4-2 上陸!
「はやーい!」
軍船がグルコサの町へ向けて湖を走る。
船首が切った白波を置き去りにする速度感に、ミニャと子供たちは大はしゃぎ。
右舷は確認が取れた。では、左舷の速度は?
ミニャちゃん博士とその助手たちは左舷に移動して、柵から船の下を見た。
「はやーい!」
一緒の速さ!
「ミニャちゃん、後ろを見に行こう!」
「ハッ!?」
マールに誘われて、ミニャは忙しそうに船尾へ向かった。その後ろをイヌミミ姉妹がわぁーとついていく。
当然、護衛の賢者たちもそれに合わせてシュバシュバと走った。
「ウネブクしとる!」
船の後ろはなにやら右や左とは違う様子。
「ミニャ殿は、高速船は初めてですかな?」
ジール隊長が問う。
「うん、初めて!」
「この船は、風の魔道具の働きで水の中にある特殊な羽根を回して湖を走るのです。ですから、ああして背後に泡が生じるわけですな」
「足をバタバタするのと同じだ!」
「理屈は同じようなものですな」
ミニャはなるほどなーと頷いた。
ミニャは賢者たちがお風呂で泳ぐ姿を見ているので、なんとなく船が進む原理を理解した。
賢者たちは、クーザーの船をバラしたことで、高速船が航行する仕組みについてある程度推測ができていた。高速船は魔法的な力を借りてスクリューを回す船だった。
しかし、一番重要なスクリューを回す動力源が船の大破と共に壊れており、これの復元は知識がない賢者たちには不可能だった。
全体の構造を見た異世界検証委員会の考察では、壊れた部品が生み出した風が筒の中を通ってスクリューを回転させるのではないかと考えていた。ジール隊長は風の魔道具と言ったので、この考えは当たっていたことになる。
ただ、クーザーが遠隔で船を操作していた仕組みだけは、まったくわからなかった。
こういったことから、賢者たちは今回の訪問で、できれば魔道具についての基礎知識を得たいと考えていた。
ミニャンジャ村に科学技術を持ち込むのは時間さえあれば可能だが、できれば魔導の力を使ったこの世界ならではの村にしたいというのが賢者たちの総意なのだ。
「ジールさん。湖には怖い魔物はいるの?」
ミニャが問うた。
「たくさんおりますぞ。群れを作る水狼や雷を操る雷亀。ああいう岸壁の深いところには岸壁に擬態した岩蟹なんかもおりますな。あとはアンデッドもいけない。人や魚のスケルトンが夜になると現れます」
「こわぁ!」
「はっはっはっ! まあ、湖の魔物は自分よりも大きな船には襲い掛かってこないものですよ。本当に怖いのは深いところにいる魔物です。この湖は1000mを越える深さの場所もあるのですが、そういう場所で魔力だけ食って生きているような魔物は総じて強い」
「魔力を食べてる! ドラゴンとかフェンリルとかだ!」
ミニャはピョンとした。
「湖にフェンリルはおりませんが、この湖の主は水龍ですな。こういった魔物が水上に顔を見せる時は、船があろうとなかろうと関係ありません。出たい場所に出て、目障りだと思われたら沈められます。まあ、グルコサやミニャ殿が暮らすあたりにそこまで深い場所はないので関わることはないと思いますが、いずれにせよ、深い場所の魔物には手を出すべきではありませんよ」
「ミニャ、わかった!」
んっ、とミニャは理解を示した。
一方、ミニャの生放送を見ている賢者たちは、ジール隊長の話を楽しく聞いていた。
【250、名無し:水龍見てぇ!】
【251、名無し:水属性に偵察へ行かせようぜ!】
【252、名無し:ミニャちゃんは理解したのにお前らときたら……】
【253、名無し:これが義務教育の限界というヤツか……】
【254、名無し:いいや、これは平和ボケの挑戦だ!】
【255、名無し:平和ボケを自覚しているの草】
【256、名無し:水狼って水の中に狼がいるのかな?】
【257、名無し:毛とかベッチョベチョになりそうだな】
【258、名無し:短毛の狼なのかもしれないぞ】
【259、名無し:そこは海豚みたいに狼とは全然違う生き物なんじゃね?】
【260、名無し:ていうか、この湖って水深1000m以上あるのか。やべえな】
【261、名無し:バイカル湖の最大水深は1700mらしいし、調査してないだけで、この湖は2000m以上あってもおかしくないと思う】
また別のスレッドでは、キツネ丸の生放送から送られてくる人物鑑定のチェックや、くのいちから送られてくる霊視の生放送で霊的なチェックが行なわれていた。
危険な人物からミニャを守るという主題もあるが、地獄っぽい場所があると判明したので自分たちの今後のためにも、二重に重要な任務であった。
【440、名無し:これだけ兵士がいるのに、殺人という罪科を持っているヤツが1人もいないな】
【441、名無し:平和という可能性はないか? もしくは新兵ばかりとか】
【442、名無し:湖賊という存在がいるわけだし、それは無いと思うけどな】
【443、幻魔:やっぱり罪人を斬るのは罪に問われないってことじゃないかな】
【444、クラトス:あるいは、我々が想像するよりも兵士が任務で人を殺す機会がない可能性もある。兵士1人1人が人を斬っているような状態は、さすがに戦争が関わってないとありえないだろう】
【445、名無し:それはそう。戦争がなくて兵士=1キルだとすると、兵士の数<賊の数になるからな。どんな修羅の世界だって話だ】
【446、クラスト:とはいえ、ジール隊長の年齢から考えて1人くらいは斬っているはずだ。幻魔の言う通り、罪人を討伐するのは罪科にならない可能性が高いだろうな】
こちらはかなり真面目に考察している。
これから町へ行くわけで、データはどんどん増えていくはずだ。
ミニャが暮らす森がある大壁よりも南方面に入ると、遠方に漁船が見られ始めた。
お魚を釣ったり、タコツボのような物を引き上げたりしている人たちにミニャは大興奮。
中にはエサを撒いて投網を投げる、小規模な投網漁をしている人もいた。
そういう船では必ず槍を構えている人がいるので、望まない獲物も取れてしまう投網漁は魔物がいる湖においてリスクが高いことが窺えた。
「ジールさん、なんで槍を構えているの? 魔物さんをやっつけてるの?」
そんな考察をするスレッドを読んでいたミニャは、ジールに質問した。
「おっ、さっそくやっとるな」
ミニャと同じ光景を見て、ジールは笑った。
「あれは投網といって、一年のうちで夏だけ行なえる漁です。投網は魚が獲れすぎてしまうので、やれる時期が決まっているわけですな」
どうやら禁漁の時期があるようだ。ジール隊長の口ぶりからして、つい最近に禁漁期間が明けたらしい。もしかしたら今日かもしれない。
「しかし、投網は危険な魔物も引っかけてしまうのです。引き上げた瞬間に魔法で網に穴を空けて、襲い掛かってくるんですよ。だからああして、投網を使う際には盾や槍を構えるわけです」
「こわぁ! 釣りは大丈夫なの?」
「釣りは竿の手ごたえで何が釣れたかわかるものです。素人でもなければそこまで危険はありません」
「なるほどなー」
ミニャは腕組みをした生意気ポーズでうんうん。
「あー、グルコサの町だ!」
「ホントだー!」
やがて見えてきたグルコサの町の外壁を見て、年少組がキャッキャした。
一度は去った町だが、そこはキッズ。特に後ろめたさとかはない様子。
一方、レネイアとシルバラはちょっと後ろめたさがあるようで、子供たちほどはしゃげない。
スノーは外壁の東側を見て、ちょっとホッとしていた。そこはスノーが使っていた壁の外への抜け道で、茂っていた草が刈り取られて、壁が補強した跡が見えたのだ。
「はえー」
そして、ミニャは立派な城壁を見て圧倒されていた。
故郷から町へ運ばれた経験があるものの、幌馬車での移動だったので、外壁などは見たことがなかったのだ。
軍船は東から回り込み、港がある南へ。
「ふぉおお、おっきい!」
港に並ぶ多くの船とそこで働くたくさんの人々。その背景となっているのは、緩やかな斜面に並ぶ家々の屋根。そんな光景が東西に7、8kmは続いている。
この光景に、ミニャは手をブンブン振って大興奮。
都市の内部からしか観測できていない賢者たちも、当然、大騒ぎだ。
賢者たちから見ても、この都市は相当な規模だと思えた。
逆に湖の方へ目を向けると、多くの船が漁に勤しんでいる様子や商船が旅立つ姿が見られる。巨大な帆船が出航する様子は、元村娘なミニャちゃん陛下も現代っ子な賢者たちと一緒になってビシバシ情操教育された。
港には明らかに通常の港ではない区画があった。軍港だ。
ミニャたちを乗せた船はここに入っていく様子。
レネイアが首を傾げ、誰ともなしに呟いた。
「あら? 水軍の船が少ないように思いますが……」
そう、水軍の船は少なかった。
この理由を、領主館を監視している賢者たちは知っていた。
クーザー一味を捕らえたことで、グルコサ水軍は湖賊『水蛇』の根城を白状させていた。
これを王都サーフィアスに報告したところ、調査隊が組織されることになったのだ。偽の情報の可能性が十分にあるため、グルコサからも軍を出さないわけにもいかず、昨日に水軍の半数が出発してしまっていた。
かなり大規模な調査隊だが、それは遮蔽物が多い森へ偵察に行くのとはわけが違うからだ。湖の偵察は高確率で相手からも姿が見られるため、逃げられる前にそのまま討伐戦が開始されるわけである。
こういう理由とパトロールに出ている軍船もあって、軍港区域に停泊している船はほとんどなかった。
そんな港に軍船が丁寧に停泊した。
停泊した場所には馬車と出迎えの人たちが待っていた。
要人用の手すり付きのタラップが設置され、まず降りたのはキツネ丸とエンラ。
2人はタラップの出口でビシッとした姿勢で待機する。元自衛官のエンラは美少女フィギュアに宿っているが、それでもとても様になる立ち姿。一方、一般人のキツネ丸は見様見真似な感じである。
太陽の光で煌めく2体の美少女フィギュアを見て、迎えの人々は息を呑んだ。
『サバイバー:召喚士のセラが来ている。用がないのに賢者の入れ替えは控えてくれ』
サバイバーがフキダシで報告する。
人々の中には、冒険者ギルドに所属しているセラの姿があった。
青髪のスレンダーな女性で、装備などはつけずに一般的な服装をしていた。
賢者たちも森で一度しか見たことのない人物だが、ミニャが特殊な召喚士であると見破る可能性が一番高いのは彼女だろう。
サバイバーたちに守られながらタラップの最後の一歩をピョンとして、ミニャちゃん陛下がグルコサの町に、降☆臨!
そんなミニャに向けて、出迎える者たちはビシッと例の後ろ手の敬礼をした。
先ほども同じポーズをされたが、その時は初めてのお船でテンションが上がって気づかなかった。
しかし、今回は綺麗に整列されてのビシッ!
ミニャは全員が同じポーズを一斉に取る光景を知っていた。なにせ毎日見ているので。
ミニャの脳内子猫たちが腕まくりする。
こんなことをされては受けて立たねばならぬ。
ミニャは本能の赴くままにランドセル1年生の構えから両手の封印を解放し、大気をこねくり回して、ビシッとニャンのポーズ。
その足元で、護衛の賢者たちもニャンとした。
もちろん、サバイバーの師匠であるエンラも付き合う。忍者たるもの、必要とあらば60過ぎても美少女フィギュアに宿り、ニャンとするのである。
真っ向からニャンのポーズを受けて困惑するお出迎え一行。汗を垂らしながらも敬礼を解除しないのはとても訓練されている様子。
「と、とても可愛らしいポーズですね。それはなんですか?」
文官のフェスが助け舟を出した。
「これはねーえ、ミニャンジャ村の敬礼だよ! えっとね、こうやんの。みんなー、今日も一日頑張りましょう!」
ミニャは朝の会の号令と共に、フェスにもビシッ!
その流れるような所作は日頃から鍛えられている証拠。
その恐ろしい誘引力にフェスは思わずニャンのポーズをやりそうになるが、ハッとしてキャンセル。
「そうなのですか。敬礼があるのは凄いですね」
「うん!」
謎に包まれた女神の使徒がいる村。
その名前と独特な文化が、いま、ニャンのポーズをぶちかまして歴史の表舞台に颯爽と姿を現す。
こうしてミニャと賢者たちはグルコサの町へ上陸するのだった。
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