3-7 報告 領主館にて


 湖から去っていった軍船の隊長は、賢者たちの予想通り、その日のうちに領主館を訪問した。

 ミニャと別れたのが16時頃で、領主館へ到着したのがその1時間後だったので、水軍の上層部と話してすぐに対応された形だろうことは想像に易い。


 現在、領主館に潜んでいる賢者たちは、3階の天井裏から2階の天井裏に住処を変えていた。その2階には執務室、応接間、書斎、子供たちの勉強部屋と重要な部屋が集中しているようだった。


 ジール隊長は水軍のお偉いさんと共に領主館を訪問すると、すぐに執務室に通された。監視クエストが大好きな賢者ワンワンは、その様子を天井裏から覗き見る。


「森の中に見事な女神像か……」


「はい。私を含めた3名で参拝をいたしましたが、全員が言葉を失うほど見事なものでした」


 報告を受けた領主は背もたれに寄り掛かり、腕組みをする。


「その少女が女神様からいただいた能力は何だと思う?」


「恐れながら、さっぱりわかりませんでした。剣王サーフィアス様は使徒となった三日後には歩法の真理を得たと伝承でありますが、ミニャ殿には武術の色は見られませんでした」


「ならば魔法の類か……」


「まだ幼いので、付き従っていた3体の人形自体をいただいた可能性もあります。こう、勝手に動き守ってくれる人形と言いましょうか」


「クーザーを倒すほどの守護人形か、たしかに1体でも破格だろう」


「クーザーは人形使いだと予測をしているようですが、人形使い特有の視線や指、魔力の動きは一切見られませんでした。そういった癖が生じない特別な人形使いとなった可能性はありますが」


 それからしばらくやりとりをし、隊長は例の碧玉の話をした。


「ミニャ殿はグルコサと友好的に接したい素振りでした。その証としてこちらを領主様へお贈りしたいとのことで、私が預かってまいりました」


 隊長が目配せすると、執事がお盆に乗った覗き玉を領主に差し出した。

 その様子を見てワンワンはテンションを上げた。マジで執事じゃんと。その場は見ていないが、きっと予め危険がないか調べたのだろう。


「これは碧玉か? 見事なものだな」


 その反応はやはり隊長たちと大差ない。貴族であっても、普通に「へぇ、綺麗じゃん」程度には思っている様子。だって人間だもの。


「こちらに穴が空いております。そちらから珠の中を覗き込む仕組みになっているようです。どうぞお試しください」


「ほう、ただの珠ではないのか。どれ」


 だが、執事から言われてこの碧玉の仕掛けを目にした時、領主の評価はガラリと変わった。


「な、なんと……」


「珠の背後を光の強い方に向けるとより鮮明に映ります」


「これは女神様か……素晴らしい」


 領主は窓の外に覗き玉を向けたまましばらく固まった。

 そうして目から外すと、今度は仕組みが気になったようで珠の外部を観察する。


「穴の背後にある白石英が明り取りとなっているのだと思います。そこから光を取り入れることで、内部に描かれた女神様のお姿が浮かび上がる仕組みなのでしょう」


「うむ、どうやらそのようだな。実に見事な仕組みだ」


 執事の説明を受けて領主もすぐに仕組みを理解し、珠の背後を手で遮ったりして確かめた。異世界人も馬鹿ではない。この程度の仕組みはすぐに見切られたようだ。


「村の中には入れなかったという話だが、これは女神の使徒が作ったのだろうか?」


「失礼に当たるかと思い、多くは尋ねられませんでした。申し訳ありません」


「ふむ、まあ突然のことで難しい対応だっただろう。良い」


 謝罪する隊長を領主が許す。

 賢者たちはそのやりとりを見て、女神の使徒であるミニャとの会談が隊長的にはかなり難しいものだったのだと理解した。女神像をチラつかせておいて良く言うぜである。


「しかし、こうなった以上は返礼をしなければならんな。さて、どうするか」


「その件につきましては、森の中での不便を尋ねたところ、女神の使徒は不便を感じていないようでした。しかし、8人の子供たちのために玉米を得たいという返答を得ました」


「森の中で不便がないか……女神の使徒の人物像が浮かばんな。お前はどう思った?」


「猫獣人だったので明るい気質はありましたが、根本的な部分で恐ろしく聡明な少女に感じました。おそらく、女神様の像の前で我々と会談をしたのは多くの意味があったのではないかと愚考します」


「そうだろうな。己の身の安全、両者の発言の潔白、多くの質問ができないようにするための牽制、様々な思惑があったはずだ。そんなことを本当に7歳の少女が考えついたのだろうか? この珠もそうだ。どこからこんな発想が湧いて出たのか」


 領主は机に置かれた碧玉の珠を見つめて呟いた。


「森に隠れた賢者でもいるのか。それとも、それこそが女神様から授かった叡智なのか……」


 ワンワンは冷や汗をかいた。

 偶然ではあるが、領主はピンポイントで正解を言っていた。そう、森に隠れた賢者がたくさんいるのです!


 シンとする執務室はテラシリアス。一方で、生放送を視聴する賢者の中からは、『俺たちが持っているのは叡智じゃなくてHだけどな』と頭を抱えたくなるほどしょうもないことをスレッドに書き込むヤツが現れてキャッキャ。えいちぃ。


「なんにせよ、もう一度会談の席を設けなくてはならない。明日……は早すぎるか。明後日に先触れを出し、都合が良い日を尋ねてこい。返礼の品を渡す際に少し交流を深めるとしよう」


「玄関口は崖下の砂浜を指定されましたが、雨天の場合はいかがいたしましょう」


「なるほど、貴族の屋敷に先触れを出すのとはわけが違うか。雨天の訪問は先触れも含めてなしだ。雨の時は翌日に回すように約束を取りつけろ」


「ハッ!」


「あと、ギルドに書状を書くからギルドに通達しろ。山と湖からの監視は当面は終わりだ。その代わりに、スノーの面倒を見ていたという冒険者たちと召喚士のセラに指名依頼を出す。返礼品を持っていく時にそいつらを荷運びとして連れていけ。なにかしら得るものがあるかもしれん」


 領主の指示に、また面倒くさそうなことを、と賢者たちは顔をしかめた。しかも、的確に嫌なところを突いてくる。

 しかし、相手だって情報を得たいので、あの手この手でくるのは仕方がない。


「荷運びが必要な理由づけとして、玉米の他に適当な物を見繕っておけ。名目は女神の使徒の誕生祝いとでもすればいい。こちらも友好的にいく。危険物は入れるな。あー、それと女神様の像に奉納する米と酒も準備しておくように」


 賢者たちにはどの指示が誰に対して行われたのかわからなかったが、その場の全員が頭を下げたのでそれだけでわかったのだろう。

 なんにせよ、返礼品をゲットできそうで、賢者たちはワクワクした。


 報告会が終わり、隊長たちは帰っていった。

 一方の領主は執事と共に部屋をあとにする。子供の勉強部屋に行くようだ。

 ワンワンも慣れた様子で天井裏をコソコソと移動して、勉強部屋に向かう。慣れるな。


 どうやら領主は碧玉の珠を子供たちに見せるようだった。途中で奥さんを呼ぶようにメイドに命じる。

 領主夫妻には、2人の息子と1人の娘がいた。そんな家族が揃ったことでニートな賢者たちの胸がズキズキ痛む光景が天井の下でエクゾディア。


「わぁ!」


 子供たちは覗き玉を見て、とても喜んでいた。

 これには領主夫妻や執事とメイドもニッコリだ。ミニャちゃん陛下の能力は離れた場所にいる子供も笑顔にするのである。


「女神様のお姿が描かれたものだ。これはアメリアにあげようと思う。お前たち、わかったな?」


「はい、父上」


「アメリア、良かったな」


「わぁ、ありがとうございます。お父様、お兄様」


 息子2人は快く妹に譲ってあげ、妹のアメリアは花が咲いたように微笑んだ。


 領主が女神の森やスラムを調査したように、賢者たちもここ数日、領主を調査していた。それで家族の関係もよくわかった。

 6歳ほどの末娘のアメリアは少し体が弱く、そんなアメリアを家族全員が溺愛していた。アメリアに碧玉の珠をあげたのも、女神パワーがありそうだからだろう。

 制作者の工作王も、ただの置物にされるよりは深窓の令嬢のお守りとして持たれる方が嬉しかった。


 ワンワンの心に軽いダメージを与えつつ、こうして賢者たちの牽制作戦は成功を収めるのだった。


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