4-20 緊急事態宣言
領主館、夜。
ネコ太がアメリアの治療を行ない、ミニャとアメリアは一緒にベッドに潜り込んだ。
「アメリアちゃんのベッドふかふか!」
「ミニャ様のベッドはどんな物なんですか?」
「ミニャのベッドは草のベッド!」
「わぁ、草のベッド!」
「ミニャのベッドもふかふかなんだよ」
ミニャとアメリアは特に気にせずそんな話をしているが、賢者たちは生活レベルがバレたようで恥ずかしくなった。
しかし、恥ずかしいと思ったのは賢者たちだけで、そばにいるメイドも特に気にした様子はない。市場を見た限りで綿は高価だったので、シーツの内側に干し草を詰める家庭は上流階級でも多いのだろう。
「ミニャ様。森での生活は楽しいですか?」
「うん。とっても楽しいよ!」
2人は枕を横に並べて、ひそひそ声でお喋りを始めた。
そんな様子を見守るメイドと賢者たちは萌えた。初めてのお泊まり会を見守る親の気分だった。
「どんなでしょう。全然想像がつきません」
「じゃあ今度遊びに来るといいよ。モグちゃんを紹介してあげる」
「モグちゃんですか?」
「うん。モグブシンのモグちゃん! こんくらいの動物」
ミニャは手で大きさを作ってみせた。
「モグブシン?」
「そうだよ。モグゥとかモモグゥって言うの。でもでも、それだけじゃないんだよ。モグブシンって言うの! モグブシンって!」
「わぁ。メアリーさん、モグブシンですって。知ってますか?」
メアリーと呼ばれたメイドはニコリと微笑んだ。
「モグブシンは幻獣ですね。よくひっくり返る幻獣だと言われていますが、私も見たことはありません」
「ひっくり返るんですか?」
「うん。モグブシン! て言ってコロンて後ろにひっくり返って、こうやって手をパタパタするの」
ミニャは仰向けで手をわしゃわしゃした。
アメリアはパァッと目を輝かせた。
ちなみに、モグがよくひっくり返るのは、生き物の心を読むからだ。多彩な人の心を読むことで、驚いてひっくり返ってしまうのである。
「なんでも、女神の森のどこかには幻獣の里がいくつもあるそうですよ。その中にはモグブシンの里もあるのではないでしょうか」
「「わぁ!」」
面白い情報に賢者たちも興味を覚えた。
モグがあそこにいたのだし、モグブシンの里は案外近くにあるのかもしれない。
「さあ、それよりも、もう遅いですから寝ましょうね」
メアリーの言葉に「はーい」と返事をしたのはミニャだった。アメリアはもうちょっとお話をしたそうだ。
「おやすみ、賢者様、アメリアちゃん、メアリーさん」
ミニャの挨拶に「賢者様?」とアメリアは首を傾げるが、それへの質問はせずに挨拶を返した。
「おやすみなさい、ミニャ様、ネコ太さん、メアリーさん」
目を瞑る子供たち。
アメリアの体質のために、ベッドの周りで灯った明かりは消えない。
ベッドサイドに座るメアリーは綿で作られている毛糸で編み物を始め、時折、チラリと2人の様子を見る。賢者たちも枕元でスレッドを眺め、やはり2人のことを気にかけた。
静かな夜が過ぎていく。
アメリアは発作を起こすこともなく、すやすやと眠っていた。本当に領主たちが心配するような病気なのか疑うほど落ち着いている。
21時30分くらいに就寝し、23時くらいになると静かにドアが開いた。
やってきたのはアマーリエとメイドだった。
メアリーは音もなく椅子から立ち上がり、ベッドサイドを空けた。
アマーリエは枕元に座っている賢者たちをチラリと見てから、ミニャとアメリアの寝顔へ視線を移した。
「様子はどうかしら?」
「鼻をすすったり咳をすることもなく、とても穏やかに眠っておられます」
「そう」
アマーリエは心底ホッとしたような顔でアメリアを見つめた。
そのまま賢者に視線を戻し、言う。
「どうかアメリアをよろしくお願いします」
母親の眼差しを受けたネコ太は、コクリと頷いた。
けれど、もうそろそろ別の回復属性と交代の時間。さすがに1人でずっと見続けることはできない。子を想う母親を騙しているようで申し訳なく思いつつ、ネコ太が頷いた時だった。
定例会議を見つめていたサバイバーがバッと立ち上がった。
『サバイバー:ネコ太、緊急事態発生だ! 定例会議に注視しろ!』
サバイバーはそう言うと、ギョッとするアマーリエたちをその場に留めようと身振り手振りする。
アマーリエたちは困惑しつつ、5体の人形を見つめる。
人形たちは立ち上がったり、手を口元に添えたり、なにやらただ事ではない様子だった。全員が共通して虚空を見つめていた。
しばらくすると、3体の人形がミニャを必死に揺さぶり起こし、2体の人形がわたわたとアマーリエたちに何かを伝えようとした。
これはただごとではないと判断したアマーリエは、扉の向こうに向かって叫んだ。
「誰かありますか!」
すぐに扉が開き、執事と護衛の兵士が入ってきた。
「ただちにディアン様をこの部屋に呼びなさい! 急ぎなさい!」
穏やかなアマーリエの剣幕に驚いた執事は礼をするのも忘れて、廊下に飛び出した。
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【4月25日】拡大定例会議 PART3
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591、タカシ
湖の見張りから緊急連絡! 北東方面に謎の船団を発見した!
592、名無し
は? 謎の船団?
593、名無し
ミニャンジャ村に敵襲ってこと!?
594、ライデン
タカシの生放送を見るでござる! 賢者番号は17番!
595、平和バト
まさか、水蛇が来たってことですか!?
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『困惑の書き込みがしばらく続く』
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600、ニーテスト
緊急事態を宣言する。全員余計な書き込みは控えてくれ。
601、ニーテスト
緊急事態を宣言する。全員余計な書き込みは控えてくれ。
602、ニーテスト
緊急事態を宣言する。全員余計な書き込みは控えてくれ。
603、名無し
了解!
604、名無し
オーケー! 迅速に対応してくれ!
605、ニーテスト
ライデンは全体の指示を頼む。工作王はライデンの指示に従って賢者召喚。俺はアナウンスの作成をする。
606、工作王
了解!
607、ライデン
了解でござる。それぞれに指示を出すので、連投するでござるよ。返事は不要でござる。
608、ライデン
まず、護衛班は主殿を起こすでござる。あと領主夫人を引き続き、その場に引き留めるでござる。
609、ライデン
賢者番号1番から100番は、いますぐに緊急警報のボタンを押してほしいでござる。眠っている賢者たちを叩き起こすでござる。
610、ライデン
日本にいる賢者は緊急出動の準備を開始。自宅にいる者は5分以内に準備を整えて、クエスト画面を表示して待機するでござる。外に出ている者は人に見られないホテルやマンガ喫茶などを利用するように。
611、ライデン
スノー殿たちの護衛隊は直ちに子供たちを起こすでござる。
612、ライデン
ミニャンジャ村にいる者は仕事を止め、送還を念頭に行動してほしいでござる。
613、ライデン
工作王は城壁上の見張りをもう1人増やすでござる。城壁上の見張りは、町中と湖方面をそれぞれ見張るでござるよ。
614、ライデン
以上、ほかに何かあるでござるか?
615、タカシ
湖の見張りだが、俺たちはどうすればいい!?
616、ライデン
船の進路を生放送し続けるでござる。ミニャンジャ村に向かっているのか、グルコサに向かっているのか見極めるでござる。
617、ジャパンツ
ミニャンジャ村で仕事をしているけど、崖に行かなくていいのか? もしこっちなら崖上から攻撃すれば優位に戦えるぞ。
618、ライデン
万が一、ミニャンジャ村が狙いなら、一切手を出さずにひとまず村を明け渡すでござる。盗られて困るような物はないから、あとからフィギュアで夜襲をかけて殲滅すればいいだけでござる。
619、ジャパンツ
それもそうか。わかった。
620、デルタ
農地見張り隊から緊急報告! 町の遥か西が妙に明るい! たぶん、火事だ!
621、名無し
このタイミングで!?
622、名無し
絶対におかしいだろ!
623、ライデン
全員、出動の準備を急ぐでござる! 狙いは水兵が少なくなっているグルコサ! 火事は陸軍と冒険者の陽動でござる!
624、名無し
放火ってマジかよ!?
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ビービービーッ!
その警報は、日本とパトラシア問わずに全ての賢者たちの頭の中に響き渡った。
女神様ショップと共に解放された緊急アラーム機能である。複数人が緊急ボタンを押すことで、全ての賢者に緊急事態を知らせることができる。
この警報の発動に必要な人数はミニャか統括召喚委員会が決めることができ、現在は10人に設定されている。1番から100番に緊急ボタンを押させたのは、確実に発動させるためだ。
そんな警報が鳴ったのは、自宅の風呂で頭を洗っている覇王鈴木も例外ではなく。
「んぁ!? ちょ、なんだ!?」
覇王鈴木は、頭に泡をつけたままウインドウを見た。
風呂に入りながらつい数分前まで見ていたスレッドが、体を洗うためにほんの少し目を離している間にとんでもないことになっていた。
「は? 船団? 冗談だろ!?」
慌てて賢者ページからタカシの生放送を視聴する。
眉毛に垂れてくる泡を乱暴に拭って見たウインドウには、湖の果てからどんどん近づいてくる船団の黒い影が映し出されていた。おそらく船種は高速船だが、20隻以上はある。
その時、ウインドウに別窓が自動で開く。
全体アナウンスだ。
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『全体アナウンス:ニーテスト』
『件名:緊急事態を宣言する』
賢者番号17番のタカシが湖の北東から南下する謎の船団を目視。この方角は水蛇のアジトが存在する可能性があるため、これより緊急戦闘配備に入る。
日本にいる賢者は直ちに準備を整えて、いつでも出動できるように待機してほしい。
なお、司令部スレッドは混乱を防ぐために『拡大定例会議PART3』をそのまま使用する。
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「これはえらいことだぞ」
覇王鈴木は頭に泡がついたまま湯船にダイブ。
お湯の中に潜り、頭から乱暴に泡を流した。あとから入る人のことなど考えていない暴挙だが、いまはそれどころではない。
すぐに風呂から出ると、脱衣場で超高速の体拭き。水滴もまだまだ残っているが、お構いなしでパンツを履き、ジャージの下とティシャツを着た。お湯にダイブしてからこの間、わずか25秒。40秒で支度させるおばさんもニッコリな早業だ。
脱衣所のドアを開けようとした時、ドタバタと階段を降りる音が聞こえた。
怪訝に思いながらドアを開けると、妹の七星(ななせ)が台所に入っていく姿が見えた。
覇王鈴木は眉根をしかめた。自分も台所に用があるのに。
台所に入ると、七星はパンやバナナ、チョコレート、スポーツドリンクなどをビニール袋に詰めていた。
「な、なにしてんの?」
「いま忙しいの! 放っておいて!」
「えぇ?」
妹はまるで強盗のように食べ物を確保し、再び自室がある2階へと駆けあがっていった。
「……まさか。いや、だけど……」
お年頃な女子高生が、23時過ぎに大量の食べ物を持って部屋に戻る。
そういう時もあるだろうけれど、少なくとも失恋したような顔ではなかった。
もっとこう、例えば、これから戦が始まるような鬼気迫った顔をしているように見えた。……このタイミングで。
鈴木七星。
妹の名前と、仲良くなった新人賢者のある女子の名前が覇王鈴木の脳裏に交錯した。
思えば、最近の妹は何かに夢中になっているような気配があった。
友達と遊んで夕方に帰ってくるようなこともなく、学校から直帰したような時間に帰宅し、夕飯をかきこむように食べ、リビングでダラダラすることもなく部屋に引っ込む。
「あの子、部屋で何してるのかしら?」と覇王鈴木が親から尋ねられたのは、昨晩のことだ。「スマホゲームでもしてるんじゃない?」とその時は返したが……。
『うみゅ……』
ウインドウから流れるそんな声に、覇王鈴木はハッと思考を切り替えた。
30秒で風呂から出たのに、妹1人の対応で2分も使用していた。
妹と同じように食べ物を部屋に持ち込み、ベッドに座る覇王鈴木。
空中に浮かぶウインドウの設定ボタンを押すと、各種項目が出てきた。そこに『他賢者に対してウインドウを表示 OFF』とある。スマホを他人から見られたくない性分の覇王鈴木は、その延長でなんとなくウインドウもOFFにしていたのだ。
これを『ON』にすれば、妹にも見られるようになるのだろうか?
そうすれば、昔みたいに一緒のゲームをするような仲のいい兄妹に戻れるのだろうか?
そんなことを考える覇王鈴木は緊急事態なのに集中できていなかった。
その時、スマホが鳴った。
ハッとして画面を見れば、工作王からだった。
「も、もしもし」
『起きてるか!?』
「あ、ああ。すまん、風呂に入ってた」
『水蛇が攻めてくる可能性が高い。すぐに拡大定例会議を見てくれ』
すでに開いているそのスレッドには、ライデンから自分を名指ししている書き込みがあった。応答がないので、工作王が電話をかけてきてくれたようだった。
電話を切った覇王鈴木は、顔を叩いた。
「バカが。今はてめえのことじゃないだろう……っ」
口の中でそう呟くと、意識を事件に集中した。
その表情は、情けない兄の顔から、みんなが頼る覇王鈴木の顔に変わっていく。
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