2-38 異世界児童救出作戦 3


 物陰に向かって雷光龍が走り、対象が見えると同時に魔法を放つ。


『雷光龍:サンダーボール!』


(ダン:クソッ!)


 相手するダンは物陰から跳んで回避し、転がりながら雷光龍に向かってナイフを投擲した。


『雷光龍:さ、サンダーシールド!』


 戦闘員としてニーテストたちから信頼される雷光龍だが、ちゃんとした訓練を受けたわけではない。ただ運動神経と度胸があるだけの賢者だ。

 殺気を帯びた攻撃にビビりながらも、必死に雷の盾を構築した。


 30cmの人形へ的確に飛ばされたナイフは雷の盾に触れると、バンッとけたたましい音を立てて弾け、甲板の上に転がった。


『雷光龍:サンダーボール! サンダーボール! サンダーボール!』


 自分にはサバイバーのような接近戦は早い。

 雷光龍は自分の強さを客観的に分析し、遠距離攻撃を連射した。

 どんどん魔力は減り、すでに帰還後の腹ペコは確定する領域にまで入っている。


 対するダンは、次第に動きを良くしていった。

 雷光龍の魔法に慣れてきたのだ。


 それを感じ取った雷光龍が今度は物陰に隠れる。


『雷光龍:ヤバイヤバイヤバイ! 俺じゃ勝てん! 足止めに徹するか!?』


 クーザーほどではないものの、ダンもまたかなり強かった。

 いま一度自分の力量を冷静に見つめるが、勝てるビジョンがまったく浮かばない。


【821、ライデン:雷光龍殿、策を授けるでござる】


 そんな雷光龍にライデンから指示が入った。

 それを見た雷光龍は悔しさがこみ上げるが、素直に従った。


(ダン:大の大人が人形遊びに付き合ってやってんだ。出てこい)


 ダンはギラギラと殺気を宿しながら、言う。


 当のお人形さんは物陰からダンの側面に回り込んだ。

 お人形さんがそっと手を伸ばし、魔法を発動した。


 魔力の気配を感じ取ったダンがハッとそちらへ向いて身構えるが、光を放つ雷が見えない。


 だが、次の瞬間、ダンの体がくの字に曲がって大きく吹き飛ばされた。


『闇の福音:残念。ダークボールでした』


 人形は近くに賢者がいれば、いくらでも中身の賢者を入れ替えられる。

 そう、雷光龍の代わりに闇の福音が宿ったのだ。

 雷の光に目が慣れたダンに、闇夜に紛れたダークボールは視認できなかったのである。


 すぐさま闇の福音から雷光龍へと入れ替えられ、倒れるダンにサンダーボールが乱打された。


『雷光龍:悪党の電気絞め、いっちょ上がりだ』


 雷光龍はそう決め台詞を言ってカッコつけた。


 再び雷光龍は帰還させられ、代わりに木属性の士道がやってきた。

 近くのロープに『植物操作』を使い、ダンをグルグル巻きにする。


 残るはクーザーのみ。


 一方の帰還した雷光龍はぶっ倒れそうなほどの空腹を覚え、バナナを貪り、500mlの栄養補給飲料をペットボトルで一気飲みする。


「任務完了か。あとは任せたぜ。みんな」


 そして、他の賢者たちと同様に生放送で応援する立場へと回った。




 船が急減速と急加速を繰り返し、時に大きく揺れ、北東ではなく北西に向かって進む。このあたりの湖岸線はS字を描く。左手には大滝から続く切り立った崖が見えていた。 


 不自然な船の動きを感じ取ったサバイバーは、操舵者が誰なのか理解した。

 いま自分たちが戦っているクーザーこそが操舵者だ。自分たちと戦うことで操舵が乱れているのだろう。


(クーザー:クソッ、ラボルのヤツやられたか!? グゥ!?)


 サバイバーの攻撃を回避したクーザーは続けざまに回避行動を取る。

 ダークボールがクーザーの肩を掠りながら通り抜けていった。ダンを始末して自由となった人形が賢者を三度変えて援軍に来たのだ。


(クーザー:闇属せ……し、しまった!)


『サバイバー:ヤバい!』


 その時、敵同士で同じ危険を察知した。


 攻撃を喰らったことで操舵を誤り、船が切り立った崖に船首を向けて進んでいるのだ。


 崖に船首からぶつかれば子供たちも無事では済まない。

 この時ばかりはサバイバーたちは攻撃の手を止めた。


 船は船首を右舷方向へ向けるがわずかに遅かった。

 崖近くに突き出した岩礁で左舷の船体を削り、そのまま崖下にある小さな砂浜に乗り上げた。


 人形や子供たち、そしてクーザーも一斉にバランスを崩した。


 凄まじい破壊音の後に船が停止して、湖の波が打ち付ける音だけが辺りに流れる。

 そんな静けさをいち早く復帰したクーザーが終わらせた。


(クーザー:お、俺の船が……お、おのれぇええええええ!)


 今までは驚きの声こそ上げるが冷静に対処していたように見えたが、ついにキレたようだった。


 クーザーは今まで操舵をしながら戦っていた。

 それはかなりの難易度だったのではなかろうか。

 では、操舵を考える必要がなくなったらどうなるのか?


 クーザーは十字に腕を構え、それを左右に高速で振った。

 十字に発生した風の刃がサバイバーに迫る。


『サバイバー:しま……っ!』


 サバイバーは十字の刃を回避するも、刃の周りで派生する突風に体が浮き、船の外へと投げ出された。


『覇王鈴木:嘘だろ!?』


 まさかサバイバーが真っ先にやられるとは思わなかった覇王鈴木は慌てた。


(クーザー:一番いい性能の人形は消えたな。もはや商売どころじゃない。皆殺しだ。相棒を大破させられた湖賊の恨みを知れ)


 そう言いながら、クーザーは南の湖を見て追手の姿が見えないことを確認した。


『覇王鈴木:く、クソッ! させるか!』


 覇王鈴木は必死にサンダーボールを放つ。

 しかし、そのこと如くをクーザーは回避する。


(クーザー:邪魔だ、虫けらが!)


 クーザーが高速で腕を振うと、指の先から5つの風の刃が生み出される。

 咄嗟に雷の盾で防ぐ覇王鈴木だが、盾の下、床を舐めるような軌道で風の刃が迫った。


 雷の盾の向こう側で大きく身を低くしたクーザーの姿を見つめながら、覇王鈴木は3つに両断された。




「はっ!?」


 覇王鈴木はハッと目を覚ました。

 そこは見慣れた自分の部屋。


「な、え……? お、俺はどう……殺されたんじゃ……!?」


 たしかにクーザーの一撃で胸と腰が両断されたはず。その感触がまだ体に残っている。


「う……腹が……!」


 枕元に置いておいたカロリーバーの封を切り、一気に口に突っ込む。

 舌が感じる味覚は正常。死ぬほど腹が減っているのも生きている証拠。


「違う。そもそも人形で死んだら終わりということ自体が間違いだったんだ」


 賢者たちは、人形の体で死んだらどうなるかわかっていなかった。実験のしようがなかったから。だから、死なないようにしようというのが共通認識であった。


 いま、覇王鈴木が身をもって証明してしまった。


 すると、スマホが鳴り響いた。

 見れば、工作王からだった。

 緊急連絡用として、何人かと電話番号を交換しているのだ。


「もしもし!」


『覇王鈴木か!? 生きてるんだな!?』


「ああ、大丈夫だ。それよりもクーザーは!?」


『良かった! 猟奇死体の出来上がりになってんじゃないかって心配したぞ!』


「大丈夫だから、クーザーはどうなった!? 子供たちは!?」


 そう叫びながらも、パソコンをスリープモードから復帰させる。

 しかし、誰の生放送を見れば良いのかわからない。


『佳境だ。いまサバイバーが飛び掛かった!』


「元気いっぱいだな、アイツ!?」


 覇王鈴木は仲間のしぶとさに笑いがこみ上げ、生放送を指定する。

 そして、夜の闇に光り輝く美少女フィギュアの後ろ姿を見て、笑みから大爆笑に変わった。




 湖に投げ出されたサバイバーは、布団の上で跳び起きた。


「きょ、強制送還!? どうなった!?」


 サバイバーは空腹を感じるも、もともと空腹に対する耐性が強い体なので、すぐにパソコンに飛びついた。


 そこにはここ最近毎日見ている召喚要請が来ていた。

 サバイバーは迷うことなく、『はい』を押す。


 次に見たのは華奢で美しい女の子の体だった。

 ただし、人の体ではない。スノークリスタル製の純白の体だった。


 周りには他にもたくさんのフィギュアたちがおり、どうやら自分を運びながら階段を下っているようだった。


『サバイバー:はははっ、あぁ、そうか!』


 そう、黒い船が座礁した場所は、賢者たちが湖に降りるために造った階段のすぐ下だったのだ。つまり、サバイバーを運んでいるのは土木作業賢者たちであった。


『絶狼:サバイバー、来たか!?』


『サバイバー:ああ! 状況は!?』


『絶狼:いま覇王鈴木がやられた!』


『サバイバー:わかった急行する!』


『平社員:絶対に負けんじゃねえぞ!』


『サバイバー:もちろんだ!』


 サバイバーは崖を垂直に落下するように降りていった。


『絶狼:元気いっぱいだな、アイツ!』


 全員が同じ感想だった。


 覇王鈴木を倒し、船室に足を向けるクーザー。

 そんなクーザーの頭に、サバイバーが強襲をかける。


 クーザーは足をピタリと止めた瞬間、転がるようにしてその一撃を回避する。

 受け身を取って睨みつけるようにして向けたクーザーの視線に、初めて怯えの色が宿った。


 そこに立っていたのは、芸術品のように美しい造形の人形。

 大きな瞳をした少女の顔をしており、艶めかしい曲線を描く体には細いツルが巻かれていた。

 どのように磨けばそれほど滑らかになるのか、わずかな月明りを浴びて煌めいている。


(クーザー:な、なんだそれは……まさか……まさか、女神パトラを象った人形だとでも言うのか?)


『サバイバー:そんな畏れ多いことはしないよ。これはミニャちゃん軍を支える生産部隊の単なる狂気。さあ、第二ラウンドはちょっと手ごわいよ』


 サバイバーが甲板を蹴る。


(クーザー:は、速い!?)


 ミニャの護衛や拠点開拓のために造られた希少石フィギュアの能力は、監視のためだけに造られた石製人形とは雲泥の差だった。


 クーザーの足下に肉薄したサバイバーは、水の小太刀を振るう。

 それを大きく飛んで回避して風の刃を放つクーザー。


 だが、風の刃が切り裂いたそこには、すでにサバイバーの姿はない。

 クーザーは滞空しながら必死に人形の姿を探すが、見つからない。


 クーザーがサバイバーの宿る石製人形を一番の敵だと認識していたのは、覇王鈴木のように魔法の乱打をしなかったからだ。小さな魔力しか使わず、そもそも姿も小さいため、動きが読みにくかったのである。


 そこに速度が合わさった時、クーザーはサバイバーの動きを追う術を無くした。


 バキッ!


 唐突にクーザーの足が膝から逆向きに折れた。

 そこには浴びせ蹴りを振り抜いた美少女フィギュアの姿が。


(クーザー:ぐぁああああ!)


 それは致命的な一撃だった。


『サバイバー:まだだ!』


 即座に放たれたウォーターボールを察知して回避しようにも、痛みのせいで体の制御が利かない。


 右腕がウォーターボールで弾かれ、クーザーは錐もみしながら甲板に落下した。

 その首に水の鞭が巻きついた瞬間、クーザーの目に、三日月を背景にした美少女フィギュアの姿が映り込んだ。


 左手で水の鞭を引き絞り、右手が拳を振り上げて溜める。その姿はまるで水の龍を体に纏ったような姿だった。


『サバイバー:終わりだ!』


 水の鞭で首を持ち上げられてわずかに浮いた顔面が、小さな拳の殴打によって甲板に叩きつけられる。

 サバイバーの一撃はクーザーの意識を刈り取った。


『絶狼:うぉおおおおおおおお!』


『平社員:すげぇええええええ!』


『ビヨンド:やべーっ! あのフィギュア、俺が作ったんだぞ! あれあれ、あれ、俺が作ったの!』


 すでに船のすぐ近くまで来ていた土木作業賢者たちが美少女フィギュアの大立ち回りに大歓声を上げた。


『サバイバー:丁度いい。コイツらを拘束してほしい』


『絶狼:任せておけ!』


『平社員:石を運べ! 一生外れない拘束具を造るぞ!』


 土木作業の賢者たちが崖の石を船に投げ込み、自分たちもワラワラと船に乗り込んでいく。

 4人の人攫いたちはあっという間に分厚い石の枷を手足に嵌められ、転がされた。


 こうして、ミニャちゃん軍は人攫い一味を討伐したのだった。

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