4-25 村長さんの心得


 領主館から出撃した賢者たちを見送ったミニャ。

 そんなミニャに、領主が語り掛けた。


「ミニャ殿。此度の助力感謝いたす」


 そう言った領主の腰には見事な拵えの長剣が差され、体には胸当てやハチガネが装備されていた。


「私はこれから出陣する」


「領主様も戦うの?」


「ああ。サーフィアスの末裔はこういう時に先陣を切って武勇を示さなくてはならない。ゆえに民を導く立場でいられるのだ」


 それは近代戦争においてはナンセンスな戦術だ。しかし、領地と民を持つ彼らにとって、有事の際には命を懸けて王侯貴族の存在意義を示さなくてはならないのだろう。


 心配そうにするミニャに、領主は笑う。


「なに、私はこの町で一番強い。賊など物の数ではないさ」


 領主はそう言って、剣をポンと叩いた。

 女神の使徒の子孫はその能力の一部を受け継ぐという。サーフィアスの末裔である領主もまた、相当な剣の達人なのだろう。


「ミニャ殿。この上で貴殿の手の内をさらに晒させるのは忍びないが、貴殿は他の者にも人形殿と会話させられる能力があるのではないか? もしそうなら、私にもその力を貸してもらえないだろうか」


 領主がミニャを真っすぐに見て言う。

 領主がそう推測したのは、スノーたちだ。特にレネイアはジェスチャーではなく、ミニャと同様に何かを読んで意思疎通をしている。


「うんと。スノーちゃんたちは、ミニャンジャ村の村民さんになったら見えるようになったけど……」


 ミニャはウインドウが見えるようになる原因を賢者からちゃんと教えられていた。

 賢者たちもよくわかっていないが、『ミニャンジャ村の村民になる』『ミニャの眷属になる』のどちらかだろうと考えている。


「うんとー……領主様も見られるようになれぇーっ! むーんっ、むーんっ! 頑張れぇ、頑張れぇ!」


 ミニャは領主に両手を向けて、みょんみょんみょんと念じた。「頑張れぇ、頑張れぇ!」と自分を応援しながら。


 すると、メイン画面のウインドウで『設定』が立ち上がり、項目欄に小さな光が宿った。

 その光が消えた時、そこには『ウインドウを見せたい人の設定』という新しいシステムが出現していた。


『乙女騎士:こ、これは能力の拡張ですか!?』


『ハナ:ミニャちゃんが強く念じたから、レベルアップしたのかもしれませんよ!』


「むーんっ! むーんっ!」


 ミニャが念じ続けると、さらにウインドウは自動で処理を行ない、ページを開いていく。

 そこにはスノーたちの名前が並んでいた。全ての名前の横にオンオフの表記があるので、見えないようにもできることが窺える。

 その欄の最後に領主の名前が表示された。


「こ、これは……っ!」


 賢者たちのフキダシやミニャのウインドウが見えるようになった領主は絶句し、ミニャの「見えるようになったぁ?」という嬉しそうな声と、家族の「えぇ!?」という驚きの声が重なった。


 いまのミニャのウインドウは、港へ向かったサバイバーと、火事場へ向かった兵士の肩に乗るネコ忍の生放送を表示しているのだが、領主はそれを食い入るように見つめる。

 ちなみに、ミニャが見るウインドウは賢者たちにも見やすいように、対面している人にも左右が反転されずに表示されるようになっていた。


 これに困ったのはニーテストやライデンだ。パソコンの前で頭を抱えた。

 慣れていない今のうちが対応できる最後のチャンスと、ニーテストは全体アナウンスをいれた。


■■■■■■■■■

【全体アナウンス:ニーテスト】

『件名:会話に注意せよ』

 領主がフキダシを読めるようになった。日本語は読めないはずなので、パトラシア言語を習得している賢者は会話の内容に注意せよ。スレッドでの会話も見られる恐れがある。普段通りで構わないが、領主の心証を悪くする発言は特に注意してくれ。

■■■■■■■■■


 そう、日本語でのアナウンスだ。

 領主も見慣れない文字があることに気づいたが、状況的に質問することはなかった。


『乙女騎士:ミニャちゃん、領主様と行動する賢者を30人くらい貸してあげませんか?』


「わかった! 領主様、賢者様を30人連れていってください」


「いいのかい? では、お言葉に甘え……うっ!?」


 領主はミニャのウインドウに表示されていた賢者たちの生放送を見て、お礼の言葉を驚愕へと変えた。

 それは港へ到着したサバイバーの生放送で、霊体になったエルトと賢者たちの会話が始まっていた。


 それはミニャや賢者たちにも衝撃的な光景だった。


「け、賢者様、エルト君の体が透けちゃってる……」


『乙女騎士:う、うん……』


 ミニャは初めて見るエルトの状態が理解できなかった。だが、良い状態ではないことだけはなんとなく理解した。賢者たちも言葉を詰まらせた。

 一方、領主の目は鋭くなる。


「これはゴースト……すでに犠牲者が出たか。ミニャ殿、話はここまでだ」


 ミニャは言葉が出ず、コクンと頷いた。


 領主は不安そうにするアメリアの頭を撫で、アマーリエに目を向けた。


「アマーリエ、後のことは任せたぞ。ソラン、クレイ。アメリアを守るんだぞ」


 領主は10名の兵士と30人の賢者を連れて、領主館を後にする。

 兵士たちのポケットには賢者が入れられ、領主自身も賢者を2体ポケットに忍ばせた。


 領主は馬に乗らず、港へ走る。

 その走力は地球人類を遥かに凌駕していた。その身体能力を見るだけで、領主の戦闘能力が非常に高いものだと賢者たちは実感できた。


 領主はミニャを警戒していたが、賢者たちこそ異世界の達人たちに危機感を抱いた。




「ミニャ様。私にもお父様のようにミニャ様の見えているものを見せていただけませんか?」


 そう言ったのはアメリアだった。

 ミニャは頷き、アメリアへ向かってみょんみょんみょんと念じた。

 設定にアメリアの名前が加わった瞬間、アメリアが驚きの声を上げた。


「わ、わ、わ! み、見えるようになりました! ……ひぅ!」


 しかし、ウインドウに表示されている生放送を見て、アメリアの表情はすぐに怯えへと変わる。

 丁度、サバイバーが血の中で倒れるエルトの遺体を発見したところだった。


「みゃー……エルト君……」


 ミニャはネコミミをペタンと萎らせ、目に涙をためた。

 その傍らでは、同じ光景を見たルミーとパインが尻尾を股の下に丸め、スノーの太ももに顔を埋めて怯えた。


『ネコ太:ミニャちゃん。平和バトの生放送を新しく開いて』


「わ、わかった」


 ミニャが念じると、新しいウインドウが増え、平和バトの生放送が流れ始めた。


「そ、そんな……じ、ジール隊長が……ふぇ、ふぇええ……」


 地下牢の廊下へと降りたサバイバーの生放送を見ていたアメリアが、今にも泣き出しそうなほど目に涙を溜めて震える。


「アメリア、ジール隊長がどうしたんだ!?」


「ち、ち、血がいっぱい……」


 問いかけたソランに、アメリアは顔を真っ青にしながら答えた。


『乙女騎士:ミニャちゃん。アマーリエさんとソラン君とクレイ君にも見えるようにしてあげてください』


「みゃー……わ、わかった!」


 ミニャはすぐに領主ファミリーにもウインドウが見えるようにしてあげた。

 アマーリエたちも驚愕したのも束の間、生放送を見て言葉を失う。


 生放送は本来、楽しいことをたくさん見せてくれるものだ。ミニャはそれが大好きだった。それがどうだろう。領主ファミリーが初めて見た生放送は、とても恐ろしいものだった。


 ミニャは彼らだけでなく、近くにいるメイドや執事、メイドに扮したコーネリア、護衛の兵士たちにも見えるようにしてあげた。エルトやジール隊長の酷い状況を目撃したミニャは、とても混乱していた。


『ネコ太:ミニャちゃん。私がジール隊長を助けるから。大丈夫!』


「ネコ太さん……う、うん! お願いします!」


『ネコ太:任せなさい!』


 カチンと胸を叩いたフィギュアが倒れ、ネコ太が現場へ向かう。

 ミニャは慌ててネコ太の生放送を新しく開いた。


 時を同じくして、近衛大隊に所属するレベル2の風属性たちへライデンからある指示が下った。ライデンは軍師として、エルトが死んでも冷静に指示を出し続けていた。


 その指示を受け取った近衛委員会の女子数名が、ミニャの前に並んだ。


『乙女騎士:ミニャちゃん、私も港へ行ってきます』


『ラフィーネ:わたくしたちの雄姿を見ていてくださいまし。エルト君を傷つけた代償を必ず払わせますわ!』


 近衛隊の女子たちは、人生でついぞ感じたことがないほどの怒りを覚えていた。

 たった銅貨1枚の果物を幸せそうに食べていたエルトの笑顔を思い出し、義憤に心を燃え上がらせる。


 ミニャはゴシッと涙を拭い、唇を噛み、大きく頷いた。

 その無言の頷きに領主館へ響き渡るほどの『お願いします!』を感じた女子たちは、ぱたりと倒れ、戦場となる港へと召喚されていった。




 大混乱の町の中央にありながら、いま領主館のエントランスホールは静まり返っていた。


 闇の福音と平和バトの熱い言葉にエルトの頑張り、新人賢者ケアリアの奮闘にネコ太が見せた癒しの柱。

 ミニャたちはゴクリと喉を鳴らし、両手を胸の前でギュッと握りしめる。

 そして、生放送は奇跡をミニャたちへ伝えた。


「みゃーっ! やったーっ!」


「ミニャ様、ミニャ様! じ、ジール隊長が治りました!」


「ふぉおおお、賢者様すっげぇ!」


「パイン、ルミー。ほら、エルト君が治ったよ!」


 ミニャ、アメリア、スノー、ラッカと。

 ウインドウの中で繰り広げられたエルトの復活とジール隊長と兵士の回復に、ミニャたちは大興奮。


 パインとルミーは顔を上げるが、すぐにまたスノーの太ももに顔を埋めてしまった。

 イヌミミ姉妹が目にしたのは、別のウインドウ。そこでは火事場の生放送が映されていた。


 いま、ミニャの周りには12枚ものウインドウが展開されていた。1つはミニャへの連絡用のウインドウ。1つは設定ウインドウ。残りの10個は町で活動する賢者たちの生放送だ。


 多角的な視覚情報に慣れていない異世界人たちは多くの情報に困惑しながらも、自分の気になる映像を中心に視聴する。領主ファミリーは町を疾走する領主の背中を映す生放送が気になるようだ。メイドや兵士たちは燃え上がる町の惨状に怒りを滲ませている。


 ミニャが見つめるウインドウの中では、いままさに火災の消火活動や負傷した人たちの回復が始まろうとしていた。


 ミニャにも数軒の家を丸々燃やす大火事はとても怖く感じられたが、見るのを止めない。


 ミニャはみんなの村長さんで、町から逃げないと自分で決め、そんな自分の代わりに賢者様たちが戦ってくれているのだから。

 だから、ミニャは怖い生放送からも逃げず、賢者たちを応援するのだ。


 そんなミニャから心のパワーを貰ったように、回復属性のリランがまたひとつ奇跡を見せる。我が子を抱いて泣く女性の腕の中で、優しい光に包まれたその子供が息を吹き返したのだ。


 リランはそれを見届けるとすぐに次の患者の下へ向かう。

 リランの背中を追う形で映し出された映像の中では、道に座るケガ人たちを治療するたくさんの賢者たちの姿が映し出されていた。その中には輝く人形に向かって祈りを捧げる人々の姿もある。


「頑張れ……頑張れぇ!」


 それぞれの戦場で戦う賢者たちへ向け、ミニャが両手を握って応援する。


「「「頑張れぇ!」」」


 それに呼応するように、スノーとラッカとビャノが応援する。


「ミニャさん! これ!」


 マールがひとつのウインドウをズビシッと指さした。

 それは2番隊を引き連れた覇王鈴木の生放送。町を走る映像だったので今まで注目していなかったが、気づけば大変なことになっていた。


「覇王鈴木さんだ! 火事の中に入るの!?」


「逃げ遅れたネコさんを助けるみたい! ミーコってネコさん!」


「にゃんですと!」


 ミニャたちは慌ててそちらに注目する。

 気づけばアメリアがミニャの隣に座り、一緒に応援し始めた。


 炎をかき分け、子猫を救出し、崩れる家の中で覇王鈴木とホクトが炎へと落ちそうになる。


「賢者様、頑張れぇーっ!」「賢者しゃま、がんばえーっ!」


 火事の映像を怖がっていたルミーとパインが、声を上げた。


「「「頑張れぇ!」」」


 それは子供たちにも伝播し、覇王鈴木にエールが送られた。


「「「っっっ!」」」


 そのくせ、ホクトを抱えた覇王鈴木が炎の柱を走るシーンでは、子供たちは揃って体に力を入れて黙り、エネルギーを充填! 覇王鈴木が外へ飛び出し、飛行魔法で空を飛ぶと「わーっ!」とエネルギーを放出させた。


 覇王鈴木が見上げた先を、ウインドウが表示する。


 たくさんの賢者の手から水や吹雪が放出され、1軒、また1軒と炎の赤から鎮火の黒へと変えていく。消火班には【火耐性】を得て、燃える家の中から消火をする者もいた。

 そんな火事場の片隅では、そこら中で回復の光が輝き、負傷した人々が癒されていった。


『くのいち:ミニャちゃん! これ! これ応援してあげて!』


「むむぅ!」


 そして、港を映すウインドウでは今まさに、いつもミニャをお世話してくれる近衛隊の女子たちの大活躍が始まろうとしていた。

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