4-4 会談1
「わぁ……立派!」
お屋敷に案内されたミニャが、ドストレートな感想を述べた。
お屋敷に入ると、まずは小さなエントランスホール。
パーティや演説ができるような規模ではないが、来客を一番に向かえる玄関口としてはとても品のある佇まい。
このお屋敷は3階建てだが、エントランスホールから上がれるのは2階までで、3階へは別の場所から上がることになる。
はえー、とミニャちゃん不動産社長がお宅チェックを始めるので、賢者たちがペシペシとふくらはぎを叩いた。ミニャはハッとした。
「すみません。ちょっとだけ待ってください」
領主が案内してくれるというのに凄い胆力。
小さなエントランスホールでリュックを下ろしたミニャは、中からハンカチを取り出した。クーザーのシャツを切って作った白いハンカチである。
それで5体の美少女フィギュアの足の裏を拭く。
「申し付けてくだされば、わたくし共がやりますので」
メイドが慌てて言うが、ミニャはニコパと笑った。
「ううん。ミニャのお人形だからミニャがやるんだ。ねーっ!」
ミニャとネコ太とくのいちは、「ねーっ!」と体を斜めにした。
大人たちは、この様子を興味深そうに見つめる——これこそが賢者たちの狙い。
ミニャの善良性を知ってもらえば、敵対する理由の一つがなくなる。舐められての敵対の可能性は残るが、未知への恐怖からくる敵対はなくしておきたかった。
ミニャが案内されたのは1階にある応接室。
子供たちは全員が同席する必要もないので年少組は客室に通され、年長者のスノーとレネイアとシルバラだけが同席することになった。
応接室にありがちなソファはなく、その代わりに立派なアームチェアが並んでいた。
【33、名無し:緊張して膀胱がうずうずするんだが】
【34、名無し:緊張してもいいけど、万が一、刃傷沙汰になったらすぐにクエストを受けるんだぞ】
【35、名無し:ソファじゃなくてアームチェアなのが逆に上流階級味があるよな】
【36、百太郎:そもそもソファがこの国にない可能性もある。地球での起源は諸説あるが、我々が日常的に見ている様々な椅子が並んだ光景は様々な文化の交じり合った形だから、椅子の様式ひとつとっても必ずあるとは限らない】
【37、名無し:たしかに先入観は捨てた方が良いかもしれないっすね】
応接室という緊張空間を見て、生放送を視聴する賢者たちの胃や膀胱が刺激されている様子。
なお、戦闘になったら、ニーテストが予め作っておいた緊急クエストを即座に発行する。
このクエストは『ミニャが人形倉庫から人形を取り出したら即座に召喚』という開始条件になっているため、ミニャが人形倉庫から全放出した瞬間にクエストを受けた賢者たちが臨戦態勢を取れる。
ミニャはこの訓練も行なっており、最速なら5秒ほどで軍勢を展開できる。本番で何秒かかるかは不安要素だが、その時間を稼ぐのがサバイバーたちの務めであった。
領主が座り、ミニャたちも執事さんから椅子を勧められた。
今日までにミニャは領主との対談の練習をしてきた。もちろん、椅子に座る時の作法もだ。2、3日だけの付け焼刃がいま火を噴く時。
「失礼します!」
満点!
断りをいれたミニャは、椅子に座ってビックリ。
「ふかふかしとる!」
ミニャはお尻の下のクッションをふかふかした。
なお、大人用の椅子なのでミニャの足はプラン。
ミニャの自由っぷりに賢者たちは激しくハラハラしたが、そのいつも通りのプレイングに年長組は勇気を貰った。
「「「し、失礼します」」」
ミニャの真似をして、3人も着座した。
とはいえ、3人は緊張しすぎて、コマンド・借りてきた猫の構え。
さて、会談の席だが。
ミニャンジャ村のメンバーは、ミニャ、レネイア、シルバラ、スノー。
護衛としてサバイバー、キツネ丸、エンラ、くのいち。ヒーラーとしてネコ太。そして、生放送視聴者の賢者たち数百名。
護衛はミニャのお膝に乗ったり、椅子の脇に座ったり。ミニャは細いので、大人用の椅子ではいくらでもスペースはあった。
希少石製の美少女フィギュアを侍らして座るミニャの姿は、強ロリ感がむんむんだ。
一方、客室に通されたマール、双子兄弟、イヌミミ姉妹の5人は、お菓子と飲み物でもてなされている。リュックの中に賢者が入っているので、緊急時の対応もできるだろう。
グルコサ側のメンバーは、領主、ジール隊長、フェス、執事、メイド2名。座っているのは領主とフェスだけで、ジール隊長と執事は背後に、メイド2名は部屋の隅に控えていた。
ここに召喚士のセラが混じっていたら物凄くやりにくかったが、この場にはいなかった。領主がセラに依頼を出したのは、あくまでも女神の森をよく知る凄腕の冒険者だからであり、ミニャが特殊な召喚士と疑っているからではないのだ。
問題はメイドの内の1人だ。
この人物はメイドに扮した人形使いだった。ミニャの能力を見極めるために呼び寄せたようで、昨日に着いたばかり。
しかし、召喚士ではないのでミニャのオモチャ箱の秘密に気がつくとも思えないので、賢者たちとしてはセラほど厄介な人物ではなかった。
領主が言った。
「まずは改めてお礼を言わせてもらうか。我が領民を湖賊から救ってもらい感謝する」
「どういたしましてです!」
ミニャは素直に受け取った。
日本人なら謙遜するところなので、賢者たちはバカウケ。領主も悪感情は持っていない様子。
「すでにフェスから聞いているかと思うが、ミニャ殿が討伐した湖賊には懸賞金がかかっていた。後ほど私からの礼品と共に受け取ってほしい」
「わかりました。ありがとうございます!」
ミニャは領主の前でも元気いっぱいである。
「さて、ミニャ殿が私の下へ訪問してくれたのは、このグルコサとミニャ殿の村の今後の付き合い方について話し合いたいからだと私は考えているが、その認識で合っているかな?」
「はい。話し合いたいと思って来ました!」
領主はミニャのためか、難しい言葉を使わずゆっくりと話してくれていた。気遣いができるイケメンである。
ミニャの返答に領主は頷き、続けた。
「では、話を始める前にいま一度確認しておきたい。ミニャ殿は女神の使徒であり、女神様より約束の石板を賜って、女神の森の大滝より上の開拓を許可されたということで良いかな?」
ミニャの脳内子猫たちは順番に考え、ミニャのちっちゃい指を「うんとうんと」と一本ずつ折らせていく。
女神の使徒である。
女神様から約束の石板を貰った。
大滝から上の開拓を許可された。
4個目の質問は……なかった!
全部合ってる!
「はい、それで合ってます!」
「では、開拓が許可された地域ですでに村を作っていると我々は考えれば良いのだね?」
これは再確認するまでもないので、ミニャは胸を張った。
「はい、ミニャンジャ村です!」
「そう、ミニャンジャ村といったね」
すでに先ほどご挨拶した時に『ミニャンジャ村の村長さん』だと名乗ったので、これで覚えてくれただろう。
「それでは、子供たちに尋ねたい。君たちはミニャンジャ村でこれからも暮らすということで良いか? その場合は、我が領民としての権利はなくなり、町にあるそれぞれの家も返却することになる」
ミニャはスノーたちへ顔を向けた。
ミニャは自分が答えるべきではないことをちゃんとわかっていた。
「は、はい。妹と一緒にミニャさんの村で暮らしていこうと思います」
「あ、あたしもですすぅ」
「お、おいらたちもミニャさんの村で暮らします」
レネイアの意思表示に乗っかるように、シルバラとスノーが続けた。3人もとても緊張していた。
「そうか。ではそのように処理しよう。家に残っている家財などで運ぶものがあれば言うがよい。運ばせよう」
「ありがとうございます」
レネイアが代表して頭を下げ、それに遅れてシルバラとスノーがペコリと頭を下げた。
領主は頷き、一旦、茶を飲んで舌を湿らせた。
ミニャも真似をして、飲んでみる。
「麦茶だ! 美味しい!」
ニコパァ!
「口に合ったようでなによりだ」
麦茶があるようだ。この町は米所だが、麦も育てているのか輸入をしているのか。
一方、ミニャが住んでいた地方は麦をメインに扱っていたようなので、飲んだことがあるのだろう。
【82、名無し:この世界は麦茶があるのかー。もしかして日本人が過去に来てたりするのかな?】
【83、名無し:麦茶がある=日本人がいたかもは飛躍しすぎだと思うぞ。その理屈だと紅茶があったら東南アジア人が来ていることになるし、コーヒーを飲んでいたら南米人が来ていることになる】
【84、名無し:俺もそれは異世界人を舐め過ぎだと思う。身近に大量にあるものほど研究の試行回数が優位になるんだから、主要穀物から茶や酒を作り出す工程に辿り着くのは普通のことだよ】
【85、名無し:玉米が美少女に擬人化されて馬車の幌にでかでかと萌え絵が描かれていたら日本人の介在を疑ってもいいぞ】
【86、名無し:そんなことで……しょーもねー民族だな】
スレッドでラノベ思考の賢者が窘められている間にも、ちょっとしたお茶のお話になっていた。
「ミニャンジャ村でもハーブティを作っていると聞いた。この者らがとても美味かったと感激していたぞ」
リップサービスなのだろうが、ジール隊長やフェスが微笑むので、自分でおもてなししたミニャは嬉しくなった。
そんなふうに麦茶で一息つき、話題が切り替わった。
「さて、少し難しい話になるが、ミニャ殿は今後のことを考えているのかな?」
質問の意図がよくわからなかったので、ミニャはウインドウを見た。
スレッドのように複数人が発言する場ではなく、ニーテストだけが発言するチャットルームだ。ニーテストはスレッドを活用し、多くの人の意見をまとめてくれている。
ミニャは、うーんと腕組みの生意気ポーズをして目を瞑り、ニーテストの書き込みを瞼の裏側で読む。
領主との会談にあたり、ミニャと賢者たちはいろいろと話し合った。
今まさに領主からされた質問は、話し合った内容の中で最も重要なものだった。ニーテストからそれを教えられて、ミニャはちょっとだけピョンとお尻を浮かせた。
ミニャは目を開けてから、言う。
「ミニャンジャ村を独立した村にするか、サーフィアス王国の一員になるかということですか?」
曖昧な表現の質問をした領主だが、ミニャが正確に意図を読み取ったことに、少し眉毛を上げて驚いた様子。
「その通りだ。王国の領土となる場合は、ミニャンジャ村は開拓のための援助をたくさん受けられ、ミニャ殿には『森守』という特別な爵位が与えられることになるだろう」
このスカウトは賢者たちも当然あるものだと考えていた。
王国の北側で隣接した開拓地をスカウトしないはずがないからだ。爵位も貰えるだろうと考えており、予想外だったのは『森守』という謎の爵位だけであった。
だからミニャと賢者たちは予め話し合ったわけだが。
その結果をミニャは告げる。
「うんとうんと。ミニャはどこの国の人にもなるつもりはないです」
「ふむ……理由を聞いても?」
賢者たちはドキドキしながら見守る。
ミニャにちゃんと説明できるのか。少なくとも、自分では説明できないと確信している賢者が多数。
一応、ミニャのために返答がチャットルームに書かれており、ミニャはそれを基にして話した。
「うんとうんと。女神様から貰った力はとっても強いです。それを誰かからの命令で使われるようなことは絶対にないようにしたいです。だからミニャは国の一員にならないです」
「戦争に駆り出されることを危惧しているわけか……なるほど」
ミニャのオモチャ箱は、ぶっちゃけ戦場を支配できてしまう力である。
実際に戦争で使えるかはカルマ次第となるが、仮に使えるのなら、賢者は死んでも数日後には人形に宿れるので、ほぼ不死の軍団になる。
その召喚可能数は毎日50人前後増えていくので、制限がないのならミニャが大人になる頃には20万人くらいの大軍勢になっている。希少石フィギュアに宿ればみんながサバイバーのように強くなれるわけではないが、仮に1万人が魔法を連発するだけでも大変な火力だ。
あとは、戦争によって影響制限がどのように増えるかも重要ではあるが、いずれにせよ、ワンサイドゲームになる可能性が高い。
もちろん、現代日本人の賢者たちはそんなことをやりたくないが、王国の貴族となってしまえば、逆らえない命令を下される可能性が十分にあった。御恩と奉公ではないが、特大の権利を得たのなら避けられない義務も発生してしまうのだ。
賢者たちの使命はミニャを守ることだが、今日は賢者たちを守るために、ミニャが毅然とした態度で意思を表明していた。
そして、この返答の際が最も危険だと賢者たちは考えており、サバイバーたちの警戒心は高まり、ニーテストも緊急用に作ったクエストの発行ボタンをスタンバイ。
しかし、賢者たちが危惧するような血生臭いことは起こらなかった。
7歳児から真剣な瞳を向けられて、領主は深く頷いた。
「ミニャ殿の考えはわかった」
「誘ってくれたのにごめんなさい」
ミニャはペコッと頭を下げた。
「いいや、ミニャ殿の想定は正しいだろう。現王は他国に侵攻するような方ではないが、政策は様々な要因で突然変わるものだ。ミニャ殿は7歳。これから長い年月を貴族として生活していくならば、侵攻作戦が一度もないとは私にも断言できない」
ミニャはキリリとしながらコクンと頷いた。
戦争と出兵はミニャにもわかるように賢者たちが説明したので、領主の話も多少は理解している様子。
「地図を」
領主が声をかけると、執事がすぐに地図を持ってきた。
領主とミニャたちの間にあるローテーブルに、地図が広げられた。
「これはグルコサ地方……つまりこの辺りの地図だ。見ての通り、ここがグルコサで、ミニャンジャ村があるのはこの辺りとなるだろう」
領主はそう言って地図を指で示した。
どうやら大滝よりも上の女神の森もある程度探索されているようで、地図には川の地形が記載されていた。
「ミニャ殿が王国に属さないのなら、ミニャンジャ村は都市国家のような立ち位置となる。となれば、私とミニャ殿は色々なことを取り決めておかなければならない」
「川の水とかですか?」
「その通りだ。他にもお互いに湖のどの辺りまで使うかや、森の幸の取り扱いも決めなければならない」
ミニャはふむふむと頷き、考える。
川の水の扱いについてちゃんと決める意味を賢者たちから学んでいるので、これもきっと喧嘩しちゃうからだろうとミニャは推理した。
「あとは……ミニャンジャ村はグルコサと交易を考えたりしているのかな?」
交易についても賢者たちに習っているので、ミニャは自信を持って返事した。
「したいです! うんとうんと、うんとね。でも、ミニャはこの町の市場にどんな物が売っているかわからないから、それを見てからみんなとミニャンジャ村で作る物を決めたいです!」
ちゃんと言えた喜びからか、語尾と上半身にちょっと達成感が宿っている。しかし、上半身が動き出したのはエネルギーが溜まっている不味い兆候だ。
「ふむ、そういうことなら構わんよ。しかし、交易についてもルールを決めなければならない。なにを売るか決まったのなら、ジールかフェスに一報を入れてほしい。また話し合いの席を持とう」
「わかりました!」
ミニャはふかふかクッションの上でポインと弾みながらお返事した。大変に不味い兆候である。
領主はそんなミニャの状態を見ると、言った。
「難しい話をして少し疲れたな。ミニャ殿、続きは少し休憩をとってからにしよう」
「はい!」
子供にも気を使えるイケメンである。
休憩なので、ミニャはネコ太の両手を持ってお膝の上でズンチャと踊らせる。どこからどう見てもキッズである。
そんなふうに弄ばれるネコ太から、指示が出た。
「領主様。レネイアちゃんたちは退出しても大丈夫ですか?」
居心地が悪そうだから子供たちと合流させてあげようという気遣い。
「ああ、彼女たちの意思は聞けたから構わないよ」
どこからどう見てもキッズだが、そうかと思えばいきなりそんな気遣いをするミニャ。
大人たちの観察は続く。
執事に案内されて、レネイアたちが席を立った。
レネイアたちは「ありがとうございました」と頭を下げて退室した。
これでミニャンジャ村勢はミニャと賢者たちだけとなった。
普通の子供なら仲間が少なくなって不安になるところだが、ミニャには全くそんな様子がなくニコニコだ。賢者たちがそばにいるから全然寂しくない。
そんなミニャに、世間話をするように領主が問うた。
「時にミニャ殿、女神様との出会いを語ることはできるかね?」
「え。うーん、それは……ひみちゅ!」
ミニャは椅子に座りながらクリンとちょっと体を捻った。
先ほどまで礼儀正しくしていたのに、休憩になって集中力が切れ始めている様子。無礼討ちをしそうな領主ではないが、賢者たちのハラハラはマッハ。
ミニャと賢者は女神との出会いを秘密とした。
なぜなら、女神との邂逅の場面には、ミニャの力の秘密が隠されているからだ。
異世界の集合知を持つ賢者を大勢召喚できると知られたら、今後の話し合いがどのようになるか予測がつかない。
多くのフィギュアを動かす場面を見せる時がいずれは来るだろうが、それは仕方ない。しかし、『異世界の賢者を召喚している』という部分はできる限り隠したかった。
ならば出会いを捏造すればいいのかもしれないが、一般的に神との出会いは伝説で語られるべき素晴らしい体験である。それを捏造するのは賢者たちとしてもリスクが高いように感じられた。
少なくともミニャの自衛力が盤石になる時まで、女神との出会いの物語は秘密にすることで決まった。
「でも、女神様のお顔とか声とか、女神の園がどんなところとかは話せる! あっ、話せます!」
ミニャは集中力を復活させ、敬語を使った
領主は「普段通りで良い」というタイプではなかった。
敬語を使おうとする姿勢は子供の成長の兆しである。果たして領主がそういう考えかはわからないが、賢者たちとしてはミニャの成長のためにも都合が良かった。
「ふむ、そうか。私には妻と3人の子供がいるのだが、休憩の間に、女神様について語ってはくれないだろうか」
領主から、そう提案があった。
会談の途中だが願ってもない提案に、生放送を見守る賢者たちの目がキランと光った。
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