3-18 スカウト2 中編


 リアルの体で顔を合わせたネコ太、ニーテスト、サバイバー。

 3人は再び車上の人となり、いくつものの山を越えて、やがてその集落に辿り着いた。


「ふぅ……大冒険だったな」


「まあ元々は隠れ里だからね。簡単に辿り着けては意味がないってことさ」


「沙織、とりあえず回復魔法をかけてくれ。インドア派には辛い」


「いいよー」


 ネコ太から回復魔法をかけてもらい、ニーテストのドライブ疲れは吹っ飛んだ。


 山間を流れる川筋に沿うように、集落が形成されていた。

 どこも瓦屋根の大きな家で、庭が非常に広い。


 車は里を紹介するようにゆっくりと走る。


「ぱっと見、家は忍者っぽくないな」


「忍者の家が忍者屋敷って言われたら終わりだよ。大体の家が外で仕事をして戻ってきて、いまでは農家兼鉄砲打ちとかをやっているね」


「死にかけの集落を想像していたが、割と金を持ってそうだな」


「自衛隊や民間企業に籍を置いた人も多いからね。豪遊できるわけではないけど、金に困っている家はないんじゃないかな。だけど、死にかけというのは合っている。老人ばっかりさ」


「そんな感じか。村人はお前を含めて32人ということだが、追加はないか?」


「ない」


「そうか。それで、これからどこに行くんだ?」


「俺の師匠の家だよ。琴式円羅という。元自衛官だ」


「完全にアニメのキャラの名前じゃん」


「だから、この里の人たちはみんな忍者に憧れがあるんだって」


「そうかよ。というか、亡くなったっていう爺さんが師匠じゃなかったのか?」


「爺さんも師匠だよ。その人も師匠だ」


「なるほど」


「なんの師匠なの? やっぱり忍術?」


 ネコ太が質問した。


「うーん、総合的な? 俺は死んだ爺さんから多くを学んだから、その人から学んでいるのは、それの復習みたいなものかな。要は組み手をしてお互いに技を衰えさせないみたいな感じだよ」


「ふーん、なんとなくわかった」


 ほどなくして、車は門前が坂道の家に入っていった。

 やはり庭は広く、母屋の他に蔵や納屋が同じ敷地内に建っていた。


「さあ着いたよ。行こうか」


 サバイバーに促されて、3人で車を降りる。

 その時、母屋から大学生くらいの若い女性が出てきた。


 女性はサバイバーを見ると花が咲いたように笑顔となり、車の陰に隠れていたニーテストとネコ太を発見すると持っている物をガシャンと落とした。

 どうやらハサミなどをタライの中に入れて運んでいたようで、それらをぶちまけたまま、女性は家の中に逃げ込んでしまった。


「何か勘違いされた気配がするわ」


「奇遇だな、私もだ。おい、斑鳩、今のは?」


「桔梗という子だ」


「メッチャくのいちっぽい名前だな」


「それで関係性はぁ? ただ事じゃなかったわよ?」


 ニーテストはそうでもないが、ネコ太は興味津々だ。


「想像通り、恋人だよ」


「まあそうよねー。これはファンクラブが紛糾するわね」


 サバイバーにはファンがいる。アクションも見どころがあるし無理はない。

 ニヤニヤするネコ太に、ニーテストが言った。


「おい、沙織。お前は出されたお茶や菓子を口にするなよ。それで、もし私が毒で死にかけたらすぐに回復魔法をかけてくれ」


「ハッ!? わ、わかった!」


「はははっ、君も物騒なことを考えるね」


「相手はリアルくのいちで、ここは人が死んでもどうにかできちゃいそうな土地だからな」


 ニーテストとネコ太は気を引き締めた。




 静寂の中を、チクタクチクタクと時計の音が鳴り続ける。


 3人が通されたのはお茶の間だった。

 一枚板の立派なテーブルの上座にはこの家の主であるお爺さんが座り、難しい顔で目をつぶり、腕組み。この人物が琴式円羅、サバイバーからはエン爺さんと呼ばれていた。

 下座には奥さんであるお婆さんと、先ほどの桔梗が座っていた。


 それに対面する3人。エン爺さんに近い席からサバイバー、ニーテスト、ネコ太。

 ニーテストはお客さんの身だというのに相変わらず眼光鋭く、ふてぶてしい。ネコ太は出されたお茶をジッと見つめて、こわーっと思っていた。


 エン爺さんが、重々しく口を開く。


「話があると言うから待っていたら……」


 エン爺さんは、ふぅと鼻から深く息を吐く。

 その体は老人とは思えないしっかりとしたもので、威圧感があった。恐怖のお茶と睨めっこしていたネコ太はビクンと肩を揺らして、エン爺さんに注目した。


「ワシはお前と桔梗はとっくに男と女の仲だと思って安心していた」


 エン爺さんがそう言うと、お婆さんもしょんぼりして、桔梗は今にも泣きそうな顔で俯いた。ネコ太とニーテストの所在なさはマッハ。


「山に籠って修行をしていると思えば、まったく……まあ今さら言っても遅いか。それで、どちらの女性がそうなんだ」


 ニーテストはサバイバーを肘で突いた。

 その様子がいかにも仲が良さそうで、桔梗はさらにどんよりした。


「エン爺さん、2つ勘違いしている。この2人は恋人とかではない。そして、山籠もりで修行をしていたのは間違いない」


 それを聞いた桔梗はあからさまに顔を明るくした。


「ではどういう関係だ? まさか保険でも勧誘しに来たのか? いらんぞ」


 ニーテストは、『なるほど、恋人の紹介でなければそう見えるか』と自分たちを客観的に見て納得。


「この2人は大切な仕事仲間なんだよ」


「仕事仲間? お前はほとんどこの里にいるのに一体何の……あー、ネットか……ハッ!?」


 エン爺さんは何かに気づいたように目を見開いた。


「お、お前まさか、ニコチューバーに!? その2人の美女と一緒にハーレム系山籠もりニコチューバーになったのか!?」


 その推測を聞いた桔梗が絶望で涙目になった。

 なお、ニコチューバーとは、動画サイト・ニコチューブで活動する動画配信者である。


「まどろっこしい話はやめよう」


 サバイバーはそう言ってお茶を飲み、トンッと音を立ててテーブルに置いた。

 あわわっとネコ太から容態が心配される中、サバイバーは言った。


「エン爺さん、婆ちゃん、桔梗。眠りネコが目を覚ます時が来た」


 それを聞いたエン爺さんとお婆さんがギラリと瞳を輝かせる。桔梗も驚愕の視線を向けている。

 その変貌ぶりに、ニーテストはヤベエ所に来たと思った。


「お前は生涯を捧げる主を見つけたのか?」


 エン爺さんはサバイバーにそう言うと、続いてニーテストとネコ太を見比べた。


「この2人ではないよ。この2人もまた同じ主を持つ仲間だ」


「それがわからぬ。お前にはそれほど重要な者と出会う機会などないではないか。まさかネットで知り合った者を主などと抜かすのではないだろうな」


 それを聞いて、ネコ太がプフッと可愛らしく噴き出した。賢者たちはネットで知り合ったので、エン爺さんの予想は当たっていたからだ。

 この場で噴き出したネコ太の声を聞いて、ニーテストは『コイツすげぇな』と思った。


「ここから先の話は他言無用にしてほしい。オジサンやオバサンにも言ってはダメだ」


「良かろう」


 ニーテストにはオジサンとオバサンが誰かわからなかったが、エン爺さんと桔梗は娘にしては歳が離れ過ぎているので、桔梗の両親だと推測がついた。


「信じられないような話だけど、俺たちはこの地球とは異なる世界に行く方法を得た。おとぎ話に出てくるような全く別の世界だね」


 そんなセリフを聞いたエン爺さんは眉間にしわを寄せたが、サバイバーは構わずに続けた。


「その世界で出会った少女こそが俺たちの主だ。そして、俺は主から魔法の力をいただいた。いろいろと使えるが、室内で見せられるのはこんなところだね」


 サバイバーはそう言うと、テーブルに置いた手のひらに、水の小太刀を出現させた。


 それを見た3人はポカーンとするが、サバイバーは構わずに水の小太刀を握り、エン爺さんの前に置かれた羊羹をゆっくりと切った。


「他にも、ナイフ、クナイ、かぎ爪、十手、鞭といろいろな形にできる。飛ぶ魔法を見たいのなら外に出よう」


 サバイバーはそう言いながら、手の中で水の武器を様々な形に変化させていった。


「ちなみに私も魔法を使うことができる」


 そこまで黙っていたニーテストが、エン爺さんに手に平に収まる程度の石ころを渡した。


「こ、これは?」


「あなたの家に転がっていた石ころだ。確かめたら返してほしい」


 エン爺さんは石ころを触って確かめると、ニーテストの前に転がした。

 ニーテストは土属性。『石材変形』を手に纏わせて、華奢な人差し指一本で石ころを粘土のように押しつぶした。

 それを再び渡すと、エン爺さんは困惑したように石を確かめた。とても女性の細指で潰せるようなものではなかった。そもそも、この石は饅頭のようには潰れない。変形させればその瞬間に割れてしまうだろう。


 ニーテストが言う。


「我々がここでいくら魔法を使おうとも、タネや仕掛けを疑われたらキリがない。我々はここに魔法が使えることを証明するために来たわけではないのだ」


 ニーテストは、舌を湿らせようと湯呑を持ち上げた。

 しかし、毒の可能性を思い出し、やっぱり怖いので3cmだけ上げてトンッと戻した。


「我々は我らが主に忠誠を誓う仲間を欲している。今日、斑鳩だけでなく私と沙織が同行したのは、斑鳩と同じ忍者の技を受け継ぐあなた方をスカウトするためだ。もし、このスカウトを受けるのならば、あなた方をすぐにでも異世界へ連れて行こう。受けないのならば、ここまでの話を墓の中まで持っていってほしい」


「エン爺さん、婆ちゃん、桔梗。3人の忠誠を俺たちの主君に捧げてはくれないか」


 サバイバーがそう締めくくると、3人はゴクリと喉を鳴らした。

 最初に声を上げたのは、桔梗だった。


「水閃お兄ちゃん。私も仲間に入れてほしい」


 サバイバーの恋人なわけで、ここで否という選択肢はなかったのだろう。なにせ、ニーテストとネコ太は美人なのだから、半信半疑であろうとも即決してみせた。

 一方、ネコ太とニーテストは、恋人にお兄ちゃんと呼ばせているサバイバーにドン引きした。


「もちろんだ。それじゃあ桔梗はこの一覧を眺めて待っていてほしい」


 サバイバーはそう言って、自分のスマホを渡した。

 画面には新人賢者用の特設サイトが。属性の説明が書かれているので、登録前に読むのがベター。

 桔梗も忍者としての教育を受けているようで、読み込む速度は非常に早い。


「楽しそうな話ね。あたしも異なる世界というところに行きたいけど……もう年だからねぇ。この前も腰を痛めてしまってね、昔のようにはもう動けないんだ」


 お婆ちゃんが諦めたようにそう言った。


「沙織さん、頼めるかい?」


「もちろん!」


 サバイバーからの言葉に、ネコ太はニパッと笑った。


「お婆ちゃん。私が手に入れた力は回復の力なんです。私に回復させてもらえますか?」


「回復? お医者様ということかい?」


「ちょっと違うかな。魔法の力で病気を治したり、傷を癒したりできるの」


「婆ちゃん、やってもらいな」


「水閃ちゃんがそう言うのなら……頼めるかい?」


「もちろんです!」


「沙織さん、婆ちゃんの名前は琴式|菖蒲(あやめ)だ」


「了解」


 ネコ太は健康鑑定で婆ちゃんの状態を調べた。ちなみに、健康鑑定は相手の名前を知らないと発動できない。


 鑑定の結果を見つめるネコ太は、先ほどまでのぽわぽわした印象の女性ではなかった。


「なるほど。癒す場所は把握したよ。それじゃあ始めます」


「魔力は大丈夫か?」


「大丈夫。お婆ちゃん、私とお婆ちゃんの体が光るけど、驚かないでね」


 ニーテストの心配に頷いて、ネコ太は回復魔法をお婆ちゃんにかけ始めた。

 ネコ太の手が光り輝き、それに合わせてお婆ちゃんの体もまた優しく輝き始める。


 己の体が癒される温かみを感じ取ったお婆ちゃんは、あぁっ、とネコ太へ向けて手を合わせた。

 それは仏教や神道の所作だが、事前にサバイバーが調べたところではお婆ちゃんも招待できるらしい。招待を不可とする宗教者の線引きはよくわからなかった。


「こ、こんなことが……」


「凄い……」


 これにはエン爺さんや桔梗も息を呑んだ。


 一方、ニーテストとサバイバーは別の視点でその光景を見ていた。


 ニーテストが女だと見破った観察眼を持つサバイバーは、ネコ太が元々どういう職業の人間だったのか見破った。

 魔法という派手な現象で隠れているが、ネコ太の所作は医療関係に携わっていた人のそれだったのだ。

 賢者ナンバー1の人間が、ただの可愛いもの好きであるはずがない。回復属性を選び、誰よりも早く『鑑定』という種類の魔法を使ってみせたネコ太は、ミニャの専属医師として選ばれた女だったのである。


 ニーテストの方は、この光景に未来を絡めて見つめていた。

 この先、回復魔法は賢者たちの武器になる。それと同時に、世界中から狙われる理由にもなる。人形の姿では朧気だったそのイメージだが、ネコ太が実際に治療している光景はそれらを確信させるだけの説得力があった。


「終わりました。お婆ちゃん、どうかな?」


「あ、あぁああ……か、体が……」


 お婆ちゃんは75歳くらいだろうか。

 今日日の75歳はまだまだ足腰がしっかりしている人も多いが、腰を痛めたというお婆ちゃんには老いが見えていた。

 それなのに、真っ直ぐと背筋を伸ばして立ち上がったではないか。


「治ったばかりだから無理はしないでくださいね」


 ネコ太の忠告を聞こえているのかいないのか、お婆ちゃんは壁に掛かっている花の絵の額縁を横にずらした。


 そこには手裏剣が並んでいた。


 今度はニーテストとネコ太がポカーンとする番だった。


 お婆ちゃんは手裏剣を手に取ると、シャンッと投げた。

 開いた襖の続きの部屋にある木の柱に、タタタンッと3枚の手裏剣が突き刺さった。


「おい、斑鳩。お前んところ、マジでヤバくない?」


「はははっ、武士の家系だって特に使う機会はないけど巻き藁を斬る人はいるでしょ。それと同じで忍者の末裔は特に使う機会はないけど手裏剣を投げるのさ」


「悔しいけどその理屈は説得力あるわ」


 お婆ちゃんは手のひらをニギニギしながら見つめ、足踏みをする。

 体の調子を確かめると、ネコ太に深々と頭を下げた。


「ありがとうねぇ、ありがとうねぇ。昔に戻ったように体が軽い」


「それは良かったです。でも、筋肉は弱っているはずなので、まだ無理をしてはダメですよ。少しずつ良くしていきましょう」


「ええ、ええ。でも無理はしちゃうかもねぇ。だって、あたしも沙織先生の主様にお仕えしたいって思っているのだから」


「お婆ちゃん、本当ですか! それじゃあ一緒に頑張りましょう!」


「この老いぼれの命、沙織先生の主様に捧げましょう」


 勧誘に成功したネコ太は、笑顔でお婆ちゃんの手を取った。

 なお、いつの間にかネコ太は先生と呼ばれている様子。


「エン爺さんはどうするんだい? 桔梗も婆ちゃんもやる気だよ」


 サバイバーに問われたエン爺さんは、ハッとしたように言った。


「もちろん、ワシも仲間に入れてほしい!」


 それはそう。

 一緒に暮らす2人が魔法を使えるようになって、自分だけ使えない状況とか意味不明。




 3時間後。

 大興奮の新米賢者たちが生まれていた。


「ふぉおおおお……ふぉおおおおお……!」


 初めての召喚から帰ってきたエン爺さんが、手をわなわなと震わせて叫んだ。

 それはお婆ちゃんと桔梗も同じで、大変な騒ぎである。

 ちなみに、エン爺さんは闇属性を、お婆ちゃんは木属性を、桔梗は風属性を選んだ。一人だけ趣味に走ったヤツがいる。


 ニーテストは、新米賢者の世話って面倒だなと、今後はなるべく誰かに任せる方向で決めた。

 しばらくして興奮も落ち着き、エン爺さんが神妙な顔で言った。


「それで、我らはどうしたらいい?」


 サバイバーが答える。


「エン爺さんたちに求めているのは、他の賢者たちの指導だね。主に武術やサバイバル技術、農業なんかを指導してもらいたい」


「まさに我らの領分だ。心得た」


「あとは、ミニャちゃんの護衛、狩猟、敵地潜入、戦闘活動。そういった任務がない時は、やりたいクエストを受けてくれたらいいよ」


「クエストか。研修で言っていたヤツだな。承知した」


「賢者はニートが多いんだ。基本的にメンタルが弱いと思ってほしい。だから、厳しく指導すると折れる可能性がある」


「人心を扱うのも忍術よ。任せておけ」


「それじゃあ、ここからは相談なんだけど。エン爺さん、里のみんなも引き入れようと考えている。大丈夫そうかな?」


「そりゃ大丈夫だ。あとは死ぬだけの我らにこんな愉快なことが巡ってきたのだ。乗らないヤツはいないだろう。しかし、足腰が弱っている者も多いぞ。病をしている者もいるし、ボケが始まっている者もいる」


「そこは大丈夫だね。沙織さんが治してくれる」


 サバイバーに言われて、ネコ太は頷いた。


「病やケガは大丈夫です。ただ、認知症はわかりません」


「それでも十分ですとも。沙織先生、どうかよろしくお願いします」


「はい、精一杯頑張ります」


 やはりネコ太は先生呼びになっていた。


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