4-28 水蛇掃討戦


 ニャンニャン飛行部隊がぶん投げられた直後——波止場付近の埠頭。


 陸地に対して斜めに近づいてくる船団に向かって、兵士たちが矢を放つ。

 ヒュヒュヒュヒュヒュッ!

 その足元にいる賢者たちは、現代日本でまず聞くことのない矢の掃射の音を聞き、心は不安でいっぱい。


 水兵が放った矢の半数は湖に落ち、残りの半数のほとんどは賊たちに防がれる。たまに命中しても賊たちに笑いを生む謎の結果となった。

 しかし、それは賢者の視点。水兵たちは夜目が利かないので矢が当たっているのかほとんどわからないまま、矢を放ち続けていた。


『クロエ:う、ウインドシールド! ウインドシールド!』


『風鈴:ひゃああ、賢者になって早々ゲキヤバですぅ! ウインドシールド! ウインドシールド!』


 新人賢者たちは、そんな兵士たちの足下でシールド魔法を生み出す。

 賊から放たれた矢がシールドに弾かれ、2発当たると消えていく。消えたそばからシールドを無我夢中で張り直し、水兵たちを守った。


 しかし、シールドを抜けてしまう矢もある。

 運悪く腹に突き刺さった水兵が現れた。


『ゲンロウ:大丈夫だ! しっかりしろ!』


 すかさず回復属性の新人賢者がそれを治す。

 ゲンロウは八鳥村のネコ忍だ。ネコ太によって介護をしていた父親を治してもらったことで、父親や村人を癒せる回復属性を欲したのだ。


 賊の放った矢には毒が塗ってあり、解毒は回復属性もしくはレベル2の木属性が行なうことができた。


『カーマイン:解毒完了です! 回復属性をお願いします!』


『中条さん:解毒終わりました! こちらに光属性をお願いします! 光属性! 光属性です!』


 木属性が解毒を行ない、肩や脚に刺さった軽傷なら光属性が、内臓にまでダメージを負っていれば回復属性が癒していく。回復属性の魔力は大切なので、解毒の魔法1回分も無駄にはできないのだ。


 そんなふうに働く中条さんに、矢が迫った。

 ペタリと尻餅をついた中条さんの目の前に足がズンッと現れた。


 中条さんがハッとして顔を上げると、そこにはニッと笑う冒険者のザインがいた。


「ガキ共を助けてくれた礼がまだだったからな」


 ザインは突き刺さった矢を引き抜き弓に番えて、風の盾の隙間から放つ。


『中条さん:はわー、お、オジきゅん……ハッ! げ、解毒!』


 オジサンではないとザインは言っているわけだが。


 ザインが矢を放つとほぼ同時に、飛行部隊からの攻撃が始まった。

 賊からすればあまりにも唐突な魔法攻撃。

 船団は瞬く間に大混乱に陥り、水兵がダメージを受けることがなくなった。


「いまだ! 伏兵攻撃開始! 船も全て出撃させろ!」


 埠頭まで引き上げてきた領主からの号令で、建物の陰に隠れていた伏兵が埠頭に姿を現す。

 その数は自身が引き連れてきた精鋭兵を合わせてわずか30人程度だが、最初から姿を見せていたら警戒されて飛行部隊の強襲に影響するため、隠れていたのだ。

 伏兵や出撃した船の中には、賢者たちの本隊や地下牢へ向かった賢者たちの姿もあるので、人の数は少ないが遥かに強い集団になっていた。


 埠頭に展開した水兵たちが矢の続く限り、射り続ける。

 サンダーニードルが発する光の中で、賊たちがどんどん討ち取られていった。


『中条さん:す、凄いですね……』


『カーマイン:わかっていたことですが、世界はミニャさんを放っておかないでしょうね……』


 影響制限で縛られているものの、自分たちの力の恐ろしさに中条さんは震え、カーマインはミニャの行く末を案じた。


 飛行部隊の攻撃の最中のこと。


「つ、突っ込んでくるぞ!」


 操舵者にサンダーニードルが突き刺さった船が2隻、埠頭に突っ込んできた。


「賊が投げ出されるぞ! 場所を空けて上陸に備えろ!」


 領主の号令を聞き、激突ルートにいる兵士たちが大慌てで場所を空け、弓から剣に武器を替える。


 船に乗っている賊たちの反応は2つ。

 斬り込みに行くのだと勘違いしている者と、操舵者がやられたと理解している者。後者はこの後に起こることを予測して湖に飛び込み、前者は賢者の強襲に怒りを滲ませ吠え猛る。

 しかし、吠える賊たちは船の速度がまったく落ちないどころか加速していくことに、斬り込みなどではないと理解して、怒声を悲鳴に変えた。


 船が埠頭に船首から激突する。

 埠頭へと投げ出された賊は建物や石畳に叩きつけられるが、戦闘を生業にする異世界人の頑丈さか、すぐに立ち上がり抵抗した。

 投げ出された拍子に持っていた武器を落としている賊は多く、そういう者はサブウエポンであるナイフを抜いた。運よく近くに武器が飛んできた者は、転がるようにそれらを手にする。


 陸上戦が始まった。

 恐怖が透けて見える怒声は賊のもので、飛び交う指示と気合は兵士たちのもの。それだけでもどちらが優位かは窺い知れるというもの。


『アヤメ:植物操作!』


 すかさず賊の足にロープがヘビのように巻き付き、そのまま手や首に絡みつき、関節がキメられる。


『アヤメ:バカな子だね。せめて最後の時まで反省しな!』


 緊縛術で瞬く間に1人を無力化したアヤメは、ネコ忍のお婆ちゃん。


「う、うぉおおおお!」


『キキョウ:シッ! シャッ!』


「ギッ!?」


「ぐぎ! く、クソがーっ!」


 地下牢から合流したキキョウが投擲したのは、船から飛んだガラス片。

 それはまるで手裏剣のように飛び、兵士と戦う賊2名の目に突き刺さる。悲鳴を上げる賊たちは、ここで武器を手放したら終わりだとナイフや剣をがむしゃらに振り回し続けた。

 しかし、精細の欠いた心と技では窮地を抜け出せるはずもなく、複数の兵士によって斬り伏せられた。


 賢者のサポートと兵士たちの奮闘で、陸に投げ出された賊たちがどんどん拘束、あるいは討ち取られていく。


 そんな中で一人だけ非常に動きが良い賊がいた。

 船から投げ出された際には建物に両足をついて衝撃を殺し、着地と同時に油断なく構える腕前だ。糸目を薄っすら開けた男で、黒光りする刀身を持つシミター二刀流。


「そいつは四つ首落としだ! 気を付けろ!」


「幹部か!?」


 ザインが叫び、攻撃を加えようとしていた兵士が慌てて背後に跳ぶ。

 どうやらヤバいヤツらしいと賢者たちに緊張が走る。たぶん、一息吐く間に四つの首を落としたとかそんなのだと賢者たちは想像した。


 背後へ跳んだ兵士を守るために、ザインがナイフを投擲した。

 四つ首落としは飛んできたナイフにシミターの腹を添え、凄まじい速度で体を回転させた。シャリンッと音が鳴ったかと思うと、2本のシミターを真っすぐザインへ向ける四つ首落としの姿があった。

 そして、そのシミターの切っ先の延長線上では、相手に投げたはずのナイフがザインの眉間に向かって飛んできていた。


 ザインは咄嗟に腕でナイフを受け止めた。

 即座にネコ忍たちがザインのフォローに入ったことで四つ首落としは追撃を行なわず、一瞬の攻防が終わった。


 四つ首落としの技を見たザインや兵士たちは、こいつを捕まえるには相当な数が死ぬ、と直感した。


「やれやれ。困ったもんだね」


 一方、四つ首落としは壁を背にして油断なく構え、逃げ道を探る。その立ち振る舞いには余裕があり、包囲しているはずの賢者や兵士たちの方が緊張していた。


 建物に向かって半円に開いた空間に、ふらりと進み出る小さな存在が1人。


『闇人:お前らは自分の行ないを悔いた方が良い』


 それは古参賢者の一人、闇人。


 闇人もまた怒っていた。

 闇はカッコイイと思うが、義なき闇は闇人の最も嫌う人種だった。


『闇人:汚れた闇よ、己の罪の重さを知れ。霊視』


 闇人が四つ首落としに霊視を付与した。


「っ!」


 霊視をかけられた四つ首落としは、己の体に絡みついている冥府の鎖を見てその場から飛び退いた。魔法攻撃を食らったと思って咄嗟に跳んだのだろう。しかし、冥府の鎖はそもそも回避が可能なものではなく、自分の影から逃げるようなものだった。


 冥府の鎖だけではない。

 四つ首落としは糸目を見開く。


「なっ、ゴーストだと、何故いきなり!?」


 背後にある建物の庇≪ひさし≫に足をかけた四つ首落としだが、わざと庇を踏み外して地面へ転がり、ゴーストを切り裂き、冥府の鎖が生える地面を払う。


 兵士たちは何がなんだかわからなかったが、闇属性の賢者たちには四つ首落としと同じものが見えていた。

 たくさんの幽霊が四つ首落としを指差して立っているのだ。まるでコイツが自分を殺したのだと賢者たちへ教えるように。


 幽霊に武器を振るいながらも賢者や兵士を警戒する四つ首落とし。

 窮地にありながらもその技は冴え、隙がない。


 そんな四つ首落としの足下で影がドロリと動く。

 そこから現れた闇人が、至近距離からダークニードルを射出した。


 多くの魔法が発動する中で、四つ首落としは死角から放たれたその一発を感知することはできなかった。


「くそっ! お前は大昔に……や、やめっ! く、来るな! ひっ! ひゃ、ひゃぁああああ!?」


 闇の針が太ももに突き刺さってから恐怖心が増大していき、ついに四つ首落としは尻餅をついた。後ずさりしながらシミターを虚空に向けて振るい、そうかと思えば冥府の鎖を外そうと体を払う。恐怖を増大させられたその姿には、もはや先ほど見せていた余裕などどこにもなかった。


『カーマイン:お見事です。捕縛しましょう』


 カーマインがロープを操り、四つ首落としは呆気なく拘束された。

 四つ首落としは拘束されてなお霊視が解かれず、ダークニードルの効果が切れても悲鳴を上げ続けた。冥府の鎖がなんであるのか理解してしまったのかもしれない。


『キャンパー:めっちゃ強キャラ感出してたのに……』


『闇人:我にかかればこんなもの。それよりも』


 闇人はむふぅとしてから、湖へと視線を向けた。


 気づけば飛行部隊の攻撃は終わっており、掃討戦が始まっていた。

 沖ならともかく、港付近の水域なら魔物に襲われずに岸へ辿り着く可能性はかなり高い。それを十分に承知している兵士たちは、槍を持って港の桟橋に向かう。湖から魔法が放たれるのを警戒して賢者たちも同行した。


 同行する賢者の中には闇属性が必ず入っていた。

 彼らが使う霊視により、暗い湖の中に潜る賊たちの居場所を幽霊たちが教えてくれているのだ。過去に殺された人々の無念がいま晴らされていく。


 岸から少し離れて動かなくなった船へは、新たに出撃した軍船4隻が対応に当たった。その全てに賢者たちが乗り込み、防御に回復と、兵士たちのサポートを行なう。

 しばらくすると沖で戦っていた6隻の軍船が戻ってきて、作戦に加わる。


 賊の討伐は佳境を迎えていた。

 しかし、そこにはガーランドの姿はなかった。




 飛行部隊からの攻撃が終わった直後、ガーランドは決断に迫られていた。


 手に入るはずだった大金と快楽が急速に遠退いていく。しかし、それらを追いかけるのはもはや不可能。

 それよりも速やかに撤退して、アジトの財宝を持ち出して東へ逃げる必要がある。この後には必ず本当のアジトへの行き方がバレるだろうから。


 大金と快楽の幻影を振り払い、ガーランドは叫ぶ。


「動ける船だけついてこい! 撤退だ!」


 止まりかけていた高速船が動き出し、旋回を始める。


「待ってくれぇ!」


「お、置いてかないでくれぇ!」


 湖に落ちた配下や動かなくなった船に乗る配下たちが叫び声を上げるが、それを無視してガーランドたちは逃亡を選択した。


 13隻中7隻は航行不能あるいは大破しており、逃亡を開始できたのはガーランドが乗る旗艦を含めて6隻。


 逃亡できたうちの2隻は明らかに速度が遅く、2kmも航行すると両船ともに動きを止めた。

 平時や優位に略奪が進んだのなら、彼らを置いていくことはなかっただろう。仲間を置いていくというのはアジトがバレるのと同義だからだ。

 しかし、彼らを乗せ換えれば速度が落ちる。追手を恐れるガーランドたちに、彼らを乗せる選択肢はなかった。


「ガーランドぉおおおおお!」


「クソ野郎がぁああああ!」


 両船の賊たちから怨嗟の声が上がる。

 そこにはもはや頭領に対する敬意だとか畏怖はなく、自分を見殺しにした男への憎悪しかなかった。


 恨みの声を船尾で受け、4隻となった船団は湖をひた走る。

 懸念していたグルコサの町からの追手はついてこなかった。残りの軍船は魔法の雨で動けなくなった船の討伐に使用されたのが確認できていた。


「おのれぇ、おのれぇ……っ!」


 それだけにガーランドはハラワタが煮えくり返るような気分だった。こちらに追手が来ないということは、やはりグルコサの町に余裕など全くなかったのだ。

 あの謎の魔法の嵐が全てを台無しにした。あれさえなければ、今頃略奪を楽しんでいたことだろう。


 追手が来ない理由を余裕がないからだと考えるガーランドは気づかなかった。

 船団を襲った飛行部隊が、行きと帰りでその数が違ったことに。


 あれだけの数の魔法に晒されて、他の船よりも大きなガーランドの船はなぜ1発しか命中していないのか。それは本当に単なる偶然や奇跡だったのか。


 答えは否だ。


 ガーランドの船の船体の板には、魔法の雨の中でひっそりと開けられた小さな裂け目があった。その中に4体の人形が忍び込んでいた。


『ワンワン:本当のアジトにご案内』


 ミニャの安全のためにも、水蛇は全員が捕まってもらわなければならない。

 賢者たちの裏工作がまたひとつ始まった。

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