第4章

4-1 行ってきます


 4月25日土曜日。


 本日は町へ行くということで、ミニャと子供たちは朝から大忙し。

 なんと、今日は朝からお風呂に入ってしまったのである!


 朝からさっぱりなミニャと子供たちは、ほえーと腑抜けた様子で髪を梳かしてもらっている。

 そんな状態なので、ミニャたちは気づかない。自分たちの服がアイロンがけされていることに。


 アイロンの歴史は古い。

 日本だと江戸時代から『火のし』という柄杓に似た形の道具が使われていたという。柄杓のなかに炭火を入れて使っていたのだ。


 服のシワは繊維が折れ曲がった状態だ。これを熱や水蒸気によって元の形に戻すのがアイロンである。この理屈を守れば『火のし』のようなものでもシワは伸ばせる。なので、賢者たちにとってアイロンを作るのはそこまで難しくはなかった。


 近衛隊は、ミニャたちの服がシワひとつなくピシッとしていることを教えない。かつて自分の親が、いつの間にか制服のワイシャツを綺麗にしてくれていたように。

 子供を授かると親の気持ちがわかるというが、近衛隊はミニャたちを通して母親の気持ちを理解するのだった。


 さらに。


「あーっ! リュックサックだ!」


 賢者たちが持ってきた物を見て、ミニャがビシッと指さして、その正体を見破った。


 そう、リュックサックである。

 布が足りなかったので旧拠点で織った布を輸送し、新拠点で縫った次第。子供たちの家が完成したので、近いうちに新拠点でも布が作られるようになるだろう。


 ミニャは近衛隊のフキダシを読んで、みんなに言った。


「ふんふん。みんなー、賢者様たちが作ってくれたって! ふんふん。ミニャが呼んだら来てねー。うんと、まずはシルバラちゃん!」


 賢者が作ったが、与えるのはミニャ。

 賢者の手柄はミニャの手柄なのである。


 年長組のシルバラ、レネイア、スノーは普通のリュック。

 年少組のマール、ラッカ、ビャノ、パイン、ルミーはフタが動物の顔になったリュックだ。

 年長組も賢者からすれば十分に子供なので、動物リュックでいいのではないかという意見もあったが、子供たちが随分早く働く世界なので普通のリュックにした。


「ミニャお姉ちゃっ! 賢者しゃま、あいがと!」


 最後に受け取ったルミーが、尻尾を高速で振ってお礼を言った。

 他の子供たちもリュックを背負ってニコニコである。


 自分もネコさんリュックを装備して、ミニャが言う。


「うんと、そのリュックの中に賢者さんを2人ずつ入れるんだって。そうすれば、町へ行っても賢者様が守ってくれるからね」


「「「おー!」」」


「でも、あまり賢者様をお外に出しちゃダメだよ。賢者様はとっても綺麗だから、町の人が見たら自分も欲しいなって思っちゃうからね。ルミーちゃん、パインちゃん、わかった?」


「「はーい!」」


「えっと、ミニャさん。こいつらはおいらがしっかり見ておくよ」


 ニコパとお返事するイヌミミ姉妹を不安に思ったのか、スノーがそう言った。




 さて、本日はこれから町へ行く約束をしている。

 ミニャだけでも用事は終わるのだが、子供たちも一緒に行って、自分の家に残してきた物を持ってきてもらうことになった。

 相手は領主ということもあって、スケジュールの予想が難しい。子供たちもミニャと離れて行動する可能性があった。だから、こうして人形を隠して運ぶためのリュックを用意したわけである。もちろん、普通に荷物を入れてもいい。中の賢者は窮屈かもしれないが。


「行ってきまーす!」


「「「行ってきまーす!」」」


 ミニャたちは留守にする村へ向かってご挨拶し、湖に向けて出発した。

 その周りにはたくさんの石製人形たちがちょこちょことついてくる。


 ミニャたちは、湖までの途中にある女神様の像にご挨拶した。


「これからみんなで町に行ってきます! 無事に帰ってこられるように見守っていてください!」


 ミニャがはきはきとそう言ってお祈りした。

 賢者たちにいろいろな文章を読まされているからか、ちょっとずつ言葉が上手くなり始めていた。


 ミニャの後ろに並んだ子供たちも手を合わせ、足元にうじゃうじゃいる賢者たちも無事に帰ってくるよう真剣にお祈りした。

 この場にいる者だけではない。パソコンやウインドウで生放送を見ている賢者たちも、女神様に向かってお祈りをする。何百人という賢者たちの真剣なお祈りだ。


 特にイベントが起こるわけでもないが、いるとわかっている女神様へのお祈りはなんだか本当にご利益がありそうな気分。

 清々しい気分になって、一行は改めて湖へ向かう。


 湖は夏の日差しにキラキラと輝き、少し高いところにあるというのもあって、気持ちのいい風が吹いていた。


 ここ数日で崖はさらに整備されていた。今までは崖をなぞるように降りる階段だったが、崖を深く掘削して安全性を高めている。

 さらに、崖下にも小さいが桟橋が設置されていた。贈り物を貰うことが確定しているため、さすがに浜辺では荷下ろしが不便だからだ。


『ネコ太:さっき町からお迎えの船が出たって連絡があったから、あと10分くらいで来ると思うよ。日陰で待ってようね』


「わかった!」


 そうして日陰で待つことに。


『クロエ:ひぇえええ、バッタでかぁ!』


『ホクト:ま、マールちゃん、ポケットに入れちゃダメ!』


『ジャパンツ:ちょまっ、ルミーちゃん、いらないいらない! 無理無理!』


『クライブ:おい、ジャパンツ。ルミーちゃんがくれるのに拒否すんなよ』


『ジャパンツ:じゃあ、お前が受け取れよ!?』


 ミニャと年少組が無邪気にバッタを捕まえ、虫耐性を思い出の中に忘れてきた賢者たちはクソでかバッタにビビり散らかす。


「ぴゃぁああああ!」


 パインが悲鳴を上げた。

 どしたどしたとミニャたちが集まると、パインはバッタに指を挟まれていた。パインのちっちゃい指よりも大きなバッタであった。


「指切りバッタだ!」


 ミニャがズビシッと指さす。


『ジャパンツ:野郎! 闇属性、出番だぞ!』


『ヨシュア:任せて!』


 可愛い子供に危害を加えられたら黙っておかない賢者たち。袖をまくる勢いで闇属性の賢者たちが飛び出すが、その前にミニャが解決した。


「無理に取ろうとすると首が取れちゃうから、こうやって手を前に出して」


「きゅーん……」


 突き出されたパインの手には、指切りバッタが足を絡めてガッシリ掴まっていた。その光景だけで、虫耐性を失った賢者たちは足をガクガクさせた。


 ミニャは指切りバッタのそばで、ちっちゃい手をパンッと鳴らす。それを数回繰り返すと、指切りバッタはポテンと気絶したように指から離れた。


『『『賢者一同:ミニャちゃんすげぇーっ!』』』


「んふぅ! 指切りバッタはこうやると取れるんだよ!」


 ミニャはドヤッとした。

 田舎の子供は時として都会の大人では知らないような自然の知識を持っていることがある。ミニャもそんな知識を持つ子供だった。


 パインのプニプニな指からは血が出ていた。

 これには妹のルミーと一緒に尻尾を股の下に丸めて、きゅーん。

 すぐさま賢者に治療してもらい、完全回復。パインは噛まないバッタを再び捕まえ始めた。


 たったの10分で濃厚な遊びをする子供たち。

 と、そこでシルバラが湖を指さして言った。


「来た! みんな来ましたよ!」


 ミニャたちは一瞬にしてバッタから興味を失い、お船を見にいった。


 海沿いに住む子供がお船に手を振って遊ぶように、ルミーがピョンピョンして手を振ったことを皮切りに、子供たちの熱烈な歓迎が始まった。マールのポケットからバッタが逃亡しているが、子供たちはそれどころじゃない。


「おーい! あははは、おーい!」


「あーっ、こっちきたー!」


 すでになんで手を振っているのかわかっていない様子。乗り物に手を振っちゃうキッズなんてそんなものだ。


 桟橋はあるものの、軍船から降ろされた小舟で桟橋までやってきた。水属性の賢者は水の中で活動できる魔法を得たので湖底の調査もされて安全なのはわかっているが、相手はそれがわからないのだ。


「いま降りるから待っててくださーい!」


「承知しました!」


 ミニャが言うと、桟橋までやってきたジール隊長が手を振った。

 ジール隊長はミニャと最初にコンタクトを取った町の警備隊長であり、そのあとにも話し合いの席に同席している。

 ジール隊長の隣にはやはり前回の話し合いにやってきていた文官のフェスという女性もいた。


「それじゃあみんな、行ってきます!」


 ミニャが小声で元気に言うと、子供たちも同じようにこしょこしょと元気に賢者たちへ出発のご挨拶。

 石製人形に宿る賢者たちはここでお別れなのだ。


 ここからは、碧玉フィギュアに宿った5人の賢者たちが表に立って同行する。

 メンバーは、サバイバー、ネコ太、くのいち、キツネ丸、エンラ。


 サバイバーとネコ太はいつもの護衛セット。

 くのいちは、闇属性レベル2の影潜り要員として。

 キツネ丸は、火属性なので人物鑑定係。

 エンラだけは新人賢者だが、サバイバーの知り合いかつ元自衛官ということもあり、抜擢された。護衛の腕前は非常に高い。


 他にも裏方として、子供たちのリュックに入っている2体のフィギュアの内の1体に賢者たちが宿っている。こちらは覇王鈴木たちが担当。


 万が一の際には、ミニャが持つ特殊な魔法『人形倉庫』に入れた600体のフィギュアが一気に展開されることとなる。

 フィギュアは現在680体あるが、表に出ている21体を引いた残りの59体は村でお仕事だ。主に人形製作に割り当てられている。


 そんな布陣でいざ人里へ。




 ミニャたちは安全性が高められた階段を下った。


 魔法が飛んでくるとか、そういう敵対行動は特にない。

 領主の館に忍びこませた監視隊によって領主のスタンスは事前にわかっているので、このあたりはあまり心配していなかった。


「ジールさん、フェスさん、こんにちは! 今日はよろしくお願いします!」


 ミニャが元気にご挨拶。

 スレッドでは『ご挨拶できてえらい!』といった文言が乱舞する。


「はい。こちらこそ本日はよろしくお願いします」


 フェスがニコリと微笑んだ。


「えっと、町でお買い物したり、お家から荷物を持ってきたりしたいから、みんなも連れていってほしいです。いいですか?」


「お願いしまっ!」


「おねないにゃしゅ!」


 ミニャの左右には、尻尾をブンブンさせてキラキラした目で見上げるイヌミミ姉妹。3人ともがリュックの紐に両手をかけたランドセル1年生の構え。その姿はあまりにも破壊力が高い。

 その後ろには双子の兄弟やマールもおり、瞳の煌めき具合は遠足の観光バスを見上げる小学生のそれに酷似している。


 これに拒否などできようか。フェスはニコリと微笑んで、同行を許可した。


「ジールさん、この下は岩とかないから、あのお船が入ってきても大丈夫だよ」


「左様ですか。では、船をつけさせていただきます」


 ミニャに言われ、隊長は船に向かって指示を出す。

 船は桟橋の突き当たりにつけられた。


 板のタラップが桟橋に架けられ、運動神経抜群のミニャは危なげなく乗船。他の子供は年長組に後ろについてもらいながら乗船した。


「よろしくお願いします!」


 乗船したミニャは、船員さんたちへ向かって元気にご挨拶。


 一方の船員たちは、伝説の女神の使徒と、その使徒が従える碧玉や石英製の美麗な5体の人形たちに興味津々の様子だ。


 兵士たちには領主から上級貴族の待遇で接するように通達があった。その指示は賢者たちも知っていた。

 だからか、好奇の視線こそ向けられるがミニャを子供として侮らず、ビシッと敬礼を以てして迎えられた。敬礼は、肘を大きく曲げて後ろで組むおかしな敬礼だった。


 賢者たちは町での調査の中で何回か敬礼をしている兵士を見てきたが、胸に手を置く敬礼しか見ていない。


【450、竜胆:たぶん、これが上級貴族や他国の要人に対する敬礼なのだろうね】


【451、名無し:普通、武装していないことを見せるように振舞わないか?】


【452、竜胆:魔法がある世界だから、要人に対しては体の前面に手を出さないのではないかな。クーザーのような使い手なら、額や胸に手を添えるような敬礼は魔法を最速で繰り出す構えになってしまうわけだし】


【453、名無し:あー、必殺の構えをする兵士の前を練り歩くのは嫌だな】


 国が変われば敬礼の仕方も変わる。ネコミミ帝国の敬礼がニャンのように。

 さっそく受けた異文化交流に、賢者たちの知的好奇心がビシバシ刺激された。


 ミニャは初めのお船にニッコニコ。

 子供たちもレネイアとシルバラ以外は船に乗ったことがないらしく、楽しげだ。もちろん、誘拐された時は船室に閉じ込められていたのでノーカウント。


 こうして、ミニャのお隣の町へのプチ旅行が始まった。

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