3-17 スカウト2 前編
東京都キララギ駅。
東京にありながら間違えてこの駅に来てしまった者に、『群馬まで来ちゃったかも』と失礼極まりない心配をさせる辺鄙な場所だ。埼玉はどこいった。
しかし、駅前にはちゃんとバスが停まるロータリーがあり、コンビニや飲食店もやっている。駅前の周辺には民家も多くあり、いわゆるベッドタウンというヤツである。ただし、畑は多い。
そんなキララギ駅に2人の人物が降り立った。
ニーテストとネコ太である。
「思ったよりも田舎じゃないじゃん。コンビニもあるし」
「駅前で地方を評価するな。電車から見た景色は畑ばかりだっただろう」
「そういえばそうだったかも」
ネコ太の言葉に、ニーテストがツッコンだ。
「おい、それよりもアレだろう」
「緊張するぅ!」
2人はロータリーの駐車スペースに停車した軽自動車に向かって歩き出した。事前に教えられていた車種とナンバーだった。
2人が近づくと、助手席のウインドウが開いた。
「ニーテストとネコ太かい?」
運転席からそう言ったのは爽やかな印象をした20代中頃のイケメンだった。丹精とはまさにこのことか、都会ではあまり見ない生気に溢れた青年である。
問われたニーテストはパチンと指を弾き、ウインドウを出現させる。
青年も「なるほど」と笑い、ウインドウを出現させた。ちなみに、指を弾いた行為に意味はない。
お互いに何もない場所から出現させたわけではない。
ウインドウは一般人には見えず賢者同士なら見えるが、賢者同士でも見えない設定にできた。いま、賢者である証明をするために、2人はすでに展開していたウインドウをお互いに見えるようにしたのだ。
「わかっていると思うけど、サバイバーだ」
「初めましてと言おうか。ニーテストだ」
「は、初めまして。ね、ネコ太です」
ネコ太が挨拶を済ませると、サバイバーはにこりと笑った。
「2人とも概ね想像通りの人たちだ。おっと、どうぞ、乗って乗って」
そう言われた2人は乗車した。
ニーテストは助手席に、ネコ太は後部座席に。
ニーテストはさっそく足を組み、窓縁に肘を置いてふんぞり返った。
「お前は驚かないんだな。ネコ太なんて大勢の前で大声を出していたぞ」
「だ、だって、待ち合わせの場所に行ったら、メガネをかけた神経質そうな男が見当たらないんだもん。代わりに目つきが悪い美女はいたけど」
「ふん、目つきが悪くて悪かったな」
そう、ニーテストは女だった。
長身で細身、黒髪を伸ばした目つきが非常に鋭い、怖そうな美女だった。
「驚くって、君が女の子だってことかい?」
「女の子って歳でもないが、そうだ」
「それなら俺は君が女の子だって早い段階で気づいていたからね」
「なんだと?」
「歩き方だよ。男か女か、太っているか痩せているか、運動をしているかしていないか、体の動かし方を見れば大体わかる」
「マジかよ。じゃあ近衛隊に入っていない女もわかるのか?」
「大体わかるよ。まあ、本人が隠しているわけだし女の子扱いもしないけど」
「そうか」
「それじゃあ、とりあえず出発するよ」
「安全運転で頼むぞ」
「スピードを出して女の子の気を引くほど子供じゃないよ」
車が走り出す。
「それにしても土臭い車だな」
「山に行くのにもこの車を使うからね。これでもお客さんを乗せるために大急ぎで掃除したんだよ。まあたぶん服は汚れないから勘弁して」
「私は別に気にしない。この服も安物だ。ネコ太は気合を入れているようだがな」
ニーテストは本体ではさすがに『俺』とは言わないようだった。あくまでもネット上での一人称なのだろう。
「だって男2人と会うのに変な格好してたら笑われるかもしれないじゃん。気を使うよ。まあ、片方は女だったけど」
ニーテストは細身のパンツにサマーカーディガンという出で立ちで、特に金がかかっているわけではなかった。
そんなニーテストは女性だったが、非常に目つきが鋭かった。
トレーダーをする前に居酒屋の店主に頬を引っ叩かれたとニーテストは言っていたが、この目つきに腹を立てたのではないかとサバイバーは思った。もちろん、そんなことでビンタする店主は最低だが。
一方、ネコ太は優しげな印象の小柄な女性だった。
「今後のために俺の本名を教えておこうか。俺は斑鳩(いかるが)水閃(すいせん)」
サバイバーが名乗った。
「マンガのキャラみたいな名前だな。雅号ではなく?」
「よく言われるけど、本名だよ」
「そうか。私は新都(あらみや)算座(ざんざ)だ。本体の時は新都と呼べ。私たちもお前のことは斑鳩と呼ぶ」
「君こそ珍しい名前だと思うけど。どんな字を書くの」
「苗字は新しい都。名前は計算の算に座る。死んだ爺さんが数学の教師だった」
「なるほどね。ネコ太は?」
「2人共カッコイイ名前だね。私は普通だよ。猫田沙織」
「あー、だからネコ太なんだね」
「斑鳩、コイツのことは沙織と呼べ。猫田とネコ太は極力結びつけない方向でいくぞ」
「わかった」
「それで、スイセンはどういう字を書くの? 花の水仙?」
ネコ太が後部座席からバックミラー越しに聞いた。
「水に閃くだ。俺も新都のように爺ちゃんが名付けてくれた。俺の名前はなんと言おうか……まあこれから行くところに関わりがある」
「忍者の隠里だったんだっけ?」
「そうだね」
2人の会話を聞きながら、ニーテストは周りの景色を見つめた。
キララギ駅から車で5分ほど走ったか、すでに民家は疎らになりつつある。取って代わるように増えてきたのは畑や雑木林。
ニーテスト本人が言ったことだが、ベッドタウンの駅前の光景は当てにならない。
これから行くのはサバイバーの家がある八鳥村。
そこには電車なんて通っていなかった。最寄りの駅がキララギ駅だったのだ。
どんどん緑の多い方へ入っていく。普通のネットで出会った男が相手ならネコ太と一緒に不安に思うようなシチュエーションだ。
「個人チャットで簡単に説明した通り、八鳥村は江戸幕府を支えた忍者たちを育てた里なんだ」
ニーテストはそんな説明を事前に受けていた。
「水閃というのもそういうところから来てるんじゃないかな? 忍者っぽいでしょ」
「いや、忍んだ名前にしろよ。水閃とか小学校の頃のあだ名が忍者でもおかしくないわ」
「はははっ、まあウチの爺ちゃんは忍者の技を受け継いだ人だったからね。忍者への憧れが凄く強かったんだと思うよ。里のみんなもちょっと忍者っぽい名前が多い」
「それで孫のお前が現代の伝承者か。マジでマンガみたいなヤツだな。そりゃ女神も選ぶわ」
「それもお互い様じゃないかな」
「その点はまあ女神にとても感謝しているがな」
やがて畑すらもなくなり、車は右手に山を、左手に川を眺めながら走っていく。少し前に大都会にいたとは思えないほどの魔界っぷりだ。
「ねえ、サバ……斑鳩君。あとどれくらいで着くの?」
「30分くらいかな」
「30分間こんなコースなの!?」
「そうだよ」
「斑鳩、電波は入るんだよな?」
「それは大丈夫。こう見えて東京だからね」
「サルだ! 新都、見た!? いま対岸にサルがいたよ!?」
「サルもいるだろ、こんな場所じゃ」
「ははははっ、ああ見えて彼らも都会人なのさ」
ガチで田舎だった。
サバイバーが途中で車を止め、一行は外に出た。
女子2人が山道に慣れていないので、休憩である。
すぐ近くには河原へ降りる道があり、3人は河原の石に座る。
「はい、どうぞ」
サバイバーはそう言って、2人に空の紙コップを渡した。
「今日がいい天気で良かったよ」
などと言いながら、紙コップへ水魔法で水を出して提供した。
「斑鳩君は、一生、喉が渇いて死ぬことはないね」
「そういう沙織さんは健康的に一生を送れそうだ」
「ニーテストはぁ……穴を掘って生きていけるね」
「新都だがな。ほう、この水、美味いな」
「ホントだ!」
「魔力が宿った物は味が良いんじゃないかな。異世界の食べ物はどれも美味しいし」
女子2人はサバイバーが出した水をゴクゴク飲んだ。
「ここら辺はもうお前の土地か?」
「いや、ここら辺は違うね。里の北側に俺の土地がある」
「キャンプ場でもやれば客も来そうなものだがな。やらなかったのか?」
「ウチの村は鉄砲打ちが多いんだ。川沿いで撃つことはないけど、どちらにしても危なくてキャンプ場は無理だね」
「なるほど。それで、賢者の家を建てても大丈夫なのか?」
「それはまず大丈夫だろう。とはいえ、そのためにも君たちに来てもらったわけだけどね」
「どうなんだ、村人たちは」
「この数日で調べたけど、全員女神様のお眼鏡に適っている」
「そうか。それは良かった」
これから会うのは八鳥村の人たちだった。
この地に賢者たちの拠点を作るつもりだが、そのためにも村人を何らかの形で取り込むのは必須だった。
「ねえ、斑鳩君。なんか忍者っぽいことやってよ」
「難しいことを言うね」
「沙織。お前、マイペースって言われない?」
ネコ太に言われて、サバイバーは水のナイフで足元に落ちていた枯れ枝をサッサッと尖らせて串にした。それを座ったままピッと投げる。
串は10m先の木にぶっ刺さった。
「はえー」
「嘘だろお前」
「なにも昔からできたわけじゃないよ。ミニャのオモチャ箱のおかげだ」
「境界超越:魂か」
「うん。あちらで得た経験値がこちらの肉体や技術力を相当に強化している」
「早いところ組織を作り上げないと不味いな」
「みんな馬鹿じゃない。自分たちの危うさはわかっているさ。とはいえ、いずれは我慢できない人も出てくるだろう」
「夏までには形にしたいところだな」
「まあ、あとは暇を与えないことだね。人間、暇になると思考を鈍らせるからね」
ニーテストとサバイバーがそんな話をしていると、ネコ太がウインドウを見てニコニコし始めた。そこには休日を楽しむミニャたちの姿が映っていた。
「休日は問題ないようだな」
「覇王鈴木も護衛隊長をちゃんとしているみたいだよ」
「アイツはどうだ?」
「成長が著しい。特にクーザーにやられてから、『今までニートだったんだから、できなくても仕方ない』みたいな甘えがなくなった。これは雷光龍にも言えるね。彼も1人でダンを倒せなくて悔しかったんだろう。2人共、強くなることに貪欲になってきた」
そんな2人の会話にも参加せず、ネコ太はひたすらニコニコ。やはり少しマイペースな女だった。
ネコ太は放っておき、ニーテストは話を変えた。
「徳川の忍者といえば、たしか伊賀だったと思うが、ここはどこの流派なんだ?」
「世の中には出ていない流派だよ」
「そんなものが?」
「伊賀や甲賀、あとはこの近くだと風魔か。あれらは有名になりすぎたんだよ。忍者は忍ぶ者なんて言うけど、実態は違った。主君を持つ甲賀にしろ、傭兵みたいな伊賀にしろ、戦国乱世の時代では名前が売れないと仕事も信頼もないからね」
「それはそうだろうな」
「だけど、天下泰平の世の中では売れてしまった名前は時として邪魔になった。だから、徳川家はどこの大名にも知られていない自分だけの忍者軍団を欲した。それがネコという集団。まあつまりは八鳥村で育成された忍者だ」
「ネコねぇ」
ニーテストはウインドウを見た。
猫娘が縄跳びをぶん回していた。
「当然、ミニャちゃんとは関係ないよ。日光東照宮に眠りネコがあるだろう? あれはウチのご先祖様のことなんだ」
「ライデンあたりが喜びそうな話だな」
「江戸の町を守った忍者は名前が売れてしまった忍者たち、つまり伊賀組や伊賀同心と呼ばれた人たちだ。これは歴史書にも載るくらいには表向き。八鳥のネコたちは完全に裏の人たちだった。ギリギリ名前が世の中に出たのは、松尾芭蕉と共に旅をした曾良(そら)だね。あれはネコだよ」
「松尾芭蕉が忍者じゃないのか」
「あの人は少なくともネコではないね」
「ふーん」とニーテストはそこまでの反応ではないが、その証拠が八鳥村に残っているのなら学会は大騒ぎだろう。
「幕末期には多くのネコが活躍した。最後の戦いだね。その仕事を終えて徳川という主君を失ったネコたちは人の中に紛れた。俺の爺さんのそれまた曽爺さんくらいの話だ。世界大戦を経た現代、ある者は自衛隊に入り、ある者は企業に勤めた。だけど、誰もネコたちの悲願を叶えた者はいない」
「悲願?」
「新たな主君を得ることさ」
「はっ! はははっ! ならば今日、村人に伝えてやれ。世界一の主君に巡り合わせてやると」
サバイバーは神妙に頷いた。
その近くのウインドウでは、ネコミミ幼女が『にゃしゅにゃしゅ』しながら縄跳びをうねうねして波を作っていた。
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