4-27 ニャンニャン飛行部隊


 矢を放ち終えた賊が目にしたものは、夜空にありながら町のわずかな光で煌めく何かだった。それは放物線を描いて船の遥か前に落ちるはずだったのに、なぜか落下の勢いを緩め、いま船の頭上を取ろうとしていた。


 そして、次の瞬間、船団に降り注ぐ魔法の雨。


 この世界の動物は魔法の発動を感知する。魔法の熟練者もまた同じであり、船団を構成する多くの賊がハッと空を見上げた。


 それは夜空に輝く何本ものサンダーニードル。

 頭上から降り注ぐサンダーニードルは、何人もの仲間に突き刺さっていく。

 レベル2で使えるようになるニードル系の魔法は、対象に刺さると何らかの効果を発生させる。サンダーニードルに刺された賊は、汚い悲鳴と共に甲板に倒れ、陸に上がった魚のように凄まじい痙攣を起こした。


 だが、本当に恐ろしいのはサンダーニードルではなかった。

 夜の闇に光り輝くサンダーニードルの陰で、視認が難しいウインドニードルとダークニードルが船団に降り注いだのだ。


 気づいた時には船の甲板に何かが突き刺さった。

 それはウインドニードル。甲板へ突き刺さった瞬間に螺旋の風を発生させ、足場を大きく破壊する。


 ダークニードルも恐ろしい。

 300人の賢者に多くいた闇属性。彼らが使うダークニードルは、刺さると小ダメージと共に魔法耐性が低い者に対して強い恐怖心を与えた。

 その恐怖心がダークニードルで受けた小さな傷を遥かに上回るダメージに繋がっていく。


 賊の中には、まともに戦えれば兵士数人分の実力を持つ手練れも多くいた。しかし、狭い足場と逃げ惑う仲間のせいでその力は発揮されず、魔法の雨に晒されていく。


 驚異は頭上からの魔法だけではない。

 埠頭の兵士たちから放たれる矢が、どんどん賊に命中していく。


 とある船では、操舵者に夜空の色に溶け込んで飛来したダークニードルが突き刺さった。

 操舵者は腕に受けた傷がまるで致命傷のように感じた。良くて腕の切断、最悪死んでしまうのではないかという錯覚に陥る。さらに、周りであがる悲鳴や怒号も恐怖を駆り立てる。

 しかし、そう感じたのも束の間のこと、魔法耐性がそんな思考をすぐに正常へと戻した。


 正気に戻った操舵者だが、その目に飛び込んできた光景により、魔法が作ったものではない本物の恐怖で心を染め上げた。

 先ほどの一瞬の恐怖心が操舵を致命的に乱れさせ、己の船の船首が仲間の船の横腹に今まさに突き刺さろうとしていたのだ。


 緊急回避をしようにも時すでに遅し。

 両船ともに大破し、その衝撃で乗っていた全ての賊が湖へ投げ出された。


 暗い水中に投げ込まれた賊たちは、すぐに水面へ上がろうともがく。

 その時、水で滲んだ視界にザンッと突き刺さる小さな光の棒の姿が映り込んだ。暗い水中で輝くそれは、船に着弾しなかったサンダーニードルだ。

 サンダーニードルは雷撃を発生させ、水中で足掻く賊たちを複数まとめて感電させる。


 そんな光景がそこら中で起きていた。


 ある船は港に突っ込んで船を大破させ、投げ出された賊は陸上に吹っ飛ばされる。

 異世界人の身体能力は凄まじく、そんな衝撃を受けても気絶すらせずに抵抗の意志を見せるが、港を防衛する賢者に捕縛され、あるいは兵士たちにどんどん討ち取られていく。


 手練れの魔法使いは頭上にシールドの魔法を張るが、そんな者は一握りだ。


「ふ、ふざけるんじゃねえ!? なんだこれは!? なんなんだこれはぁーっ!?」


 旗艦に乗るガーランドが盾で魔法を弾き、叫ぶ。

 ガーランドの相棒である大型の高速船は、奇跡的にウインドニードルが1本当たっただけだった。


 魔法の雨が降り注いだのは約15秒。

 空からの攻撃がピタリと止んだ。風属性の魔力が危険域に入ったため、賢者たちが港へ引き返したのだ。

 その間に13隻の船へ浴びせられた魔法は実に700発近くに及んだ。


 ガーランドが周りを見れば、自分の船以外に12隻もあったのにまともな状態の船は1隻もなかった。甲板はボロボロでも航行可能な船はあるが乗組員に甚大な被害が及んでいる。悪ければすでに沈み始めている船もある始末。


 ガーランドがハッと南に広がる湖を見ると、そこに自分の想定していた光景はなかった。


「迎撃隊はどこへ行ったぁーっ!?」


 そう、軍船を沈めるために南へ進んだ8隻の迎撃隊の姿が、湖のどこにもなかったのだ。




 水蛇の船団がやってくる少し前に出撃した4隻の軍船には2人の賢者が乗っていた。

 片方は髑髏丸、片方はネムネム。ともに生産属性であり非戦闘員。しかし、2人の任務は極めて重要だった。

 2人は炭を握り、兵士から貰った紙に、それぞれ別の言葉を大急ぎで筆記する。


【町を守りたいのなら4隻共に南へ走れ! 急げ!】


 元々この4隻が向かう方角だったので、指示とは関係なく4隻は南へと向かった。

 しかし、次の指示が問題だった。


【こちらにやってくる船とは戦うな! 南西に全速力で逃げて敵の船を引きつけろ! それで勝てる!】


「な、なにを……そんな命令には従えません!」


 船の指揮官のまさかの拒否に、髑髏丸は仰け反った。

 そんな髑髏丸の横からズイッとネムネムが前に出て、紙を見せた。


【我らは領主の信頼を得た女神の使徒の眷属なり! 最強女神パトラの使徒ミニャと領主ディアン・ランクスがお前らを勝利に導く! 従え!】


「っっっ!」


 指揮官は旋回の予定ポイントを目前にして迷う。

 兵士たちとて、命を懸けて町を守りたい気持ちは同じ。そんな状況で、このよくわからない人形を信じるのか。


 純白と翡翠色の人形が神秘的な眼差しを指揮官へ向け続ける。

 指揮官は自分の判断で戦況が変わることを予感して滝のような汗を流し、そして、決断した。


「南西! 南西に進路を取れ! 南西だ!」


 先頭を走る本船の船首を南西に向け、後続の船もまた指示の真意を理解しないまま、それに従う。


 するとどうだろう。

 水蛇の船8隻は、全てがそれを追いかけてきた。


 賊にしてみれば、この軍船は絶対に沈めなくてはならない。それをせずに船団に合流してしまえば、この4隻は引き返して船団へ攻撃を仕掛けるからだ。

 陽動で町に散っている兵士が戻ってくるまでに、上陸して略奪の足掛かり——『恐怖』という強力な魔法を場に構築しなくてはならない賊にとって、軍船の攻撃は非常に邪魔なのだ。この恐怖で場を支配することこそが彼らの強さの正体なのだ。

 ライデンはそんな賊の戦術を見切っていた。


 5分ほどひたすら南下した軍船。

 賊との船に性能差はないようで、150mほどの距離を保ち続ける。

 港からはかなり離れ、町を燃やす炎が遥か遠くに見える水域にまで至っていた。


 その頃になると、水蛇の迎撃隊のうち4隻が引き返した。


【949、髑髏丸:ライデン、4隻が引き返した!】


【950、ライデン:それは軍船が旋回するのを待ち構えるブラフでござる。そのまま南下せよ】


【951、髑髏丸:マジかよ。了解】


【952、ライデン:いま軍港から賢者を80人乗せた船が2隻援軍に出たでござる。援軍の船でまずはその4隻を仕留めるゆえ、仕留め終わったら東へ大きく旋回して港へ向かうでござる】


【953、髑髏丸:わかった。次の報告を待つ!】


 髑髏丸とネムネムは次なる指示のために紙に文字を書き始めた。




 先行隊に遅れてやってきた賢者たちの本隊。

 1、4、5隊合計で約180名の追加だ。それに加えて、領主の護衛賢者30名。


 本隊の80名がすぐに2つの軍船に分けて乗り、水兵に操舵してもらって南西に向かう。2つの軍船は左右に距離を離して別れ、湖を疾走する。


 しばらく航行すると、ライデンの予想通り、夜の闇に紛れて停泊する黒い船が見えた。

 黒い船はこちらに気づいてすぐに動き始めるが、船が速度に乗るよりもずっと早く、水兵が賢者たちをぶん投げた。やはり風属性レベル2と他の賢者を混ぜた初見殺しの作戦だ。


 4組8人を送り出すだけで、その1隻が機能を停止した。

 30cmの人形が空を自由に飛び、魔法を放つ。それは相手からすれば悪夢のような厄介さだった。


 瞬く間に高速艇を航行不能にして無傷で帰投する賢者たちを見て、水兵たちは畏怖に似た感情を抱いた。

 水兵たちは知らない。これでも火事やケガ人に対応している属性がいるので、戦術の幅が狭まっているということを。特にレベル2の水属性は魚のように泳げる魔法を使えるため、船の天敵なのである。


 2つの軍船がそれぞれ2隻ずつと戦い、これをあっさりと撃破する。


【967、ライデン:髑髏丸殿に連絡。4隻を片付けたでござる。東方面に大きく旋回して港へ向かうでござる】


 その指示を受け、髑髏丸はすでに書き終えていた紙を指揮官に見せる。

【別働部隊の4隻を撃破。東に大きく旋回して港へ向かえ】と。

 それを読んだ指揮官は驚愕した。


 4隻の軍船が東へ旋回すると、それに合わせて賊たちの船が旋回する。

 賊からすると旋回してほしいので、邪魔もない。代わりに賊が空に向かって火の魔法を打ち上げる。待ち伏せする仲間たちへの合図だ。それを見る相手はすでにいないのだが。


「良い女が乗ってねえかな!」


「バカ野郎、船が最優先だ! 兵士は皆殺しで構わねえが船をあまり傷つけるなよ!」


「旦那ぁ、次は俺も船を持ちてえよ!」


「おう、活躍したらガーランドさんに口を利いてやる。気張っていけや!」


 すでに軍船を奪った気でいる賊たちは嗤いながら陣形を組む。

 そんな賊たちは、前を走る軍船が空中で光る無数の煌めきの中を駆け抜けるのを見た。


 光る虫か?

 何かはわからなかったが、大勢に影響があるとは賊の誰も思わなかった。


 しかし、その煌めきに自分たちの船が接近した瞬間、操舵をする魔法使いたちが絶叫する。


「敵襲ぅーっ!」


 煌めきひとつひとつから魔法の発動を感じ取ったのだ。しかも1発ではなく、放ったそばから次なる魔法が射出される。


 3隻が魔法の雨に晒されて撃破され、1隻は甲板にいる仲間を湖に投げ飛ばすほどの急旋回をすることでなんとか被弾を免れる。

 だが、その1隻にすかさず突撃してくる軍船が2隻。援軍を乗せてきた2隻の軍船だ。80名の賢者全てが飛行部隊ではないので、船に残った賢者は甲板に並んで砲撃戦を開始する。


「う、撃て撃て撃てぇ! 死ぬ気で撃てぇ!」


 恐怖の滲んだ指示が飛び、賊たちは魔法や矢を射出する。

 しかして、その大半が賢者の展開するシールド系魔法に当たって弾かれる。


 シールドを抜けて軍船にも多少の被弾はするが、その10倍近い魔法が賊の船を滅多打ちに襲った。


 町から離れたこの水域に落ちた賊たちの末路は無残だ。

 板に捕まっていれば、目を覚ましたらどこかへ漂着していたなんて地球的なことはない。水に落ちたら、速やかに助けなければ死あるのみ。


 湖に巣食う夜行性の魔物たちが、その足に噛みつき、巻きつき、暗い水底へ引きずり込んでいく。


 こうして、軍船を迎撃に向かった8隻の黒い船は、港から遠く離れた水域で全滅した。

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