3-19 スカウト2 後編


 琴式一家のスカウトに成功したニーテストたち。

 ところ変わって自治会館。

 畳敷きの室内に、招集をかけられた村人たちが続々と集まってきた。


 65歳以上の人がほとんどで、若者はサバイバーと桔梗だけ。

 30代から50代の、つまり息子や娘世代は一組もいなかった。サバイバー曰く、そのくらいの年代はみんな里から出て働いているらしい。

 限界集落という言葉がネコ太やニーテストの脳裏に過った。


 武術家や猟師が多いだけあって村人はまだまだ壮健な人が多い。しかし、先ほどエン爺さんが言っていたように寄る年波には勝てずによぼよぼの人も複数人はいた。


「あれよー。どうしたね、アヤメちゃん。ついこの前まで腰を痛めたって言ってたでしょー」


「良い先生に巡り合ったんよぉ」


「はえー。ワタシも行ってみようかねぇ。どこの先生なの?」


「あれぇ、アンタ、昨日会った時とは別人みたいに若く見えるねぇ? そんなだったかしら?」


「これも先生のおかげなんよぉ」


「「「はえー!」」」


 集会が始まる前、そんなふうに、アヤメお婆ちゃんが他のお婆ちゃんたちの話題の中心になった。


 実際に、お婆ちゃんはこの数時間で、時間を追うごとに若々しくなっていった。回復魔法で癒えた体と、自分もまだまだやれるという精神が重なり始めているのだろう。


「新都殿。いま入ってきたのは八菱グループの中枢にまで入り込んだ男だ。隣にいる紺のジャケットのジジイはひとつ前の警視総監を育てた。あっちの3人は里のネット屋だ。電気回り、ネット回りの相談はあの3人にすれば大体解決する。この場にはいないが、我らはカスミ製薬なら話をすぐに通せる。異世界の薬草などの売り先候補に考えておくといい」


「な、なるほど」


 エン爺さんからそんなことを聞かされるのはニーテストだ。

 サバイバーが笑って説明する。


「爺さんたちの世代は親や祖父母から二度の世界大戦の話を聞かされて育ったんだよ。だから、忍びの技が現代社会……バブルの少し前くらいかな、そのくらいの時代にどこまで通じるか試したかったんだ。だから、経歴が凄い人が多い」


「いや、ワシらが特別というわけでもないぞ。人間、定年を迎えるほど働けば、何かしらのコネクションを持っていても不思議ではない」


「まあ、そうかもしれないね。ちなみに、カスミ製薬は里の人がオロロミンZで当てたんだよ。アレはネコの秘薬を現代風にアレンジしたものなんだ。だから、この里の人はみんな結構な株主だったりするね」


「そ、そうか……」


 ニーテストは、『扱いきれるのか?』と不安に思った。

 ちょっと疲れたので、癒しを求めてネコ太に近づいた。


 ネコ太は桔梗から耳打ちされて頷いている。

 やってくる人の名前を聞いているのだ。


「どうだ、沙織。癒せない人はいるか?」


「今のところいないわね。でも、元気な人が多いかな」


「そうか」


「うん。あっ、そうそう、凄い発見があったわ」


「凄い発見?」


「あの車椅子の男性がいるじゃない? あの人は認知症を患っているの」


 その人は童心に還っているのか、仲間たちと話してヨボヨボの顔で楽しそうに笑っていた。


「まさか治せるのか?」


「うん、治せる。それも闇系統の回復魔法で」


「ここで闇属性の回復魔法か」


 領主の娘は『闇属性アレルギー』で、賢者たちはその治療のために闇属性の回復魔法が欲しかった。回復属性ならば患者の前で治療を願えば最適な魔法が発動するものの、闇属性の回復魔法自体はまだ発見されていなかったのだ。


「では、あの老人にしようか。大丈夫そうか?」


「うん、任せて」


 そんな打ち合わせをしていると、集会場に全ての村人が集まったようだった。


 議長席にエン爺さんとサバイバー。

 サバイバーの左側にニーテストとネコ太が座った。

 集まった人たちはそれに向かい合うようにして、座布団や椅子に座る。椅子が多いのは老人が多いからか。


「これより村会を行なう」


 エン爺さんが宣言した。

 平日の真昼間から集められた村人たちの顔には疑問符が浮かんでいる様子。

 見たことのない顔も2人いるし、村の若い子である水閃が結婚でもするのかと考えている者もいるだろう。


 そんな予想を覆すように、エン爺さんが神妙な声で言った。


「眠りネコが目覚める時が来た」


 その瞬間、村人たちの目がギラリとした。

 胡坐をかいた膝に手を置いて、身を乗り出す者もいる。

 その迫力に、ニーテストとネコ太は帰りたくなった。


「円羅。この泰平の世に冗談じゃ済まされんぞ? 戦争か?」


 そう問うたのは警視総監を育てた老人だった。この老人の名を光玄(こうげん)と言った。

 エン爺さんは言う。


「対応を間違えれば日本対全世界の戦争にもなりうる。それほどの案件だ」


「俺の情報網にはそんな話は一切挙がっていないぞ。一体どういうことか聞かせてもらおうか」


「その前に、血判状を書いてもらう。今から話すことは、この場にいない血族を含めていかなる組織にも口外してはならん。裏切りは決して許さん」


 血・判・状……っ!

 そのワードに、ニーテストは今日何度目かわからない感情を抱いた。ヤベエ土地に来たと。


「血判状だと? 俺たちネコにはそもそも血判状など不要ではないか」


「光玄。お前の疑問は尤もだが、いいから書け。書けぬのなら何も聞かずにこの場から去れ」


「ぬぅ、そこまでか。良かろう」


 ネコという忍者たちは歴史に名を残さなかった。

 つまり、どんなに重要な約束であっても後世に残る血判状なんて一度も作らなかったのだ。血判状を書くこと自体がネコらしくないのである。


 光玄爺さんは自分の名前を真っ先に書き、用意されていた朱肉で拇印を捺した。さすがにリアルな血は使わないらしい。

 サバイバーを抜かした31人分がすっかり拇印まで捺すと、その紙がサバイバーに渡された。

 墨で書かれた名前が連なる血判状をネコ太が横から覗き込み、「うわぁ、すげぇ」と呟いた。ニーテストも全く同じことを思っていた。


 サバイバーは立ち上がり、宣言した。


「それでは、この血判状を俺が崇める女神パトラに捧げる。女神パトラよ、この場にいる者たちの約束を受け取りたまえ」


 サバイバーは手から水の球を出現させ、その中に血判状を突っ込んだ。血判状は水の球の中で溶けていく。

 デモンストレーションである。本当に女神が受け取ってくれるかはニーテストたちにもわからない。


 だが、インパクトは十分。水の球が空中に浮かぶ不思議な光景に村人たちが目を見開いた。


「おい、水閃。それはどういう仕組みだ?」


「コウ爺さん、魔法だよ。これから話すことに大きく関わることの一つだ」


 魔法というワードに、村人たちはざわついた。


 そんな中でニーテストが手を上げた。

 眼光はとても鋭くふてぶてしい顔だが、内心ではビクビクだ。挙手しただけで軍隊のようにピタリと静かになるんだもの。


「話を始める前に、全員が話を聞ける状態にしたい。沙織、桔梗、頼む」


「お、オケ!」


「お手伝いします」


 ネコ太は桔梗と一緒に、車いすの老人の下へ向かった。

 老人はニコニコしながら2人を見つめる。


「お、おい、何をするつもりだ?」


「まあ黙って見ておれ。これから奇跡が起こる」


 エン爺さんの言葉に、村人たちは困惑しながらもネコ太たちに注目した。


「お爺ちゃん。こんにちは」


「はい、こんにちは。今日は村のみんなで集まって何かあるのかの?」


「うん。今日は村のみんなに聞いてもらいたいお話があるの。お爺ちゃんも聞いてくれる?」


「ああ、ああ。もちろんだよ。ワシはこう見えて忍者なんだ。坂本龍馬の黒船にも乗り込んだんだぞ。なーんでも言うてみい」


 どうやら、お爺さんは昔聞いた話を自分の事のように語っているようだった。


「黒船はペリーだ」


 お爺さんの老いに、がっくりと肩を落とすのは息子さんのようだった。ネコ太からすれば息子さんもまたお爺さんといった年齢。


 ネコ太はそんなお爺さんにゆっくりと優しく語り掛けた。


「お爺ちゃん、まどろみのような夢は終わり。お爺ちゃんの知識と技術を必要としている人がいるんだ。これからは本当に夢のような楽しい人生を送ろう」


 ネコ太がそう言うと、お爺さんはくしゃりと顔を歪めて、涙を目に溜めた。

 自分がどこかおかしいと自覚しているのだろう。けれど、それがどうにもならなくて、悲しんでいるのだ。


 ネコ太は「大丈夫」とそんなお爺さんの手を摩ると、凛とした声で言った。


「魂よ、まだ逝くときではありません。いま一度、その誇り高き肉体と共に生の道を歩みなさい。幽体統合!」


 ネコ太がそう唱えた瞬間、ネコ太の体が光り輝く。

 それに呼応するように、お爺さんの肉体に半分重なるように半透明なお爺さんが浮かび上がった。

 これには忍者の末裔たちは揃ってポカーンとし、ニーテストもまた開いた口が塞がらなかった。


 それは肉体から半分飛び出してしまった幽体だった。

 幽体離脱。

 それこそがお爺さんの認知症の原因だったのだ。


 ネコ太の回復魔法によって幽体が光を纏う。

 その光の中で幽体はネコ太へ力強く頷き、肉体に重なった。


 光が納まったあとには、顔を天井に向けたお爺さんの姿が。


「お、親父?」


 息子さんがそう呼びかけると、お爺さんはゆっくりと首を元に戻した。そこにあったのは、白い眉毛の奥で輝く生気に溢れた瞳だった。


「あぁ……頭の霧が晴れたようだ」


「だ、大丈夫なのか?」


 そう問いかける息子さんを手で制し、お爺さんはネコ太に顔を向けた。


「先生、いま一度、名を教えてくれんか?」


「沙織です」


「沙織先生か。ありがとうなぁ。この老いた体でいかほどのことができるかわからんが、存分に使ってくだされ」


「お爺ちゃんはいくつ?」


「85までは記憶がしっかりしているが……おい、源郎太。ワシはいまいくつだ?」


 問われた息子さんは、ハッとしたように答えた。


「お、親父はいま90歳だ」


「沙織先生、はははっ、ワシはもう90らしい」


「あははっ、それならあと30年はいけるね!」


「ふはっ、ふはははははっ! 先生は老骨に厳しいな! ふはははははっ!」


 その快活な笑いに、村人たちは目をぱちくり。


「……説明、してくれるんだな?」


 光玄爺さんがエン爺さんたちに問うた。

 エン爺さんはニヤリと不敵に笑った。




『サスケ:ふははははははっ!』


『ゲンロウ:おい、サスケ! はしゃぎ過ぎだって!』


『サスケ:これがはしゃがずにおられるか! 20年は若返ったようだ!』


『ゲンロウ:せ、先生に嫌われるぞ!』


『サスケ:それはいかんな』


『ゲンロウ:い、いきなり正気に戻るなよ! こええよ!』


 それは石製人形に宿った一団。

 ある者は森を駆け、ある者は組手を始め、ある者は木登りをし、またある者はウインドウを調べ——キャッキャキャッキャ!


 しかし、それも無理はない話だ。

 他の賢者たちとは違い、ここに集まったのは本体が年老いて体にガタが来ている人たちばかりなのだから。


 全盛期のように体を動かせるわけではないが、ネコ太が治した車いすのお爺ちゃんが走れるようになる程度には、人形の体に宿る体験は奇跡だった。

 あとは、女神様ショップで『境界超越:魂』を購入した際に、どのような変化が起こるのか……。まだそれは誰もわからなかった。


 老人たちが元気に研修を受ける姿を生放送で見つめるのは、ニーテストとネコ太。

 サバイバーは指導役として人形に宿ってしまっていて、知らない土地だというのに、いま、この集落にはこの2人だけしかいなかった。


「人形に宿ると老いた体でも動けるんだな」


 ニーテストが言う。


「うん。本体に戻った時に無茶をしなければいいけど。人形に宿っていた時のノリだと、たぶん体を痛めると思う」


「なるほど。その心配は尤もだ。よく言い聞かせた方が良いな」


 ニーテストはウインドウでサバイバーへそのように指示を出した。


「新都。この人たちの運用はどうするの?」


「先ほどサバイバーが言ったように、メインは武術や狩りの指導だ」


「敵対組織とか今のところいないし、必要?」


「異世界の方は現状安定しているが、安定している間に備えておくのが基本だ。だが、私としてはむしろ問題なのは地球だと考えている。例えばお前が誰かに拉致された時、警察が動いてくれなかったら俺たちが救出に向かわなければならない。その実行力を多くの者に持ってもらいたいと考えている」


「でも、銃とかを持っている人に勝てるかな?」


「サバイバーを見ていて、いけるんじゃないかと私は思ったがな」


「えー、串を飛ばしたのは凄かったけど、あれだけじゃ無理じゃない?」


「勘違いしてるぞ。あれは現状のサバイバーだ。それもお遊びで見せた一面にすぎない。これが一月後、半年後、一年後ならどうだ?」


「……たしかに」


「忍者の育成機関の末裔を迎えられたのは僥倖だったと思う。ただ闇雲に力を得るのではなく、技術を伴って強くなるのは自衛的にも精神的にいいことだろう」


 と、ニーテストは自分に言い聞かせた。

 正直、暴走しないか心配な集団でもあった。

 あとは、忍者の忠義というものを信じるしかあるまい。


「女神様はそれも考慮に入れてサバイバーを選んだのかな?」


「さてな。アイツは単体でも女神が選ぶだけの理由があるし、わからん」


 ネコ太は楽しげに研修を受けるジジババたちを見て、言った。


「このあとの話がどういうふうになるかわからないけど、なんにしても、私はしばらくこの村に残るよ」


「いいのか?」


「うん。体が悪い人がまだいるから、何日かかけてみんなを治療しようと思う」


「そうか。あっちは?」


「8時間はあっちで、残った時間で治療して回ろうかな」


「わかった。私もいくつか用事が終わったら、こっちに来ることにしよう。まあ、それもこの村に賢者たちを受け入れてくれたらの話になるがな」




 研修を終えて帰還した村人たちの顔は、それはもう楽しげだった。

 サバイバーが手を叩くとピタリと静かになり、ギラギラした視線を向けた。


「みんな、異世界を楽しんでもらえたようで何よりだ」


 それに対して、村人たちは忍びの一族とは思えないほど表情豊かに笑う。


「だけど、これだけは忘れないでほしい。俺たちはあくまでもミニャちゃんという主のために存在するんだ。俺たちの楽しみはミニャちゃんと共にある」


「主か……」


 誰かがしんみりと呟いた。

 それは徳川という主を失って彷徨い続けた忍者の末裔ゆえか。


 警視総監を育てたという光玄爺さんが手を上げた。


「聞かせてくれ。俺たちを引き込んだのは、忍者の末裔というだけではあるまい?」


「うん」


「察するに、この地に賢者たちの村を作りたいと考えているな?」


 多くの村人がその推測に至っていたようで、目をつぶって頷いている。

 ネコ太はその推理力に、すげぇと舌を巻いた。


 口を開きかけたサバイバーを制して、ニーテストが言う。


「すでに見てもらったように、ミニャのオモチャ箱で手に入る力や異世界の品々は世界に狙われるものになるだろう。特に回復魔法は誰もが欲する奇跡の力だ。だから、私たちは希望する者や狙われてしまった仲間が避難できる場所を求めている」


 影の一族だけあってそのあたりの理解は深いようで、深く頷く。


「しかし、この地に賢者たちの拠点を作ったら、今までのような隠れ里にはもう戻れないだろう。それを承知で頼みたい。この地に賢者たちの村を作らせてもらいたい」


 ニーテストはそう言うと、深々と頭を下げた。

 肩から長い黒髪が垂れ下がり、畳に広がる。


 ふてぶてしい態度のニーテストが頭を下げたことにびっくりしたネコ太は、慌てて自分も頭を下げた。


「新都殿、沙織殿、頭を上げよ」


 光玄爺さんが言う。


「お主らは棺桶に片足を突っ込んだようなこのジジババ共を選び、若かりし日に焦がれた夢に招待してくれたのだ。そして、今日から同じ主を持つ同士となった。その申し出に否などあろうか」


 ニーテストが顔を上げると、ネコの忍者たちが神妙な顔で頷いた。


「さあ、計画を聞かせてもらおうか。眠りネコを目覚めさせ、この地を世界に名だたる大結社の拠点にしようというのだ。存分に口出しさせてもらうぞ」


 光玄爺さんはニヤリと笑った。

 その背後にいる村人たちも、まるで子供が悪巧みでもするかのようにワクワクした顔。


 ニーテストは「ふっ」と口角を上げて、言った。


「最強女神教団。誰もが笑うような、そんな名前の宗教組織を作ろうかと考えている」


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