3-9 ネコミミ一号


 土曜日、午後。

 ミニャが南の町との初会談の練習を始めた頃、拠点では休憩を終えた子供たちがおウチ造りを再開していた。


 子供たちについては置いておき。

 食堂の屋根ができたら、今度は室内の補強、つまり床や壁を石で補強する作業だ。


 石は現在進行形で賢者たちが運び込んでいた。


 この広場を切り開いた時に発見した石が結構な量あるので、それを水で洗い、石種類や色で分けて、まずはこれらから使っていく。

 しかし、村を作るにはそれだけでは到底足りない。


 村を作るための実際の石場は、拠点広場の北30mの場所にあった。

 昔はここにも川があったのではないかと推測できる場所だが、もう長いこと水が流れた痕跡はない。そんな場所があったので、広場をこの場所に作ることに決まった経緯がある。


 本来なら拠点の製作はゴールデンウイークから始める予定だったわけだが、子供たちが来たことで予定が早まり、この石場まで広場を広げる前に拠点の製作が始まってしまい、現在の広場と石場は中途半端な道で繋がっていた。


 その石場からたくさんの賢者の手によってどんどん石が運び込まれていた。

 2人1組で籠をぶら下げた棒を担いで、えっほえっほと大変な作業だ。


 石を集め、洗い、種類で分け、加工し。

 そんなふうに、石に関わる作業を頑張っている賢者たちの姿を面白そうに見ている賢者が一人。

 百太郎という今朝に賢者になったばかり新米で、元大学教授だった。ニートとは違うガチモンの賢者だ。もちろん本名ではなく、賢者ネームである。


『百太郎:石の形を自在に変えるか。面白いなぁ』


 百太郎自身も土属性を選んでおり、自分の手で石をグネグネと粘土のように変形させて遊んでいる。そんな百太郎が宿っているのは、美少女フィギュアである。決して本人が選んだわけではない。


『ハナ:百太郎さん、なにか気づいたところはある?』


 百太郎の紹介者であり案内人でもあるハナが言う。ちなみに、孫娘である。もちろん、百太郎と呼ぶのはネットリテラシーなアレである。

 2人は一通りを見て回って、広場で休憩しながら賢者たちの仕事ぶりを眺めていた。


『百太郎:うむ、あるよ』


『ハナ:えぇ、ホント? どんなところ?』


 ハナはそう言って、巨大な屋根を見上げた。


『百太郎:家は問題ない。資料を読む限り、この地方の気候とマッチしている。現状で使える人手や器材、資材で造るのなら良い家だろう。水路を作るという話だし、それに合わせてステップアップすれば良い』


『ハナ:じゃあ何に気づいたの?』


『百太郎:石運びの仕方だよ。建築において資材の輸送手段は非常に重要だ。あれでは魔法という素晴らしい能力を持った人材が石運びに割かれてかなり非効率だね』


『ハナ:むむむっ。あっ、ニーテストさんが興味を持ってるみたい』


『百太郎:ニーテスト君というと賢者たちのまとめ役だったね。ハナはどうやって話しているんだい?』


 百太郎はハナから教えてもらって、スレッドに書き込みを始めた。


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251、百太郎

 これでいいのかな? こういうところに書き込むのは初めてだから、失礼があったら申し訳ない。


252、ニーテスト

 大丈夫だ。俺の方こそ年長者に対して敬語を使わずに喋るが、失礼を先に詫びておく。理由としては、他の賢者と可能な限り差をつけたくないからだ。


253、百太郎

 徹底しておるな。構わんよ。


254、名無し

 ニーテスト君はちょっとツンデレなところがあるから許してあげてください。本当は優しくて良い子なんです。


255、ニーテスト

 やかましい。それで、石運びで改善できる案があるという話だが、どのようなことだろう。俺たちもあれは改善したいと常々思っていたんだ。


256、百太郎

 簡単なことだよ。石場は30mほど北にあるわけだが、そこから拠点までにレールを敷いてトロッコを走らせるといい。


257、ニーテスト

 トロッコ? しかし、金属類はほとんどない。少し前に船を解体して得た分があるが、それでは到底足りないと思う。


258、百太郎

 いや、作るのは木製レールのトロッコだ。金属レールの前に活躍したレールだよ。


259、ニーテスト

 木材でレールを……強度は大丈夫なのか?


260、百太郎

 昔、私も実物を作って検証をしたことがあるが、丈夫な物とは言えないな。君も心配している通り、使っているうちに木材が割れるんだ。雨にも弱い。しかし、かつての鉱山では普通に使われていた物だし、君たちが想定している石材を運ぶ程度ならば十分に役目を果たすだろう。


261、ニーテスト

 面白いな。どのくらいの人数で、何日くらいで作れそうだ?


262、百太郎

 すまんがまだ君らの能力を把握してきれていないので工期はわからん。君らが見積もってほしい。そうだな、ちょっと試しに模型のレールを作ってみようか。


263、ニーテスト

 頼む。だが、今日はこれからミニャの護衛として一時的に人が少なくなる。作業を開始できるのは夕方からになるだろう。


264、百太郎

 構わんとも。こちらも職人と話を詰めたいからな。


265、ニーテスト

 あと、睡眠や食事などの休憩に入る時間は自分で管理してほしい。夢中になりすぎてオーバーワークするヤツが多いから、そのあたりは自分で管理してくれ。


266、百太郎

 はっはっはっ、異なる世界で村作りだ。さもありなん。まあほどほどにするよ。


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『ハナ:百太郎さん凄い! もうお仕事を任されてる!』


『百太郎:ふふふっ、そうだろうそうだろう』


 孫娘から尊敬の言葉を貰った百太郎は無表情な人形の中でデレデレ。


 適当に石を貰い、ぱっぱとレールとトロッコの模型を作ってしまった。

 ニーテストからの指示で数人の生産属性が集まってきており、あれこれと質問がされた。


 先輩賢者たちは内容を吟味し、工期の見積もりを立てる。

 そうして、ミニャが南の町とのコンタクトを立派に遂げたその日の夕方から、賢者たちは密かに作業を開始した。




 百太郎が考案した木製レールは、木材の断面を見た時に円形の上3分の1を平たくした物だった。この平たい部分が車輪の乗る部分となる。


 その木材の両端をL字と逆L字に加工し、凸型のレールを何本も作る。

 次にそのレールを直線に2本並べる。その2本のレールはL字と逆L字で接することになり、接する場所は凹型ができる。この凹字のへこんだ部分を石材で完全に埋めて接合し、その石材の上部は木材部分と同じ高さの平らな面にする。


 これが百太郎の考案した、木材をあまり加工せずに作る木製レールの概要だった。


 トロッコには、クーザーの船を解体して得られた木の板が使われた。

 船の木材だけあって非常に加工の精度が高く、トロッコは立派な物ができた。

 車輪は木材と石材を合わせて作られた内側にフランジがつくタイプ。


 このトロッコは荷台の枠が低い。賢者たちは小さいので、枠が高いと石の積み降ろしが大変だからだ。

しかし、賢者たちはエンターテイナーである。前方の枠だけは高くしてその形を猫の顔にした。塗料がないので板をネコミミ型に切り、石灰石で顔を描いただけの物だ。


 完成したトロッコをひとまず6mのレールで試運転してみると、非常にスムーズに動いた。


『鍛冶おじさん:うぉおおお、完璧じゃん!』


『サカタ:よし、どこも割れたりしてないな』


『百太郎:ふぉおおおお!』


『ハナ:なんで百太郎さんが驚くの?』


『百太郎:いや、私がかつて検証で作った物よりも遥かに出来がいいからな。製材所に頼んで加工した木材で作ったのにもっと不出来だったよ』


 とりあえず、トロッコを乗せただけならレールが破断したりしないことが判明。それから石を50kgくらい載せてみるが、やはりレールはしっかりと役目を果たしている。


『チャム蔵:おーい、道の舗装が半分くらい終わったぞ。石場の方から順番にレールを敷いて良いよ』


『鍛冶おじさん:よっしゃ、百太郎さん、行きましょう!』


『百太郎:ああ、行こう!』


 百太郎は賢者たちと共にレールを背負い、わーいと設置現場へと向かった。これだから男子は。


 枕木は円柱形のレールをはめ込める溝が彫られている。

 これは木製レールに留め具用の穴を空けることで割れやすくしないための苦肉の策だ。


 そうして石場から10mほどレールを敷いてトロッコも設置してみたのだが、ここで問題が生じた。

 石を載せなければトロッコは勾配に従って勝手に下っていくのだが、石を載せると動かないのだ。


『百太郎:ぬ、ぬぅ!? 転がり摩擦力が大きすぎるのか!?』


『鍛冶おじさん:ちょっと押してみましょう』


 背後から押してみるとトロッコは動き出した。


『サカタ:あとちょっとばかり力が必要ってところだね。トロッコの一部を改造して、シーソー式にするのはどうだろう』


『リッド:船みたいに帆を使って風魔法使いに任せるも手かも』


『鍛冶おじさん:いや、水上とは違うし帆は無理じゃないか? それなら、スタート地点の5mくらいの勾配を少しキツくして勢いがつくようにすればいいんじゃないか? 走り出しさえどうにかすれば、あとは勝手に下ってくれそうだし』


『リッド:百太郎さん、何か方法はないですか?』


『百太郎:転がり摩擦力は車輪の直径が大きければ小さくなる。だから、シンプルに車輪を大きくするか、鍛冶おじさんの案を採用して出だしの傾斜を強めるかが良いと思う』


『鍛冶おじさん:どちらも大した手間ではないし、それなら両方やりましょう』


『百太郎:では、勾配が変化する場所のレールは花崗岩で作りたい。そこにかかる負荷は大きくなるからな。そちらは私が受け持とう』


『鍛冶おじさん:では俺とリッドは車輪を改造します。百太郎さんはまだ魔法に不慣れでしょうから、他にも人をつけます』


『百太郎:それは助かる』


 そんなこんなで、朝までに30mのレールが敷かれた。

 百太郎、ニーテストから注意されたのに貫徹である。

 およそ50kg分の石材を乗せて試運転してみると、改良は上手くいき、最後まで走ることができた。


 ブレーキパッドは後輪の側面に木を押し当てることで代用。

 この30mの区間は大した傾斜ではないのでスピードは出ず、この程度のブレーキ機構でも停止することが確認できた。


 トロッコを操る人員は、ネコミミプレートの後ろにある台から前方を確認する1人と、ブレーキ役の1人が常に乗ることで決まった。このブレーキ役は木属性とし、緊急停止との時は植物操作で強引に止めるルールを定めた。




 そして、朝が明けて日曜日本番。


「みんな、おはようございましゅ!」


 ちょっと噛んじゃったが、ミニャの元気なご挨拶で朝の会が始まった。


「今日はミニャのおウチを作り始めます! むふぅ!」


 ミニャはむふぅと気合十分。


「ミニャのおウチができたら、他のおウチができるまではみんなも暮らすおウチになります。だから頑張って作りましょう!」


「「「はーい!」」」


『『『賢者一同:はーい!』』』


 おウチ造りが楽しい子供たちも賢者たちもテンションが高い。


 賢者が増殖し始めてから最初の日曜ということもあり、朝の会に参加する賢者の数も過去最高。


 そんな賢者たちの中には、そわそわしている者が多数混じっていた。

 この日の朝の会では2つの発表が予定されているのだ。それらを作るのに携わった賢者たちは『ミニャちゃんに喜んでもらえるかな?』『子供たちにダサいって言われたらどうしよう』とそわそわなのである。


 そして、第一号の発表が始まった。


「あと、今日は賢者様からみんなにプレゼントがあります。みんなー、持ってきてー」


 ミニャが言うと、賢者たちがわっせわっせとヘルメットと軍手を運んできた。


 ヘルメットの方は、工事などをする時にいつもミニャが被っている木材をくりぬいたもの。内側にはコルンの布とコルンの繊維でクッションを作り、衝撃吸収度をアップ。もちろん、ネコミミ付きだ。


 軍手はクーザーの船からパクった布で作られた。ゴムがないので手首で紐を結べるようになっている。手のひらと指の内側にはミニャが作った糸が波状に縫い込まれており、少しだけグリップ性能を高めた仕様に。


「わぁ、ミニャお姉ちゃんと同じの!」


「賢者しゃま、あいがと!」


 イヌミミ姉妹がヘルメットを受け取ってシッポをパタパタ。


「おー、カックイーッ! どうだ、ラッカ?」


「うん、似合ってる!」


 双子のビャノとラッカも楽しそう。


「わぁ、ありがとう!」


 スノーは冒険者たちを見てきたからか、ヘルムに憧れでもあるようだ。その喜び方は他の年長組よりも強いように思えた。


「わっ、凄い! お姉ちゃん、滑らない!」


「ホントだね。これならケガしなさそう」


「こんな単純な工夫で……」


 エルフ姉妹やドワーフのシルバラは軍手に感心している。

 グリップを縫い込んだ近衛隊はえっへんとした。


「みんな、賢者様がサイズを調整してくれるから、それが終わったらまた集合ねぇ!」


 というわけで、サイズが調整されると、ヘルメットと軍手をビシッと着用して再び集合した。


「今日はもうひとつ賢者様から発表があるみたいです。うんと、あっちに移動だって!」


 賢者たちに連れられて、ミニャたちは石場に続く道へとやってきた。

 するとそこには、昨日までなかった変なのがあった。


「むむむっ、昨日までこんなのなかった! 賢者様が作ったの?」


『ネコ太:そうだよ。百太郎さんっていう新しい賢者さんが、こういうのがあったら便利だよって教えてくれたから、みんなで作ったの』


「はえー、これは何をするの?」


『ネコ太:ちょっと待っててね。始める前に、ミニャちゃん、みんなに注意してあげて』


 ネコ太の説明を聞いて、ミニャは子供たちに言った。


「うんとね、この2本の木はレールっていうの。この中には入っちゃダメなんだって」


 そう説明したミニャ自身もよくわかっておらず、子供たちも首を傾げながらも頷いた。

 そんな注意が終わると、北の石場から何かがやってきた。


「にゃんだあれぇ!?」


「なにかきたーっ!」


「お姉ちゃっ、にゃにかきたぉ!」


「はえー。あっ、こ、こら、パイン、ルミー、そこに入っちゃダメだって!」


「マールも、めっ! こっちにきなさい! あっ、シルバラさんもダメですよ!」


『ネコ太:ミニャちゃーん!?』


『くのいち:みんなー、ミニャちゃんを止めるぞーっ!』


 やってくる謎の乗り物を見て、子供たちは大興奮。

 1分前にレールに入るなと言われたことを忘れて、近寄る子供多数。すぐに全員がレールから離された。


 ネコミミプレートの後ろの台には2人の賢者がいた。片方はハナ、もう片方は百太郎である。


『百太郎:ブレーキ1段階!』


『百太郎:2段階!』


『百太郎:止めろー!』


 百太郎の指示で後部に乗った係員がブレーキレバーを倒すと、車輪とブレーキパッドの木材が擦れる音がシュルーッと鳴る。

 そして、ミニャたちの目の前でぴったりと停まった。


「「「ふぉおおおお!」」」


 ミニャたちは、トロッコを見てさらに興奮。


 子供たちの歓声に気を良くした百太郎は台の上を元気に移動し、レバーを倒す。


 すると、トロッコの片側の枠がパカリと開き、内部に入っていた石がポロポロと数個転がり落ちた。もちろんトロッコに載っているのはその数個だけではない。転がらなかった石がまだまだ大量に載っていた。


 そこに賢者たちが入り、石をどんどん出していく。

 ゆくゆくは荷台を傾けて一気に石を輩出する機構でも作りたいところだが、まあ現在はこれで十分に労力を削減できたので良し。


「しゅっげーっ!」


「ミニャさん、これはなんですか!?」


 大興奮のミニャと同じくらい興奮したシルバラが問うた。


 どうやらシルバラは軽便軌道の類を知らないようだった。

 地球でもトロッコは16世紀に登場しているので、案外そんなものなのかもしれない。


「賢者様、これなに!?」


 又聞きで尋ねられたネコ太は、百太郎を指さした。

 百太郎はネコミミ台の上でフキダシを出現させる。


『百太郎:よくぞ聞いてくれた! これは賢者式木製トロッコ・ネコミミ一号だ!』


 バーン!


 ノリノリな百太郎の隣で、ハナがはえーとした。

 身内がこんなにはしゃいでいてビックリであった。


「ふぉおおお、ネコミミ一号! あ、本当だ、ネコちゃんだ!」


 ミニャはその時になってやっとトロッコの前方が猫の顔になっていることに気づいた。変なのが来たインパクトが強すぎて気づいていなかった。


「ネコミミ一号! これはネコミミ一号と言うんですね!」


 シルバラが感動するが、何か勘違いをしていそう。


 ミニャたちも馬車は知っているし、馬車に轢かれたら大ケガをするのは理解しているので、トロッコとレールの関係を見たことで、中に入ってはいけないという理由を真に理解した様子。


 というわけで、賢者たちは仕事を始める前にミニャたちをトロッコに乗せて遊ばせてあげることにした。


「にゃー、進んでるー! あははははっ!」


 ネコミミプレートを掲げたトロッコにネコミミヘルムを被った子供たちが笑顔で乗る姿は、公園に遠足に来た小学生のよう。

 そんな子供たちの笑顔を見て、百太郎は大変な充実感を味わった。


『ハナ:百太郎さん。とりあえず、そろそろ寝ようね』


 が、ハナからドクターストップが出た。無念。


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