2-39 戦いの後で


「やったーっ!」


『ネコ太:うわぁあああ、勝ったーっ!』


『くのいち:サバイバーすげぇえええええええ!』


 サバイバーが勝利した瞬間、拠点の中でミニャは近衛隊と共に大歓声を上げた。


 悪人の拘束中もミニャたちの興奮は冷めやらぬ。


「にゃふぅ、しゅしゅしゅ! にゃふぅ、しゅしゅしゅしゅ!」


 もう深夜だというのに、ミニャはぷにぷにお手々をぶん回して、エア悪人たちをぶっ倒しまくる。ハッとした時には布団の上で仰向けになって腕をぶん回していた。荒ぶり系の猫っ気が発動していた模様。

 近衛隊も戦闘中に見せたサバイバーのバク転をやって布団の上に頭から落ちたり、運動神経が息をしていない側転を披露したり。


 女子たちの血は滾っていた。


【925、ジャスパー:報告! 仮眠室と思われる部屋でいろいろな物を発見したよ!】


 一方、賢者たちは船の中で戦利品の発見をした模様。

 この船には少女たちが捕らえられている部屋とは別に、もう1つ部屋があった。

 クーザーの私室かもしれないが、ジャスパーが仮眠室というように豪奢な造りというわけではないし、かなり狭い。13m級の船なので無理もないことか。


 そこには、金貨や銀貨がぎっしりと入った袋、ナイフなどの武器、数着の服、酒や食料、魔石が入った袋、釣り道具といろいろあった。


『戦利品じゃー!』と雑談スレッドでは浮かれた。


【933、ジャスパー:ニーテストかライデン、どうすればいい!?】


 この質問にライデンが答えた。


【934、ライデン:貨幣は全種類を5枚ずつ、魔石を半分、ナイフと服を4分の1ほど、酒を2本、空の酒瓶を1本、袋類があればこれも数枚。これらを大至急、船から降ろすでござる】


【935、ジャスパー:全部は取らないの?】


【936、ライデン:全部を取るとどんな余波が起こるかわからないでござる。クーザーの証言があった時に記憶違いで済む分だけ持ち帰るでござるよ】


【937、ジャスパー:たしかにそうかも】


【938、ライデン:警備隊が来るまで時間がないでござる。いま言ったものを運び出したら、すぐに浜辺に魔法で穴を掘って隠すでござるよ】


【939、ジャスパー:なるほど、埋めるのか! わかった!】


【940、ライデン:あと、どこかに湖の地図がないか見てほしいでござる。見つけたら、生放送で情報を送るだけでいいでござる】


【941、ジャスパー:わかった!】


【942、ライデン:最後に酒が入っている瓶を2本分、床に落として割っておくでござる】


【943、ジャスパー:よくわからないけど軍師っぽい!】


 乗り込んだ賢者たちがウハウハしている間に悪党は拘束され、子供たちの方でミニャや賢者の今後に関わる大きな出来事が起ころうとしていた。




 戦闘音が止んでから突然やってきた美しい人形たち。

 その人形たちが、悪人に分厚い石の枷をつけていく。

 船室でその作業を見ていたスノーは確信した。


「女神様が助けてくれたんだ」


「女神様? ホント?」


 ルミーが涙を拭いながら尋ねた。


「うん、ホントだよ。だってあんなに綺麗な人形なんだもん」


「グズゥ……そうかも! メメちゃんも女神様のおにんにょう?」


「うん、そうだよ」


「わぁ! グズゥ!」


 ルミーは鼻を鳴らしながら笑った。

 ルミーとパインの視線の先では、綺麗な人形たちと一緒にお仕事をする木と石の人形の姿があった。


 やがて作業が終わり、人形たちは階段を上がって船外へと出ていった。


 スノーたちは恐る恐るその後に続いた。

 どうしたらいいのかわからなかったのだ。


 外に出ると、スノーたちは船が崖に当たって座礁したのだと初めて知った。


 美しい人形たちは船から飛び降り、崖に上手く隠された階段を上がって、女神の森を目指していた。何かを運び出している人形もいるようだ。


 スノーたちの前には透き通るように白い肌を持つ女性の人形。

 その人形は湖の方を指さした。


「もうすぐ助けが来ると言いたいんでしょうか?」


 エルフの姉が言うと、白い人形は大きく頷いた。

 白い人形はそれを伝えると、手を振ってから踵を返し、他の人形たちの下へと歩き出した。


「ま、待って!」


 スノーが叫んだ。


 人形たちが振り返る。

 神々しい人形たちに見つめられ、スノーは怯んだ。まるで心が見透かされているような気持ちになった。


 だけど、いま言わなければ、きっとルミーたちの中の誰かを近い将来失うことになる。だから、スノーは声を振り絞った。


「お、お願いします! おいらたちも連れていってください!」


 スノーは平伏して懇願した。


「お、おいらの力だけじゃ、もう暮らしていけないんだ! もう……もう、どうしたらいいかわからないんだ……っ!」


 冒険者たちに認められていると弟妹たちに嘘をついていたスノー。

 そんなスノーが見栄をかなぐり捨てて、涙を流しながら甲板に額をこすりつけた。


 そんな姉の姿に、ラッカとビャノが涙目となった。

 自分たちのせいで姉が大変なのだと、双子は理解していた。だから、毎朝、どこに行くのか聞いて、元気に答える姉を見て安心していた。


 ラッカとビャノも膝を折って、人形たちに頭を下げた。


「「お願いします」」


 よくわかっていないルミーとパインも頭を下げて、元気に言う。


「「お願いしますっ!」」


 スノー一家だけではない。

 この場に集まったのは親がなく、悪人たちが『攫っても真剣に探す人が少ない』と判断した子供たちだ。


 スノーたちに続くように、エルフの姉妹が膝をついた。


「どうか私たちもお連れください。お願いします」


「お、お願いします」


「あ、あたしも連れて行ってほしいです」


 そして、ドワーフの少女もまたそう願った。




 賢者たちは息を呑んでその光景を見ていた。

 すぐにスレッドに連れて帰ろうというと意見が現れる。


 そんな中でニーテストは冷静にコメントをした。


【981、ニーテスト:ネコ太。ミニャが決めることだ】


 拠点でその一文を読んだネコ太が、ミニャに問いかける。


『ネコ太:ミニャちゃん、この子たちがミニャちゃんと一緒に暮らしたいんだって。いーい? それともダメ? 一緒に暮らすのなら、この子たちのお家も作ってあげて、幸せにしてあげないとダメだよ』


 その質問を受けて、ミニャはウインドウに映ったスノーたちの真剣な顔を見つめ、大きく頷いた。


「うん、いいよ! ミニャと賢者様とモグと一緒に暮らそう!」


「モモグ!」


 答えはシンプル。

 しかし、それはミニャがパトラシア人を初めて導いた瞬間だった。


 その答えを聞いた賢者たちから今日一番の歓声が沸き上がった。




 白い人形が少女たちの顔を上げさせ、スノーの手を握った。

 そして、崖の上を指さして優しく引っ張った。


 ついてこいと。


「あ、ありがとう! ありがとう……っ!」


 スノーはポロポロと涙を流して、お礼を言った。


 子供たちは船を降り、人形たちに守られながら崖の階段を上がっていく。

 その階段は、まるで子供が登り降りすることを考えて作られたかのように、落下防止の柵があり、崖側には手すりがついており、足元も滑らないように丁寧に作られていた。

 年少組のイヌミミ姉妹も、人形たちのサポートを受けながら階段を頑張って上がった。


「あっ、見て!」


 そんな時、ドワーフの少女が湖を指さした。

 遠くでゆっくりと移動する光を見つけたのだ。


 それは黒い船を追って出動した軍船だった。

 どうやら黒い船を見失い、探すためにゆっくりと移動していたのだろう。少年を救助したと思われる船の光も近くに見えた。


 2つの軍船はすでにこちらに気づいており、向かってくる様子だった。


 南の町で生まれ育った少女たちだが、もうあそこに戻ることはない。

 軍船の光の中に、良い思い出も悪い思い出もあった町のこと思い出しながら、少女たちは再び階段を上がっていった。




『サバイバー:さあ、最後の仕事だ』


 白石英フィギュアに宿るサバイバーが甲板の上で気合を入れる。

 そんなサバイバーの頭の上には複数のライトの魔法が浮かんでいた。


『社畜な剣聖:ひゅー、いいよいいよ、サバイバー! 美少女っぷりが最高!』


『デルタ:わかる。俺はまだサバイバー・アマゾネス説を信じてる。可愛いよサバイバー!』


『サバイバー:だから俺は男だって』


 崖の石の裏や船の側面にぶら下がって隠れている賢者たちから、冷やかしの声が上がる。ライトの出所は彼ら光属性の魔法である。


 その光に導かれて、軍船が近寄ってきた。

 いや、正確には軍船が見つけた光は、崖に続く光だった。そう、少女たちの足下を照らす光に導かれたのだ。そんな少女たちを導く光も、軍船が到着するのとほぼ同時に森の中へと消えていった。


 普通に考えて、崖の下に悪人の船があり、その近くの崖を上がる光を見たら、悪人が逃げたと思うだろう。

 賢者たちは、何の準備もできていないのに、南の町の人たちにこの階段を使ってほしくなかった。開拓の邪魔をされたらたまったものじゃない。


 そこで一芝居打つことになった。


(若い警備兵:あの船で間違いありません!)


(警備兵:あ、あれはなんだ!?)


(警備隊長:人形? な、なんと美しい……)


 光球を周りに浮かべたサバイバー。

 光を浴びて輝く純白の姿に、軍人たちは息を呑んだ。


 サバイバーはスッと指さした。

 指の動きに合わせて光球の1つがふわりと移動し、甲板の一部を照らす。そこには雷光龍たちが倒したダンが転がっていた。

 そんなふうにして、早々に気絶した悪党を指さし、船室を指さし、最後にクーザーを指さした。


 サバイバーは悪人の所在を軍人たちに教えると、光球を伴って崖を凄まじい速さで登っていった。


『社畜な剣聖:アイツ、マジで人間やめてんな』


『デルタ:俺たちもできるようになるのかな、あんなの』


『社畜な剣聖:体はできても度胸が追い付かねえよ。人形換算なら180mの絶壁だぞ』


 崖を駆け上がっていくサバイバーを見上げ、軍人たちがざわつく。


(警備兵:女神の森の番人だ……)


(若い警備兵:女神様の化身かもしれませんよ!)


(中年の警備兵:女神様の化身……そ、そうかもしれん)


 それは狙い通りの反応だった。

 これはクーザーの反応からヒントを得たライデンの策だった。


 白石英のフィギュアを見たクーザーが、女神の姿を模した人形なのかと呟いたのを、ライデンは見逃さなかった。ならば、警備隊も白石英のフィギュアを女神に結び付けてくれるのではないかと期待したのだ。


(警備隊長:落ち着け! まずは犯人を確保しろ!)


 壮年の警備隊長の言葉に正気を取り戻した兵士たちが、続々と黒い船に乗り込んでいく。

 その様子を隠れた賢者たちが観察する。


(警備兵:く、クーザー!? 水蛇の幹部だ!)


(警備隊長:なに!? 斬風のクーザーか!?)


(警備兵:はい、出回っている人相書きと一致しています!)


 賢者たちはそんな会話を聞き、ふむふむとメモメモ。


 クーザーは船が大破した際に、自分を湖賊と名乗った。つまり、『水蛇』は湖賊であり、クーザーはそこの幹部ということだろう。警備隊長の驚きぶりから見てかなりの大物だったと思われる。


 他の3人は特になにもなかった。

 ダンはかなり強かったが、それでも平の構成員だったのだろう。


 とにかく、報復が怖いので賢者たちは水蛇という名を心に刻んだ。


 水蛇一味の構成員と思しきヤツらは南の町に最低でもあと5人いた。ルミーたちを拉致した3人に、穴の前で仕事をしていた2人。その全てがホムラにより人物鑑定がされて、賢者たちに名前がバレていた。

 他にも、ルミーたちとほぼ同時刻にドワーフの少女が連れてこられたため、もう1人以上いる可能性が高い。これはホムラが接触していないので名前がわからない。


(真面目そうな警備兵:隊長! 船室でかなりの大金を発見しました!)


(警備隊長:ある物は全て押収しろ! 水蛇の手掛かりになるやもしれん!)


(真面目そうな警備兵:手が空いているヤツはこっちを手伝ってくれ! 瓶が割れていて手間が掛かりそうだ!)


 船の中の物はすぐに運び出された。

 割れた瓶や床にぶちまけられた酒の臭いで作業効率は悪い様子。


 ライデンの予測は正しく、押収された物は検分されることだろう。貨幣を大量に奪わなかったことで、サバイバーが演じた白い人形の神秘性は保たれるはずだ。


 警備兵たちは捕らえられていた少女たちについて一切言及しなかった。

 それもそのはず、彼らは人攫いが行なわれたという事実を知らないのだ。


(警備兵:それにしても、コイツらは何をしていたんでしょうか? ギルドへの報復でしょうか?)


 そう、彼らはギルドが襲撃されたから出動したのである。

 つまり、現状では賢者たちの破壊活動が全て擦り付けられた形となっている。湖で保護した少年が目覚めて証言すれば、人攫いが行なわれたことも、他に8人の少年少女がいたこともバレるだろう。


(警備隊長:わからん。最近はギルドが幹部を捕らえたという話も聞かん。それなのに報復というのも……まあ、尋問すればわかるだろう)


(警備兵:崖を上がっていった光はどうしましょうか)


(警備隊長:報告はするが、賊ではないだろう。賊ならば先ほどの人ぎょ……先ほどの存在が捕らえているはずだ)


(警備兵:きっと女神様の化身ですよ)


(警備隊長:そうかもしれんが、あまり吹聴するなよ。アホが森に入って女神様の怒りに触れたら何が起こるかわからん。とにかく森の捜索については領主様にお伺いを立てなければならん)


 賢者たちはその言葉をメモメモ!


 それこそが、かなり健脚な冒険者たちが大滝よりも上流の森まで来ない理由の気がしたのだ。女神の怒りを恐れて、森の深い場所には入れないのではないかと。

 そして、それを裏付ける言葉を女神に会ったミニャは口にしている。『まぐまにぶちこむ』というパワーワードを。


 警備隊はクーザーたちと押収品を軍船に乗せ、南の町へと引き返していった。


 賢者たちは彼らが森に入られなかったことにホッとしつつ、今後のことを大至急決める必要に迫られるのだった。


 子供たちを養うなら、今以上に火を使う。

 すでにマークが始まった森に煙が立てば、接触する日はそう遠くないだろう。

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