3-2 誰がための新しい朝
ミニャと出会った先輩賢者たちは、見慣れた朝ではない生まれ変わった特別な朝を何度も見てきた。この日もそう。新米賢者と8人の子供たちを仲間にしてから迎える初めての朝だ。
新米賢者たちにとっては異世界で迎える初めての朝である。
『乙女騎士:みなさん、朝食の準備がそろそろできそうなので、ミニャちゃんを起こします! 新しく近衛隊になった賢者さんはついてきてください』
『ホクト:はい!』
新しく近衛隊に入隊した女性賢者の中には、学校や仕事をサボったヤツがチラホラ。
腹痛や頭痛を理由に休んでいるわけだが、その返事はフキダシでもわかるフレッシュ獲れたての元気なもの。仕方ない……仕方ないのだ……っ!
そんな新米が宿っているのは、早くも石製のフィギュア。ちゃんと数は揃っているので、下積みだからとランクの低い人形を与えるようなことはしない。
突貫工事で作られた竪穴式住居の中へ、いざおはようございます。
草のベッドの上では、子供たちが子供特有のネムネム物質を全開で放出して眠っていた。
『乙女騎士:あーわわわわ……こ、こちらにおわすお方がミニャちゃん陛下です!』
『新米近衛隊一同:あわわわわ……』
そこでは、ネコミミ幼女ミニャちゃん陛下と、イヌミミ幼女姉妹がくっついて眠っていた。
これにはベテランの近衛も新米の近衛も揃ってあわあわだ。
『乙女騎士:ミニャちゃん、朝ですよー』
ベテランの近衛が、フキダシからでもわかるデレデレな様子で起こしにかかった。
その瞬間、一部の社畜な新米賢者は天職に出会った鐘の音を聞いた。判断が早い。
「はわっ!? あ、朝?」
そう言って目覚めたのは、ミニャではなくスノーだった。
さすがに毎朝頑張って起きていた子だけあって、他の子よりも目覚めが良いのだ。
そんなスノーだが、その言葉を先輩賢者たちは翻訳を見ずに理解することができた。
そう、子供たちと多く接することになる近衛隊は、ほとんどの者が『パトラシア言語習得』を優先的に購入したのだ。
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【パトラシア言語習得】
・2000点~1万点で購入可。
・日本語が堪能なほど購入に必要なお仕事ポイントが減少する。
『検証方法』
・異世界人が喋っている過去動画を視聴。
・習得者2名が電話にて通話。
『検証の結果』
・習得するとパトラシア言語による、会話、読み書きが不便なく使用可能になる。
・フキダシにパトラシア言語が使えるようになる。この切り替えは違和感なく行なわれる。
・人形に声を宿す効果はない。
・現在観測されている中で最大の購入価格は7100点、最小の購入価格は2800点。おそらく、義務教育を普通に受けた日本人なら、最大価格1万点にはならないと考察。
『備考』
・子供たちが目覚めたら、言葉が聞き取れるか、子供たちが文字を読めるかを検証。
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さっそく近衛隊の一人がスノーとの会話を試みた。
『栗田ニアン:朝ですよー!』
フキダシを認識したスノーだが、賢者たちの心配は当たり、スノーはパトラシア文字を読めなかった。
それでもスノーからの言葉が翻訳を読まずに理解できるようになったので、ひとまずは良しとすることにした。
「みんな、朝だって。起きろー!」
その意を汲んで、スノーは賢者たちと一緒にみんなを起こし始めた。
「うみゃ? みー……」
「きゅーん……」「きゅみゅー……」
ケモミミキッズの3人が、猫っ気や犬っ気を出して喉を鳴らす。
これには新米の近衛は腰を抜かした。こんなのあり得るのかと。
それに対して、先輩の近衛は自慢げに教える。
『くのいち:これは猫っ気や犬っ気と呼ばれる現象です!』
まるで自分の手柄のようなドヤッぷり。
『ホクト:猫っ気……か、可愛い!』
『くのいち:はい、大変に可愛いです。しかし、本人たちは猫っ気や犬っ気を出すのは恥ずかしいことだと思っているようなので、本人には言わないようにしましょう!』
幼女にだってプライドはあるのだ。
新米賢者たちはふむふむと学んだ。
「おはにょー」
『乙女騎士:ミニャちゃん、おはようございます!』
「うん、おはにょー」
最近のミニャは、朝起きると近くの賢者をまとめて捕獲して抱っこする遊びがマイブームだった。
『ホクト:う、うわー!?』
本日の餌食の中には新米賢者も数名入っていた。
捕獲された賢者たちは、大怪獣ミニャちゃんに抱かれてベッドでゴロゴロされる運命を辿る。
ポカポカな体からはほんのりミルクの香り。ぷにぷに圧力に包まれた近衛隊に多幸感が注入される。
「ミニャお姉ちゃん! ルミーも! ルミーも!」
「じゃあこの賢者さんねー。優しくしてあげないとダメだよ?」
「うん!」
イヌミミ幼女も参戦!
イヌミミ幼女に優しくされてしまった会社員さんな新米賢者の脳みそがドロドロに溶けていく。
なんなの、この世界は。私、こんな世界知らないよ——知っててたまるか。
というわけで、起床したキッズたち。
近衛隊に案内されて朝の準備を整えると、食卓に着いた。
食卓は青空の下である。
ゴブリンも同じように外で食べていたので賢者的にはこれがデフォなのは嫌なのだが、それも今日か明日までの予定だ。
「いただきます!」
「「「いただきます!」」」
ミニャの元気なご挨拶に、子供たちが続いた。
ニコニコしながらお魚をモグモグするミニャに、近衛隊が言う。
『乙女騎士:ミニャちゃん、ご飯を食べているところごめんなさい。この子たちは新しく賢者さんになった人たちです』
「にゃんですと!? ハッ、そういえば賢者様たち、今日だって言ってた!」
『乙女騎士:はい、他にもたくさんいるんですが、ひとまずこの子たちだけでも挨拶しようかと思ったんです』
ミニャはふんふんと興奮気味に頷くと、言った。
「ミニャはミニャです! 7歳です! よろしくお願いします!」
ミニャちゃん陛下からのありがたいお言葉に、新米賢者たちは足をガクつかせた。
ずる休みせずに会社へ向かっている新米賢者たちは、そんな姿を生放送で視聴すると、次の駅で電車を降りて会社とは逆方向の電車に飛び乗った。ミニャちゃん陛下のご挨拶を聞いてお薬がキマってしまった模様。
「じゃあ新しい賢者様たちも食べて食べて!」
「ルミーも賢者様にあげたい!」
「いいよー。みんなも賢者様と一緒に食べてあげてー」
新米賢者はすぐに受け入れられた模様。
「賢者しゃま、おいしーい?」
『クロエ:うん、おいちぃ!』
イヌミミ幼女のお膝に座ってご飯を食べさせてもらうという、人生を100回やっても経験できないようなハットトリックをキメ、真面目な事務員さんだった女性賢者の脳みそはこれにて終了のお知らせ。どうしてどうして。
ご飯を食べたら、朝の会を始める前に30分の休憩を取った。
その間に、昨晩話し合われた『女神のラフスケッチ』をミニャに見てもらうことになった。
それはミニャのオモチャ箱の図鑑に収録された20枚のラフスケッチで、その中から似ている人あるいは似ているパーツを探してもらうやり方だ。ミニャの拙い説明から描かれたスケッチなので、これだけ多くの絵が用意された。
「あ、この絵、女神様にそっくり!」
幸いにも、ネムネムの描いた絵の中に、そっくりという絵があった。
「でも、髪の毛がもうちょっと綺麗な青だったよ。あと服はこっちの方が似てるかな」
そっくりな絵をベースに、指定された他のパーツを組み合わせて、より精度を高める。
そばでウインドウを見ていたスノーたちは、女神の姿を鮮明に語るミニャに尊敬の眼差しを向けた。
『ネムネム:オッケー。大体わかった。じゃあそんな感じで修正するね』
「うん、お願いします!」
これからネムネムは女神のラフスケッチを描き、それを基にして南の町対策用の女神像が作られる予定だ。
そんなイベントを挟み、今度は朝の会だ。
ミニャちゃん学級委員長が子供たちに朝の会の説明をした。
「ミニャと賢者様は毎日、朝の会をやります。その日一日をどんなふうに過ごすのか朝の会で説明します!」
「そんなのがあるんですね」
エルフの姉のレネイアが感心したように言った。
ミニャはうむと偉そうに頷いた。
「みんなも朝の会に出てね」
「わかりました。マールもいいわね?」
「はーい!」
と了承するエルフ姉妹に続き、他の子供たちも元気にお返事した。
というわけで、朝の会が始まった。
本日の朝はネコ太が寝ているので、乙女騎士のカンペ付きで。
「今日からスノーちゃんたちが一緒に活動してくれます。森の中は危ないことも多いので、賢者様はみんなをよく見てあげてください。また、新しい賢者様たちも今日から一緒に働いてくれます。慣れていない賢者様も多いので先輩の賢者様はいろいろと教えてあげてください。今日の一番のお仕事はミニャたちの新しいお家を建てることです。ケガなどないように頑張りましょう!」
ミニャがカンペを読み終わると、先輩賢者たちはにゃんのポーズで敬礼。
そんな謎の行動を取る賢者たちは置いておき、子供たちは元気にお返事した。
敬礼のことを知らない新米賢者たちは、ミニャちゃん陛下のありがたいお言葉を受けて、やる気を漲らせるのだった。
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