が背後から刺し殺したはずのジール隊長だった。
その瞬間、バルメイは兵士のふりを止め、即座に来た道へと身を翻した。
「っ!?」
しかし、先ほど通った曲がり角の入り口では、十数体の謎の人形たちが道を塞いでいるではないか。
「もう逃げられんぞ」
さらに、ジール隊長の背後にある建物の陰に隠れていた5人の兵士たちが姿を現す。その足元にもやはり小さな人形たちがいた。
「チィッ!」
兵士たちの戦力の見当はつく。軍幹部クラス1人と兵士5人ならバルメイでも始末できる。しかし、人形の戦闘力が未知数だった。このルートにピンポイントで兵士を配置したとも到底思えない。近くには他にも兵士がいる可能性は高い。
バルメイは一瞬の思考を経て、前でも後ろでもなく、建物の壁に向かって走り出した。すると、いくつもの魔法がバルメイの走ったあとを通過していく。
魔法人形?
コイツらが敗北の原因か……っ!
バルメイは一連の真実を悟りつつ、建物の庇や窓縁に手足をかけて瞬く間に2階建ての屋根へと跳び上がる。
しかし、バルメイの目に飛び込んできたのは、屋根の上でこちらに手をかざす5体の輝く人形たちの姿だった。バルメイの姿を見るなり、人形たちが魔法を発動する。
『ヨシュア:霊視!』
『闇の福音:ダークニードル!』
『雷光龍:サンダーニードル!』
「ぐっ、クソ……たれ!」
それらの魔法が、バルメイの咄嗟に展開した水の盾で阻まれる。
唯一通ったのは、攻撃魔法ではない霊視のみ。
「ゴース……っ!?」
バルメイは唐突に現れたゴーストや自分に巻きつく冥府の鎖に驚愕し、屋根の縁から足を踏み外した。
落下し始めるバルメイに、地上から無数の魔法が放たれた。
バルメイは魔法の発動こそ感知したが、ゴーストに囲まれているせいでその軌道がよく見えなかった。
「うぉおおおお!」
あてずっぽうで展開した水の盾が魔法を防ぎ、さらに建物を蹴ることで強引に直線的な落下を回避した。
通りの真ん中ほどまで飛んだバルメイは、ゴーストたちの隙間からそれを見た。
落下地点で、長剣を構えるジール隊長の姿だった。
「こんの死にぞこない共がーっ!」
バルメイが両手を十字に振るう。
手を振り切った時、何も持っていなかったバルメイの手には大振りのナイフが握れていた。ナイフは水の魔力を宿しており、魔法に弱いゴーストたちを蹴散らすはずだった。
しかし、切り裂かれたゴーストたちは、すぐにその体を元に戻していく。
「な、なんでだ!? お、おい、ふざけるな! おいぃいい!」
それどころかゴーストたちの手がバルメイの目を塞いでいく。
ゴーストたちの体は透けており、1人分ではジール隊長の姿は見えていた。しかし、目を隠す手はどんどん増えていき、ジール隊長の間合いに入る前にはバルメイは何も見えなくなっていた。
一方のジール隊長は霊視が使われておらず、空中で足掻くバルメイの姿を変わりなくその目で捉えていた。
一閃。
ジール隊長が斬り抜けた背後で、片足を失ったバルメイが石畳に叩きつけられた。
「捕獲しろ!」
ジール隊長の指示と同時に、即座にバルメイは拘束された。
足から血が噴き出すバルメイは、地面に押さえつけられながら吠える。
「ぎぃいいいい! クソがぁ! なんで! なんでてめえが生きている!?」
「極刑に処される貴様に、それを教える必要があるか?」
「クソクソクソ! 滅多刺しにしておくべきだった!」
「私が死んでいたとしても貴様がそこで這いつくばる現実は変わっていなかっただろう。貴様こそあの時に嫌な予感を覚えるべきだったな」
ジール隊長は汚名を晴らし、バルメイを捕獲するのだった。
十字路を曲がり、バルメイと別れたクーザーは埠頭へと足を踏み入れた。
その場所からは、軍港付近の様子を見ることができた。
先ほどの勝鬨が示した通り、健在な軍船が水域を支配し、湖に落ちた賊たちの残党狩りを行なっていた。
一応、水面に浮かぶ水蛇の船も数隻見えるが、飛び交う魔法の少なさから見ても、もはや勝敗は決している。
「ボヤボヤしていられんな」
兵士とて馬鹿ではない。湖に落ちた賊が多少の遠泳をして、西や東の桟橋まで逃げることは想定しているはずだ。となれば、この辺りの埠頭に人がいないのは今だけだと判断した。
クーザーは軍港へ背を向け、西の外壁へと向かう。
魔物がいる湖だ。陸から近い場所は比較的安全とはいえ、可能な限り泳ぐ距離は短くしたい。兵士に見つからないギリギリを見極めて走るクーザー。
そんなクーザーの足が止まった。
「う、く……、そういうことか……」
走ってもひとつもかかなかった汗が、それを見ただけで全身からドッと溢れて流れ落ちる。
クーザーの視線の先には、白く輝いた1体の女性型の人形が立っていた。
「き、貴様がグルコサに加担していたか。たった……たった1体で水蛇を壊滅するほどなのか。女神の人形……っ!」
『サバイバー:誰が1人だけだと言った?』
叫ぶクーザーには見えないフキダシで言葉を返し、サバイバーは手を上げた。
すると、サバイバーの背後やクーザーが来た道に十数体の人形たちが姿を現した。
輝く人形もいれば、雑石から作られた人形もいる。
石の種類に違いはあれど、そのどれもが美麗。
『サバイバー:今回の俺はほとんど何もしていない。我らの主と仲間たちの勇気がお前らの歪んだ欲望を打ち倒したんだ』
火事で家を失った人、エルトやジール隊長たちの痛み。たくさんの悲しみや怒りを代弁するように、賢者たちは小さな瞳でクーザーを睨みつける。
その光景を見つめるクーザーは息を呑み、乾いた声を絞り出す。
「ば、バカげている……」
たった1体で自分を倒した人形と同型と思われる存在が、十数体。いや、事件は町中で起きているので、ここにいるだけではないのだろう。
当たり前だが、クーザーは勘違いしていた。
賢者は中身が命。ハイスペックのフィギュアに宿っていても、クーザーを1人で倒せる賢者なんて一握りだった。なにせ中身は戦いとは無縁の生活をしてきた人たちなので。
だが、ミニャのウインドウを通して領主夫人のアマーリエが見ている手前、サバイバーがそれを正すことはない。
クーザーは震える手で構えを取る。
サバイバーは水の小太刀を出現させてツカツカと歩き始めた。その背後では、多彩な属性の武器を握る賢者たちの姿が。
「はあ……はあ……」
いくつもの小さな瞳に睨まれ、周囲が歪むほどの殺気を宿すサバイバーに近寄られて、クーザーは呼吸を荒くする。
回復薬で癒えたはずなのに、人形にへし折られた手足と殴られた顔面が痛む。
威嚇で構えを取るクーザーだが、もはや戦う選択肢など持っていなかった。逃げの一択。しかし、どう逃げても追いつめられるビジョンしか浮かばない。
水蛇の幹部を捕まえる戦いというにはあまりにも静かだった。遠くの騒ぎと湖が風に揺れる音。その不気味な静寂がクーザーの心の柱を一本一本へし折っていく。
賢者たちの静かなプレッシャーに圧され、ついにクーザーの体から力が抜け落ち、がくりと膝を着いた。
「……投降させてくれ」
憔悴した声で、クーザーが告げた。
『覇王鈴木:勝手なことを!』
火事で家を失い悲しみに暮れる人たちをついさっきまで見ていた覇王鈴木は憤る。
サバイバーもまた殴りつけたい気持ちだったが、投降した者を痛めつけるのは自己満足でしかない。クーザーの処遇はこの国の人々が決めることだ。
サバイバーは殴りつけたいと思う賢者たちを手で制し、クーザーを捕縛するように指示を出す。
クーザーやバルメイを始めとする残党の討伐により、グルコサの町の襲撃事件は終息を迎えるのだった。
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