3-23 心理的瑕疵物件 3
『あ、あぁ、光が……ありがとう、ありがとう、ヤバそうなデブの人……』
『温かい……ありがとう、オタクの人……親父、おふくろ、ごめんなぁ……』
『やっと解放されるのね……あぁ、頭がおかしい人、ありがとう……』
ロリエールに感謝の言葉を告げて消えていく幽霊たち。
それはとても神秘的な光景だったのだけれど。
「全っ然、しんみりできねえよ……っ!?」
全ての霊が口にする一言余計な感謝に、闇の福音がツッコミを入れた。
どうやらロリエールの推測は正しかったようで、彼らは思ったことを言ってしまうようだった。当然、プイキュアの仮面にネコミミというヤバイ姿のロリエールを見て、幽霊たちは率直な感想を口にしてしまっていた。
しかし、侮辱されまくるロリエールの活躍のおかげで部屋の中の幽霊はだいぶ減っていた。そして、これまで成仏させた幽霊から聞いた話によって、いくつかわかったことがあった。
「まとめると、この部屋にあるのは8年前に起こった無理心中の怨念のようだな」
「マジで勘弁してほしいでござる」
髑髏丸のまとめに、闇の福音はげんなりした。
賢者たちからもこの家で起こったと思しき事件は調べられ、それによると。
子連れの女性の再婚した相手が非常に思い込みの激しいネガティブ思考の持ち主で、次第に暴力によって女性を束縛するようになった。
最後には、ネットの匿名掲示板で見かけた夫の悪口と離婚相談を妻が書いたと思い込み、妻と義理の息子を殺し、自らも自殺したということだった。
この無理心中以降、この部屋で暮らした数人が亡くなってしまったようだった。もちろん、霊障など非現実的な話はニュース記事にはなっていないが、幽霊たちから聞いた話を総合すると、再婚相手である父親が悪霊となり、この家に住んだ人間を引きずり込んでいるということだった。
また、窓に集まっている幽霊は、この家の怨念に引き寄せられた浮遊霊らしい。
【612、名無し:こんなことって本当にあるんだな】
【613、名無し:つーか、マジでよくそんな家で1年間も過ごしたな】
【614、名無し:闇の福音は女神様に選ばれた300人の1人だし、呪いに対する耐性が強かったんじゃないか?】
スレッドでも地球の裏の姿に驚きを隠せない賢者が多数。
同時に、これは地球での活動において強力な武器になると、ニーテストやネコ忍部隊は目をキュピンと光らせる。
「ハト、全員の健康状態は?」
髑髏丸が平和バトに尋ねた。
先ほどから平和バトは、小まめに健康鑑定を使って全員をチェックしているのだ。
「えっと、ヤミ兄ちゃんも含めて、特に変わりありません。あっ、でも、ロリエールさんはそろそろ魔法を使わない方が良いかと思います。空腹状態になっています」
「結構な数を昇天させたからな。だそうだぞ、ロリエール」
「ハト殿、髑髏丸殿。もう一息ですからやらせてください」
ロリエールはそう言って残りの幽霊を見た。
「じゃあとりあえず、俺らが残りを調べている間にこれでも食えよ」
「これはありがとうございます」
「配信に映るからハトの背後で食えよ。あー、あと冷蔵庫の中の物も飲んでいいぞ」
闇の福音からバナナと総菜パンを貰い、ロリエールは小休止。
その間に3人は霊の調査を再開した。
残っている幽霊は3人。
部屋の中をグルグル回っている女と、押し入れの中でカリカリと天井を引っ掻いている子供、そして、今現在もブツブツと呪詛を吐き続けているダンボールに埋まった顔。
子供と顔はふすまの押し入れの左と右にいるため、ふすまは外されていた。
子供の方がいる場所には布団があるので、それも出されて、今でははっきり見えていた。
幽霊からの聞き込みによれば、この3人こそがこの部屋にまつわる悲劇の始まりだった。
「この顔が全ての元凶らしいな。だが、コイツは最後だ。まずはこの子供から解放するぞ」
「了解。死者の声」
闇の福音が魔法をかけると、押し入れの天井をカリカリと引っ掻いている子供がブツブツと言った。
『開かないよぅ、開かないよぅ、開かないよぅ——』
「あ、あー、可哀そうな感じか……いや、そりゃそうか」
がっくりと肩を落とす闇の福音の言葉が聞こえたようで、子供が引っ掻くの止めた。
『あ……誰?』
「俺は、俺たちは君を助けに来た、そうだなぁ、仮面のヒーローだ」
闇の福音がそう言うと、子供は無表情の顔を少しだけ綻ばせた。
「さあ、もう大丈夫だ。出て来いよ」
『お母さんがここから出てきちゃダメだって』
「なんで?」
『お父さんが怖いから』
子供はそう言うと、また天井をカリカリと引っ掻いた。
「なんでそこを引っ掻くんだ?」
『お母さんから買ってもらった火炎ライダーをここに隠したの。新しいお父さん、火炎ライダーのレッカが嫌いなの。お母さんと僕がカッコイイって言ったから、一度、捨てられちゃったの。だからここに隠しておいたの』
【631、名無し:火炎ライダーの業炎烈火を演じた俳優は女性ファンも多いし、子供からもかなり人気があったな。確かに若いのにいい演技してた】
【632、名無し:懐かしいな。もう9年前か】
【633、名無し:そんなことで子供のオモチャを捨てるって最低のクズだな】
【634、名無し:奥さんがカッコイイって騒いで面白くないって思う気持ちはわかるが、子供の人形を捨てるのはダメだろ】
『でも開かないの。開かないなぁ……開かないなぁ……』
子供は天井をカリカリと引っ掻いた。
闇の福音は1年前からこの音を聞いていた。きっとずっと前からこうやって天井を開けようと引っ掻き続けてきたのだろう。
「そうか。どれ、見せてみろ」
闇の福音は押し入れの上段に乗り、子供が引っ掻く場所を押し開けた。
そこは屋根裏に繋がっていた。
闇の福音は一度、ここを調べたことがあった。あまりにも変な音がするので、ネズミがいると思ったのだ。この屋根裏は隣の部屋に行けないように仕切られているのだが、特に何もいなかったし、ケーブル類がある程度で怪しい物もなかった。
『開かないなぁ……開かないなぁ……』
子供は天板が開いたのに、ずっと何もないところを引っ掻き続ける。
「闇の。幽霊にはわからないのだろう。教えてやれ」
髑髏丸に言われて、闇の福音は頷いた。
「よう。よく見てみろ。もう天板は開いたぞ」
『え……開いた!』
子供は天板が開いたことを認識したようで、大慌てで上半身を屋根裏へ入れた。すると、すぐに炎を纏った特撮ヒーローの人形を持って出てきた。その人形もまた霊体のようで薄く透けていた。
「見つかって良かったな」
『うん』
子供は大切そうに人形を抱えるが、押し入れの外には出てこなかった。『ここから出てはいけない』という母親の言葉を守り続けているのだ。
「闇の。まずはこっちらしいな」
「そうなるか」
闇の福音は押し入れから出ると、部屋の中でグルグル歩いている女に死者の声をかけた。
『あー……逃げなくちゃ……どこに……お金が……サトシ……あー……なんであんな人に……サトシ……隠さなくちゃ……あー……また殴られる……パパ、ママ……あー……誰か助け……あー……』
女は背骨が折れるほど仰け反りながら、ガクガクと歩いて、そんなことを呟き続ける。
あまりに薄幸そうなその呟きを聞いて、4人は押し黙った。
まだ子供の平和バトにはきつかったようで、キツネ面を上げて涙を拭う。生放送が乱れるが、それを咎める賢者はいなかった。
食事を終えたロリエールが前に出た。
「私の声が聞こえますかな?」
母親は仰け反ったままの姿勢で、声をかけたロリエールを見た。
『へ、変態だ……た、大変……さ、サトシ……どこ……サトシ……』
「あなたの息子さんはあそこにいます。あなたの迎えをずっと待っていますぞ」
『え……あ……』
『お母さん』
『さ、サトシ!』
母子の視線が交わった瞬間、母親の霊体に変化が起こった。
仰け反っていた体が元に戻り、生前の姿に変わったのだ。
押し入れの中で手を広げる息子と、おぼつかない足取りで近寄る母親。
『あぁああああ、お前らは俺の言うことを聞いていればいいんだ!』
そんな2人の間に、ダンボールに埋まっていた顔の悪霊が首を伸ばして割り込んだ。
その時であった。
息子の腕の中から透明な火炎ライダーが飛び出し、悪霊の顔面を殴りつけた。
それは大したダメージになっていなかったが、悪霊を怯ませ、闇の福音の加勢を間に合わせた。
「いい加減にしやがれ、悪霊が!」
闇の福音が闇色の棒で悪霊の頭部をぶっ叩いた。
『ぎゃああああああ、痛い痛い痛い痛い……! なんで俺がなんで俺が!?』
まるで亀のように首が縮み、再び悪霊はダンボールに埋まる。
「てめえの相手はこの後してやる。黙って見ていろ!」
闇の福音はダンボールに戻った悪霊の顔に闇の武器を突きつけ、怒鳴りつけた。
もう邪魔する者がいない母親は、息子を押し入れから出して抱きしめた。
「火炎ライダー、素晴らしい忠義だ。彼岸花も褒めているぞ。さあ、お前も一緒に旅立て」
髑髏丸がそう言うと、空中に浮かんだ火炎ライダーは抱き合う母子の間に迎え入れられた。
「ロリエール」
闇の福音の言葉に、ロリエールは深く頷いた。
「あなた方には悲しい不幸がありました。せめて、これから行く場所では幸せになれるようにお祈りします。レクイエム」
ロリエールの祈りと共に、2人の体が光に包まれた。
『あぁ……温かい……サトシ……』
『お母さん! お母さん……っ!』
2人は光の柱に溶けて天井へ、空へと消えていく。
『ありがとう……優しい人たち……』
『ありがとう……ヒーローのお兄ちゃん……』
死者の心からの感謝が4人に贈られた。
『待てぇ! 待ってぇ! 俺を置いていくなぁ!』
しんみりとする4人の耳を、そんな慟哭がかき乱す。
『あぁああああ、待ってぇええええ!』
ふわりと光の中に消えていく母子に向かって、悪霊が首をがむしゃらに伸ばす。
その悪意の波動は、昨日ふすまを叩いたような物理現象を引き起こした。
ドガァ、とダンボールが押し入れから砲弾のように飛んできたのだ。
「ぐぅ!?」「彼岸花!」
すぐ近くにいた闇の福音が直撃を喰らって弾き飛ばされ、髑髏丸は彼岸花を庇ったためにおかしな体勢で床に倒れ込んだ。
「ヤミ兄ちゃん、髑髏丸さん!?」
「ら、ライトシールド!」
ダンボールに入った大量の本が部屋中にばらまかれる中、平和バトが慌てて駆け寄り、2人に回復魔法をかけた。
平和バトを守るようにロリエールが光の盾で守るが、悪霊からの攻撃はそれ以上こなかった。
「いってぇ……。助かったぜ、ハト」
「凄いものだな、回復魔法というのは。ありがとう」
「てへへ!」
「3人とも、注意してください!」
ロリエールの鋭い声に、3人はハッとした。
そして、ダンボールを吐き出した押し入れの中の様子に目を見開いた。
そこにいたのは、暗黒の渦から伸びる鎖に体を雁字搦めにされた悪霊の姿だった。ダンボールに隠れて見えなかっただけで、コイツは顔だけの悪霊ではなかったのだ。
『待ってぇ! あぁあああ、置いていかないでぇ!』
悪霊は鎖の拘束に足掻きながら吠え続ける。暗黒の眼窩は母子が消えた場所へ必死に首を伸ばそうとするばかりで、4人には目もくれない。
闇色の渦と闇色の鎖、そして、それらに拘束された悪霊、その様子を見た4人は全てを理解した。コイツがなぜ天に昇るはずだった他の霊をこの部屋に縛っていたのかを。
「あなたは……あなたは……っ」
ロリエールはそんな悪霊へレクイエムをかけようとするが、悪霊の罪を赦す心が自分にないことに気づいて続く言葉が出なかった。
それでも必死に悪霊の気持ちを理解しようとするロリエールの肩に黒い手袋が力強く乗り、闇の福音がスッと前へ出た。
「てめえが逝くのはあっちじゃねえ……」
闇の福音はこの時になって、ビリビリと予感していた。
霊に関わる魔法が揃っているのに、なぜ除霊の魔法は光属性にあって闇属性にはないのか。その考えは、きっと間違っていたのだ。
レクイエムは慈悲の心がなければ発動しない。これはゴブリンの後始末の際に、竜胆が体験していた。ちゃんと死者を送る気持ちを持たなければ発動しないのである。
では、慈悲の言葉が思いつかないほどの許されざる悪霊は?
人の道理を守り、真面目に生きてきた被害者やその家族の悲しみと怒りは?
光と対極の宿命を背負った闇の福音は、真っ黒な手袋を嵌めた手をかざす。その心にこの部屋で幸せを掴みたかった人々の無念を宿らせて、道化の仮面の向こう側で黒い瞳を光らせる。
「あの世で罪を償え」
願いを叶えるための属性と魔力がその言葉に反応する。
その瞬間、悪霊を絡める鎖が数を増し、闇の渦の中へ一気に引きずり込んだ。
『ひぁああああああああ!? 嫌だぁああああ!』
断末魔の声が遠ざかり、闇の渦が音もなく閉じていく。
あとには静寂と、ダンボールからまろび出た大量の薄い本が床に残るばかり。
【739、名無し:しんみりさせろや】
【740、名無し:最後くらい決めてくれよ】
【741、ネムネム:あたしが描いた薄い本がある( ;∀;)マジでやめて】
【742、名無し:VS悪霊 フィールド・薄い本の平原】
闇の福音の評価はシーソーゲーム。
「「「「献杯」」」」
18時少し過ぎ。
約束通り、闇の福音は3人に焼き肉を奢っていた。ただし、焼き肉屋を奢るとは言っていない。おウチ焼肉である。
平和バトが中学生だったというのも理由の一つで、家の中でオフ会をすることで職質の確率を減らしたかった。
スーパーで買ってきた肉が1万円分に、サラダ、白米、ふりかけ多数。ふりかけをたくさん用意しているあたりが小賢しい。
とはいえ、スーパーのお肉1万円分は結構な量だ。それだけ闇の福音は感謝していた。
「それにしても地獄があるとはなー」
「そのことだが、異世界では光と闇属性はかなりレアな可能性が出てきたぞ」
お肉を焼きながらの闇の福音の言葉に、髑髏丸がそう告げた。
「なんで?」
「あの闇の渦や鎖が周知されているのなら、異世界人が悪の道に入る確率がそもそも減るだろう。それなのに人攫いをする湖賊などという存在が悪びれもなくいる。ということは、地獄を信じていない人間がいるということだ。つまり、異世界には霊視が使える存在が少ないか、いないのだろう」
「言われてみれば、たしかにそうですね。あれを知っていて悪いことをし続けるのは無理だと思います」
平和バトは特製タレを作りながら、ふんふんと頷いた。
「ミニャちゃんは女神様の使徒です。となれば、我々の魔法はどこかで女神様の力が関わっている可能性もありますぞ。ですから、光と闇がレアなのではなく、我々の魔法が全体的にレアな可能性もあるのでは?」
ロリエールの意見はそういうものだった。
「それもあるな。あるいは、地球と異世界では死後の扱いが違うのか」
「異世界人の死生観を聞ければいいんですが、ミニャちゃんたちはみんな親を亡くしている子ですし、なかなか聞きにくいですね」
「ハトの言う通りだな。まあおいおいだな」
「あっ、ハト、これもういいぞ。どんどん食え」
「いただきます!」
平和バトは年下なのでとても可愛がられていた。
闇の福音もお肉をモグモグしつつ、ロリエールに問う。
「ゴブリンはレクイエムで昇天したよな? アイツらは地獄行きじゃなかったのかな?」
「私の考えですが、レクイエムやセイントファイアは、あくまでも成仏させるだけのものなのではないかと思いますぞ。死後の裁定は別ということです」
「なるほどねぇ。俺の葬送魔法は『冥裁』だっけか? あれは直通なのかな」
「あの闇の渦はいかにも地獄に通じてそうですな。悪霊も決して行きたくなかったようですし」
■賢者メモ 闇属性■
『冥裁』
・闇属性レベル1から使える葬送の魔法。
・この魔法は冥府の鎖に絡めとられた悪霊にしか効果がない。使用するには冥府の鎖が見えなければならない。
・レクイエムが死者への慈悲で発動するように、冥裁は被害者への同情がなければ発動しないと思われる。ただし、これは要検証。
■・■・■・■
「ロリエールは、アイツにも慈悲をかけるべきだったと思うか?」
「彼の過去を全て知ればあるいは同情の余地はあったかもしれませんが、それを調べるのは難しいことですぞ。だから、この部屋で行なわれたことだけで我々は判断しました。これから我々はああいった悪霊を退治する機会があるかもしれませんが、第三者である我々にできるのはその程度ですし、それでいいと思いますぞ」
「まあ、そうだよな」
例えば、今回の悪霊のために過去の新聞を調べ、故郷を訪問し、昔の友人に会い、そこまですれば悪霊にも悲しい過去があったと突き止められるかもしれない。
しかし、悪霊に会うたびにそれをやるのは非常に難しい。下手をすれば、そんなことをしている間に新しい被害者が出る。
賢者たちができるのは、精々、その場で被害者の幽霊から話を聞いて、その無念を晴らすことだけだ。
「しかし、俺たちが知ったこの世の理は結構厄介だな」
「どういうことですか?」
平和バトがお肉をモグモグしながら、首を傾げた。
「冥府あるいは地獄という存在があるのを知ったのは俺たちだけだ。一方、この世の人間の大半は冥府や地獄なんて信じていない。これがどういうことかわかるか?」
髑髏丸の質問に、大人な2人はすぐに答えがわかったが、平和バトはいまいちピンとこない。
「この先、俺たちが狙われる事態になった際、悪党は外道な手段を使って俺たちを追いつめることができるが、俺たちは正当防衛でどこまでやっていいかわからないんだ。心理的にこんなに不利なことはない」
「……あの、場合によっては、こ、殺し合いもあり得ると思っていますか?」
「残念ながらあり得るだろうな。特に回復魔法は人類にとって魅力的すぎる」
「そうですか……」
「ハト、お前はたぶん優しい子だろう。殺し合いをしたくないのなら、誰よりも強くならないとダメだぞ。殺しなどというものは選択肢のひとつに過ぎない。無力化するという迂遠な選択肢を取りたいのなら、相手よりもずっと強くなければならない。まあ、人前ではあまり回復魔法を使わないのがベターだろうな」
髑髏丸の言葉に、平和バトはゴクリと喉を鳴らした。
「強くなるために、いっぱい食え」
「は、はい」
やっぱり可愛がられる中学生。
と、4人が同時に頬を緩めた。
第三者が見たら、真面目な話をしていたこの場面で何故笑ったのかさっぱりだろうが、賢者ならば理解できた。ウインドウに表示された生放送で、ミニャがお魚音頭を踊り始めたのだ。
「やはりミニャちゃんは偉大ですな。私たちの深刻な悩みも吹き飛ばしてしまいましたぞ」
ロリエールがニコニコしながら言う。
「俺らのことも大切だが、とにもかくにもミニャちゃんか……」
闇の福音はそう言ってハラミを頬張った。
賢者同士が集まれば話は尽きないが、賢者だからこそ用事がある。
クエストだ。
特にロリエールは生活の大部分をミニャに捧げているところがあった。
闇の福音もダラダラと引き留めるのは悪いと思って、焼き肉を食べ終わって15分ほど休憩すると、帰宅となった。中学生を夜遅くまで連れ回すわけにもいかないというも理由にある。
玄関でバイバイはさすがに薄情なので、闇の福音は駅まで3人をお見送りに。
その際に、髑髏丸から霊視を使ってほしいというお願いがされた。
「よく怖くねえな。まあお前はそういうヤツか」
陰鬱な瞳をした人形を持っているし。
「地球の霊を調査するのは、この先、必要なことだからな」
「まあそうだけど」
「今日の定例会議で提案すると思うが、日本各地に散らばっている闇と光の賢者たちにも外に行くついでに幽霊ウォッチを協力してもらうことになるだろう」
「やりたくねぇー」
「霊感商売は金になるし、求心力にもなる。お前らが使える霊視や死者の声はチート魔法だ。救われない霊をお前らが救う姿を見てもらうことで信者が増えれば、それだけ俺たちに手を出すヤツは減っていく。地獄の存在が周知されたら盤石だが……まあそれは難しいかもしれないな」
「難しい話だな。それで、町の幽霊はどうなんだ?」
「そこそこいる。それよりも闇の鎖を生前から足に巻き付けているヤツがチラホラいるな」
「それって悪い人ってことですよね?」
平和バトが尋ねた。
「まあそうだろうな。なんにせよ、闇の鎖の調査は重要な課題だろう。正当防衛で人を殺した場合はどうなるか、あるいは医師や警察官など職業として人を殺してしまったら? 戦争を体験した老人はどうなのか、交通事故の加害者は? 殺しに限らず、もっと細かな悪事は? 仲間や自分を守るためにも、俺たちが知るべきことは多い」
そんな話をしていると、あっという間に改札に着いた。
やはり4人……というよりロリエールと髑髏丸は目立つが、疲れて帰宅する人々の興味を引くほどではない。
「それじゃあハト。またな!」
「はい。ヤミ兄ちゃん、また! 焼肉ご馳走様でした!」
「可愛いなお前!」
「てへへ! お二人と彼岸花ちゃんもまた! あっ、あとキツネのお面、ありがとうございます!」
「気にするな。またな」
「気をつけて帰るんですぞ」
そんなやりとりをして、平和バトが改札を越えてホームへ降りていった。
お土産のキツネ面は背負っているリュックサックへ入れて。
ロリエールと髑髏丸は電車を一本分、別にさせた。
さすがに自分と別れた後に電車内の私服警官に職質されたりしたら闇の福音としても寝覚めが悪いので、平和バトだけ先に帰らせた次第。
「今日は本当に助かった。ありがとう」
「俺は野次馬を楽しんだだけだ。彼岸花も満足しているそうだぞ」
「おう、そうか」
「約束の報酬は頂きましたからな。またスレッドか、あっちで会いましょうぞ」
「そうだな。じゃあ気をつけてな」
別れの言葉を告げ、髑髏丸とロリエールも改札の向こうに去っていった。
どんな奴らが来るかと思ったが、良い奴らだったな。
闇の福音はそう思いながら、その場を立ち去った。
駅前の明るい道を歩き、ふと霊視を使ってみたくなったが、今日から元幽霊アパートで過ごすことを考えてやめておいた。
空に浮かぶ月を見上げ、髑髏丸の言葉を思い出す。
「異世界で何も考えずにニコパするだけではいられないか。これが力を得てしまった者の宿命か……」
闇の福音は中二病だった。
しかし、言っていることは割と的を射ている。
こうして、除霊オフ会は賢者たちの友情を深め、闇の福音が危惧していた平和バト関連の職質はなく、大成功で終わるのだった。
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