2章閑話 新米賢者の突発的前夜祭
「それで。なによ、急に泊まりに来てなんて。別に暇だったからいいけど、明日の夜じゃダメだったの?」
「うん、今日じゃなくちゃダメなの」
木曜日の夜、2人の女子高生が学校終わりにお泊り会を開いていた。
幼馴染同士の2人は家も徒歩10分程度。
勝手知ったる他人の家ではないが、泊まりに来たナナセは、遠慮なく晩御飯を一緒に食べ、一番風呂をもらった。
そして、時は21時。
テーブルの上にはスナック菓子やコーラと、ガールズトークの準備は万端。
先ほどの質問もガールズトークのジャブだ。これからきっとキャッキャな話題になるに違いないとナナセは思っていた。しかし、幼馴染の少女は何やらとても真剣な面持ち。
「えー、なになに? もしかして明日、誰かに告白でもするつもりなの?」
「ち、違うよ。ナナちゃんに今日は大事な話があるの」
「えーっ、もしかしてあたしに告白!?」
「それに近いかも」
「ちゅ、チューまでなら可。それ以上は応相談」
ナナセの冗談に、レイは苦笑いをした。
「ナナちゃんの人生が変わる話。私の人生は、きっともう大きく変わり始めてるの」
ナナセは首を傾げた。
変な前置きだ。
ナナセはふと思う。
幼馴染の月島(つきしま)莉(れい)は、昔から少し病弱なところがあった。
けれど、ここ1か月くらいは見違えるように元気になったように思えた。新学期のスポーツテストの時もワンランク上の結果を出していた。特に鍛えている様子はないのに。
お互いに多感な時期だし、そういう時期もあるのかなと思っていたが、もしかして、それと何か関係があるのだろうか?
人生が変わると言うし、まさか変な薬でも使ってる?
いやいや、まさか。
そんなふうに思考を巡らせていると、レイが言う。
「ナナちゃんは口が堅くて、いろいろなことを頑張れる凄い子だと私は思っているの。これから教えることは時が来るまで誰にも言っちゃダメ。自慢してもダメ。誰かにそれを知っていることを悟られてもダメ。約束できる?」
「え、まあ、話すなって言うなら誰にも話さないけど」
「もし誰かに話してそれがSNSに流れちゃったら、私やナナちゃんだけじゃなく、多くの人の命が狙われる可能性があるの。本当に約束できる?」
「命が狙われるって……誰に?」
「誰かはわからない。でも、きっとマンガみたいに怖い人たちに。これは私の仲間がみんな言ってるし、私自身もそう思うの」
「レイの仲間? 美術部員の人?」
「ううん、違うよ。とにかく、誰にも言っちゃダメ。家族にもサトルお兄ちゃんにも言っちゃダメ」
「兄貴なんかに言うわけないじゃん。それよりも焦らさないでよ。どんな秘密なの?」
ニートの兄の名前が出てきて、ナナセは話を逸らすように続きを急かした。
レイは神妙な面持ちで深く頷くと、話し始めた。
「私、異世界に行ける能力を授かったの」
ナナセは間の抜けた顔を少し見せると、苦笑いしてうんうんと頷いた。
それを見たレイは頬をほんのり染めて続けた。
「今から証拠を見せるけど、絶対に驚かないで。お母さんたちも絶対に呼ばないで。わかった?」
「う、うん」
荒唐無稽な話なのに、レイの声には妙な迫力があった。そんなレイは、学校で使うハチマキを両手でキュッキュと弾ませた。
「え、何してんの? その紐でどうするの?」
「みんなが教えてくれたの。きっと証拠を見せたら叫んじゃうから、猿轡をしておけって」
「ちょ、もがー!」
「叫びそうになったら猿轡を嵌められた理由を思い出してね?」
猿轡を嵌められた以外は特に何もされなかったので、ナナセは「もが」と頷いた。まあ、この遊びに付き合ってあげようと。
「じゃあ行くよ」
レイがノートパソコンを操作したかと思った次の瞬間、レイの姿がその場から忽然と消えた。
「も?」
テーブルの向かいに座っていた友人がいきなり消え、ナナセはテーブルの下を探した。いない。
「もも?」
ササッと周りを見回すが、隠れられる場所もない。
「もがーッ!?」
ナナセはその場から立ち上がり、約束を忘れて叫んだ。
えらいこっちゃえらいこっちゃと手を右往左往させ、顎を流れる涎を腕で拭う。そのアクションでハッとした。猿轡ハメられとる!
「も、ももが!」
叫んじゃダメだったことを思い出し、叫ばずにアワアワを開始。
そんなことをしていると、先ほどと同じ場所にレイが現れた。
「もむ!?」
「ナナちゃん、落ち着いて。座ってね」
「も!」
レイはナナセの猿轡を外さないまま、説明を始めた。
「3月の終わりくらいに、異世界の女神様が異世界に行ける不思議なサイトを公開したの。いまはもう閉鎖しちゃってるんだけどね。その名もミニャのオモチャ箱。ミニャちゃんっていう女の子のために、私たちは小さな人形に宿って働くの」
「もんももっも(なんてこった)……」
「私たちのボスはミニャちゃん。ミニャちゃんこそが私たちを召喚できる力を持っている子でね。こんな子」
レイはネコミミ幼女のイラストを見せてくれた。
そして、告げる。
「私ね、このあと0時にナナちゃんを異世界に招待できる権利を貰ったの。ナナちゃんが正しい心を持っている子なら、その権利を使ってあげることができるんだ。ねえ、ナナちゃん、異世界で活動したい?」
「もんもに!? もむもむ!」
その問いかけに、ナナセは力強く頷いた。
姿が消える現象を見せてもらったけど、正直まだ半信半疑。
しかし、レイはそれでいいと言った。明日になれば全部がわかるのだから。
それから0時になるまで、ナナセは鍵付きの特設サイトを教えてもらって、レイの説明付きでそれを読んだ。
ミニャちゃん陛下と300人の賢者たちの軌跡。それから、賢者が活動する人形の体や魔法の説明。
特に、魔法の説明はよく読んで選ぶように言われた。
説明をしてくれているレイだが、話をしながら真っ暗なパソコンの画面に向かって何かを打ち込み続けていた。
それは異様な光景だったが、レイにはそこにミニャのオモチャ箱の様々な機能が見えているという。
「さっきから何をしているの?」
「ミニャのオモチャ箱はネット掲示板みたいなツールもあるって説明したけど、そこにナナちゃんの反応を報告してるの」
「な、なんてことを!? ネットリテラシーネットリテラシー!」
「重要なことなんだよ。最初の賢者は300人だけど、これからナナちゃんの他にももっと増えるの。だから、異世界についての説明を聞いた相手がどんな反応を示すのかを、みんなで分析して正しい対応ができるようにしているんだ」
「な、なるほど。ちゃんと組織として活動しているんだね。名前は出してないよね?」
「もちろん。それよりも属性は決まった?」
「あたしは水属性かなー」
「水属性か。良いと思うよ。ミニャのオモチャ箱で最強の人も水属性で活躍してるし」
「マジで? カッコいい人?」
「サバイバーさん。ミニャのオモチャ箱に登録できたら過去動画を見られるようになるから、おすすめの動画を教えてあげる。あ、そうそう、名前も一度決めたら今のところ変える方法が見つかってないから、変な名前にはしないようにね」
「そうなの? 女帝鈴木にでもして愛されキャラの地位に着こうとかと思ったのに」
「あはははっ! それはダメだよ。覇王鈴木さんがもういるから」
「そんなハイセンスな人がいるの!? うわー、ジョークのセンスが被ったわー」
「でも凄い人だよ。最強のサバイバーさんやまとめ役のニーテストさんにすごく信頼されてるの。この前も超強い悪人との戦いで大活躍だったんだ」
「へえ。それは鈴木界の誇りね」
「ナナちゃんだって鈴木さんなんだから、頑張れば鈴木界の一番になれるよ」
「じゃあ本気を出しちゃおうかな。そう言えばレイの名前は?」
「私はルナリー。月島莉だからルナリー」
「なるほど。そんな感じかー」
そんなふうに短い準備期間を終えて、いよいよ0時になった。
すると、レイは真っ暗なパソコンの画面を見てはしゃぎ始めた。普段は大人しいレイなので、ナナセは真っ暗なパソコン画面の先に凄いことが書かれているのだろうと想像を膨らませた。
しばらくすると、パソコンを弄っていたレイの前に光の粒が集まり始めた。
深夜のことだが2人は「おーっ!」と声を揃えて大興奮。親が来たら不味いので、すぐにレイはシーッと指を立てた。
「これが招待チケットか」
「それであたしも異世界に行けるの?」
「行けるはずだけど、ちょっと待ってね。チケットに注意書きがある」
レイはチケットから視線を真っ暗なパソコンに移して、ふんふんと頷く。
「なになに? 早くしようよ」
「いま、チケットについてスレッドに話題が書き込まれたの。他の人も買ってるからね。誰も書き込まなかったら私が書き込もうと思ったんだけど、大丈夫みたい」
「うん。早く早く!」
ナナセが急かすので、2人は体をもちゃもちゃとくっつけて、チケットの注意書きを読んだ。
それは女神様ショップに書かれていた招待の条件の他に、女神様ショップを使うための条件が記載されていた。
それによると、1万点を貯め、かつ招待してくれた人に対して400点を返却しなくてはならないとあった。招待してくれた人に返せない場合は、女神へのお布施400点でも良いらしい。
招待チケットの値段は500点なので400点を返してもらえれば、実質、100点で買ったことになる。
「役に立つ人を連れてくれば100点で良いけど、やる気がない人を連れてくると500点の損になるってことか。あ、なるほど、冷やかしを招くことができないんだ」
レイが何やら考え始めたので、ナナセが体をグイグイ押し付けて急かした。
「いいから早く早く!」
「あ、そだった。えーっと使い方は、なるほど。じゃあ行くよ」
説明にある使い方を読み、レイはナナセに向き直った。
「我、鈴木七星を新たな賢者として推薦する」
レイがそう唱えた瞬間、召喚チケットに変化があった。
その現象を見て、ナナセが目を真ん丸にした。
「ふぉおおお、表に文字が浮かび上がった!」
「え? 私には見えない」
「マジで!? じゃあ私だけ見えるんだ!」
そこには、インターネットの検索からミニャのオモチャ箱の登録画面に入る方法が記載されていた。
夢中でそれを打ち込むナナセを横目に見つつ、レイは真っ暗な画面のパソコンに報告をした。
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129、名無し
報告します。招待チケットを使用すると、招待された人にしか見えない暗号が出てくるみたいです。いま、友人がそれでネット上からミニャのオモチャ箱の登録サイトを見つけました。ちなみに検索に打ち込んだワードは『ネコネコミニャちゃん02989』で、その後ろにもワードが続きます。
130、名無し
ネコネコミニャちゃんお肉焼く。
131、名無し
俺からも報告。俺の招待者が打ち込んだワードは『ネコミミピョコピョコ1031にゃん』から始まってた。暗号はそれぞれ違うようだな。
132、名無し
ネコミミピョコピョコ天才にゃん。
133、ニーテスト
了解した。女神のすることだから、おそらく一回限りの暗号だと思うが、暗号が使用されたら検証に出しておく。あとで後半のワードも教えてくれ。
134、名無し
そういえば、賢者登録画面のミニャちゃんはどんな画像? 俺たちは出会う前のミニャちゃんだったけど、変わってたりする?
135、名無し
はい、変わってますね。友人の登録画面は近衛隊とズンズンダンスを踊ってる笑顔のミニャちゃんです。
136、名無し
最高の画像やん!
137、名無し
ニーテスト、ちょっと進言するが、これ、召喚で本体が消える現象は事前に見せない方が良いぞ。新しい賢者を推薦する際に呪文を唱えるけど、たぶんこれでカルマの善悪を判別していると思う。
138、ニーテスト
たしかにそうっぽいな。全員が消える姿を見せて信じさせているわけではないと思うが、その手法は止めるように呼びかけよう。
139、名無し
ああ、そうした方が良いだろう。もし、実は友達のカルマが悪に寄っていたとしても、『これ、異世界に行けるチケットなんだぜぇ』くらいなら下手な冗談で済むからな。
140、ニーテスト
了解した。それと召喚は予定通りに1時から行なう。クエストの発行は0時30分からだ。それまでに過去動画でも見せて、新人を落ち着かせておいてくれ。
141、名無し
むしろ興奮しないか?
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「レイ、賢者登録できたよ! あっ、あたしにもその画面が見える!」
賢者登録を終えたナナセは、レイの使っているパソコンの画面が真っ暗ではなくなったようで、キャッキャとはしゃいだ。
レイは親が来ないことを祈りつつ、落ち着かせた。
それからミニャのオモチャ箱の使い方を教えた。
「基本的にこの項目の全部を使うけど、私がよく使うのは『スレッド』『生放送』『賢者一覧』『クエスト』『図鑑』『描写ツール』かな。まあ、これを触ると致命的なペナルティになるっていうのは無いから、自由に弄っていれば理解できると思うよ」
「ふんふん」
「召喚された賢者は常に生放送状態だから、しないとは思うけど悪いことはできないからね。あと他の人の悪口とかも言っちゃダメだよ。お互いにリアルの名前もNG」
「そうなんだ。わかった」
「じゃあ過去動画を見てみよう」
「生放送じゃなくて?」
「いまは夜だから、過去動画の方が良いかな。この賢者一覧を押して」
などとナナセは教えられていく。
30分があっという間に過ぎ、レイが指示を出す。
「時間になったからクエストを押してみようか」
「え、あ、うん」
ミニャとのお食事動画を見ていたナナセは、心ここに非ずといった様子で指示に従った。
それは超絶可愛いネコミミ幼女と多くの人形の食事シーンだったが、とても魅力的な動画だったのだ。
「クエストは緊急じゃない限りは少し前に貼りだされるの。ほら、ここにあるこれ。新人用のクエストだからこれを受けて」
そこにはかなり多くのクエストが並んでいた。
ソート機能もあり、自分がよく受ける系統のクエストを探しやすくなってもいる。
それらのクエストの中でナナセが受けられるのは1つだけで枠が青く光っていた。受けるための条件に合致していないものは、薄暗い灰色で表示されるらしい。
「おー、1時から。このクエストは誰が作ってるの?」
「これはニーテストさんかな? クエストを作れる役職の人が何人かいるんだよ。ミニャちゃんが私たちのボスだけど、ニーテストさんがまとめ役な感じ。名前はアレだけど、たぶん一番働いている人かな」
「ふんふん」
ナナセがそのクエストを受けると、画面の端に受理したクエストのカードが表示された。同じくレイも引率役としてのクエストを受け、同じようにパソコン画面の端にカードが表示され、それぞれのカードは召喚までのカウントを始めていた。
ナナセはその時をそわそわしながら待った。
そして、これはナナセだけのことではない。
他の賢者たちに招待された新米賢者もまた、時計を何度もチラ見しながらその時を待った。
いよいよ新しい賢者たちがやってくる。
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