4-29 追跡


 地下牢を飛び出したサバイバーたちは、建物の外から戦闘音がするのを聞いた。剣戟は聞こえず、おそらく現在は弓矢による前哨戦。

 その推測は当たっており、飛行部隊がぶん投げられる直前だった。


『サバイバー:キキョウ、闇の福音、間もなく上陸戦が始まるかもしれない! 急いでくれ!』


 サバイバーのコメントが階段を登り始めた賢者たちのウインドウに表示される。

 階下からは石の階段を必死に登る音が聞こえ、サバイバーとサスケは頷きあう。


『サスケ:こっちだ』


 サスケの案内で2人は建物の裏口を出る。


「おい、急げ! 戦闘音だ!」


 町住みの兵士数名が西口から基地の敷地へと駆け込む姿があった。

 2人は兵士たちが駆け込んできた西口から町の西部へと出た。


 まだ被害がない西の町だが、敵襲の警鐘を聞いてハチの巣を突いたような騒ぎになっていた。港沿いでは兵士たちが北へ避難するように指示を叫び、住民たちは子供や老人の手を引いて、町の北へと逃げていく。


「おにんにょうさん?」


「なにしてるの!? 早く来なさい!」


「おにんにょうさんがいた!」


「いいから来なさい!」


 子供に目撃されたサバイバーたちは、暗い路地へと入り込む。


 暗い路地でも住居の入り口は当然あり、そこかしこで住民たちが避難を急かす言葉を怒鳴り声に近い声色で叫んでいる。

 いくつかの角を曲がり、次第に港へと近づいていく。


『サスケ:ここだ』


 サスケが見上げたのは、港に面した大きな建物の裏口だった。同じような建物が左右に並んで道を作っており、ここが倉庫区画だと窺えた。倉庫にはパトラシア言語で数字がふられており、建物や地面の材質が違うだけで地球の倉庫区画とあまり変わらない。


『サバイバー:これは米の匂いか。なるほど、略奪のターゲットのひとつってところか』


 一般人の住居を襲っても盗れるものなんてたかが知れている。

 となれば、水蛇の狙いが商家や高速船、港沿いにある倉庫類というのは予想がついた。


 賊とはいえ飯を食べなければ死ぬ人間。そして、21隻もの船団でやってきた水蛇は大所帯なのは推測できる。さらに、アジトには下手をすれば扶養している家族がいても不思議ではない。

 となれば、穀物を強奪するのはある意味当然で、重さを度外視すれば下手な金品を強奪するよりも効率的なのだろう。


 米を入れる蔵だけあって、水害を警戒して床が高く、獣害や虫害を恐れて壁は漆喰塗りで、高い位置にある湿気取りの窓は固く閉ざされている。裏口の戸の密閉性もかなり高い様子。

 しかし、そんな裏口の錠前は外されており、引けば簡単に開いた。


 薄く開いた隙間から、中を窺う。

 蔵の中は木製のラックがいくつか並んでおり、その中に米俵が並んでいた。


 そのラックの向こう側で極々薄い明りが灯っており、複数人の気配があった。ほとんど会話はなく、時が来るまで隠れ潜んでいるのが窺える。

 その中にはクーザーもおり、何かを飲み食いしているようだった。


 サバイバーとサスケは音を立てずに蔵の中に忍び込んだ。


『サスケ:5人か』


 2人はラックの陰に隠れて様子を窺った。


『サバイバー:クーザーを確認。兵士の格好をしている男がジール隊長やエルト君を傷つけたヤツだろう。他は火付け役や内部班といったところか』


 サバイバーが見る映像はそのまま生放送となって、ミニャと一緒にいるアマーリエに届けられる。領主の代理として、アマーリエの証言は非常に大きいのだ。


 5人の様子を確認すると、2人はラックの下で腹這いになって監視を続ける。自然、その視覚情報は座っている賊たちの足や腰付近の物となった。


『サバイバー:しかし、よりにもよって米蔵とは参ったな』


 周りの米俵には札が貼ってあり、それぞれに商会と思しき名称が記載されていた。

 ここで戦えば、大量の米が使い物にならなくなるだろう。有事なのだからそんな配慮は不要とは言えない。


 いま、仲間たちは町への被害を最小限に抑えて勝利を収めようとしている。

 米が貴重なこの町でこれだけ大量の米にダメージを与えると、賊に勝っても一般人の生活に少なからず支障が出る可能性がある。米は人質になりうるのだ。


 サバイバーが歯がゆく思っていると、ライデンから連絡が入った。


【980、ライデン:領主殿に協力を要請したでござる。おそらくすぐにクーザーたちは外に出るから、その後に対応してほしいでござる】


【981、サバイバー:本当かい? 了解した。作戦の概要を教えてほしい】


 ライデンから策を受け取り、サバイバーたちはそのまま待機することになった。


「チッ、遅いな」


 賊の1人が舌打ちをして呟く。

 それに他の4人は答えず、静かな時間が過ぎていく。


「なあ、バルメイさん。遅すぎないか?」


 5分が過ぎ、先ほどと同じ賊がそう言った。

 町の深い場所で待機しているならともかく、この倉庫は港沿いにある。軍船を沈めたら真っ先に襲える場所。略奪なんてスピード勝負なので、外で賊たちの笑い声が聞こえ始めて良い頃合いのはずだった。

 問われたバルメイは静かに答える。


「町の対応が想定よりも早かったからなー。少し手こずっているのかもな。まあ、黙って待ってろや」


「チッ。火付けなんてつまんねえ役割を引いちまった。なあ、バルメイさん。俺にも船をくれるように親分に口を利いてくれねえか?」


「ははは。おい、俺は黙っていろと言った。3度目は言わせるなよ」


「ひゃっ。す、すいやせん」


 サバイバーとサスケは、5人の力関係を観察して待つ。

 会話を聞く限り、兵士服のバルメイはクーザーと同じ幹部クラスで、謝ったのは下っ端か。残り2人は不明だが、幹部のような雰囲気はない。


 静寂の中でさらに5分が過ぎた頃、水軍基地の方角から唐突にその声が轟いた。


「「「我らの勝利を此度の戦いで英霊となった戦士たちに捧げる!」」」


「「「ルァーっ! ルァーっ! ルァーっ!」」」


「「「ルァーっ! ルァーっ! ルァーっ!」」」


 賊たちは顔を見合わせた。

 その叫びはサーフィアス王国における勝鬨だった。日本で言うところの『えい、えい、おー』だ。


「か、勝ったのか!?」


 喜びに満ちた声でそう問うたのは、当然、賊たちではない。

 蔵の表口のすぐ外、蔵の前に通っている埠頭からだった。


「圧勝だ! 旗艦は逃がしたが、船団は壊滅だ!」


「本当か!? うぉおおおおお! 見たか水蛇め! これがグルコサ水軍の強さだ!」


「それよりも火事の被害が酷い! 町の東へ応援に行ってくれ! これじゃあ勝っても意味がない!」


「わ、わかった!」


「俺は西門の兵をかき集める! お前も近場のヤツに声をかけてくれ!」


 表口の声は「勝利! 勝利だ!」と叫び、どんどん西へと遠ざかっていく。


「お、親分が逃亡ってのはどういうことだ!?」


 賊の1人が小さくも焦った声で言う。

 それに対して、バルメイが忌々しそうに言う。


「負けたんだろ。だが、んなこたぁいまはどうでもいい。俺たちが考えるべきはどう逃げるかだ」


「すぐに逃げれば良いじゃねえですか!」


「冷静になれや。幸いにも火事がひでぇらしい。それならここで周りが手薄になるのを待つ。じっとしていろ。蔵から出るところを見られたらそれこそ終わりだ」


 焦る下っ端たちに比べて、バルメイは冷静だった。

 バルメイはクーザーに問う。


「魔力回復はどうだ?」


「8割といったところだ」


「……そうか」


 賊たちの間に沈黙が流れるが、サバイバーとサスケは漂う空気がピリリと張りつめているのを感じ取っていた。


『サスケ:バルメイ。アヤツは仲間を殺そうとしているな』


『サバイバー:ああ、兵士服を着ているバルメイにとっては他のヤツは邪魔でしかない。だが、邪魔なのはクーザーか、下っ端か、その両方か……』


 賊たちからすれば、この中で逃げられる目があるのは、バルメイと下っ端たちだけだ。下っ端は今日が無理でもどこかで数日やり過ごせば普通に外門から出られる可能性があるし、バルメイは兵士服を着ているのでなおさら有利だ。


 一方のクーザーは完全に顔が割れており、臭いも酷いため移動すらも困難。賊の襲来ということもあり、倉庫区画に潜むのもダメだ。事態の終息が宣言されたら、商人たちがまず間違いなく荷を確認に来るだろうから。


 普通に考えればクーザーが邪魔に見えるが、下っ端はアホっぽいので邪魔に思われていても不思議ではない。


 サバイバーがそんなふうに考えていると、クーザーが言った。


「お前らの逃亡に俺は邪魔だろう。俺は今晩中に湖を泳いで西の外壁を越える」


「おう、そうしてくれるとありがたいぜ。だが、西の村に火を放っている。外にいるヤツも多いだろう。どうするつもりだ?」


「どうにかするしかなかろう。この状況で町に潜伏するよりはマシだ」


 クーザーはそう言うと、立ち上がる。


「ば、バルメイさん。俺たちちゃどうするんですかい?」


「おめえらは、これから東へ走って火消しに参加しろ」


「へ?」


「おめえらは顔が割れてない。誰もおめえらが水蛇だなんて気づくヤツはいねえよ。それよりもこの惨事で大の大人が火消しに参加しねえで町の中をコソコソ歩いている方が怪しまれる」


「そ、そんなもんですか……」


「火消しに参加してりゃ必ず町の外へ行く仕事があるはずだ。廃材を運び出すとかな。そういう仕事があったらすぐに志願して、その時に逃亡しろ。向かう先は町の北東の林の中にある廃屋だ。そこに船が一隻隠してある。それに乗ってアジトへ向かえ」


「わ、わかりやした。ちなみにバルメイさんは?」


「俺は捕まったやつらを助けるために水軍基地に入り込む。おめえらも来るか?」


「い、いや、消火しに行きやす」


「はっ、根性のねえヤツらだぜ」


 打ち合わせをしていると、建物の外で人の移動する音が止んでいた。

 埠頭の警備が東へ行ったのだろう。西門の警備兵は別のルートで東へ向かっていると予想できた。


 バルメイは裏口に張りつき、外を窺う。

 東の空はまだ赤く、火事が続いているが、どれほどの規模になっているかは判別できなかった。蔵の裏口に面した通りにも人の姿はない。


「んじゃあ、まずはおめえらから行け。ヘマするんじゃねえぞ」


 バルメイに促され、3人の賊は町の東へと走った。

 その後ろ姿を見送り、バルメイは肩をすくめた。


「アホな奴らだなぁ」


「それよりも俺も乗せていってくれるということで良いんだな?」


「ガーランドを相手に1人はキツイからな。だが、おめえは2だ」


「贅沢は言わん、十分だ。それで場所は?」


「2つ先の村のさらに先に、湖に面した小さな林がある。そこに隠してある」


 2人はそれだけ言うと、蔵から飛び出して西の外壁へと走った。バルメイが潜入すると言った水軍基地はここから東にある。つまり、水軍基地への潜入というのは下っ端を追い払う嘘だった。


 2人の後を追うように、サバイバーとサスケもまた蔵から外へと出た。


「手の空いている者は消火の手伝いへ向かえ!」


 バルメイが声を張り上げてそんなことを白々しく叫ぶ。いまの状況で兵士が西へ向かう理由づけなのだろう。


「俺はあの角で曲がる」


「了解。遅れたら置いてくからな」


「少しは待ってくれ。これから数kmは泳ぐんだ」


 脱獄したクーザーが西の門から出られないのは変わらないので、湖を泳いで外壁を越える。一方、兵士服を着ているバルメイは、西の村で火事が起こったため、外へ出ることも比較的容易い。


 クーザーとバルメイは十字路で別れた。

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