4-26 防衛戦開始
ナイフを投擲した賊は、エルトが倒れたのを確認すると牢の中へと戻った。
「ほら、飲め」
賊の手で回復薬を飲ませてもらったクーザーは、魔力を整えて安静にする。
喉と胃に流れ込んだ回復薬を感じながら、そこに宿った回復の効果を全身に行きわたらせていく。
回復薬はどんな者でも最低の回復量は得られるが、体内の魔力を操ることでその効果に数割の増大が見込めた。その分、魔力の扱いに熟達している必要があり、その技を使用すれば魔力も消費することになるが。
たっぷり3分間。
体内で魔力を回して体を癒したクーザーは目を開ける。
「良い薬だ」
「とっておきだからな」
クーザーは、ふらりと外に出て戻ってきた賊にそう言うと、ゴキリと肩を外して、後ろに拘束された腕を体の前へ回した。そして、手首に嵌った石の枷を床に叩きつけた。大きな音と共に、賢者たちが取り付けた石の枷が砕け散る。
手首を摩りながら、クーザーが問う。
「助かったぞ、バルメイ。他の連中はどうだった?」
「もう使い物にならねえから始末した。根性がねえ野郎どもだ」
バルメイと呼ばれた男は、腰に差したナイフを叩いた。
「それよりもとっとと本隊と合流するぞ。どうにも対応が早い」
2人は走り出す。
「対応が早いだと? 合わせられなかったのか?」
クーザーは倒れるジール隊長に目もくれずに問う。
窓もない牢にいたクーザーは状況を理解しているわけではなかった。
しかし、これだけの町を襲うなら、港へ単純に大軍で押し寄せるわけがないと推測できる。
水蛇の幹部は捕まった時に飛び切りの罠を張る。
他の湖賊のアジトの場所を教え、相手にこれの討伐へ向かわせるのだ。
何度も使える手ではないとっておきだが、手薄となった町の略奪と自分の救出の成功確率を上げる一手となる。
その手札が切られたことでグルコサの町は手薄になり、陽動を用いてさらに手薄になっていると推測できた。クーザーの『合わせられなかったのか?』という問いは、つまり陽動のことである。
バルメイは階段を駆け上がり、肩をすくめた。
「知らね。火事の警鐘と間を置かずに敵襲の警鐘が鳴った。どこかで船団を見られたか……それよりも戦えそうか?」
「いや、無理だな。回復に魔力を使いすぎた。4、5人が限界だ」
「世話が焼けるねぇ」
2人は詰め所のドアに背中を預け、壁の向こう側の音を拾う。
喧騒は遠く、近くには誰もいない。
ドアを音もなく開け、建物内を裏口へ向けて素早く移動する。
入れ替わるようにサバイバーたちが地下牢へと向かうが、まだ両者はその事実に気づかない。
唯一、鼻が利くサスケだけが建物の外に異臭がすることに気づいていた。しかし、それが脱獄者の臭いなのか、誰かが過去につけた臭いなのか判然としなかった。
窓から見える建物の表は、多くの兵士が敵襲に備えて準備を進めていた。グルコサの対応は後手に回っている形だが、バルメイの想定よりもずっと早いのが窺える。
クーザーたちは建物の裏口から外へ出ると、水路を飛び越え、ハチの巣を突いたような騒ぎの西の町に溶け込んでいった。
サバイバー率いる1番隊の先行組が地下牢に向かった頃——軍港。
軍港に残ったのはエンラ率いる5番隊の先行組のみ。
4番隊の先行組は港を東へ走り、軍港を襲撃せずに直接上陸する賊への警戒を行なう。これと同じような役割を持つ水兵もたくさんおり、全員が船で出撃するわけではないようだった。
【920、ライデン:エンラ殿、策を授けるでござる。まずは大至急これから出撃する軍船に2名を乗せるでござる。指揮官が乗っている船にするでござるよ。こっちで交代させるので人員は誰でも良し。速やかに行なってくだされ】
【921、エンラ:承知した】
【922、ライデン:続いて、文字を書ける竜胆を送るでござる。連れてきてくれた兵士殿に伝言を——】
ライデンからの策を受け取り、エンラたちは5人の兵士と共に軍港の波止場で準備を進める。
準備の最中に領主がこちらに向かっていることを聞き、そう間を置かずに息を切らせた領主がやってきた。
「間に合ったか!?」
同行する精鋭の兵士たちはその速度についてこられなかったようで、少しばかり距離があった。実質単騎駆けである。
「作戦は把握しているな!?」
「「「ハッ!」」」
5人の兵士たちが手に握る物を見て、領主は頷いた。
同じくサバイバーたちが地下牢へと向かった頃——グルコサの町、東の水域。
黒い高速船だけで構成された船団の先頭を走る少し大きめの旗艦。その船首に立つ男は、外壁の向こう側で燃える町と響き渡る悲鳴に、心底楽しそうに嗤った。
男の名はガーランド。
水蛇の頭領だ。
「さあ、てめえら、宴の時間だ! 奪え、攫え、火を放て! そうしたら、とっととずらかるぞ! 迎撃隊、全速航行!」
「ひゃははは、りょうかーい!」
「おい、良い女の兵士がいたら捕まえとけよ!」
ガーランドの号令と共に、周囲の8隻が本隊に先行して全速力で南へ走る。
上陸戦において怖いのは、陸と水上の両面から挟み込まれることだ。つまり、北のグルコサの港に展開した兵士と、南の湖に展開した軍船に挟みこまれる形になるのが怖い。こうなってしまうと、上陸することはもちろん逃げることすら高いリスクを支払うことになる。
ゆえに、この8隻が大きく南へ回り込み、同じく南に移動するはずの軍船に対応するのだ。
いまのグルコサの軍船はわずか10隻と調べがついている。陽動と奇襲、陸上の防衛により、出航できたのはせいぜいが5隻だろうと踏んでいた。
その予測は良い方に当たっていた。グルコサ水軍が出航できたのは4隻だったのだ。それらの軍船を沈めるために、8隻の迎撃隊が襲い掛かる。
姿を現したガーランドたちの船団に向けて、港から魔法や矢が放たれる。
異世界人の放つ矢の射程は長く、岸から200m以上離れた賊の船にも届いた。しかし、矢を放つ人数が少なすぎる。賊たちは長い射程で矢の軌道を見切り、剣や斧であっさりを叩き落す。
夜のことなのでたまに被弾する賊もいるが、仲間が痛がる姿すらも彼らには略奪の前の余興だった。
賊たちがお返しに放った火矢が、港沿いの建物や船に刺さっていく。兵士と賊では的の大きさが違い過ぎていた。
大火に変わるのを恐れる兵士たちはすぐに消火を始め、攻撃の手は緩んでいく。
防衛の人手が足りていないことに賊たちは大笑いし、作戦の成功を確信した。あとはどこまで深く略奪できるか。
軍港を目視し、ガーランドは嗤う。
たったいま新たな軍船が出撃しようとしているが、高速船は速度が出るまで多少の時間が掛かる。このまま船団で呑みこめば、一瞬で兵士を皆殺しにして軍船を奪えるだろう。
それよりも、その手前。
軍港から突き出す形でL字に曲がった波止場には、光魔法のライトの下で5人の兵士と1人の男が、迫る水蛇の船団を睨んで立っていた。
「はははっ、兵士はみんなベッドの中で震えてんのか!? 泣けてくるぜ! 野郎ども、手始めにあのカカシ共を血祭りにあげるぞ! そのまま軍船を奪う! 右翼船は埠頭に展開したゴミ共を抑えろ! そのまま上陸しちまってかまわねえ!」
ガーランドの号令に、賊たちが血に飢えた嗤いと共に魔法や矢、そして火矢を準備する。
軍港の波止場までの距離は残り400mほど。陸地からは200mほど離れているので、船団は波止場へ向かって斜めに進路を取る。
まだ距離があるため、ガーランドはその中に領主がいるとはわからなかった。
波止場の兵士と湖の船団。どちらもまだ射程に入っていないのは明白。
それなのに、5人の兵士が何かを思い切り投擲した。
届くはずがない。自暴自棄になったか。
それよりも、波止場付近の埠頭から飛んでくる矢の方が問題だ。波止場に近づくにつれて、その数は増えていく。
矢が頬を掠って嗤い、仲間に刺さって嗤い、そして、自分の放った矢が兵士に命中して嗤う。賊たちは殺し合いの始まりを楽しんでいた。
兵士に矢を命中させたとある賊は、ふと波止場の兵士たちが投げた物を思い出した。
あれはなんだったのか。とっくに船の前に落ちたのだろうか?
そう思いつつ賊は空を見上げる。
それは町の灯を浴びて、夜空にキラリと輝いていた。
『ラフィーネ:しっかり掴まっているんですのよ!』
『タカシ:あ、はい』
『ラフィーネ:もっとしっかり!』
『タカシ:は、はい! 失礼します!』
フキダシでそんな会話がされているとは知らず、兵士が叫ぶ。
「人形様、どうかお願いします!」
兵士はそう願いを込めると、迫りくる水蛇の船団を睨みつけた。
もう間もなく戦いが始まる。今日が自分の命日になるかもしれない。そんな恐怖と戦いながら、領主の号令を待つ。
そして、その時はやってきた。
領主の「放てぇ!」という合図と共に5人の兵士は大きく振りかぶり、それを夜空に向けて遠投した。
『タカシ:ひぇええええええ!』
『ラフィーネ:ニャンニャン飛行部隊出撃ですわーっ! うぉおおおおお!』
それはフィギュアにフィギュアがおんぶした塊だった。
おぶさる方は前のフィギュアの首と腰に手足を回し、ガッチリホールド。
タカシは男子、ラフィーネは女子。タカシは人並みにドスケベだったが、空にぶん投げられてまで性欲は出なかった。人形の体はカチカチなのでなおさらである。
投げられたのはラフィーネとタカシのペアだけではない。
兵士たちの手で次々と賢者セットがぶん投げられていった。
『乙女騎士:牛丼屋のアルバイトから戦場へ! 乙女騎士、出陣!』
『ワンワン:見張りだけをしていたい人生だった!』
『ジャパンツ:この命、ミニャちゃん陛下のために!』
『ギーンズ:ギャーッ、マジ怖いマジ怖い!』
『レオン:我が軍の軍師の頭がおかしい件について協議したい!』
『ダーク:ちょっとカムシーンさん!? 気絶してないよな!?』
5人の兵士が3投ずつ、計15組30人の賢者たちが素早く遠投された。
2体セットのフィギュアは細身だが割と重い。石や希少石で作られているので、野球ボールのような軽さではない。しかし、鍛えられた異世界人ゆえか、兵士たちは地球人を遥かに超えた強肩だった。その分、賢者たちの恐怖も右肩上がり。
「波止場より退避! 港の陣に合流するぞ!」
遠投が終わった兵士たちは領主と共に大急ぎで波止場から退避し、自分が手伝った作戦の結果へ期待と共に注目する。
『ラフィーネ:華麗にフライですわーっ!』
投擲された片方の賢者が、己と相棒に飛行魔法『フライ』をかける。そう、ペアの片方の賢者は全員がレベル2の風属性なのだ。
魔法がかかった瞬間、賢者たちは夜空を飛んだ。
正確にはフライの制限高度である2mになるまで緩やかに滑空し始める。
おんぶ状態はパージされ、その姿はまるでムササビのよう。
この作戦はペアの片方が風属性レベル2でなければならないため、乙女騎士やラフィーネなど近衛隊の女性賢者も多く出陣していた。戦闘行為は怖いが、エルトのような子供を殺し、町に火を放つような連中は見過ごせない。ゆえに、ホワイト任務から出張しての参戦である。
『エンラ:人に当てる必要はない! 友軍の兵士の力を信じよ!』
『ラフィーネ:うぉおおお、わたくしに続けぇーっ!』
『タカシ:ラフィーネキ、一生ついていくっす!』
眼下には13隻の高速船。
それぞれの船には12人前後の賊が乗っていた。ある者は岸へ向かって矢を放ち、ある者は武器を握る手に力を籠め、波止場付近にいる軍船やこれから襲う町に向かってギラギラとした戦意を放っていた。だから、ほとんどの賊が空など警戒していなかった。
そして、ライデンからの指示がウインドウに表示された。
『エンラ:はぁあああ、ダークボール! ダークボール!』
『タカシ:貴様らはこの俺に発見されたのが運の尽きだったな! サンダーニードル! サンダーニードル!』
『ダーク:死んでも恨むなよ! ダークニードル乱れ撃ち!』
『ジャパンツ:ニートの憤怒を知れ! ウインドニードル連射ぁーっ!』
『乙女騎士:悪は滅びよ! ウインドニードル! ウインドニードル!』
『ラフィーネ:キャーッ! わたくしの華麗な魔法がお船に当たりましたわーっ!』
上空25mを滑空する30人の賢者たちが真下を通る船団に向けて、魔法を一斉掃射した。
これまでに賢者たちは自分たちでできそうな戦術についてたくさん語り合ってきた。
その中には、『賢者を並べて、魔法を連射すれば超強くね?』というシンプル極まりない発想も当然あった。
30人の賢者が毎秒2発の魔法を放ち、それがいま現実のものとなる。
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