4-21 いでよ!
『ネコ太:ミニャちゃーん! 起きて起きてぇ!』
ネコ太たちの肩を揺らして起こしにかかる。
緊急警報はミニャにも聞こえるのだが、こういったアラーム系に慣れていないのかちっとも起きない。なので、実力行使だ。
「うみゅ……」
呻きながら目をコシコシ。
そのアクションによって肩が動き、背中側にいるネコ太はコロンと転がった。だが、すぐに起き上がって再びミニャを揺する。
「アメリア。アメリア、起きなさい」
その隣では領主夫人もアメリアを起こし始めた。
「んにぃ……」とアメリアも呻く。
眠っている小動物の子供を彷彿とさせる2人だが、萌えている場合ではないので賢者たちのゆさゆさは終わらない。
そんな時だった。
窓の外から、カーン、カンカン、カーン、カンカンと警鐘が聞こえた。
「こ、これは……!」
メイドのメアリーがギョッとした様子で窓に駆け寄り、窓を開けた。
「か、火事の警鐘です!」
「どこですか!?」
「おそらく、西の村かと」
「町の外ですか……」
アマーリエは少しホッとした様子。酷いというなかれ。火事なんて当事者でなければそんなものだ。アマーリエが最初に焦ったのは、家が密集している町の中で火事が起これば、何軒も巻き込む大火災に発展するからだ。一方、外の村は家同士が離れているので、ほとんどの場合、1軒しか燃えないのである。
鳴っていた警鐘が、すぐにカンカンカンカンカンと連続で打ち鳴らされる。それがどういう意味なのか賢者たちにはわからなかったが、アマーリエたちは明らかに安堵した顔。
【650、ファルコン:農地見張り隊から報告! 陸軍と田んぼを見張る冒険者たちが火災現場に向かった。50から60人くらいで、半数は馬に乗っている】
スレッドでもたらされた報告が警鐘の変化の意味だろう。対応が始まったことを町民に知らせる合図なのだ。
「でも……奥様……」
メアリーは未だにミニャを必死に起こす人形たちを見つめた。
まるでこれからもっと恐ろしいことが始まるとばかりに。
「うーん……なぁにぃ……?」
やっとのことでミニャが起き、ベッドの上にお膝くにくにな割座で座る。
その隣でアメリアも辛そうに起き上がった。病的な辛さではない。クソ眠な辛さだ。
『ネコ太:ミニャちゃん、大変なの! グルコサの町に悪い人たちが来るかもしれないの!』
「みうぅ……?」
ミニャは目をシパシパさせながら、手をパタパタさせたネコ太のフキダシを読む。1回、2回と読み、3回目。
ミニャの脳内子猫も目をシパシパさせながら、緊急警報ボタンをベシッと押した。その瞬間、ミニャはクワッとした。
「……にゃんですと!」
「何事だ!?」
ミニャのクワッとほぼ同時に、執事が領主を連れて戻ってきた。同じく、アメリアの兄たちが姿を現す。
「あなた。ミニャ様の人形が何かを伝えたいようなのです!」
アマーリエが即座にそう伝えた。変な誤解を与えないようにだろう。
その言葉に、目をクシクシするアメリア以外の全員がミニャに注目した。
町の外の火事と人形たちが伝えたいこととは?
「火事のことなら安心してほしい。多くの兵士が消火活動へ向かった」
ミニャはそう言う領主の顔を見てから、ネコ太に視線を戻した。
『ネコ太:違うのミニャちゃん! 火事が怖いんじゃないの! 北東からたくさんの船に乗った悪い人たちが来ているの!』
「みゃー!」
ミニャは不安いっぱいの声をあげた。
『ネコ太:ミニャちゃん、領主さんに教えてあげて!』
ミニャはコクコクと頷き、領主に訴えかけた。
「け、賢者様が北東から悪い人たちが乗ったたくさんのお船が来るって言ってる!」
それを聞いた全員が言葉を失った。
湖賊の水蛇のアジトを襲撃するため、現在のグルコサの町からは多くの水兵が出陣していた。出陣式を見送った光景が彼らの脳裏に過ったのだ。
グルコサ水軍が向かったのは、南。王都の水軍と合流した後に向かうのは南東にある岩礁地帯。それとは別の大岩礁地帯を越えて、北東から帰ってくることなんてありえない。
「ふ……船の数は……?」
領主が乾いた声で言った。
ミニャはネコ太のフキダシを読みあげた。
「高速船が21隻。いまミニャンジャ村の東を通過したって言ってる!」
「2……っ、す、すぐそこではないか!」
声を荒げる領主に、肩をビクつかせたアメリアは目に涙を浮かばせた。しかし、震える手でその涙を拭い、唇を噛みながら気丈にも背筋を伸ばす。
そして、再び、警鐘が鳴らされた。
今回もまたカーン、カンカン、カーン、カンカンと鳴り響く。
全員がハッとして窓の外を見た。
「また火事か!?」
「ほ、報告します! 町の東にて火事が発生しております!」
窓の外から見えるのは西の光景。報告したのは東が見える廊下に待機していた兵士だった。
町の外にある西の村と、町の中の東側。まるで兵士と冒険者を削るようないくつもの火事。まず間違いなく放火だ。
「陽動だ! すぐに水軍に連絡を入れて防衛準備に入れ!」
「ハッ!」
「警鐘楼には敵襲の鐘を鳴らさせろ! 急げ!」
「は、ハッ!」
領主からの指示が飛ぶ。
水軍や警鐘への指示しかないのは、火事への対応は陸軍が勝手に判断して行なうからだろう。領主の判断を得てから出動してはあまりに遅いので、そんな推測ができる。
サバイバーがミニャの前に歩み出た。
『サバイバー:ミニャちゃん、町の外へ逃げよう』
「え……」
サバイバーは現実的な提案を口にした。
相手の戦力は不明。1隻に5人乗っていたとしても100人以上の相手だ。クーザーの船と同じなら10人は乗れるので、200人以上いても不思議ではない。クーザー並みの強敵だって複数いるだろう。さすがに町が壊滅することはないだろうが、火事の対応に多くの兵士が割かれたいま、どこまで攻め込まれるかわからない。
いまならば、影潜りで領主館を、そして町を出て、女神の森に逃げ込める。闇属性の賢者は多いので、ミニャと子供たち8人程度なら、ずっと影潜りで逃がすことはできる。
『サバイバー:逃げても誰も責めたりはしない。君はまだ子供なのだから』
「……」
ミニャはサバイバーの言葉を読んだ瞳で、すぐ目の前で唇を噛んで涙を我慢するアメリアを見つめた。
苦しそうに頭を抱えて、次の指示を考える領主を見る。
「だ、大丈夫だ、アメリア! 俺たちがついてるからな!」
「そ、そうだぞ! 心配するな!」
アメリアに駆け寄って青褪めた顔で励ます兄たちと、3人を抱きしめるアマーリエを見つめる。
「ミニャさん……!」
「ミニャお姉ちゃっ!」
そして、いつの間にか駆けつけた、この町で育ったスノーたちの不安そうな顔を見つめた。
ミニャはギュッと目を瞑った。
怖い人たちという存在を、ミニャは正確には想像できなかった。
でも、きっとそれは、とてもとても怖い人たちなのだというのは理解できた。
森に逃げれば、きっと怖いことなんてない。
だけど……アメリアちゃんや領主さんたちは?
楽しそうに商売をしていたお店の人たちは?
ミニャのために音楽を奏でてくれたおっちゃんたちは?
そんな疑問が脳内で交錯する。
ミニャはギュッと小さな拳を握って、心の中から弱気の虫を叩きだした。
そして、再び開いた目には強い炎が宿っていた。
「ミニャ、逃げないっ!」
その声は室内と、日本各地にいる賢者の心に轟いた。
全員が言葉を止め、ミニャに視線を向けた。
「アメリアちゃんもクレイ君もソラン君も、アマーリエさんも領主様も、執事さんもメイドさんもお店の人たちも、みんなお友達になったもん! だから、ミニャ逃げないっ!」
サバイバーたちの目を通して生放送を見る賢者たちは、友達を置いて逃げないと宣言する幼女の姿にブルリと武者震いした。
目つきの悪い女・ニーテストもまた愉快そうに口角を上げ、クエスト発行ボタンをカチリと押す。
何かあった時に決められていた役割別の6つのクエストが発行され、1人、また1人とそれを受注し、30秒と立たずに満員となった。
「でも、ミニャ、何にもできないから……賢者様、ミニャの代わりに町の人を助けてほしいの!」
表情を変えない体に宿るサバイバーもまた内心でフッと笑い、言う。
『サバイバー:それじゃあ、ミニャちゃん。いまこそ人形倉庫で持ってきた人形たちを解放する時だ。ミニャちゃんの願いを俺たちが叶えよう!』
サバイバーの言葉にミニャはハッとしたお顔を見せたかと思うと、すぐにキリッとした。
ミニャはベッドの上にバッと立ち上がり、宣言した。
「みんな力を貸して! いでよ、ミニャの賢者たちーっ!」
その瞬間、広い部屋の床を埋め尽くすほどの数のフィギュアたちが、人形倉庫から放出された。
倉庫から解放されると同時に召喚される設定になっていたため、すぐに賢者たちがフィギュアに宿る。
「こ、こ、これは……っ!?」
数えるのも馬鹿らしくなるほどの人形たちに囲まれて、領主は言葉を失った。
それに対して、アメリアたち子供はヒーローを見るような目で、ベッドの上に仁王立ちするミニャを見上げた。
「ミニャお姉ちゃのおにんにょうさん!」
「ちょ、ルルルルミー!」
ルミーが無邪気な声を出しながら、スノーの制止を振り切って近くの1体を捕獲する。
それ以外の賢者たちは全員がミニャへ向き直ると、足を揃えて直立してミニャの言葉を待った。
ミニャはベッドの上からみんなを見回して、願いを口にする。
「みんな、グルコサの町を守って!」
ミニャちゃん陛下の号令に、全ての賢者がニャンの敬礼をビシッと決めた。
それを見たミニャちゃん陛下もまたニャンのポーズで返礼する。
いま600体のフィギュアたちがミニャちゃん陛下の命を受けて動き出す。
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