4-7 市場見学


 ミニャたちは2台の馬車に乗り、町を行く。

 この町はかなり広いので、高い身分なら移動にも馬車を使うのだ。とはいえ、領主館は町の中央付近にあるので、どこへ行くにもそこまで時間はかからない。


 ミニャと一緒に乗るのはマールとレネイアとルミー。他に案内としてフェスがいる。

 もう一つの馬車には他のメンバーと、メイドが1人同乗していた。


 これから市場を見に行くということもあり、ミニャの護衛賢者は、サバイバー、ネコ太の鉄板な2人。そして、影潜り員&霊視係として闇人、加工品の鑑定係として髑髏丸、さらに相場鑑定係としてニーテストが入った。全体の統率は、ニーテストの代わりに工作王が担っている。

 もちろん、子供たちのリュックの中には戦闘力が高い賢者や便利な鑑定を持っている賢者たちが宿っていた。


 馬車の中で、ミニャはリュックを開けた。

 ててーんと取り出した物を首から下げ、ミニャはむふぅとお姉さん気分。


「それは何ですか?」


「これはねー、こうやんの!」


 ミニャはそう言うと、なにやら始めた。


「これください! まいど、それは銀貨1枚と銅貨3枚です!」


 ミニャは袋を開け、銀貨1枚と銅貨3枚を取り出した。


「はい、これでお願いします! 銀貨1枚と銅貨3枚、丁度いただきます。またのご来店をお待ちしております!」


 盤石!

 1人2役のおままごとを終えたミニャに、ネコ太とサバイバーは拍手を送り、他の賢者は腕組みしてうむうむと頷いた。闇人、髑髏丸、ニーテストの3人はクール系だった。


 ミニャは賢者たちにお買い物の仕方を学んでいた。

 レジの経験がある賢者は多かったので、お買い物ごっこの練習には不自由しなかった。


「あの、お買い物のお代は全て領主様がお支払いいたしますが……」


 フェスが恐る恐る言った。

 ミニャの予習が無駄になった瞬間である。


 しかし、ミニャはコテンと小首を傾げる。お買い物をしたことがないので、『領主があとで払う』という上級者向けのやりとりのイメージが湧かないのだ。


 ミニャは、どういうことだ、とお膝の上のニーテストを見た。


『ニーテスト:フェスに「最初は自分でお金を払ってお買い物がしたい」と言ってくれ』


「ミニャ、最初は自分でお金を払ってお買い物がしたい!」


「左様ですか。承知しました」


 領主に恥をかかさず、ミニャにもお買い物を体験させる。

 というわけで、ちょっとだけお買い物をすることで決まった。


 馬車は高級住宅地から庶民エリアに入る。

 道の幅は様々なようで、人が2人並べば窮屈に感じられそうな道もあれば、馬車が3台すれ違えるほどの大通りもある。ミニャたちが乗る馬車は大型なので、常に大通りを走った。


 これから市場に行くわけだが、こうして大通りを走っていても店舗はよく見かけた。飲食店、雑貨屋、武器屋、家具屋など、いろいろな店がある。

 正直、賢者たちはこういった店の見学を想定していたのだが、どうやらもう少し混沌とした市場に向かっているようだった。


 しばらくすると、馬車が停車した。

 そこは憲兵の小さな詰め所だった。おそらく市場用だろう。


 そこではジール隊長が警備の兵士を揃えて待っていた。


「ミニャ様、こちらは陸軍のヒュッケです。市場訪問の責任者となります」


 ジール隊長が言う。

 ジール隊長やフェスは、ミニャのことを『殿』と呼んでいたが、気づけば『様』に変わっていた。領主の家族が『様』付けしたので、それに合わせて敬称が確定した形だろう。


「ヒュッケと申します。市場でのミニャ様の護衛を仰せ仕りました」


「よろしくお願いします!」


 後ろ手の敬礼をビシッとするヒュッケに、ミニャはキラキラ光線を浴びせてご挨拶。

 ミニャは深く考えていないが、賢者たちは町の中のことは陸軍が管轄なのだろうと考察した。水軍のジール隊長も同行するようだが、どちらかというとフェスと同様に案内係なのだろう。


「あっ!?」


 その時、スノーが声を上げた。

 その視線を追うと、そこには3人の冒険者がいた。


「ザインのおっちゃん!」


「久しぶりだな、小僧。あと俺はおっちゃんじゃねえ」


 それは、スノーを女神の森に連れていってくれていたザインとその仲間の1人、そして、ミニャの件で雇われている召喚士のセラだった。


「お前が水蛇に攫われたって聞いてびっくりしたぞ。大丈夫なのか?」


「うん。いろいろあったけど、大丈夫」


「そうか。詳しくは聞かねえが、まあ生きてりゃ上等だ」


「うん!」


 笑顔で頷くスノーを見て、ザインは目を丸くした。

 冒険者の真似事をしていた頃のスノーは、毎日が必死過ぎてイライラしていた。それがちょっと見ない間に、子供らしい笑顔をするようになった。きっと、ザインはそんな変わりようを見て驚いたのだろう。


 そんな2人のやりとりを、スノーの家族ははえーと見つめる。

 スノーは冒険者の真似事をして活動していたが、実際に冒険者と話している姿を初めて見たのだ。双子やイヌミミ姉妹の目には、大人と話すスノーがとてもお姉さんに見えた。


 一方、ミニャはジール隊長から冒険者たちについて説明を受けていた。


「あの者らは女神の森で活動している冒険者です。ミニャ様は森で暮らしている故、ミニャ様のご質問に兵士では答えられないこともあるかと思い、招集いたしました」


 と、尤もらしいことを言っているが、これも監視・観察の一環だろう。領主もあの手この手を使ってくる。そして、狙ったわけではないはずだが、召喚士のセラが呼ばれたのは賢者たちにとって一番厄介であった。


『ニーテスト:お前らはここで護衛を続けろ』


 ニーテストはそう言うと、セラの前まで歩いていった。

 セラは美少女フィギュアを興味深そうに見下ろしている。


『ニーテスト:召喚士セラよ。女神の使徒よりお前に重要な任務が与えられた。秘密の話なので、我を手に取り、顔の前まで持ち上げろ』


 ニーテストがそうフキダシを出した。

 しかし、セラはフィギュアを手に取らないし、その視線もフキダシには一切向かなかった。


『ニーテスト:構わんのか? お前の生命に関わる大事だぞ?』


 ここまで言っても特に顔色が変わらないので、フキダシが見えていないのは確定だろう。

 この結果にニーテストは満足し、セラに注目したということが悟られないように、他の冒険者たちにもカモフラージュの視線を向けた。


「お、おい、小僧。これはどうすればいいんだ?」


「きっとおっちゃんたちが悪者かどうか見極めているんだよ。知らないけど」


「なんだよ、知らないけどって」


 その会話を聞いて、ニーテストは大仰に頷いた。たぶん、インドア派のニーテストではベテラン冒険者に勝てないのだが、強者ぶっておいた。


 ニーテストがそんなことをしている間、ジール隊長がミニャにもう1人紹介した。


「ミニャ様、こちらの者も紹介させていただきます。おい」


 ジール隊長が1人の子供に目を向けた。

 ミニャはその子供に見覚えがあり、「あっ!」と声を出してニコパ。


「え、エルトです。あ、あの、助けてくれてありがとう! ……です!」


 それはクーザーによって船から落とされた少年だった。

 あの日、ミニャはネコ太に叩き起こされてみんなの活躍を見守っていたので、エルトのことも知っていた。


「ううん。無事でよかったね」


「は、はい!」


 ミニャちゃん陛下の可愛さに、エルト少年は顔を赤くしてプルプルした。それを見た賢者たちは腕まくりする。非常に大人げない。


「この子は水軍で見習いをやらせております」


 ジール隊長がそう教えてくれた。


 それを証明するように、エルトは腕を後ろ手に回して敬礼をしているが、習いたての敬礼にジール隊長やヒュッケのような頼もしさは宿っておらず、初々しい。

 なんにせよ、軍服ではないがちゃんとした服を与えられ、ちゃんとご飯も食べられているようである。


【250、ロリエール:心配していましたが、元気そうで何よりですな】


【251、名無し:ロリエールが助けた少年か】


【252、ブレイド:それに水軍に入れたとなれば安泰かな?】


【253、名無し:でも割と簡単に水軍に入れるのかな?】


【254、カーマイン:たぶんですが、あの事件で救助された子供をスラムに戻すのは縁起が悪いと思われたのではないですかね】


【255、名無し:見習いとはいえ簡単に軍に入れるのなら、スラムの子供の働き口はもうちょっとあるはずだ。カーマインが言うように、特別な計らいはあったと思う】


【256、名無し:あー、たしかにスラムへ返すのは縁起が悪そうに思えるな】


【257、名無し:まあなんにせよ、未来が拓けたのならいいことだな】


 エルトを心配していた賢者も多かったようで、スレッドではエルトの就職を祝福した。




 午後から領主との会談の続きもあるので、挨拶もそこそこにさっそく市場へ出発した。


 詰め所から出ると、市場はすぐだ。

 すでに喧騒は届いており、ミニャはワクワク。ミニャに抱っこしてもらうという特等席のニーテストもワクワク。最高に良い御身分である。


「スノーお姉ちゃっ。ルミーたち、あそこに入って良いの?」


 ルミーが首を傾げた。


「え? あ、ああ。うん、もう良いんだよ。約束を守って偉かったな」


「きゃふぅ!」


 スノーに頭を撫でられて、ルミーは尻尾をパタパタ振った。


【323、ホクト:新人でわからないんだけど、今のルミーちゃんの質問ってどういう意味ですか?】


【324、名無し:俺たちも推測でしかできないけど、たぶん、スラムの子は市場であまり歓迎されないんだと思う。町でラッカ君たちが働いていた時も、賑やかな大通りは避けているような行動をしていたんだよ。たしかリッドの動画だったはずだから、折を見て視聴しておくのをオススメする】※2-27話参照。


【325、ホクト:そうだったんですね。あとで見てみます】


【326、名無し:ルミーちゃんは幼女だから、まだ自分の立場がよくなったのがわかってないんだろうな】


【327、名無し:俺が4歳の時でも絶対にわからなかったな。家を引っ越しした次の日に、いつ自分ちに帰るのか親に聞いたらしいし】


【328、名無し:マジで何もわかってなくて草】


 市場エリアに入った。

 道路は馬車が3台はすれ違えそうなほど広く、道路の両端と真ん中に店が並んでいる。歩行者天国かは不明だが、馬車の姿は見えない。


 シャンシャン! シャンシャン!


 そんな市場に鈴の音が響く。

 一団の先頭にいる兵士が持つ、神楽鈴のような鈴がたくさんついた道具の音色だ。これを聞いた住民はすぐに進路を開けた。たぶん、貴族が来るような場合に行なわれるのだろう。


【340、名無し:我、領主様の客人ぞ、控えおろう!】


【341、ミニャちゃん陛下のお通りだ、図が高い!】


 抜群の効果に、俗物揃いのスレッドでは大はしゃぎ。


 兵士に守られながら、ミニャたちは片側の店沿いを歩いた。道の中央にも露店が並んでいるため、時間的にミニャが見学できるのは片側と中央だけか。


「わぁ!」


 ミニャは露店に並んでいる野菜を楽しそうに眺める。初めて見る野菜が多いのだ。しかし、楽しい以上の感想はない。ミニャはお野菜よりお魚とお肉が好きなのである。あと果物。


『ニーテスト:ふむふむ、なるほど』


 むしろ興味津々なのはニーテストを筆頭にした賢者たちである。ミニャに抱っこされながら、ニーテストから送られてくる『相場鑑定』で分析していく。


 野菜の形自体は地球のどこかにあるんじゃないかと思えるようなものだ。しかし、表面の模様や色が面白く、渦巻模様を持つナスや波模様が入ったロメインレタスなど、異世界でしか見られない野菜は賢者たちをワクワクさせた。


「ミニャ様、何か入用な物がありましたら取り揃えますので、仰ってくださいね」


「ありがとうございます!」


 そう言ったフェスに、ミニャはお礼を言った。


『ニーテスト:よし、ミニャ、そろそろ買い物をしてみるか』


「むむむっ!」


『ニーテスト:そこの果物が売っている店で買い物をして、食べてみようか』


 ニーテストから言われ、ミニャちゃん陛下に試練の兆し。

 ミニャは果物を売っている近くの露店に近寄った。


「こんにちは!」


「へ、へい、いらっしゃい!」


 護衛兵を引き連れ、超美麗フィギュアを抱っこするミニャは良いところのお嬢様のオーラがズゴゴゴゴッ。店主はビビり気味だ。


「ここで食べられそうな甘い果物はありますか?」


「す、すぐに食べられる甘いのだと……これですかね。アロイです」


 店主が勧めたのは、洋ナシのような形の紫色の果物だった。雰囲気的に、メロンやバナナのように皮が厚そうだ。


「じゃあそれを、うんとうんと。1、2、3……」


「あっ。ミニャ様、我々は結構ですので、ミニャ様と子供たちの9人分をご購入ください」


 ミニャがフェスやジール隊長だけでなく護衛の兵士たちも数え始めたので、フェスが慌てて止めた。


「そーお? それじゃあ9個ください!」


「へ、へい! そうすると銅貨9枚です」


 初めてのお買い物をするミニャに、賢者たちがドキドキワクワク。

 ミニャが持っている銅貨は5枚しかない。さあ、どうする。


 その値段にミニャはキュピンとした。

 これ、習ったヤツだ!


 ミニャは首にかかった袋からいそいそと銀貨を1枚取り出して、店主に渡した。


「へ、へい、銀貨1枚ですね。そうしますと銅貨1枚のお返しです」


「ありがとうございます! んふぅ!」


 ちゃんとお買い物ができて、ミニャは大満足。

 お釣りを渡しただけなのに物凄い笑顔を向けられて、店主は困惑気味でひきつった笑顔。も、もう1枚渡しておいた方が良いのか、とお釣り入れに手が伸びる。


 ちなみに、ミニャは銅貨5枚分の価値がある銀板硬貨も持っているので、ぴったり出すこともできた。しかし、お釣りを貰うという経験も必要なので花丸だ。


 さて、お支払いは済ませた。

 ミニャはニコニコするばかりで、店主の困惑も継続中。

 賢者たちはひとつ失念していた。この世界はマイバック制であった。高級店ならともかく、こんな露店に紙袋やビニール袋なんてないのである。


 少ししてやっと賢者たちもマイバック制であることに気づいたが、賢者が伝えるよりも先にスノーが声をかけた。


「あの、ミニャさん。貰わないの?」


「もう貰って良いの?」


「う、うん。たぶん」


「あっ、ど、どうぞ。あ、いや、良いのを取らせてもらいます」


 ここで店主も気づいた。

 このお嬢さん、箱入りだ!

 ただ単に田舎者なだけだが、店主はそう勘違いした。


 店主は良いアロイを厳選して、ミニャと子供たちに渡していく。虫食いとかがあったらヤバイと思ったのだ。


 みんなに行きわたったところで、ミニャはそこでふと気づいた。


「おじさん、もう1個ください!」


 ミニャは銅貨1枚を渡して、アロイを追加で貰った。

 それを、護衛中のエルトに渡した。


「はい、どうぞ!」


「え。あ、あの、お、俺は仕事中だからいらない! ……です!」


「えーっ!」


 初めてのお買い物でオゴリ拒否を喰らったミニャは、吃驚仰天。

 ウインドウの前の賢者たちもガタッと席を立って腕まくり。顔を赤くすれば腕まくり、オゴリを断っても腕まくり。いったいどうすれば正解なのか……っ。


「エルト、ご厚意に感謝して、いただきなさい」


 そう言ったのはジール隊長だった。


「え。いいの?」


 エルトが尋ねると、ジール隊長は頷く。


「ありがとう……です」


 エルトはペコリと頭を下げて、アロイを受け取った。


 フェスが子供たちに食べ方を教えており、ミニャもそれを見て、紫色の皮を剥く。洋ナシのようにずんぐりとしているが、果肉はバナナに近い見た目だった。


 もむっとかぶりついたミニャ。

 もこもこと柔らかく、甘い味にミニャはエルトにんふぅと笑った。


「美味しいね!」


 エルトは顔を真っ赤にして頷いた。

 賢者たちが腕まくりしたのは言うまでもない。自分たちだってよく笑顔を向けられるのに。

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