4-3 お着替え


 グルコサの町へ降り立ったミニャは、賢者たちの指示でこう言った。


「フェスさん。これから領主様に会うから、ミニャ、服を買いたいな!」


 これは賢者たちとグルコサ側にとって非常に重要なセリフであった。


 賢者たちは、ミニャに恥ずかしい思いをさせたくない。

 金はクーザーの船から慰謝料としてもらったので自分たちで服は買えるが、賢者たちはすでに用意されているのではないかと考えていた。


 一方のグルコサ側にとっては、きっかけもなく「御召し物はこちらでご用意いたします」なんて提案すれば、それはゲストに失礼だ。『そんなみすぼらしい格好で領主と会うのはちょっと……』という意味だし、言いにくいだろう。


 だからミニャにこのセリフを言わせたわけだが、賢者たちの考え通り、グルコサ側は服の用意をしているようだった。


「ミニャ殿の御召し物はこちらでご用意させていただきます」


「ホント? うんとうんと」


 ミニャがネコ太を見ると、『用意してくれるって、良かったね!』と肯定的な意見。これは甘えていいんだとミニャは分析したので、やることはひとつ。


「ありがとうございます!」


 ミニャは元気にお礼を言った。




 お着換えのために宿へ向かうミニャは、現在、馬車の中のひと。

 お膝にはネコ太とくのいちを乗せ、サバイバーたちは座席の隣に立って警護している。

 正面にはジール隊長と文官のフェスが座っていた。


 馬車は他に2台あり、それぞれに子供たちが分かれて乗っている。


「わぁ、お店がたくさんある!」


 ミニャはネコ太とくのいちを両手に持って、窓からお外を眺めた。


「ここら辺にあるのは軍人向けの酒場や飯屋ですな。一般人で賑わっているのは少し離れた通りになります」


 ふむふむとミニャは頷くが、考察するのは賢者たち。


 水軍基地と高級住宅街の入り口と陸軍基地の三つがこの大通りにあるので、連絡用の馬や馬車が頻繁に通るはずだ。そのため、一般人がたくさん買い物に来るような市はここには立たないのだろう。その代わりに、ジール隊長が言うような軍人向けの店が多く見られた。


「ジールさん。ミニャ、あとで市場を見に行ける?」


「市場ですか? 何か入用でしたら、申し付けていただければご用意しますが」


「うんとうんと。ミニャ、自分で見に行きたいなー。ダメ?」


「いえ、ダメということはありません。ですが、護衛はつけさせていただきます」


「はい! ありがとうございます!」


 そんな予定を立てて、ミニャと賢者のワクワクゲージはアップ。


 そうこうしているうちに宿に到着した。

 貴族に用事がある人が泊まるための宿のようで、高級住宅地の入り口付近に建った立派な建物だ。


 ミニャは凄いオーラとか出していない子だが、宿の支配人自らのお出迎え。

 この国は封建制のはずなので、ホストである領主の意向に反すれば町から追放されても不思議じゃない。だからか、よくわからない子供であっても、支配人は決して侮った様子ではなかった。


 客室に案内される。

 滅茶苦茶広くて無駄に豪華ということはなく、シンプルで過ごしやすそうな部屋だ。しかし、シーツや日当たりなど清潔な雰囲気が賢者的には花丸だった。


 そこに着つけ係のメイドが控えていた。おそらく領主館から派遣された人だろう。

『こちらでご用意させていただきます』という割には、すでにミニャの服が用意されている。それどころか子供たちの服もあった。つまり、最初から用意してあったのだろう。

 ミニャの分だけでなく、子供が来る可能性も視野に入れているあたり、ホストは優秀なようだった。


「それではまず、湯あみをいたしましょう」


 メイドに言われて、ミニャは首を傾げた。


「ミニャたち、お風呂に入ってきたよ?」


「え」


 出だしからメイドのペースを乱していくムーブ。

 実際にミニャの髪の毛は毎日梳かれているので艶やかだった。子供たちもスラム育ちとは思えないほど身綺麗にしている。


『ネコ太:ミニャちゃん、せっかくだから入れてもらおうか? 村のお風呂とはちょっと違うかもよ』


「そうかも! じゃあお風呂入ります!」


 メイドはホッとしつつ、ミニャの思考の変化に少し疑問を抱いた様子。賢者のフキダシは、一般人には見えないのだ。


 これからお風呂やお着替えなので、サバイバーたち男性陣はひっそりと女性賢者と交代。選ばれたのは、ルナリー、キキョウ、アヤメ。


 キキョウとアヤメはサバイバーの里の女忍者である。その戦闘力は先輩賢者を越えるが、まだ女神様ショップが使えないので、魔法がレベル1で、かつ異世界人の会話を翻訳に頼っている。このことから、今回の旅での出番は少ない。

 一方、先輩賢者のルナリーは生産属性なので、風呂の情報を得るために派遣された。


 お風呂は全面タイル張りで、浴槽もタイルとなっているが、洗い場とは色が異なっている。浴槽の広さは2人で入れる程度と大きくはない。

 シャワーや蛇口はなく、風呂のお湯は魔法によって用意されているようだった。


 生産スレッドではさっそくお風呂について盛り上がっていた。


【345、ルナリー:映像が見られない男の人のために発見した物をお知らせします】


【346、ビヨンド:頼む。ミニャちゃんが出たら、こっそり風呂の映像も頼むよ】


【347、ルナリー:石鹸は粉石鹸です。メイドさんがお湯に混ぜで泡立てて、泡を手で掬って使用します。どうやら、石鹸の素材はシャボンマッシュというキノコみたいですね】


【348、リッド:粉石鹸ということは、乾燥させて粉砕するのかな。香りは?】


【349、ルナリー:香りはしますが、お湯自体に香りをつけているのではないかと思います。溶く前の粉石鹼の方には特に香りはありませんね】


【350、鍛冶おじさん:水道管はどうなってる? パイプが上に行っているか下に行っているか教えてくれ】


【351、ルナリー:水道管の類はないですね。魔法で水を用意するのだと思います。あるのは排水溝だけです】


 などなど、興味は尽きない。


 本日二度目のお風呂でさらにピカピカになったミニャ。他の子供たちも別のお風呂を使ったようで、順番に戻ってきた。


「ミニャ殿には、こちらの御召し物をご用意いたしました」


 フェスがそう紹介した。


「わぁ、可愛い! ありがとうございます!」


 ミニャのお着替えが始まり、ルナリーが実況を続ける。


【401、ルナリー:服の素材はフォレストスパイダーですね。子供たちの物もそうです】


【402、名無し:フォレストスパイダーって町の人でも買える素材じゃん】


【403、工作王:まあ、あとは職人の腕だろうな。糸紡ぎの段階から厳選して作られると麻や綿だって上質な服になるわけだし】


【404、ルナリー:はい、とても綺麗な服なので、一級品かと思います】


 メイドに手伝ってもらい、ミニャが着替え終わった。

 それと同時に男子たちの生放送も回復し、スレッドでは歓声が上がる。


「わぁ、ミニャちゃん、可愛い!」


「大変お似合いですよ」


「にゃふぅ!」


 マールやフェスから褒められて、ミニャはちょっと顎を上げてお澄まし。気分はお姉さん。


 ミニャは、白いワンピースの上に、若草色のロングベストを羽織った姿である。このロングベストはヘソの辺りから八字型に分かれており、ワンピースの白を引き立てている。

 2つとも見事な刺繍が施されていて、ルナリーが言うように、まさに一級品の風格を漂わせていた。


 他の子供たちは、女の子はチュニックに涼やかなエプロンドレスという服装で、ラッカとビャノはズボンにチュニックとベストという格好だ。いずれも今まで着ていた服とは全然違った上等な服であった。


 やはり上流階級が着るような服を仕立てる職人たちの技術は馬鹿にできない。一部の賢者たちは超えるべき技術力を知り、やる気を漲らせた。




 コスチュームチェンジしたミニャは、再び馬車に乗る。

 先ほどまでのお姉さん気分はどこへやら、さっそく窓の外を眺めて楽しそう。


 馬車は大通りの途中で徐行を始め、左折する。

 町の中にある大門を通ると、高級住宅地に入った。大門には警備兵がおり、厳重な様子だ。


「ちょっとおウチが変わった!」


「この辺りはランクス森守伯しんしゅはくの陪臣など、このグルコサを支える人たちが住んでいる地域ですね」


 フェスが教えてくれた。


「領主様は森守伯様?」


「左様です。女神の森に隣接する貴族の中で一番高い爵位の方です」


 そう説明したフェスはどこか誇らしげな顔だ。

 スレッドでは異世界考察が捗る。


【671、名無し:辺境伯とかじゃないんだな】


【672、名無し:女神様がいる場所を辺境とは言えないんじゃないか?】


【673、名無し:基本的に辺境伯は隣国からの防衛を任された軍人貴族だからな。女神の森に隣接していたランクス家は、魔物からの防衛と神官的な立ち位置が合わさっているんじゃないかな?】


【674、名無し:魔法があって女神様からガチで選ばれた英雄が存在する世界だし、俺たちの概念にない爵位があっても不思議じゃない。面白いな】


【675、名無し:なんにせよ、フェスさんの表情からして国内でもかなりの上級貴族っぽいね】


【676、名無し:ミニャンジャ村がさらに北にできちゃったけど、森守伯ってのは継続するのかな。それによっては恨まれそうじゃない?】


【677、名無し:今のところそういう素振りはないし、大丈夫だと思うけどな】


 高級住宅街は先ほどの大通りに並んでいた建物よりも立派で、どこも小さいながら庭を持ち、自分の家の境界として柵と門で区切っていた。ただ、物語であるような物凄い豪邸はない。


 しかし、そんな中に一軒だけめちゃくちゃ大きな屋敷がある。馬車が門扉を入ったその屋敷こそ、ランクス森守伯邸であった。


「またちょっと変わった!」


 お庭を見るミニャは、すでに目的地に到着していることに気づかない。

 まあ乗り物で運ばれる7歳児なんてそんなものである。見知らぬ風景にキャッキャしていると唐突に乗り物が停まって到着を告げられ、キョトンとするまでが、キッズの旅行。


「ミニャ殿、お疲れさまでした。領主様のお屋敷に到着しました」


 馬車が停まり、フェスからそう告げられ、ミニャはキョトン。これによりミニャのキッズ度合いがQED。


 馬車の扉が開くと、ドアの横で燕尾服を着た紳士が恭しく頭を下げた。

 リアル執事に賢者たちのテンションが爆上がりする中、まずはジール隊長が降りる。

 続いて、フェスがミニャに言葉を残して降りていく。


「それではミニャ殿、私のあとに降りてきてください」


「はーい!」


 外の人たちはここでミニャが降りてくると考えているのだろうが、そこはミニャ陛下と賢者クオリティ。


 まずは再び召喚されたサバイバーとキツネ丸とエンラが馬車から降り、ミニャの安全を確保。

 希少石製の美少女フィギュアはどこに行っても目立ち、ミニャの歓迎のために並んでいたお屋敷のメイドたちが揃って息を呑む音が聞こえた。


 そして、最後にミニャがネコ太とくのいちを胸に抱いて、馬車からピョンと飛び降りる。


「ありがとうございます!」


 ミニャは執事さんにニコパとお礼を言った。

 執事さんは恭しく頭を下げて応えた。


 その時、フェスとジール隊長が頭を下げた。

 周りの雰囲気も少し変わる。


 その原因となった人物がミニャに声をかけた。


「ようこそランクス家へ。女神の使徒ミニャ殿」


 30代中頃の赤髪のイケメン。

 ディアン・ランクス森守伯が自ら、ミニャを出迎えたのだ。


 これには賢者たちの領主に対する好感度はグンッと上がった。チョロイ。

 それを狙ったわけではないだろうが、領主の行動はナイス判断だったと言えよう。


「私はディアン・ランクス。この一帯を納めている森守伯だ。よろしく頼む」


 先制攻撃!

 ミニャは負けじと背筋をピン!


「ミニャはミニャです! 7歳です! 女神様の使徒で、あとあとミニャンジャ村の村長さんです! よろしくお願いします!」


 ミニャは元気にご挨拶。

 しかし、ミニャのターンは止まらない。


「領主様、素敵な服をありがとうございます!」


 ミニャちゃん陛下はお礼が言える系覇王なのである。


 こんなに元気いっぱいにご挨拶されては、さすがの領主も警戒を解くというもの。

 煌めくような微笑のイケメンスマイル。


「気に入ってもらえて何よりだ。さあ、屋敷へ案内しよう。近いとはいえ船に乗って疲れただろう」


「はい! よろしくお願いします!」


 こうして、ミニャは領主館へお邪魔するのだった。

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